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四次元の王者
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冒頭、医師リウーが、死んでいる鼠を発見した日がなんと4月16日(本日)。ストーリーは、映画「荒野の七人」のシーンが強烈にフラッシュバック。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

本書を手にしたきっかけは、もちろん新型コロナウイルス。

なのだが、二度読みして感じたのは読む前には想定外だったこと。
極限状態での男たちの友情、そして彼らの人生って何?
二度読みした理由は、翻訳が五十年以上前のものだからなのか、やたらわかりにくい表現が多用されていたせい。

舞台は地中海に面したアルジェリア海岸のオラン。
この人口20万人の都市が、突然ペスト禍に襲われた。

主人公は、ここでペストと闘うはめになる医師リウー、35歳。
4月16日以降、市内あちこちで大量の鼠の死骸が発見される。
やがて、頸部リンパ腺の腫れ、四肢の膨張に苦しみながら多くの市民が絶命してゆく。

及び腰だった知事はとうとうオランをペスト地区と認定、その閉鎖を布告。
オランの市街地は高いコンクリート壁と海に囲まれ、四つの出入り口には衛兵所がある。
文字通りの閉鎖空間に市民はペストと一緒に閉じ込められた。

増加する罹患者の診療に必死の医師リウー。
医師も病床も足りず、目の前で多くの市民が死んでゆく。
天災というものは、事実、ざらにあることであるが、しかし、そいつがこっちの頭上に降りかかってきたときは容易に天災とは信じられない
そう、アテネ、中国、マルセイユ、コンスタンティノーブル……地球には戦争と同じくらいのペスト禍があったのだ。

カミュが描いたのは、極限の閉鎖空間で一瞬のスクラムを組んだ男たち。
それまで全く違った世界を生きてきた男たちが集まった。

死んだ鼠や、罹患者数のとりまとめで、早くからリウーと接点を持つのがオラン市の非正規職員、グラン。
20代、経済的理由で勉学の道をあきらめ、当時の局長に「そのうち正規の職員にするから」と適当なことを言われ、ずっと今まで同じ状況。
小さな街から出たことが無く、ひたむきに生きてきた。
幼馴染のジャンヌと、ささやかな家庭を設けるが、ジャンヌは不器用で仕事に没頭していたグランを見限る。
そして50代の今、グランは黙々とリウーのサポートを続ける。

市の大きなホテルに滞在しているタルーは過去、ヨーロッパ各地でレジスタンス活動をしていた。
きっかけは裁判官の父に誘われた法廷見学の場で、父が被告に死刑宣告をしたこと。
タルーは精神を病み、諸国を放浪する。
そして死刑制度と闘うことが、その後の彼の心を支えた。
見知らぬ地、オランでペスト禍に直面したタルーは新たな闘いを求め、ボランティアを集めた保健隊をリウーと一緒に創る。

たまたまオランに居合わせ、閉鎖の憂き目にあった新聞記者ランベール。
フランス本土の恋人と会うためには、非合法手段を使っても脱出しようと試みるのだが、自然の成り行きでリウー医師の保健隊に参加。
本土の恋人に遭うことより、保健隊でペストと闘う道を選ぶ。

五人目のコタールは闇社会の男だが、完全な悪党ではない。
過去にかかわった悪事で、有罪判決を受けることを悲観、自殺を図るが一命を取り留める。
ペスト禍、大量の市民が隔離された病床で亡くなっていくことで、オラン市は感情を失う。
ところが社会から弾かれて来たコタールには、逆にここが居心地の良い空間となる。
この男はリウー達の保健隊には加入しないが、微妙な距離感を持って荒野の七人の一員となる。

六、七人目が司祭のパヌルー神父と判事のオトン判事。
神に仕える者と、法に仕える者。

パヌルー神父は戦闘的なイエスズ会士。
「あなたがたは禍の中にいます。皆さん、それは当然の報いなのです」
受け容れよ、抵抗するな……のパヌルー神父の世界観。
保健隊に参加したパヌルー神父は、オトン予審判事の幼い男の子がペスト罹患により家族から引き離され、苦悶の末に絶命する場に居合わせる。
これが彼の宗教理念を破壊する。

いっぽう、定められた規則には従うとして家族四人がペストに罹患した際、長男と分かれ分かれとなり、粗末な隔離施設に自分が入るオトン予審判事。
その生真面目さのため、彼は長男の死に目に会えなかった。
自分は一命を取り留めるも、判事の仕事に戻らず、リウーたちの保健隊参加を志願する。


街全体を腐らせて行くペストの猛威に、ひとりひとりの人間は無力だ。
50年余りの人生を愚直に、ひたむきに生きてきた官吏、グランの典型的な肺ペスト断末魔の病状に天を仰ぐリウー。
これが鼠発見から8か月後の12月。
しかしグランは死ななかった。
ワクチンが功を奏したのか、人体に抵抗力がついたのか……たぶん本書のストーリー上はどうでもよいのだ。
人間の預かり知らぬところで、地球は回る。

先行きが見えた12月、地中海、アフリカ沿岸の海はまだ温かいのだろう。
死にゆく多くのペスト患者を診てきた医師リウーと、ずっとヨーロッパ各地の敗北者の側から世の中を見てきたタルー。
オランの壁の外に出て、冬の海で泳ぐ二人のシーン……読んでいて自然に涙。

……が、1月。
生き延びたはずのタルーがまさかの罹患。
リウーの自宅ベッドに横たわるタルーに、
「呼吸は楽になったかい?」
「いくらかね、これは何か意味があるのかい?」
「君だって知ってるね、明け方の病勢弛緩ってやつは?」
それまで何人ものペスト死を見てきたタルーに、敢えて真実を語るリウー。
「ありがとう。正確に答えてくれ、いつでも」

戦いを終えたタルーは息絶える。

主人公リウー医師を軸に、グラン、タルーの人生が交錯。
脇役のランベール、パヌルー神父、オトン予審判事に、道化役っぽいコタール。

これぞ「荒野の七人」で、あの映画の盗賊たちより遥かにおどろおどろしい敵がペストなのだ。
ガッツでスクラムを組んできた七人。
2月に県知事の公示により、ペストの終了が宣言され、門は開かれた。

波乱の人生を劇的に締めくくったタルー以外のみんなは、これからどう生きてゆくのだろう。

自らの犯罪嫌疑がペストのお陰で薄らいでいたコタールは、世の中が正常化したことで、逆に精神に異状を来す。

ランベールは遠方の恋人と再会するが、心にはもっと重い何かが残る。

グランは地道に、相変わらず非正規の市職員として生きてゆくだろう。

そしてリウー。
実は彼、病を持った妻を、ペスト禍の直前に市外の療養所に送り出していた。
開門直前にリウーが受け取った電報は、その妻の死を告げるものだった。

カミュはどうもペストの恐ろしさを描いているわけではないようだ。
新型コロナウイルスも、戦争もそうだが、全人類にとって一定の死は避けられない。
問題はその一瞬をどう燃焼するかであり、一瞬の長さはリウー、グラン、タルー、それぞれで異なる。
それは一人一人の心の中にある。




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四次元の王者
四次元の王者 さん本が好き!1級(書評数:455 件)

仕事、FP活動の合間に本を読んでいます。
できるだけ純文学と経済・社会科学系のものをローテーション組んで読むようにしています(^^;

相場10年、不良債権・不動産10年、資産形成(DC、イデコ)20年と、サラリーマンになりたての頃は思っても見なかったキャリアになってしまいました。

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この書評へのコメント

  1. 脳裏雪2020-04-17 16:15

    ほーんと訳がよくないですよね、
    他の訳で再読したいのですがみつかりません、、

  2. 四次元の王者2020-04-18 11:39

    脳裏雪さん、コメントありがとうございます。……ほんと、最初は途中で断念しようかと思ったのですが、こういう訳なのにみんな読むっていことはよほど内容が濃いのかと思って、耐えました。時期は50年ほど前、良く解釈すれば、新たな日本語を開拓しようみたいな気概があったのかもしれませんね(^^;

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