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ヌマーノ、我が世界文学の光、我が胸の炎。我がマナ、我がルネッサンス。ヌ・マー・ノ!

  • 徹夜の塊1 亡命文学論 増補改訂版 (徹夜の塊 1)
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  • 出版社:作品社
徹夜の塊1 亡命文学論 増補改訂版 (徹夜の塊 1)
先日、日本ナボコフ協会の2026年度大会に参加させて頂いた。大会では、二本の研究発表(古川哲「ナボコフと地中海」、若島正「ナボコフは二度ベルを鳴らす」)と講演(沼野充義「ニーナの夫はどうして蛇のようなのか?――ナボコフ読みの落穂拾い」)とがあった。

いずれもすこぶる興味深いお話だったが、久しぶりに沼野先生のお話を聴くことができたのがなによりの幸せだった。(東大の現代文芸論研究室関連のイベント等で先生の講演をお聴きして以来、沼野先生は僕のヒーローなのだ!)
ナボコフも、レムも、ドヴラートフもみんな沼野先生に教わった。

「ヌマーノ、我が世界文学の光、我が胸の炎。我がマナ、我がルネッサンス。ヌ・マー・ノ!」/


僕が、最初に「亡命者」に強く惹かれたのは、天安門事件後に中国から世界各国へと散っていった亡命者たちの姿だった。
特に、翰光監督の映画『亡命』(2010年)や同名の証言録『亡命―遥かなり天安門』(翰光/岩波書店/2011年)に描かれていた鄭義・高行健・方励之・胡平・王丹などの相貌は忘れ難い。
その後、ロシア革命時の亡命者であるナボコフにも強い関心を寄せて来たが、何故これほどまでに亡命者に惹かれるのだろうか?
それは、そもそも僕自身が故郷を追放された根無草、国内亡命者とでも言うべき存在だからなのではないか?
最近、そう思うようになった。
それゆえ、本書は僕が何度もたちかえって行くべき座右の書なのだ。/


【われわれの生はこの「まだ」と「もう」の間に、つまり起源と終末の間に広がる居心地の悪い時空間を漂い続ける宿命なのだ。そう、まるで亡命者のように。ここで亡命者の比喩が役に立つのは、他でもない、亡命者の存在様式こそは人間一般の生き方の原型を鮮やかに示しているからである。亡命者は故郷というユートピアを追われ、もう一つのユートピアを求めてさすらうのだが、決して究極の目的地に行き着くことはなく、「間」を漂い続ける。(略)そして、それがとりもなおさず、生きるということだ。亡命者の姿を見つめていると、ときに哀しく、ときに勇気づけられるのも、おそらくそのせいではないかと思う。】(本書。【】内、以下同じ。「はじめに」)/


【亡命文学の「二重露出」効果は、亡命の祖国を新たな遠近法のなかに置くだけでなく、亡命先の風景をそこの住人が決して見ないような方法で写し出すことを可能にする。つまり、われわれが普段見慣れてしまった日常的現実を異邦人の視点が「異化」し、その意外な側面を開示してくれるのである。(略)なかでも最大の傑作の一つは、(略)ウラジーミル・ナボコフの英語による長篇『ロリータ』(一九五五)であろう。(略)
主人公のハンバート・ハンバートは、アメリカに渡ってきたヨーロッパ人であり、英語も堪能な教養人だが、アメリカ人の側から見れば、あくまでも異質な要素である。(略)一方、彼に「かどわかされる」幼い少女ロリータは、言わばアメリカの大衆文化の代表者であり、ハンバートとロリータの間の愛と葛藤の物語は、とりも直さず、ヨーロッパ的教養人のアメリカ文化との接触の記録だったのである。
小説を注意深く読めば、ハンバートのちょっとした癖や、ロリータの何気無い仕草がそれぞれヨーロッパとアメリカの刻印を押され、対比されていることは、容易に見てとれる。また、ハンバートの視点から行なわれるロリータの趣味の記述は、アメリカ大衆文化の異化の好例と言えるだろう。】(同上)/

そうか!そうだったのか!
沼野先生、僕はまったく読めていませんでした。/


【ヨシフ・ブロツキーは一九六四年に社会的に有害な「徒食者」として逮捕され、強制労働五年の判決を受けた。】(「比較亡命文学論」)/

「徒食者」として逮捕!これは怠け者業の同業者としては、ブロツキーは全て読まねば!
僕は強制労働三十三年だから、僕の罪の方が重いようだ。
僕はいったい何をしでかしたのだろう?って、何もしなかったからだよ!/


【我々が亡命と呼ぶ状態についてのもう一つの真実は、それが孤独への、究極的な視界の中への飛翔(略)─あるいは漂流─を、おそろしく加速してくれるということだ。】(ヨシフ・ブロツキー「我々が亡命と呼ぶ状態」)/


【「手法」に関しては、(略)ウラジスラフ・ホダセヴィチ(略)が(略)早くから見事な指摘をしている。「綿密に検討するとわかるのは、シーリン(当時のナボコフの筆名。引用者。)が主として形式の芸術家、文学的手法の芸術家だということである。

─中略─

彼の作品の中に住んでいるのは登場人物だけではなく、無数の手法であり、それらの手法が登場人物の間をまるで妖精のように動き回り、大変な仕事をしている(略)。(略)シーリンにとって、もっとも重要な課題の一つは、手法がどんな風に生き、働いているか、を示すことである。だからこそ、彼は手法を隠さないのだ」(「シーリンについて」一九三七)。】(「ナボコフはどれくらい「ロシアの作家」か?」)/


【では、虚構を現実に優先しているという、もう一つの「非ロシア的」な特質に関してはどうだろうか。この点に関しては、ジナイーダ・シャホフスカヤが『ナボコフを求めて』(略)という著書で、示唆に富んだ指摘を行なっている。シャホフスカヤによれば、「ナボコフによる、輝かしく、甘く歌うようなロシアの自然描写は、別荘の住人の歓喜に似ていて、大地と深く結びついた人間のものではない」。そして、トルストイやトゥルゲーネフなど、(略)が皆知っていた本物の田舎や自然を、ナボコフは知らない、とシャホフスカヤは言う。そして、「ナボコフのロシアには、ロシアの民衆も不在である。農民もいなければ、町人もいない。(略)ナボコフのロシアとは、非常に閉ざされた世界であり、そこには三人の主要登場人物しかいない。つまり、父と、母と、息子のウラジーミルである」。】(同上)/


【このように英語圏・ソ連両方の「ナボコフ・ルネッサンス」がともに「ロシアの作家としてのナボコフ」という方向を指しているのは、おそらく偶然ではない。ナボコフ自身、エドマンド・ウィルソン宛の手紙(略)で、「自分はブロークや、ベールイ、プーニンか活躍したロシア革命前のロシアの「銀の時代」から出てきた」という主旨のことをはっきりと言っているが、われわれとしてはこの発言の重みを今後もっと考えていく必要があるのではないか。】(同上)/


ナボコフのアメリカの大学教師時代を描いた「動物学の教授になれなかった象」は、ナボコフの思いがけない一面を垣間見させてくれて、最高に笑える!
これを読めば、いかなるナボコフ嫌いの御仁であろうとも、たちどころに熱狂的なナボコフ・ファンになってしまうこと請け合いだ。/


【小説を読む際に細部に細心の注意を払うことは、ナボコフの場合、何よりも図解してヴィジュアルに描き出せるということを意味した。小説の舞台となる土地の地理、住居の間取りから、動植物の形態にいたるまで、ナボコフの『文学講義』は図解にあふれている。カフカの小説を理解するためには、グレゴールがいったいどんな虫になったのか、またザムザ家では家具やドアがどのように配置されていたか、正確に理解する必要があるし、『ユリシーズ』ではダブリンの地図が頭に入っていなければならないし、トルストイの芸術を楽しむためには(略)『アンナ・カレーニナ』(略)に出てくるモスクワ─ペテルブルク間を走る十九世紀ロシアの列車の内部がどんなだったか、思い描けなければならない。】(同上)/


【彼自らが「二十世紀小説の四大傑作」として名前を挙げるのは、ジョイス『ユリシーズ』、カフカ『変身』、ベールイ『ペテルブルク』、そしてプルースト『失われた時を求めて』の前半である(略)。】(同上)/


【現代の亡命文学の可能性を考えるうえで、非常に刺激的な論考がある。著者は(略)ソ連からの亡命の、(略)ユダヤ系の作家、ジノヴィイ・ジニク(略)。(略)
 「自分自身の国について真の書物を書くためには、まず国を出なければならない」と、ジャン・ジャック・ルソーは言った。この(略)アフォリズムを、私はジェイムズ・ジョイスの書簡で知った。ジョイスはダブリンを去るとき、この句で武装していたのだ。私がジョイスの手紙を英語で読んだのは、(略)イェルサレムの丘に立ったときだった。イェルサレムをさまよい歩き、遠いモスクワのことを思い出しながら、私はさとった─ジョイスに故郷ダブリンへの郷愁があったからこそ、『ユリシーズ』の中でダブリンの一日の描写があれほど壮大であると同時に、詳細なものになったのだということを。】(「とどまる力と越えて行く流れ」)/

『ユリシーズ』におけるダブリンの詳細な描写についての考察には激しく同意する。地元民が顔負けするほどの詳細な描写によって、彼は自分がアイルランド国民であることを証明しているのだ。このことは、『ユリシーズ』の以下の文章にも繋がる解釈ではないだろうか?/


《ーーしかしきみは国民の何たるかを知っておるのかね?ジョン・ワイズが云う。 
ーーええ、ブルームが云う。 
ーー何かね、それは?ジョン・ワイズが云う。 
ーー国民ですか?ブルームが云う。国民とは同じ場所に住んでいる人々のことです。 
(略)
ーーあるいはまた異なる場所に住んでる。 
(略)
ーーあんたの国家はどこだよ、云ってみな?市民が云う。 
ーーアイルランドです、ブルームは云う。僕はここで生まれましたからね。アイルランドです。》(ジェイムズ・ジョイス『ユリシーズ1-12』/柳瀬尚紀 訳/河出書房新社/2016年)/


【ロシア文学の境界が民族的にそれほどはっきりしたものでないことは、ロシアが旧帝政時代からソ連時代を経て現代に至るまで一貫して「多民族国家」であったことを考えてもすぐわかることだ。つまりロシア文学の世界は、エスニックな意味でのロシア人でない様々なエスニシティを周縁に貪欲に取りこむ「帝国」として発展してきたのである。】(「ロシア文学の境界」)/

ロシア・中国・アメリカなどの「帝国」もまた、食物連鎖の頂点に君臨したティラノサウルスなどの肉食恐竜のように、多くの草食恐竜を捕食することによって生き続けて来たのではないか?
地球上に「帝国」が棲息し続ける限り、侵略が止むことはないのではないか?
長く続いた「人類のジュラ紀」も、もうそろそろ終焉を迎えてもいい頃ではないだろうか?/


ロシアのウクライナ侵攻直後に、菊池努・青山学院大名誉教授が、これを「ソ連が崩壊する過程の最終段階」、つまり「冷戦の終わり」だと考えている※と聞いて瞠目したが、『ロシア革命100年の謎』(亀山郁夫共著/河出書房新社/2017年)などの本も著している沼野先生はどのように分析されているか非常に興味がある。(本書は2022年4月の出版(2020年3月には校正刷りが出来上がっていた。)なので、もちろん、この問題に関する考察は記載されていない。)/

※2022年6月1日/朝日新聞/〈インタビュー「帝国」が崩壊して「冷戦」が終わる ロシアを突き動かした屈辱感〉/ロンドン=国末憲人/


【ロシア文学が民族の境界を越えた平和な「共和国」ではなく、むしろ大民族(ロシア)による小民族の支配という権力構造に支えられており、民族対立の火種を内包した危険な制度であることが再認識されたのも、(略)現代ロシアにおいてであった。】(「ロシア文学の境界」)/


ロシア・ウクライナ戦争においても、シベリアのサハ共和国では戦死者数が2386人を数え、人口1万人あたりに換算すると24人となる。一方、モスクワは人口1万人あたり2人(戦死者数2767人)、サンクトペテルブルクは3人(1750人)と著しく戦死率が低い。
サハ以上に戦死率が高いのは、51人のトゥワ共和国(1730人)▽43人のブリャート共和国(4146人)▽33人のアルタイ共和国(696人)などの少数民族が暮らす地域の戦死率が異様に高い。(「前線で誰が戦っているのか 戦死率に透けるロシアの「不平等」な現実」/2026/2/23/毎日新聞)
さながら、獣道家プーチン氏は対外的にウクライナ人を殺戮する一方で、国内的には隠密裡に少数民族に対する民族浄化を行なっているかのようだ。/


ここに世界中の全ての亡命者・国内亡命者に読んでほしい文章を引用したい。

《ねえ、いいかい、ぼくは理想的なくらい幸福だ。ぼくの幸福感は一種の挑戦なのだ。すりへった靴底から伝わる湿気の舌先をぼんやりと感じながら、通りや、広場や、運河ぞいの小道をさまようとき、ぼくは言葉にはあらわせない幸福感を誇らしげにもちはこぶ。幾世紀もがすぎされば、学校の生徒たちもぼくらの革命騒ぎの話を聞いてあくびをするようになるだろう。あらゆるものが消えさるだろう。けれど、ぼくの幸福感は、いとしいひとよ、ぼくの幸福感だけは残りつづけるだろう。街灯の湿った照りかえしのなかに、運河の黒い水面へとくだってゆく石段の用心深い曲がり具合のなかに、ダンスをする男女のほほえみのなかに、神がかくも惜しみなく人間の孤独をつつみこんでくれる、あらゆるもののなかに。》
(ウラジーミル・ナボコフ「ロシアに届かなかった手紙」/『ナボコフ全短篇』/沼野充義 他 訳/作品社/2011年)/


僕はこの文章に、ナボコフの亡命者としての矜持を見る。
ひょっとしたら、「幸福」っていうのはひとつの意志のスタイルなのかも知れない。
ということで、「地獄道中膝栗毛」はまだしばらく続きます。
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  • 掲載日:2026/05/27
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