風竜胆さん
レビュアー:
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ゆったり衰退していく人類の歴史・・・
今日は湯浴みにゆきましょう(p.7)
本作はこのような書き出しで始まる。こんな記述からは、日常の風景を描いた作品だと思いそうになるが、読者はすぐに自分の想像が間違っていたことに気づく。この作品が描くのは遠い遠い未来の世界。
読んでいてしばらくの間は、いろいろな世界の話を取り混ぜて収録したSF短編集かと思っていた。しかし、読み進むうちに、すべての話で同じ世界のことが描かれているということが分かってくる。
この世界の人間は、だいぶ昔から衰退に向かっている。人間を滅びから守るために「最初の」ヤコブとイアンという二人が作り上げたシステム。人類を、いくつかの孤立した地域に分けて、そこでの進化を期待するというものだ。そして「見守り」と呼ばれる人たちが、それぞれの地域に配置されその地域の人間を観察していく。ここで「最初の」と書いたのは、彼ら自身も、クローン技術によりもう何代にも渡り、「見守り」としてこの世界を見てきたからである。
ガラパゴス諸島に住むゾウガメは、島ごとに独自の進化を遂げてきたという。この作品に描かれる人間たちも、それぞれの世界で、種としても社会システムの上でも様々なバリエーションを生み出している。例えば超能力のようなものを持つものが現れたり、光合成を行う種族や三つ目の種族が登場したり。
しかし、どのようなシステムをつくろうとやがては廃れていく運命だ。この世には、「永遠なるもの」など存在しない。最後に収録された「なぜなの、あたしのかみさま」では、ついに残された人間はエリとレマの二人の女の子だけになってしまった。エマはクローンにより新たな人間を作ろうとするがなかなかうまくいかない。それでも「人間もどき」のようなものを作りあげる。どうもこれば最初の話である「形見」に繋がっているようなのだが、これが果たして新しい人類の芽生えということになるのだろうか。
この物語は、全体として、ゆっくりと衰退していく人類を描いているのだろう。しかしその語り口にはあまり悲壮感のようなものは感じられない。むしろ、淡々とした不思議な透明感を持っているように感じられる。
おそらく最初のうちは、読んでいてもなんだか霧の中にいるようなもやもや感を感じてしまうのではないかと思う。だから、一度読み通して全体像を掴んでから、もう一度読んでみることをお勧めしたい。そうすれば、この不思議な作品世界を構成している個々の話の繋がりがよく分かり、本書を一層楽しめるだろう。
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昨年は2月に腎盂炎、6月に全身発疹と散々な1年でした。幸いどちらも、現在は完治しておりますが、皆様も健康にはお気をつけください。
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- 出版社:講談社
- ページ数:346
- ISBN:9784062199650
- 発売日:2016年04月22日
- 価格:1620円
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