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hackerさん
hacker
レビュアー:
「結局、物語がすべてだ」と語ったのは黒沢清監督だと記憶していますが、本書を読んでいると、やはり、私も物語が好きなのだな、と思います。基本が映画好きなので、当然そうなるのでしょう。
1999年刊の本書は、文庫オリジナルの日本編纂のヴァージニア・ウルフ(1882-1941)短篇集です。実は、私はウルフはあまり読んでいません。かと言って嫌いなわけではなく、『ダロウェイ夫人』(1925年)は素晴らしい作品ですし、大好きです。ただ、私の場合、本好きというよりも、映画好きで本も読むという人間なので、どうも物語然としていない本に手を出すのは遅くなるようです。この「物語然」という言葉ですが、ノンフィクションでも立派に物語があるわけですから、必ずしもフィクションということではありません。うまく説明できないのですが、ジャンルや長短に関係なく、起承転結のある作品が好きなのだろうと思います。


さて、そういうことを踏まえての、散文や小説や、ものによってはエッセーとも解釈できる17作品が収録されている本書についてですが、好きなものはやはり小説です。いくつか、簡単に紹介します。

・『ラピンとラピノヴァ』

結婚したばかりの夫アーネスト・ソ-バーンと妻ロザリンドの夫婦、自分がソーバーン夫人だということになかなか慣れないロザリンドは、夫のことを、フランス語の「うさぎ」 lapin からラピーノ王、自分のことをラピノヴァ女王と、呼ぶことにします。二人は楽しく生活していましたが...。

二人の人間が自分を殺して一緒に暮らす結婚という社会儀式に対する、作者の不信を感じます。

・『堅固な対象』

政治家のジョンは、親友のチャールズと浜辺を散歩している時に、砂の中から、濃い緑色のガラスの破片を見つけます。持ち帰ったジョンは、それをマントルピースの上に置いておきます。そして、しばしばそれを眺めて過ごし、いつしか、政治に身が入らなくなりました。

編者であり訳者である西崎憲は、本作を「ウルフの短篇のなかでも最高の部類に属する」と解説で評しています。いかにも、ウルフであることを感じさせる作品です。

・『サーチライト』

ハイド・パークを見おろすクラブのバルコニーで、アイヴィーミー夫婦とその友人たちが珈琲と会話を楽しんでいた時、サーチライトが一瞬彼らを捉えます。それは、アイヴィーミー夫人に曾祖父のことを思いださせます。彼女は、子どもの頃から、敷地内の高い塔に上り、「荒れ野と空だけ、荒れ野と空、毎日毎日それだけ」を見ていた曾祖父の話を始めるのでした。

この曾祖父は、ある時、遠くの何かに気づきます。そして、塔を駆け降りたのでした。サーチライトが喚起した、それは何だったのでしょうか。


しかし、こうして並べてみると、紹介しなかった『憑かれた家』『池の魅力』『徴』『壁の染み』『ミス・Vの不思議な一件』なども含めて、題名だけでも分かりますが、オプセッションを扱った作品の多いことに気づかされます。それを作者が苦しんだ精神疾患の微妙な影と見ることも可能でしょうが、その判断は、もっと彼女の作品を読まれた方にお任せします。西崎憲の解説でも、ウルフは、小説の他に膨大な手紙や日記を遺していること、散文は書いたのに詩集はないこと、意識の流れ、フェミニスト、同性愛者等のいろいろなレッテルがあること等の理由なのか、確固とした全体像が見えにくいという主旨のことを述べています。個人的には、一人の人間を理解することの難しさをなんとなく感じさせる短篇集でした。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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