千世さん
レビュアー:
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息子たちと過ごす夏休み。強い日差しと若々しさ。日光を映し輝く海。生きる喜びに満ち溢れたシーンに、ヘミングウェイは生と成長を描こうとしたのかと錯覚させられる。違う。作者の死後に発表された長編。上下2巻。
これは作品としては完結しているものの、作者の死後に発表された作品であり、もしヘミングウェイ自身が出版する気であったのなら、そのためにいくつかの修正や削除を行ったはずですから、未完成の作品といって差し支えないかと思われます。それでもヘミングウェイならではの、やりきれないような独特の哀しみを感じさせてくれる、すばらしい作品です。自伝的な要素を持つだけにいっそう強くそれを感じました。
作品は「ビミニ」「キューバ」「洋上」という3部から成っています。
私が一番好きなのは第1部の「ビミニ」です。ここでは、あの『老人と海』を思わせるカジキマグロとの格闘シーンが登場します。『老人と海』と大きく異なるのは、カジキマグロと戦う相手を老人ではなく、主人公の次男である少年にしたことでした。父をはじめとした大人たちが、この少年のために共に戦う姿。何とかして彼らの役に立ちたいと思う兄と弟。この格闘の中に父親は息子の成長を委ね、人とカジキ共に、「死」ではなく「生」という結末が与えられました。
離れて暮らす3人の息子たちと、ビミニで過ごす3週間限定の幸せな夏休み。強い日差しと若々しさ。日光を映して輝く海。生きる喜びに満ち溢れたシーンに、一瞬ヘミングウェイは生と成長を描こうとしたのかと錯覚させられます。しかし、作者はほんの一瞬のうちに、見事なまでに残酷に、作品を「死」へと導きます。
第2部、3部にはもはや、ビミニで見たような明るい陽光は存在しませんでした。そこには戦争の影が落ち、画家であった主人公もその波にのまれて見えざる敵を追って洋上へ繰り出します。
洋上から陸に上がって過ごす数日間を描いた「キューバ」では、もはや息子たちはおらず、犬や猫たちと共に暮らし、浴びるように酒を飲む孤独な主人公がいます。誰より愛した女との出会いが待っていますが、2人が幸せに生きた日々は遠い過去のことです。
「洋上」で描かれるのは、主人公たちが艇で追うドイツ兵との戦闘です。敵を追いながらもなかなか敵とは出会えず、しかしいつ突然出くわすかわからないという緊迫感が、気まぐれな海の脅威と共に迫ってきます。
時々主人公の頭をよぎる過去の思い出のきらめきが、現状の悲しみをより深く掘り下げる役割を担っています。結末のあっけなさは、ヘミングウェイの常套手段とも見えます。
作者がなぜこの作品を生前に公表しなかったのか、いくら考えてもそれは憶測にすぎません。完成された作品であれば、整理されてもっと面白く読めたかもしれませんが、死後であれこのような形で出会えるのはうれしいことです。
「生」から「死」への境界を刹那的に描き出し、やりきれない思いを感じさせます。ヘミングウェイらしさを存分に味わえる長編小説でした。
作品は「ビミニ」「キューバ」「洋上」という3部から成っています。
私が一番好きなのは第1部の「ビミニ」です。ここでは、あの『老人と海』を思わせるカジキマグロとの格闘シーンが登場します。『老人と海』と大きく異なるのは、カジキマグロと戦う相手を老人ではなく、主人公の次男である少年にしたことでした。父をはじめとした大人たちが、この少年のために共に戦う姿。何とかして彼らの役に立ちたいと思う兄と弟。この格闘の中に父親は息子の成長を委ね、人とカジキ共に、「死」ではなく「生」という結末が与えられました。
離れて暮らす3人の息子たちと、ビミニで過ごす3週間限定の幸せな夏休み。強い日差しと若々しさ。日光を映して輝く海。生きる喜びに満ち溢れたシーンに、一瞬ヘミングウェイは生と成長を描こうとしたのかと錯覚させられます。しかし、作者はほんの一瞬のうちに、見事なまでに残酷に、作品を「死」へと導きます。
第2部、3部にはもはや、ビミニで見たような明るい陽光は存在しませんでした。そこには戦争の影が落ち、画家であった主人公もその波にのまれて見えざる敵を追って洋上へ繰り出します。
洋上から陸に上がって過ごす数日間を描いた「キューバ」では、もはや息子たちはおらず、犬や猫たちと共に暮らし、浴びるように酒を飲む孤独な主人公がいます。誰より愛した女との出会いが待っていますが、2人が幸せに生きた日々は遠い過去のことです。
「洋上」で描かれるのは、主人公たちが艇で追うドイツ兵との戦闘です。敵を追いながらもなかなか敵とは出会えず、しかしいつ突然出くわすかわからないという緊迫感が、気まぐれな海の脅威と共に迫ってきます。
時々主人公の頭をよぎる過去の思い出のきらめきが、現状の悲しみをより深く掘り下げる役割を担っています。結末のあっけなさは、ヘミングウェイの常套手段とも見えます。
作者がなぜこの作品を生前に公表しなかったのか、いくら考えてもそれは憶測にすぎません。完成された作品であれば、整理されてもっと面白く読めたかもしれませんが、死後であれこのような形で出会えるのはうれしいことです。
「生」から「死」への境界を刹那的に描き出し、やりきれない思いを感じさせます。ヘミングウェイらしさを存分に味わえる長編小説でした。
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国文科出身の介護支援専門員です。
文学を離れて働く今も、読書はライフワークです。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:326
- ISBN:9784102100080
- 発売日:2007年06月01日
- 価格:580円
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