文庫本上下巻、合わせて九百ページ。
普通なら途中で息切れする厚さだが、「砂の器」は読者を逃がさない。
東京・蒲田駅から川崎駅へ向かう操車場で発見される遺体── この一場面だけで、物語がどれほど深く、どれほど容赦ない方向へ進むのかが暗示されている。
警察は犯人を挙げられず、捜査本部は解散。
だが、ここからが本当の物語だ。 警視庁の今西警部補と、所轄の若手刑事・吉村は、家庭も睡眠も削りながら捜査を続ける。 この二人、正直どこか“狂っている”。 だが、その狂気こそが読者を前へ前へと引きずっていく。
解決に近づいたと思えば霧散し、手がかりを掴んだと思えば壁が立ちはだかる。 ミステリの王道展開が続くのに、飽きるどころか、気づけば刑事たちに声援を送りながらページをめくっている。
今西の、仕事一途で家庭を顧みない生き方は、どこか自分の人生と重なり、読んでいて妙に胸がざわついた。 まるで自分が刑事になったかのような錯覚すら覚える。
一方で、時代の波に乗って甘い生活を享受しながらも不満をこぼし、欲望を制御できない若者たち。 与えられた仕事に黙々と向き合う刑事たちとの対比が、物語に鋭い陰影を与えている。 この配置の巧みさは、清張の“職人芸”と言っていい。
やがて、二人の刑事の地道な努力によって、マスコミに持ち上げられてきた若者の“栄光”は、 砂の上に建てた楼閣が波にさらわれるように、静かに、そして無惨に崩れ落ちていく。
「砂の器」は単なる警察小説ではない。 人はどこに自分の人生を築くべきなのか── その問いを、真正面から突きつけてくる。 著者の信念が、少し照れくさくなるほど真っ直ぐに貫かれた一冊だ。
あわせて、読みたいこの2冊!
「新宿鮫X 絆回廊」大沢在昌著……変わりゆく街と、変わらない孤独の刑事を描く。
「名もなき毒」宮部みゆき著……現代にしみる、静かな毒
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