古本屋さんで見かけた1冊です。
「草森紳一」の名が懐かしく、手に取りました。私卒論で、氏の著書を参考にさせてもらったものですから。
「ウグイスの死」で始まり最後「墓場の書斎に閉じこもる」で終わるエッセイ集です。
印象に残った箇所を紹介します。
「読書とは、手の運動なのである」(「ウグイスの死」より)には、理解はできるが寂しい一言に思えました。
「緑陰読書」の中では、竹久夢二の少女が本を広げている構図について言及。
「これは、女性の中に男性レベルの『知性』をほしがる(竹久夢二の)夢物語である」という言葉はひっかりました。竹久夢二さんに聞いたことがあるんですかね。
「女性の中に男性レベルの知性をほしがる夢物語」つまり、女性は読書なんか望んでいないと言いたげな言葉だけでも十分不愉快ですが、次の
「竹久夢二はなんども『がっかり体験』を味わいながら」
「女性にとっては、ありがた迷惑な夢」
という言葉には、到底同意できません。竹久夢二氏は誰にもがっかりしたと言っていませんし、「女性にとってはありがた迷惑」とは女性は男性に自分が知性があることを求めていないものだと受け取れます。
少女が木陰で読書をするのが虚構だと言いたいのでしょうか。明治時代でも、字の読める女性は多かった。女性は読書を楽しまないという偏見を感じます(だったら私が本書を読まなければいいのだが)。
氏は竹久夢二の専門家ではありません。夢二はただそこにいた少女を描いただけかも知れないし、氏が詮索するほど深い意味はなかったと思います。
ヒトラーと毛沢東がかなりの読書家であったとある(ヒトラーについては「天眼鏡」より。毛沢東については「墓場の書斎に閉じこもる」より)。「(戦争中の)馬上でも読書、担架で運ばれている時も読書、そばに人がいても読書」とあります。
本好きの独裁者。残念です。彼らは、本から何も学びませんでした。知識とは、善政に結びつくとは限らないのかも知れません。
余談になりますが、氏は2008年70歳で心不全で亡くなりました。発見された時本に埋もれていたそうです。(死因はあくまでも心不全で、落下した本による怪我で命を落としたのではありません)。恐らく自身が倒れた衝撃でそばにあった本が落ちたのでしょう。本好きの著者らしい最期です。
いろいろ書きましたが卒論で「お世話」になった著者です。嫌いな訳ではありません。
ご冥福をお祈り申し上げます。
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