星落秋風五丈原さん
レビュアー:
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名探偵 怪力男ヘラクレスに挑戦!
「もう引退する潮時だな。」
そう言って、
「ああ、そうだね、そうなさい。」
と周囲が同意を示してくれたなら、これは実に理想的な引退だ。だが、あいにく探偵の場合はそう簡単にはいかない。自分がやめたくても、事件が放してくれないのだ。かのシャーロック・ホームズだって御年60才なのに、英国の危機を救うためとあらば、養蜂と読書に耽る理想的な生活を捨て、盟友ワトソンと駆けつける。名探偵エルキュール・ポアロだって、そう簡単に引退させてもらえるはずがない。
この物語は、ポアロが何度目かの引退を口にした事から始まる。
これからはカボチャの改良をして余生を過ごすというポアロに、医師が言う。
「きみの仕事はヘラクレスの難業ではない。愛の難業だ。」
この言葉にポアロは反応する。といっても、「君に仕事は辞められない」と言う彼が言わんとした趣旨ではなく、「ヘラクレスの難業」という比喩にこだわってしまった。本末転倒な話だが、確かに彼がこだわる理由はある。エルキュールをギリシア風に読めばヘラクレス、つまりヘラクレスは、自分と同じ名前の神話上の英雄である。ちなみに兄の名前はアシルだから、ギリシア風にはおそらくアキレス。母親が息子達に何を願って名前をつけたかが、非常にわかりやすいケースである。
「英雄英雄というが、どこがだ!」 神話を読んでポアロは激怒した。彼にかかれば神話上の人物は、強奪犯、殺人犯、詐欺師といずれ劣らぬ悪人揃いだ。こういう読み方は、いかにも現実主義の彼らしくて笑ってしまう。
そしてポアロは考える。「自分だってヘラクレスの難業くらいの事はできる!」 いや、もっと本音を言えば、「自分の方が彼よりも偉い!」 かくして負けず嫌いのポアロは、ヘラクレスの難業によく似た仕事を十二やり遂げたら、引退しようと決意する。こうしてまた探偵業を続けるが、ヘラクレス云々というのは、おそらく単なるこじつけだ。犯人との息詰まる攻防、トリックやアリバイを崩した時の快感、国家の安全を守ったという誇り。好敵手との出逢い。体験した冒険の数々。読者の胸を踊らせる数々の体験をしたポアロが、穏やかな生活に本当に満足できる訳がない。彼が探偵人生に「幕(=Curtain)ポアロシリーズの最終話タイトル 」を下ろすのは、もっとずうっと先なのだ。
ヘラクレスは妻の過ちによって命を落とすが、どうやら現代のヘラクレスは朴念仁で、妻帯の気配はなさそうだ。このままポアロは難業を何事もなく全うできるのだろうか? おや、彼が高価な赤い薔薇をとある女性にプレゼントしている。しかもミス・レモンが問いかけると、真っ赤な顔になる。様々な事件で人の恋路を見てきたポアロにも、遂に春が? これは事件だ!
まあ、誰ですか? ポアロが遭遇した事件より、こっちの謎を追う方が面白そうだなんて言ってる人は?
クリスティ作品
黄色いアイリス
ポケットにライ麦を
教会で死んだ男
クリスマス・プディングの冒険
そう言って、
「ああ、そうだね、そうなさい。」
と周囲が同意を示してくれたなら、これは実に理想的な引退だ。だが、あいにく探偵の場合はそう簡単にはいかない。自分がやめたくても、事件が放してくれないのだ。かのシャーロック・ホームズだって御年60才なのに、英国の危機を救うためとあらば、養蜂と読書に耽る理想的な生活を捨て、盟友ワトソンと駆けつける。名探偵エルキュール・ポアロだって、そう簡単に引退させてもらえるはずがない。
この物語は、ポアロが何度目かの引退を口にした事から始まる。
これからはカボチャの改良をして余生を過ごすというポアロに、医師が言う。
「きみの仕事はヘラクレスの難業ではない。愛の難業だ。」
この言葉にポアロは反応する。といっても、「君に仕事は辞められない」と言う彼が言わんとした趣旨ではなく、「ヘラクレスの難業」という比喩にこだわってしまった。本末転倒な話だが、確かに彼がこだわる理由はある。エルキュールをギリシア風に読めばヘラクレス、つまりヘラクレスは、自分と同じ名前の神話上の英雄である。ちなみに兄の名前はアシルだから、ギリシア風にはおそらくアキレス。母親が息子達に何を願って名前をつけたかが、非常にわかりやすいケースである。
「英雄英雄というが、どこがだ!」 神話を読んでポアロは激怒した。彼にかかれば神話上の人物は、強奪犯、殺人犯、詐欺師といずれ劣らぬ悪人揃いだ。こういう読み方は、いかにも現実主義の彼らしくて笑ってしまう。
そしてポアロは考える。「自分だってヘラクレスの難業くらいの事はできる!」 いや、もっと本音を言えば、「自分の方が彼よりも偉い!」 かくして負けず嫌いのポアロは、ヘラクレスの難業によく似た仕事を十二やり遂げたら、引退しようと決意する。こうしてまた探偵業を続けるが、ヘラクレス云々というのは、おそらく単なるこじつけだ。犯人との息詰まる攻防、トリックやアリバイを崩した時の快感、国家の安全を守ったという誇り。好敵手との出逢い。体験した冒険の数々。読者の胸を踊らせる数々の体験をしたポアロが、穏やかな生活に本当に満足できる訳がない。彼が探偵人生に「幕(=Curtain)ポアロシリーズの最終話タイトル 」を下ろすのは、もっとずうっと先なのだ。
ヘラクレスは妻の過ちによって命を落とすが、どうやら現代のヘラクレスは朴念仁で、妻帯の気配はなさそうだ。このままポアロは難業を何事もなく全うできるのだろうか? おや、彼が高価な赤い薔薇をとある女性にプレゼントしている。しかもミス・レモンが問いかけると、真っ赤な顔になる。様々な事件で人の恋路を見てきたポアロにも、遂に春が? これは事件だ!
まあ、誰ですか? ポアロが遭遇した事件より、こっちの謎を追う方が面白そうだなんて言ってる人は?
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ポケットにライ麦を
教会で死んだ男
クリスマス・プディングの冒険
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2005年より書評業。外国人向け情報誌の編集&翻訳、論文添削をしています。生きていく上で大切なことを教えてくれた本、懐かしい思い出と共にある本、これからも様々な本と出会えればと思います。
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- 出版社:早川書房
- ページ数:568
- ISBN:9784151300608
- 発売日:2004年09月16日
- 価格:924円
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