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ぽんきち
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スポルディング・コレクションから読み解く絵師・歌麿の生涯
喜多川歌麿(1753-1806)といえば何といってもやはり美人画だろう。「びいどろを吹く娘」「寛政三美人」など、女たちの個性や心情まで写し取るような絵の数々は、江戸の人々にもてはやされ、一世を風靡した。

歌麿は蔦屋重三郎が見出し、幕府の度重なる弾圧を潜り抜けながら、美人画を描き続けたが、最後は手鎖50日の罰を受け、不遇のうちに亡くなったとされる。しかし、史料として歌麿の足跡がわかるものはあまり残されておらず、その生涯には謎が多いという。

著者はNHKの美術番組のディレクターとして、非常に保存状態がよい歌麿のコレクションと出会う。ボストン美術館で長らく封印されてきた秘蔵の作品群。アメリカの大富豪であるスポルディング兄弟が1942年に寄贈したものである。浮世絵版画は植物染料を使用しているため、光の影響を受けやすい。寄贈にあたってスポルディングは、退色を避けるため「展示してはならない」と条件を付けた。
そのコレクションが2007年、公開されることになった。といっても一般客向けではなく、デジタル画像を残すためだった。浮世絵6500点のうち、400点は歌麿のものだった。過去には知られていなかったもの、あるいは知られてはいても色の状態が格段によいものがまとめて見出され、謎の絵師の素顔に迫る手掛かりが数多く得られた。

第1章はスポルディング・コレクションの概要。
第2章は歌麿が使った「紫」の色素の謎に迫る。
第3章以降は、作品群を手引きとして、著者が歌麿の生涯を、フィクションを交えて再構成する形である。

歌麿の生涯に大きな影響を及ぼしたのは、まずは版元であった蔦屋だが、敵対する大きな存在には、老中の松平定信がいた。定信は秀才かつ堅物で、「寛政の改革」を主導した人物である。倹約を旨とし、物価の高騰を抑えるため、豪奢や放恣を禁じた。衣食の贅沢も禁じられ、出版物も華美なものは許されなかった。
重苦しい空気の中、歌麿は制限を逆手に取り、衣装を派手にせずとも、女の表情で見せる絵を次々に描いていく。「美人大首絵」と称されるものである。
歌麿は、茶屋の看板娘などの評判の町娘を題材に、ブロマイドにあたるような絵も描き、歌麿が描いた娘はさらに評判となった。
女たちを愛した歌麿は吉原にも足しげく通い、一瞬のしぐさやふとした表情などを生き生きと捉えた作品も残している。

老中・定信は苛烈すぎる政策の不評もあってやがて表舞台からは去るが、歌麿の受難は終わらなかった。定信の路線を引き継いだ役人たちは、歌麿に難癖をつけるように、錦絵に名前を入れてはいけないという触れを出す。町娘を描いた絵を規制するためであった。
これに対抗した歌麿は、女の名前を、野菜や動物や風景の図案で示す「判じ絵」を編み出した。菜が2把で「なにわ」、矢「や」、沖の絵で「おき」、田んぼで「た」、併せて「難波屋おきた」といった具合である。
ところが何年か後には歌麿を狙い撃ちするように「判じ絵」を禁じるお触れまで出た。

反骨の絵師、歌麿は度重なる禁令にも闘志を燃やしながら乗り切っていくが、やはりどこか疲弊していったのだろう。
とどめとなったのは、『太閤記』の絵本だった。摘発の理由ははっきりしないが、太閤秀吉の名を実名として記載してしまったこと(体制批判につながらないよう、芝居などでは真柴久吉等、少し変更するのが通例であった)、あるいは女たちを侍らせる太閤の姿が、側室を40人も持っていた当時の将軍・家斉の批判と取られたことが原因とする説がある。
いずれにしろ、これが手鎖50日の刑を招いた。

度重なる幕府との闘い、そして台頭してくるライバルたち。絵師としての自身の限界にも苦しんだ。
刑の後に残された時間は長くはなかった。
こうした歌麿の生涯を著者は想像も交えて描き出していく。真偽のほどは定かでない部分もあるが、著者の歌麿への強い思い入れが感じられる。
口絵にスポルディング・コレクションがカラーで40ページ分紹介されているのもすごいが、新書であるため、版が小さいのは少々残念なところではある。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1827 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。そろそろ大雛かな。♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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