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たけぞう
レビュアー:
ふと気がつくと精神が侵されている。
とても恐ろしい作品です。
全米図書賞は非常に有名な賞とのことですが、この作品の受賞に深く納得です。
そしてAmazonでの読者評価がぱっきりと分かれていて、
小説というよりもルポではないかとか、
描写不足の作品だと叩く人が多いことも納得です。
日本で最近評価を集めるタイプの作品とは違う異質さがありますから。

本が好き! には素晴らしいレビューアーがいて感服します。
先行書評に深く感謝です。
一方で、変な話ですが、合わなかったという書評がもうちょっとあっても
いいのかなと思ってしまいました。

不条理で、理不尽で、それを意識せずに受け入れる主人公を見て、
読んでいるこちらがやるせない気持ちになります。
読み手は物語の世界に入りますから、どうしてもこころに暗い霧が
降りてくるのですね。わたしが恐ろしさを感じた部分です。

精一杯生きていても、いいことがいっぱいあったはずでも、
逃れられない不幸に見舞われる人生があります。
それが運命なのでしょうか。
残酷で、どうしようもないものであっても、人間は折り合いをつけて
生きていななければならないのです。

主人公はホームレスです。上野公園口に住んでいます。
わたしは何回も通っているので、光景が目に浮かびます。
読後、本の主人公に出会ったような錯覚を覚えました。

描写や具体的な表現は控えめで、音や色を詩的に運んでくる文体です。
例えるなら抽象画なのかもしれません。
抽象画は絵画表現だけで理解しようとしても限界があり、
複数の視線や音や形のリズムなどを組み合わせてどうにか溶け込めるという、
立体的な感覚が必要だと思うのです。
この作品にも必要な感覚で、だから合わない人がたくさんいるのは
当たり前ではないでしょうか。

それにしても、この作品をどうやって翻訳したら英語表現で
伝えられたのか不思議でしょうがないです。
文章は難しくないです。
一部で仏教表現はあるものの、通常の段落では特殊な用語はありません。

途中、主人公が天皇や皇太子に寄せて考える場面があることと、
著者があとがきでホームレスの痛苦と津波や原発災害で家に帰れない痛苦に
感じるものがあり小説に書きたかったと触れているので、
Amazonの感想では引っ張られているものが多かったです。
文庫の解説は、がっつり天皇制に寄せたものだそうです。

でもわたしは、天皇制だとか、ホームレスの悲哀に寄せた書評には
あまり賛同できないです。

この作品は、生きていくことの苦しさを書いているのです。
それは仏教の教えであると気づき、ここまで書評を書いて思わず
あっと声を上げそうになりました。
だから文中で仏教にたくさん触れていたんだと、そして著者は無意識に
仏教を持ち出しているのではないかという考えに至り、
頭の中で一気につながりました。

この作品に通じるのは、諸行無常であり、あきらめとは違うやるせなさです。
それは日本人の価値観にあるものだから、精神が根底から揺さぶられて、
つらく感じるのではないか、そんなことをつらつらと考えてしまいました。
その奥底に沈むやるせなさは、読み手を深い沼に引きずりこむのに
充分な重さがあったのでした。

読み手を選ぶ作品です。
最初の二十ページぐらいを読めば、合うかどうか分かります。
わたしは、その段階ですごい作品に当たったと他人に話してしまうぐらい
明確に分かりました。
ぼんやりしているけれど、大きな賞を取っているし、
そのうち面白くなるかもしれないと思った人は、
読み続けるか考えた方がいいです。この物語は加速しませんので。
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たけぞう
たけぞう さん本が好き!免許皆伝(書評数:1468 件)

ふとしたことで始めた書評書き。読んだ感覚が違うことを知るのは、とても大事だと思うようになりました。本が好き! の場と、参加している皆さんのおかげです。
星の数は自分のお気に入り度で、趣味や主観に基づいています。たとえ自分の趣味に合わなくても、作品の特徴を書評で分かるようにしようと務めています。星が低くても作品がつまらないという意味ではありません。

自己紹介ページの二番目のアドレスは「飲んでみた」の書評です。
三番目のアドレスは「お絵描き書評の部屋」で、皆さんの「描いてみた」が読めます。
四番目のアドレスは「作ってみた」の書評です。
よかったらのぞいてみて下さい。

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この書評へのコメント

  1. かもめ通信2021-07-03 10:08

    参考までに。
    『JR上野駅公園口』単行本発売時に朝日新聞に掲載された原武史さん(文庫解説者)による書評がこちらで読めます。
    https://book.asahi.com/article/11615298

  2. たけぞう2021-07-03 11:56

    >かもめ通信さん
    ショートカットありがとうございます。あとは自ら考えてねっていうことですよね。文庫の解説は読まないでおこうと思っていましたが、おかげ様で読むことができた一方で、やはりという既視感がありました。物語をどう感じるのかは読み手にゆだねられるといいつつも、ここまで違うものかと衝撃を受けました。それだけすごい作品なんだと思います。

  3. No Image

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