紅い芥子粒さん
レビュアー:
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小鳥の小父さんは、深く愛した小鳥に見守られ、幸福に包まれて死んでいった……
物語は、小鳥の小父さんの遺体が発見されたところから始まる。
発見したのは、新聞の集金人で、遺体は腐敗が始まっていた。
小父さんは、身寄りのない一人暮らしで、大事そうに鳥かごを抱いて死んでいた。
鳥かごの中には、小さな小鳥が一羽いて、通報を受けて駆け付けた警察官を、きょとんとしたつぶらな目でながめていた。餌箱は空になっていたが、不思議に元気そうだった。
小父さんの家の庭には、野鳥のための餌台があるほかは、何の手入れもされておらず、半壊になった離れには、雑草が茫々と生い茂り、伸び放題の草木の枝がからみついていた。
小鳥の小父さんは、この家で生まれ、この家で育ち、妻も子も持たず、死ぬまでこの家で暮らした人だった。
作者は、そんな小父さんの生涯にやわらかな光をあて、染み入るような文章で描き出す。
小父さんには、七つ年上のお兄さんがいた。
お兄さんは、小鳥の言葉がわかり、小鳥の言葉を話したが、人間の言葉を話すことができなかった。
小鳥以外で、お兄さんの言葉を理解できるのは、世界に小父さんただ一人だった。
小鳥に関するなにもかもを、小父さんはお兄さんから学んだのだった。
兄弟を深く愛したお母さんは、小父さんが少年のころに死んだ。
離れで勉強ばかりしていた法律学者のお父さんは、小父さんが22歳の時に死んだ。
以来、小鳥の小父さんは、大きな会社のゲストハウスの管理人の職に就き、お兄さんとふたりの生活を支えた。
小父さんが仕事に行っている間、お兄さんは、家の近くにある幼稚園の鳥小屋に行って、小鳥たちを眺めていた。
小父さんがこよなく愛し尊敬したお兄さんは、52歳で幼稚園の鳥小屋の前で死んだ。
小父さんが、幼稚園の鳥小屋の掃除を園長先生に申し出たのは、その後だった。
鳥小屋の掃除は無償の奉仕だったが、お兄さんを失ったおじさんの心の空虚を埋めてくれた。
「小鳥の小父さん」。ごく自然に、小父さんは、園児たちからそう呼ばれるようになった。
小父さんは、お兄さんを失ってからも、淡々と仕事を続け、淡々と生きた。図書館の若い司書へのほのかな片恋もあったが、小父さんの心を支えてくれたのは、幼稚園の鳥小屋の掃除だった。
小父さんは、生涯変わらない人だった。いや、変われない人だった。
小父さんをとりまく社会が、激しく移り変わっても……
小父さんのあずかり知らぬところで起きたある事件のせいで、小父さんは幼稚園の鳥小屋の掃除から追いやられた。小父さんは何も変わらないのに、無償の善意さえはじき出す社会になってしまっていた。
勤めていたゲストハウスもなくなり、小父さんは仕事を退いた。
何もかも失くした小父さんのもとに、ある日、片翼を骨折したメジロのひな鳥が舞い込んだ。
それは、天国から弟を迎えに来たお兄さんだったのかもしれない。
翼が治って、大きくなったら、空へ返してあげよう。それまでは、何があっても守ってあげよう。
小父さんは、献身的に傷ついたメジロの世話をした。
小さな小鳥のために、鳥かごも買った……
身寄りのない老人の孤独死。新聞やテレビは、小父さんの死をそう伝え、小父さんを知るほんの少しの人は、気の毒がるだろう。
しかし、小鳥の小父さんの死は、孤独死なんかではなかった。
愛したメジロに見守られての、幸福な死だったと思う。
小父さんに深く愛されたメジロは、警察官がうっかり開けた鳥かごの口から、大空へ飛び立っていった。小鳥はきっと、小父さんの魂を、お兄さんが待つ天国へ運んでくれるだろう……
発見したのは、新聞の集金人で、遺体は腐敗が始まっていた。
小父さんは、身寄りのない一人暮らしで、大事そうに鳥かごを抱いて死んでいた。
鳥かごの中には、小さな小鳥が一羽いて、通報を受けて駆け付けた警察官を、きょとんとしたつぶらな目でながめていた。餌箱は空になっていたが、不思議に元気そうだった。
小父さんの家の庭には、野鳥のための餌台があるほかは、何の手入れもされておらず、半壊になった離れには、雑草が茫々と生い茂り、伸び放題の草木の枝がからみついていた。
小鳥の小父さんは、この家で生まれ、この家で育ち、妻も子も持たず、死ぬまでこの家で暮らした人だった。
作者は、そんな小父さんの生涯にやわらかな光をあて、染み入るような文章で描き出す。
小父さんには、七つ年上のお兄さんがいた。
お兄さんは、小鳥の言葉がわかり、小鳥の言葉を話したが、人間の言葉を話すことができなかった。
小鳥以外で、お兄さんの言葉を理解できるのは、世界に小父さんただ一人だった。
小鳥に関するなにもかもを、小父さんはお兄さんから学んだのだった。
兄弟を深く愛したお母さんは、小父さんが少年のころに死んだ。
離れで勉強ばかりしていた法律学者のお父さんは、小父さんが22歳の時に死んだ。
以来、小鳥の小父さんは、大きな会社のゲストハウスの管理人の職に就き、お兄さんとふたりの生活を支えた。
小父さんが仕事に行っている間、お兄さんは、家の近くにある幼稚園の鳥小屋に行って、小鳥たちを眺めていた。
小父さんがこよなく愛し尊敬したお兄さんは、52歳で幼稚園の鳥小屋の前で死んだ。
小父さんが、幼稚園の鳥小屋の掃除を園長先生に申し出たのは、その後だった。
鳥小屋の掃除は無償の奉仕だったが、お兄さんを失ったおじさんの心の空虚を埋めてくれた。
「小鳥の小父さん」。ごく自然に、小父さんは、園児たちからそう呼ばれるようになった。
小父さんは、お兄さんを失ってからも、淡々と仕事を続け、淡々と生きた。図書館の若い司書へのほのかな片恋もあったが、小父さんの心を支えてくれたのは、幼稚園の鳥小屋の掃除だった。
小父さんは、生涯変わらない人だった。いや、変われない人だった。
小父さんをとりまく社会が、激しく移り変わっても……
小父さんのあずかり知らぬところで起きたある事件のせいで、小父さんは幼稚園の鳥小屋の掃除から追いやられた。小父さんは何も変わらないのに、無償の善意さえはじき出す社会になってしまっていた。
勤めていたゲストハウスもなくなり、小父さんは仕事を退いた。
何もかも失くした小父さんのもとに、ある日、片翼を骨折したメジロのひな鳥が舞い込んだ。
それは、天国から弟を迎えに来たお兄さんだったのかもしれない。
翼が治って、大きくなったら、空へ返してあげよう。それまでは、何があっても守ってあげよう。
小父さんは、献身的に傷ついたメジロの世話をした。
小さな小鳥のために、鳥かごも買った……
身寄りのない老人の孤独死。新聞やテレビは、小父さんの死をそう伝え、小父さんを知るほんの少しの人は、気の毒がるだろう。
しかし、小鳥の小父さんの死は、孤独死なんかではなかった。
愛したメジロに見守られての、幸福な死だったと思う。
小父さんに深く愛されたメジロは、警察官がうっかり開けた鳥かごの口から、大空へ飛び立っていった。小鳥はきっと、小父さんの魂を、お兄さんが待つ天国へ運んでくれるだろう……
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読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
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- 出版社:朝日新聞出版
- ページ数:312
- ISBN:9784022648037
- 発売日:2016年01月07日
- 価格:626円
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