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Wings to fly
レビュアー:
切り裂きジャックの正体もさることながら、どうして突然事件が終息したのかを描いたところが面白い。華やかで猥雑なヴィクトリア朝ロンドンで、有名なあの人やこの人に出会ってください。
1888年、ロンドンで娼婦の連続殺人事件が起きた。その手口は残酷で猟奇的、犯人の正体はいまだに掴めていない。本書もこの「切り裂きジャック」の謎に迫る作品だが、幕開けは事件から35年後の日本である。

導入部がお見事だ。春のうららかな午後、主人公のもとへ谷崎潤一郎が本を借りに来る。そして「貴方はローミオでしょうか?」なんてカードが、ヴァージニア・ウルフから届いたりする。いったいこの男は何者なんだろうと、彼の回想に引き込まれてゆく。すると、美貌の相棒が登場。本書の主役は官費留学生コンビである。

語り手の柏木はロンドン病院の医学生、同期の鷹原は華族の令息にして警視庁に入った変わり種で、スコットランドヤードを視察中だ。光の君と綽名される容貌に高貴な家柄、知性に秀で自信に満ちた、友達思いの毒舌男である。ロイヤルファミリーからも招待状が送られてくる優雅なホームズ鷹原と、医学の道に進むべきかと悩むワトソン柏木が、切り裂きジャック事件の渦中に飛び込んでゆく。

事件の展開はいささかゆっくりと濃密である。その中に、無名時代のバーナード・ショウや『千夜一夜物語』の作者リチャード・バートンなどが続々と登場する。中でも、ロンドン病院の一室に住むエレファントマンことメリック氏が秀逸だ。怪物めいた容貌、見世物として生きた不幸な半生の話と相まって、繊細で知的なのに心の内を誰にも見せない彼の存在感は、数十年後のエピローグに至るまで物語に色濃く漂い続けるのである。

犯人と思しき人物は特定される。しかし、本書の特色は「なぜそれ以上殺されずに突然事件が終わったのか。」が描かれているところかと思う。なるほど、面白い。犯人検挙に劇的役割を果たす指紋鑑定も、この頃はまだ行われていなかったと気づせてくれる場面もあり、未解決なままの理由も興味深かった。

世界中の富が集まってくるヴィクトリア朝ロンドンの華やかさと、猥雑で不穏な雰囲気を満喫できる。そしてまた、柏木君はディケンズの作品に衝撃を受けるのである。自分の内面を見つめて将来を定める彼を通し、文学の価値を描いているところも良かった。「森は踊り子と付き合ってるそうだ。」なんて心配されてるし、日本はまだ近代文学の夜明け前だったんだなあ。
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Wings to fly
Wings to fly さん本が好き!免許皆伝(書評数:862 件)

「本が好き!」に参加してから、色々な本を紹介していただき読書の幅が広がりました。

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