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冴は母親が夜職であった為に学校で苛めを受け、心晴はパンデミック中匿名でメッセージ交換を行っていた同級生と会う約束を母親に反故にされて以後、引きこもっていた。いつしか成長した2人は出会い、互いを変える。

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
私たちの世代は
本作は、パンデミックという未曾有の状況の中で成長期を過ごした若者たちの軌跡を描いた物語です。物語は主に岸間冴と江崎心晴という二人の少女を軸に展開され、それぞれ異なる形で社会から切り離された経験を持ちながらも、やがて再び世界と関わり直していく姿が描かれています。

第一章では、パンデミック初期の混乱と、それが子供たちに与えた影響が丁寧に描かれます。冴は母子家庭で育ち、母親が夜の仕事をしていることを理由に同級生から揶揄されるという環境に置かれていました。しかし母親自身はその仕事を恥じることなく、むしろ淡々と生きる姿を見せており、冴にとっては誇るべき存在でもありました。

一方、心晴はオンライン授業という新しい環境の中で生活を送ります。母親はこれを好機と捉え、心晴にオンライン英会話をさせるなど教育的な支援を行いますが、結果として心晴は現実の人間関係から切り離され、孤独を深めていくことになります。

冴の母親は、マスク不足の中で手作りマスクを配るなど地域に貢献する行動を取ります。その延長線上で、不登校の少女・清塚蒼葉の存在を知り、彼女に食べ物を届け続けます。この行為は単なる善意にとどまらず、孤立していた蒼葉にとって生き延びるための支えとなりました。そして冴と蒼葉がチョコレートを分け合う場面は、極限状況の中で生まれたささやかな連帯の象徴として印象的に描かれています。

一方の心晴は、分散登校の中で匿名の文通を始めます。名前も顔も知らない相手とのやり取りは、孤独の中に差し込む光のような存在でした。しかし父親の病状悪化という家庭事情により、その約束は果たされず、心晴は深い挫折を経験します。この出来事を契機に、彼女は不登校となり、長く社会との接点を失ってしまいます。

第二章では、成長した二人が再び交差します。就職面接という場で再会した冴と心晴は、それぞれの過去を背負いながらも、まだどこか不安定な状態にあります。冴は「一年で辞める」と宣言するなど、社会に対して一定の距離を保とうとし、心晴は長い不登校の影響を引きずっています。

冴は中学時代、母親の職業を理由にいじめを受け続けますが、それを母親には打ち明けられませんでした。そんな中で再会した蒼葉は、かつて救われた恩を返すかのように、冴を守る存在となります。暴力すら辞さない覚悟で冴を守ろうとする蒼葉の姿は、危うさを孕みながらも、彼なりの必死の誠実さを示しています。

さらに蒼葉は学業においても高い能力を見せ、冴の学習を支えます。しかし彼自身は進学を諦めており、社会的な階層の壁を自覚しています。この自己認識は、冴との関係にも影を落とし、二人の間には微妙な距離感が生まれます。

一方、心晴は家庭教師の樋口の支えを受けながら、通信制高校という道を見出します。SNS上の友人カナカナとの交流も続きますが、カナカナはより深い引きこもり状態にあり、次第に絶望的な言葉を口にするようになります。この対比は、同じような状況にあっても一歩踏み出せる者とそうでない者の違いを浮き彫りにしています。

第三章では、時間の経過とともにそれぞれの人生が進んでいきます。心晴は通信制高校から大学へと進み、徐々に社会復帰への道を歩み始めます。樋口の存在は大きく、彼がなぜそこまで心晴に関わるのかという謎が物語の背後に伏線として置かれます。

冴は母親を亡くしながらも、その母が遺した配慮によって生活基盤を保ちます。地域とのつながりが彼女を支え、さらに蒼葉の存在も彼女の成長を後押しします。冴は教師になる夢を持ち、教育大学へと進学しますが、その過程は決して平坦ではありません。

第四章では、再び二人が現実の中で向き合います。偶然の再会をきっかけに、冴と心晴は互いの過去を打ち明け合います。これまで誰にも語れなかった経験を共有することで、二人の間には強い共感と信頼が生まれます。

心晴は、かつての文通相手からの手紙によって、自分が誰かを傷つけていた可能性に気づきます。この気づきは彼女にとって大きな転機となり、再び社会へ踏み出す決意を固める契機となります。

冴は教師になることを一度ためらいますが、心晴との対話を通じて、自分の経験そのものが誰かを救う力になるのではないかと気づきます。未熟であることを理由に立ち止まるのではなく、今の自分だからこそできることがあるという認識に至るのです。

第五章では、それぞれが社会の中で役割を持ち始めます。冴は小学校教師として働き始め、自らの過去を隠すことなく子供たちに向き合います。その姿勢は、従来の「理想的な教師像」とは異なるものですが、むしろリアルな共感を生むものとして描かれています。

心晴もまた、観光センターでの仕事を通じて人と関わる喜びを取り戻していきます。かつて閉じこもっていた彼女が、他者と接する仕事に就いているという対比は象徴的です。

物語全体を通して描かれるのは、「分断された世代」がいかにして再びつながりを取り戻すかという問いです。パンデミックは単なる背景ではなく、人と人との関係を断ち切る装置として機能し、その影響が長く尾を引くことが示されています。

しかし同時に、本作は人と人との小さな善意や偶然の出会いが、人生を大きく変え得ることも描いています。冴の母親の行動、蒼葉の献身、樋口の支援、匿名の文通相手との交流など、一見すると非現実的に思えるほどの善意が連鎖し、登場人物たちを支えていきます。

この作品には「善意が過剰に描かれている」という印象が確かにあります。現実にはもっと理不尽で救いのない状況が存在し、いじめや虐待の記憶は容易に癒えるものではありません。その意味で、本作は現実の厳しさを緩和した「理想化された世界」と言えるかもしれません。

しかし一方で、この作品が提示しているのは「現実の再現」ではなく、「こうであってほしい関係性」の提示であるとも考えられます。つまり、善意が連鎖する世界は現実には稀であるがゆえに、あえて物語の中で強調されているのです。

瀬尾まいこ作品に共通する特徴として、登場人物同士が深く傷つけ合うよりも、最終的には理解し合い、支え合う方向へ収束していく点が挙げられます。本作でもその傾向は変わらず、むしろパンデミックという重い題材を扱うことで、その「優しさ」がより際立つ構造になっています。

総じて本作は、現実の厳しさを知りながらも、それでもなお人と人とのつながりに希望を見出そうとする物語であると言えるでしょう。冴と心晴という対照的な二人の人生が交差し、互いに影響を与え合うことで、新たな可能性が開かれていく様は、瀬尾作品らしい温かさに満ちています。

しかし私は瀬尾作品を読んだ際にいつも「こんなにうまくいくはずがない」という感覚を抱きます。おそらくそれは、そんな違和感を抱かせるほどに、作者は意図的に善意を積み重ねているのだと思われます。

現実の世界がそうではないからこそ、この物語は一種の対抗的なイメージとして提示されているのです。そして読者は、その理想と現実の差異に戸惑いながらも、どこかで「こういう世界であってほしい」という願いを自分の中に見出すのではないでしょうか。
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  • 掲載日:2026/04/21
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