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rodolfo1さん
rodolfo1
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関東大震災から終戦後に渡り、東京の下町にあったカフェー西行の女給達とその家族、カフェーに集う客達の人生を描く短編連作集。
嶋津輝作「カフェーの帰り道」を読みました。第174回直木賞受賞作だと言う事でしたが。。。

【稲子のカフェー】関東大震災から二年後、復興途上の東京を舞台に、教師の妻である稲子が、夫・銀次の浮気相手だと噂される女給タイ子に会うため、店主兼コック菊田が営むカフェー西行の扉をくぐります。文字が読めず、子も授からず、高女の教師である夫に引け目を感じ続けてきた稲子は、竹久夢二描く女そっくりの長身で美女だったタイ子を前に、嫉妬よりも先にときめきと安らぎを覚え、自分でも説明のつかない感情に戸惑います。

一方のタイ子もまた文盲であり、美貌を持ちながら教養を誇る同僚たちに劣等感を抱き、子供を抱えて必死に働く女でした。二人は同じ男を介しながらも対立することなく、むしろ互いの弱さを映す鏡のように存在し、互いに思いやり、憧れ合う女として、初めて出会い、別れます。単に字を教わっていただけだと言うタイ子に稲子はほっと一息つきましたが、実はタイ子にはわかっていました。それは。。。

【嘘つき美登里】カフェー西行の古株女給・美登里は病的な虚つきでした。平凡な現実を耐えがたいつまらないものと感じてきた美登里は、嘘によって自分と世界を彩ろうとしますが、その嘘はやがて新しく入ってきた園子という中年の女給によって逆照射されます。19歳と名乗り、男爵家の娘だと吹聴する園子を皆は恐々取り巻きますが、実は本当に妹小路邸に住むお嬢様でした。小さな嘘を重ねてきた美登里は、圧倒的な虚構の主と見えた園子の正体に強い恐怖と反発を覚えますが、やがて園子もまた虚構を強制され、居場所無く生きてきた被害者であったことが明らかになります。嘘と真実の境界は単純ではなく、どちらも生き延びるための術であったのでした。

園子を粗略に扱う母親に腹を立てた美登里は、大嘘を吐いて母親を慌てさせ、後日園子に大変だったと愚痴られました。店で何故あんな嘘を吐いていたのかと尋ねた美登里に園子は、最初に美登里が客に本当の事を言うなと釘を刺したからだと笑って答え。。。園子は常連客の茶道の家元に見染められてついに。。。

【出戻りセイ】かつて高女出を誇り、教養で他人を見下していたセイが、家の没落によって再び女給として西行に戻ってきます。プライドを捨てて働く彼女は、理髪師の向井との出会いによって、身だしなみを整え、美女と目されるまでになりました。美人になってしまったセイは、かつての自分が卑屈さゆえに性格を歪めていたことに気づきます。髪型や着物を変えることで、内面まで変わっていくセイの姿は、自己再生の物語として描かれます。

ひねくれ者セイと恋におちる変わり者の向井は外見こそ子供のようでしたが、理容師としては超一流でした。しかしついに彼の才能は戦争によって尽き果て、それを知るものはセイだけでした。セイは彼の言葉を小説として書き留めることで、彼を再生させ、失われた彼と共に生き続けるのでした。

【タイ子の昔】この物語の中心人物とも言えるタイ子の過去と戦時下の日々が語られます。女給を辞め、愛人関係を経て煙草屋を営むようになったタイ子は、出征した息子・豪一を案じながら、慎ましく生きています。検閲される手紙のやり取り、豪一からの戦地の移動通知、食糧難の中での買い出しなど、戦争が日常をじわじわと侵食していく様子が克明に描かれます。かつて働いていたカフェー西行を訪れ、老いた菊田と再会し、悪阻に苦しむ親友の為のわずかな缶詰を受け取ったタイ子は、それだけで未来が開けるかのような希望を抱きます。この希望の脆さと、それでも前を向こうとする心が、物語の核心をなしています。

【幾子のお土産】終戦から5年後、77歳になった菊田と、彼の妻となった美登里が営む喫茶店西行で働く17歳の少女・幾子は、戦争で兄を失い、生きる気力を失った母と暮らしていました。

とある日曜、父親はふと思い立ち、浅草にソバを食べに行こうと幾子と母親を誘いました。最近一歩も外出していなかった母親は渋りましたが、父親は譲らず、仕方なく母親も出かけました。母親の歩みは覚束きませんでしたが、父親は黙って待っていました。1時間かかってやっと店についた3人は中華そばを食べました。幾子は母親は食べられないだろうとおもいましたが、母親は少しずつ食べ、なんとか7割程食べました。帰路母親はとうとう歩けなくなりましたが、父親は自分がおぶっていくと言い、母親は断固として断って休まず歩き通しました。帰宅して血色がよくなった母親の顔を見て、幾子は何かが変わるのかと。。。事実次第に母親は生気を取り戻しました。

喫茶店西行には昔女給をやっていたというセイさんが週一回訪れ、勤めている菓子屋の菓子をたくさんみんなに配ってくれました。喜んだ幾子はお菓子をお土産に持って帰りましたが、母親はハーシーズのチョコレートを見て、こんなアメリカの菓子は捨てろと激昂しました。幾子はついに切れ、絶対捨てない。店で自分が全部食べる、母親は知らないだろうが今は街中じゅうアメリカの物だらけだ、誰もアメリカを憎む日本人はいないのだと叫びました。そして死んだ兄の代わりに自分も父親もいるのにいつまでも嘆き悲しむのはあんまりだと言って泣き出しました。そんな幾子を嗜めながら、父親は優しい目で幾子を見。。。

ある夕方、店には時々来る年配の美貌の客がいました。タイ子でした。セイさんはみんなにお菓子を振舞い、思わず幾子は遠慮しました。遠慮などするものではないとセイさんは言い、幾子は母親がした事をセイさん達に打ち明けました。美登里は、お母さんの気持ちもわかるが、幾子が付き合う必要は無いと言い、タイ子は何かを紙にくるんで、お母さんへのお土産だと言って幾子に渡しました。帰宅して母親にそれを渡すと、それは煙草でした。すると母親は、これは息子が呑んでいた煙草だと言い、思わずそれを吸い出しました。当然むせましたが、母親は息子の煙草の味がすると言って喜びました。

折柄帰宅した父親も煙草を吸い、幾子も吸えと父親は煙草を差し出しましたが、それは私が許しませんと母親は頑張りました。両親はむせ返りながらも煙草を吸い、むせる様が可笑しいと言って皆笑顔になりました。店でタイ子に礼を言うと、自分も息子に送った煙草を吸ってむせたと打ち明けました。ある日タイ子を背の高い若い男が迎えに来ました。それは。。。

本作は、社会の問題点を鋭く告発したり、誰かを断罪したりする物語ではありません。むしろ意識的に「切らない」姿勢を貫き、怒らず、裁かず、勝ち負けを付けない。その静かな態度こそが、本作が評価された最大の理由でしょう。登場人物たちは皆どこか欠けていますが、作者はそれを克服すべき問題としては描かず、抱えたまま生き延びるための体温として受け止めます。

初読時に「何が面白いのかわからない」と感じるのは、むしろ自然です。この物語には読者を挑発する鋭さも、思想的なフックもありません。しかし今、こうした癒しの物語が支持されているのは、誰が悪いかを示すよりも、今日をどうやり過ごし、失ったものとどう折り合い、それでも人と笑い合えるシーンをそっと差し出す物語が求められているからでしょう。

戦争は多くを奪い、貧しさは残り、誰も完全には報われません。それでも生き延びた人達の姿を描くことで、本作は読者に静かに語りかけます。あなたはまだ大丈夫だと。直木賞という文脈で見れば、これは時代の傷口をえぐる作品ではなく、その傷に当てるガーゼを選び取った一冊だったと言えるのではないかと思いました。
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rodolfo1
rodolfo1 さん本が好き!1級(書評数:911 件)

こんにちは。ブクレコ難民です。今後はこちらでよろしくお願いいたします。

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