マーブルさん
レビュアー:
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到底理解できたなどとは言えないが、安部公房の出発点として他の作品の理解のためにも引き出しに入れておきたい作品たち。
朝目覚めると、名前を失っていた男。
影を奪われ、透明人間になった男。
家を失い、身体から糸がほぐれて、繭と化した男。
現実ではあり得ない状況の中、コミカルに展開していく様は、エンデの描く寓話も思い出させるが、教訓めいたものを見出すことはできない。
名前を失った主人公の作品はカフカの『変身』のようでもあるが、あのような深刻さは感じない。
どちらかと言うとふざけている?
笑えばいいのか。シニカルさの裏を読むべきなのか。
1999年公開のアメリカ映画『アメリカン・ビューティー』を思い起こす。
真っ赤なバラが、画面のあちこちに意味ありげに現れる。象徴的意味を感じるべきか、単なるジョークなのか。
風に舞い続けるビニール袋を延々と撮り続けるビデオの映像に「美しい」と言う。
真に受けるべきか、ふざけていると思えばいいのか。
スクリーンの中のメッセージを、思いこみ強く読み取ろうとしていた当時のことが思い起こされる。公房の紡ぐ物語の中の、不可思議な出来事に意味を汲み取ろうとしては、指の間からすり抜ける。
真に受けるべきか。無視するべきか。
ひっくり返った箱からあふれ出たオモチャをとりあえずは無視して、芯に残る「何か」を探そうと試みる。ヒントは「壁」なのだろう。
しかし、第一部、第二部と「壁」の意味合いは、様々で焦点を絞り切れない。
『砂の女』では日常生活を失って、終わることのない砂かきに埋没する。
『他人の顔』では顔を失って、別人の生活を手に入れたつもりが裏切られる。
安部公房は、日常から大切なものを奪い去って、真に重要なものを炙り出そうとしたのだろうか。あるいは日常というものの足元の儚さを描こうとしたのか。
読み終えても、あまり統一したものを発見できず解説を読み、あれこれ調べるとこれらの作品は公房の初期に書いた短編を一冊にして書籍化したものとのこと。第三部で解答を得ることができるのでは、と期待したのは間違いだったようだ。
初期の作品のためか、鮮烈な印象の素材たちは互いにぶつかり合っているばかりで、上手くまとまっているとは思えない。それでも、様々なシーンが強烈に心に刻まれ、ストーリーを忘れてしまってもその記憶は残る気がする。
何か大事なものをなくした空虚感。
ぽっかりと胸にあいた空洞に吸い込まれる砂漠。
謂れのない罪で裁かれる異常な裁判。
足の先から糸がほぐれてどんどんと小さくなっていく身体。
人類が液化して起こる洪水。
魔法のチョークで壁に描いた食べ物を食べる貧乏絵描き。
食糧難の解決策としてカニバリズムを画策する事業家。
到底理解できたなどとは言えないが、安部公房の出発点として他の作品の理解のためにも引き出しに入れておきたい作品たち。
【読了日2021年5月19日】
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文学作品、ミステリ、SF、時代小説とあまりジャンルにこだわらずに読んでいますが、最近のものより古い作品を選びがちです。
2019年以降、小説の比率が下がって、半分ぐらいは学術的な本を読むようになりました。哲学、心理学、文化人類学、民俗学、生物学、科学、数学、歴史等々こちらもジャンルを絞りきれません。おまけに読む速度も落ちる一方です。
2022年献本以外、評価の星をつけるのをやめることにしました。自身いくつをつけるか迷うことも多く、また評価基準は人それぞれ、良さは書評の内容でご判断いただければと思います。
プロフィール画像は自作の切り絵です。不定期に替えていきます。飽きっぽくてすみません。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:265
- ISBN:9784101121024
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