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「冥」とは「光がない」「道理に暗い」「死者の世界」「神仏のはたらき」などの意味をもっています。

死者たちの語り
このシリーズは、全20巻と別巻1があり、2011年〜13年で完結し、今は文庫化され、こちらは2020年に完結している。このシリーズは漢字一文字でタイトルを表記し、13巻目のタイトルが「冥」である。

「冥」とは「光がない」「道理に暗い」「死者の世界」「神仏のはたらき」などの意味をもっています。

小川未明、夏目漱石、江戸川乱歩にはじまり小島信夫、安部公房、吉屋信子、井上ひさし、三枝和子、奥泉光、浅田次郎、目取真俊、らの小説に、鮎川信夫、石原吉郎、草野心平らの詩、短歌、俳句までが収録されている。全編に共通しているのが死者たちの「魂」の声であり、生きて還ってきた者たちの死んだ者たちへの贖いえない罪の意識の切ない哀しさと憤怒の綻びである。

昭和20年8月の敗戦から一年後の首相、閣僚を召された御茶会で、昭和天皇は1300年前の白村江の戦いを引き合いに出され、「天智天皇がおとりになった国内整備の経論を、文化国家建設の方策として偲びたい」と述べられたそうだ。

近代戦争のはじまりである日清日露戦争は、明治天皇の治世であった。
そして大正デモクラシーの象徴であった大正天皇治世のわずか14年間を除く敗戦までの51年の間は常に戦争が日常化していた。明治天皇、昭和天皇は死者たちの英霊ならざる魂の聲をどのように聞いたのだろうか?

吉屋信子の『生死』は、次の一文ではじまる。《小生は人間の死後の霊魂の存在を固く信じていたものです》
そして《或はこれを書いたことによって、一種の自己解放感ともいうものを覚えるような気もいたします》で終わる。

真の革命家?の映画監督若松孝二の『キャタピラー』の原作である江戸川乱歩の『芋虫』は、帰還した傷痍軍人とその妻とのグロテスクなエロティシズムが反転し、生と死と性がゴロゴロと転がりつづけ、加害者も被害者も告発する者もされる者も闇夜の一匹の芋虫となって果てのない空間へと落下する。目取真俊の『水滴』の死んだ親友兵士と生きて生還した主人公との魂の交流を「水」の尊さを過剰と欠落の綻びの果てに、生への煌めきを最後に描いて微かな光を灯した。しかしつい最近の辺野古で起きた同志社高校の漁船転覆死亡事故は、政治と経済と市民運動のあり方を根底から問いかける。沖縄基地問題は現在進行形である。

最後に草野心平の「マンモスの牙」を全文引用する。これは戦後80年という時間のスパンを遥かに凌駕し、
サピエンス由来の人間と生物種の荒ぶる魂の遺伝子に、命の尊厳という二重螺旋を書き記すかのようである。

草野心平「マンモスの牙」

ヒロシマとミヤジマのあいだの。
海の。
底のくぼみに。
ウルトラメールになめられて。
マンモスの骨が沈んでいた。

機雷掃除の網にかかって骨たちは。
○○○○年○月○○日。
まぶしい空間に引きあげられた。

十八才の青年太陽光線は。
沼沢地帯に。
ラムネ泡だち。
連れだってマンモスたちはぶらついていた。
頭にかぶさる羊歯(シダ)の群落。
もんもりの背中には紫色のまだらがゆれてた。
時に。
蛇鱗模様(うろこもよう)の樹木を倒す。
棒立ちの性の大歓喜。

ヒロシマ城にはコンクリの階段や。
ガラス張りのケースがある。
また美しくない壁もある。
ヒロシマ城のなかのマンモスの骨。

ヒロシマ城のわきには日露戦争の大本営の遺跡があり。城壁には投げられた石で傷ついた原民喜の詩碑がある。
そして原爆広場の記念館。

それらの歴史をぶっすり
つらぬきたいかもしれない。
マンモスの牙。死んでる牙。
  • 掲載日:2026/05/20
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