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hackerさん
hacker
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スペイン語で「歴史」を意味する historia は本書のキーワードでしょうが、実は、その他に「物語」「お話」「うそ」「作り話」という意味もあります。
ツェッペリンの『天国への階段』の歌詞に"sometimes words have two meanings"というのがありますが、これは翻訳で最も悩ましいことの一つでしょう。スペイン語で「歴史」を意味する historia は本書のキーワードでしょうが、実は、この言葉には「物語」「お話」「うそ」「作り話」という意味もあります。フランス語でもイタリア語でも、これは同じで、おそらくラテン語に起源を持つロマンス語に共通することではないかと思います。本書の場合、このことを頭に入れて、読んだ方が良さそうですし、「歴史」と訳されている箇所を「作り話」に置き換えながら読むと、本書のおかしさをより楽しめると思います。

さて、本書の題材はアントニオ・メルッチ(1808-1889)です。本書を読むまで知らなかったのですが、2002年にアメリカの議会決議により、ベルに代わって電話の発明者と公式に認められた人物です。彼は、フィレンツェ生まれで、当時のイタリア統一運動のゴタゴタを逃れ、1835年にキューバのハバナに移住し、更に1850年にアメリカに移住して、その地で電話を発明されたとしています。なぜ、メルッチでなくベルが長い間電話の発明者とされていたかについては、本書で詳しく語られていますし、ここでは省きます。

本書は、ヒロインであるジュリアと自称する女性が1993年に起った、メルッチをめぐるドタバタ騒ぎを「きみ」に語るというスタイルを採っています。

「すべては1993年、キューバのゼロ年のことだった。ハバナは自転車で満ち溢れ、食料貯蔵庫は空っぽで、いつ終わるともしれない停電があった。何もなかった。移動手段ゼロ、肉ゼロ、希望ゼロ。わたしは30歳、だから巻き込まれていった」

ヒロインが巻き込まれたのは、メルッチがアメリカに渡る前に、既に電話を発明していたことを証明する書類を見つける試みでした。つまり、そういう書類が存在し、それを誰かが持っているので、それをわがものにしようという陰謀(?)に加担することになったのです。念のためですが、ソ連が完全に崩壊したのは1991年のクリスマスのことで、それまでソ連からの厚い支援と対ソ・東欧貿易に頼っていたキューバ経済は、それから間もなく崩壊します。ですから、まだベルが電話の発明者とされていた時代に、イタリア人であるメルッチが、アメリカではなくキューバの地において、電話を既に発明していたことを証明する書類の価値が、歴史上の大事件であり、どれほどのものだったかは想像できます。

ところが、ヒロインの周囲の人物は、正直そうな顔をしていて、みんな嘘つきでした。ある人物の嘘が分かり糾弾すると、その人物は別の人物の嘘を暴き、というぐあいに嘘の連鎖を延々と語るというのが、本書の内容なのです。しまいには、ヒロイン以上に読んでいる私の頭の中も混乱してきて、訳が分からなくなりますし、これだけ嘘をつかれて正気でいるヒロインも、実は嘘つきなのかもしれないと思えてきます。その意味では、本書は『藪の中』若しくは映画『羅生門』のパロディーなのかもしれません。殊に、historiaという単語の持つ意味を知っていると、実におかしい話です。果たして、探している書類は「歴史」を書きかえるものなのか、それとも単なる「作り話」なのでしょうか。

しかし、これは小説を読む楽しみそのものだと思います。嘘と知りつつ、我々は読んでいるわけですから。作中には、ノンフィクションとて、書き手のバイアスが反映するから、客観的なものではないという趣旨の発言する作家が登場するのですが、私は一理あると思います。

というわけで、様々な楽しみ方ができる本です。どう楽しむかは、読み手次第ということになりそうです。最後に、作中で最も好きな台詞を紹介しておきます。前述した作家が、様々な国の本を本棚からぶちまけながら、言う言葉です。

「旅をするのに体を移動させる必要はない、頭の中に世界が入っていて、言葉で世界を説明できるんだ」

でも、この点は映画の方が上かもしれませんね。私はウィーンには行ったことがないのですが、『第三の男』(1949年)を観ると、行かなくてもいいんじゃないという気分になりますから。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2367 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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