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猛将として、城づくりの名手としてイメージしていた藤堂高虎。さらに官僚としても、政治家としてもそうとう有能で、人誑しの側面も多分に備えていたようだ。いつか高虎を主人公とした大河ドラマが見てみたい。
本書を読む前の藤堂高虎のイメージは、猛将で築城の名手といった浅いものだった。
もちろん、そんなイメージは誤ったものではなかった。
しかしながら、それだけではなかった。
著者は、戦時においては一流の参謀であり戦巧者、平時には都市プランナーであり行政官、外交官とする。
どこから切り取っても面白い人物だった。
高虎は15歳で姉川の戦いに参戦すると、30歳では雑賀一揆や紀伊国衆の一揆を鎮圧しつつ秀長に付き従って四国出兵に参陣。
32歳では九州出兵に出陣し、その3年後には小田原出兵に従っている。
37歳のころには文禄の役、42歳では慶長の役で朝鮮へ渡海している。
そして、45歳で関ケ原の戦いとなるが、その際には内奥工作にも奔走。
59歳で大坂冬の陣、還暦で大坂夏の陣と、本当にものすごい戦歴だ。
それも偉そうに安全なところで采配していたわけではなさそうで、成人後には6尺2寸(約188㎝)という体躯を活かして戦いに身を投じたようで、死後に湯灌に関わった者の話として、「空いたところもないほどの傷跡がありました」という。
玉傷、槍傷は至る所にあり、右手薬指の爪は無くなっていたという。
左手中指は1寸ほど短く、右足親指の爪も無かったそうだ。
満身創痍である。
部下を鼓舞しながら戦いに身を投じたのだろう。
そんな戦い方を演じながらも政治家としての才能にも恵まれたようだ。
羽柴秀長に見出されながらも秀吉にも仕え、さらに徳川家康、秀忠にも重宝されたのは、決して戦巧者だからではなく、むしろ平時の才能が買われたからだろう。
家康と秀忠の意思疎通をはかるべく駿府と江戸をいくたびも往復し、政権運営を補助しつつ、秀忠時代になると西国諸国に徳川大名の国替えを推進し、政権の安定をまさしく形作った。
そこには高虎の人脈も大きく関わるが、人脈を形成する軸となったのはその人間性のなせることと思う。
また、朝廷と徳川和子入内の交渉を進めて実現するなど、朝廷と幕府の融和にも尽力したそうだ。
家康、秀忠の相談役も演じて重要事項決定を促したり、幕府の重臣会議にも出席しているという。
高虎の真の才は戦時より平時において如何なく発揮されたようで、そんな高虎の姿は今までまったく知らなかった。
高虎は不思議な人物だ。
相当有能なことはよく分かった。
それも知らないエピソードが盛りだくさん。
ただ、羽柴秀長と秀吉、徳川家康と秀忠が重宝したのは有能というだけではなさそうだ。
元和4年、上洛した高虎は近衛信尋を訪問すると、信尋は藤堂宅を訪れて宴会や船遊び(飲酒・茶の湯・謡曲・俳諧など)が催されている。
また、高虎は信尋を介して朝廷に贈物を献上したりする。
さらには近衛家や京都所司代にも歳暮を贈ったりと、実に如才ない。
ただの有能というに留まらず、人を誑し込む術も身に着けていたと言えよう。
人誑しの武将と言えば羽柴秀吉がその筆頭のように描かれる。
しかし、秀吉は闇落ちする。
高虎は最後の最後まで闇落ちすることなく、仕える上役のために尽力した。
いつかこの男を主人公とした大河ドラマを見てみたい。
もちろん、そんなイメージは誤ったものではなかった。
しかしながら、それだけではなかった。
著者は、戦時においては一流の参謀であり戦巧者、平時には都市プランナーであり行政官、外交官とする。
どこから切り取っても面白い人物だった。
高虎は15歳で姉川の戦いに参戦すると、30歳では雑賀一揆や紀伊国衆の一揆を鎮圧しつつ秀長に付き従って四国出兵に参陣。
32歳では九州出兵に出陣し、その3年後には小田原出兵に従っている。
37歳のころには文禄の役、42歳では慶長の役で朝鮮へ渡海している。
そして、45歳で関ケ原の戦いとなるが、その際には内奥工作にも奔走。
59歳で大坂冬の陣、還暦で大坂夏の陣と、本当にものすごい戦歴だ。
それも偉そうに安全なところで采配していたわけではなさそうで、成人後には6尺2寸(約188㎝)という体躯を活かして戦いに身を投じたようで、死後に湯灌に関わった者の話として、「空いたところもないほどの傷跡がありました」という。
玉傷、槍傷は至る所にあり、右手薬指の爪は無くなっていたという。
左手中指は1寸ほど短く、右足親指の爪も無かったそうだ。
満身創痍である。
部下を鼓舞しながら戦いに身を投じたのだろう。
そんな戦い方を演じながらも政治家としての才能にも恵まれたようだ。
羽柴秀長に見出されながらも秀吉にも仕え、さらに徳川家康、秀忠にも重宝されたのは、決して戦巧者だからではなく、むしろ平時の才能が買われたからだろう。
家康と秀忠の意思疎通をはかるべく駿府と江戸をいくたびも往復し、政権運営を補助しつつ、秀忠時代になると西国諸国に徳川大名の国替えを推進し、政権の安定をまさしく形作った。
そこには高虎の人脈も大きく関わるが、人脈を形成する軸となったのはその人間性のなせることと思う。
また、朝廷と徳川和子入内の交渉を進めて実現するなど、朝廷と幕府の融和にも尽力したそうだ。
家康、秀忠の相談役も演じて重要事項決定を促したり、幕府の重臣会議にも出席しているという。
高虎の真の才は戦時より平時において如何なく発揮されたようで、そんな高虎の姿は今までまったく知らなかった。
高虎は不思議な人物だ。
相当有能なことはよく分かった。
それも知らないエピソードが盛りだくさん。
ただ、羽柴秀長と秀吉、徳川家康と秀忠が重宝したのは有能というだけではなさそうだ。
元和4年、上洛した高虎は近衛信尋を訪問すると、信尋は藤堂宅を訪れて宴会や船遊び(飲酒・茶の湯・謡曲・俳諧など)が催されている。
また、高虎は信尋を介して朝廷に贈物を献上したりする。
さらには近衛家や京都所司代にも歳暮を贈ったりと、実に如才ない。
ただの有能というに留まらず、人を誑し込む術も身に着けていたと言えよう。
人誑しの武将と言えば羽柴秀吉がその筆頭のように描かれる。
しかし、秀吉は闇落ちする。
高虎は最後の最後まで闇落ちすることなく、仕える上役のために尽力した。
いつかこの男を主人公とした大河ドラマを見てみたい。
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ここに参加するようになって、読書の幅が広がったように思います。
それでも、まだ偏り気味。
いろんな人の書評を参考に、もっと幅広い読書を楽しみたい!
この書評へのコメント

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- 出版社:ミネルヴァ書房
- ページ数:0
- ISBN:9784623099849
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