紅い芥子粒さん
レビュアー:
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作者は、灼熱と放射能の地獄の中で、人の姿を奪われ、異形のものとなって死んでいった数多の人々に、黄色い小弁の夏の花を、心の中で手向けていたのだろうか。
1945年8月6日、原民喜は、故郷の広島で被爆した。
その前々日、彼は、一年前に死んだ妻の墓参りに行っている。
小説は、その墓参の情景から始まっている。
街に出て花を買う。
ポケットには、仏壇から取り出した線香が一束。
手には、黄色い小弁の可憐な花の束。
休電日。街をぶらぶら歩いて墓地へ。
炎天にさらされている墓石に水を打つ。
花の束を二つに分けて、左右に差す。
線香に火をつけ、黙礼し、祈りを捧げる。
戦争の最中とはいえ、そこには、生者が死者を思う静かな時間が流れていた。
8月6日の朝、作者は、厠にいたために一命を拾った。
その瞬間、「目の前に暗闇がすべり落ちた」と、作者は書く。
あまりに強烈な光と音のために、一時的に失明したのかもしれない。
暗闇の中を手探りで縁側に出、しばらくすると薄らあかりの中に、破壊された家屋が浮かびあがったという。そのあと、目に入った無残な光景のすべてが、作者の網膜に焼き付いた。
そのころ、原民喜は、実家である長兄の家に身を寄せていた。
陸軍や空軍の注文も引き受ける大きな縫製工場で、大勢の人が働いていた。
勤労動員の中学生や女学生もいた。
血だらけになり、絶叫する者。
火傷で膨れ上がった顔にも気づかず、動転し、あたふたと走り回る者。
作者自身、意味のないわめき声をあげて、縁側にたたずんでいた。
やがて、原爆の熱で火の手があがる。
恐怖と興奮の中で、手当たり次第に身の回り品をかき集め、熱風の中を逃げる。
死んだ者を踏み越えて。死んでいく者たちを振り切って。
みな人間とは思えぬほど醜怪な顔や姿になっていた。
逃げる途中で見た地獄図を、作者は丹念に書き留める。
逃げながら「このことを書きのこさねばならない、と、わたしは心に呟いた」と作者は書いている。
「夏の花」が書かれたのは、1945年の秋から冬にかけてだった。原題は「原子爆弾」。
『近代文学』に発表する予定だったが、GHQの検閲を考慮して差し控えたという。
『三田文学』に発表されたのは、1947年。
「原子爆弾」から「夏の花」へ。
発表を控えていた二年の間、作者は、灼熱と放射能の地獄の中で、人の姿を奪われ、異形のものとなって死んでいった数多の人々に、黄色い小弁の夏の花を心の中で手向け、祈りを捧げていたのだろうか。
その前々日、彼は、一年前に死んだ妻の墓参りに行っている。
小説は、その墓参の情景から始まっている。
街に出て花を買う。
ポケットには、仏壇から取り出した線香が一束。
手には、黄色い小弁の可憐な花の束。
休電日。街をぶらぶら歩いて墓地へ。
炎天にさらされている墓石に水を打つ。
花の束を二つに分けて、左右に差す。
線香に火をつけ、黙礼し、祈りを捧げる。
戦争の最中とはいえ、そこには、生者が死者を思う静かな時間が流れていた。
8月6日の朝、作者は、厠にいたために一命を拾った。
その瞬間、「目の前に暗闇がすべり落ちた」と、作者は書く。
あまりに強烈な光と音のために、一時的に失明したのかもしれない。
暗闇の中を手探りで縁側に出、しばらくすると薄らあかりの中に、破壊された家屋が浮かびあがったという。そのあと、目に入った無残な光景のすべてが、作者の網膜に焼き付いた。
そのころ、原民喜は、実家である長兄の家に身を寄せていた。
陸軍や空軍の注文も引き受ける大きな縫製工場で、大勢の人が働いていた。
勤労動員の中学生や女学生もいた。
血だらけになり、絶叫する者。
火傷で膨れ上がった顔にも気づかず、動転し、あたふたと走り回る者。
作者自身、意味のないわめき声をあげて、縁側にたたずんでいた。
やがて、原爆の熱で火の手があがる。
恐怖と興奮の中で、手当たり次第に身の回り品をかき集め、熱風の中を逃げる。
死んだ者を踏み越えて。死んでいく者たちを振り切って。
みな人間とは思えぬほど醜怪な顔や姿になっていた。
逃げる途中で見た地獄図を、作者は丹念に書き留める。
逃げながら「このことを書きのこさねばならない、と、わたしは心に呟いた」と作者は書いている。
「夏の花」が書かれたのは、1945年の秋から冬にかけてだった。原題は「原子爆弾」。
『近代文学』に発表する予定だったが、GHQの検閲を考慮して差し控えたという。
『三田文学』に発表されたのは、1947年。
「原子爆弾」から「夏の花」へ。
発表を控えていた二年の間、作者は、灼熱と放射能の地獄の中で、人の姿を奪われ、異形のものとなって死んでいった数多の人々に、黄色い小弁の夏の花を心の中で手向け、祈りを捧げていたのだろうか。
掲載日:
書評掲載URL : http://blog.livedoor.jp/aotuka202
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読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
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- 出版社:
- ページ数:15
- ISBN:B009AKH1IA
- 発売日:2012年09月13日
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