休蔵さん
レビュアー:
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現代社会で生き物をどのように死なせているかを主題とした1冊。さまざまな実例を提示しながら、生き物の死について考えさせてくれる。
連日、日本各地におけるクマ被害の報道を目にする。
クマの駆除について、わざわざ自治体に電話をする人もいるようだが、生活圏でクマと一緒に暮らすのは単純に無理だと思うから、駆除に反対することはできない。
また、特定外来生物に指定される生き物がいる。
日本の生態系に悪い影響を及ぼすことが懸念され、防除対象とされる。
どうやら、人間の考えによって“殺す”ことを是とする生き物が存在するようだ。
本書はそんな生き物の“死なせ方”についての考えをまとめて問題提起した1冊である。
本書は全7章に序章と終章からなる。
序章は「他の生き物との共生・共存を逆向きに考える」で、本書全体の構成や狙いを示す。
第1章は「アカミミガメは積み重なって死ぬ」である。
昭和後半にミドリガメとして大いに流通していたミシシッピアカミミガメ。
成長するとまったく可愛げなくなり、飼育困難と言う身勝手な理由で自然界に解放された爬虫類。
特定外来生物に指定されているから殺処分は是認されているが、カメ好きで、カメの研究者となった登場人物は、悲しい胸のうちを吐露する。
第2章「交雑オオサンショウウオは廃校プールで死ぬ」では、中国から輸入されたチュウゴクオオサンショウウオやそれと在来種との交雑種を取り上げる。
在来種のオオサンショウウオは特別天然記念物に指定されている。
他方、チュウゴクオオサンショウウオや交雑種は、近年に特定外来生物に指定された。
見た目はそっくりの両者は、片や保護対象で、片や防除対象となる。
とある県のとなる市では、廃校のプールで飼育されている特定外来生物のそれは、そこで天寿を全うすることが運命づけられている。
第3章は「猫の死は公開される」で、ネコ問題について議論する。
ネコは、連れて来られて愛玩されてきた生き物。
ノラ猫(ノネコ)の状態がすでに不自然である。
だから、施設に囲って逃げないようにし、希望者には譲渡する。
施設運営のために施設のことを公開するが、その延長では飼育しているネコの死に様を見せることもあるという。
その是非はともかく、その行為は間接的に施設運営に繋がるという。
第4章「この虫が滅びるならば、せめてこの手で」においては、ある種の“殺し”である昆虫採集の是非をめぐる論争を取り上げる。
そして、第5章「ヤマビルを殺す手ごたえ」は人間の生活圏に入り込んでいたヤマビルとの闘争を描く。
第6章「生き物の死なせ方を考えるために」と第7章「私たちはどう死なせるか」では、生き物を死なせることについて改めて考え方を示す。
第6章では本書で使用する概念の定義や理論的背景、先行研究との関係について言及する。
それを受けて、第7章では本書全体の振り返りながら、現代社会と照合して見解を示す。
本書は「殺し方」とは表現せず、「死なせ方」とする。
それは単に人間が直接手をかける事案のみを取り上げるわけではなく、死に至るプロセスから死の後に起こることまでを含むという文脈からの判断と言う。
人間は己の生活環境のため、あるいはそれを取り巻く生態系のためという大義名分を掲げて特定の生き物の命を奪うことを是とすることがある。
また、隔離したまま天寿を全うさせることがある。
そんな物事について、何の議論をせずとも日々を送ることはできる。
しかしながら、自身の意識をほんの少しだけ拡張させることで、身の回りの情景が違うものになることがあると思う。
本書はそんなきっかけになる得る1冊と考える。
クマの駆除について、わざわざ自治体に電話をする人もいるようだが、生活圏でクマと一緒に暮らすのは単純に無理だと思うから、駆除に反対することはできない。
また、特定外来生物に指定される生き物がいる。
日本の生態系に悪い影響を及ぼすことが懸念され、防除対象とされる。
どうやら、人間の考えによって“殺す”ことを是とする生き物が存在するようだ。
本書はそんな生き物の“死なせ方”についての考えをまとめて問題提起した1冊である。
本書は全7章に序章と終章からなる。
序章は「他の生き物との共生・共存を逆向きに考える」で、本書全体の構成や狙いを示す。
第1章は「アカミミガメは積み重なって死ぬ」である。
昭和後半にミドリガメとして大いに流通していたミシシッピアカミミガメ。
成長するとまったく可愛げなくなり、飼育困難と言う身勝手な理由で自然界に解放された爬虫類。
特定外来生物に指定されているから殺処分は是認されているが、カメ好きで、カメの研究者となった登場人物は、悲しい胸のうちを吐露する。
第2章「交雑オオサンショウウオは廃校プールで死ぬ」では、中国から輸入されたチュウゴクオオサンショウウオやそれと在来種との交雑種を取り上げる。
在来種のオオサンショウウオは特別天然記念物に指定されている。
他方、チュウゴクオオサンショウウオや交雑種は、近年に特定外来生物に指定された。
見た目はそっくりの両者は、片や保護対象で、片や防除対象となる。
とある県のとなる市では、廃校のプールで飼育されている特定外来生物のそれは、そこで天寿を全うすることが運命づけられている。
第3章は「猫の死は公開される」で、ネコ問題について議論する。
ネコは、連れて来られて愛玩されてきた生き物。
ノラ猫(ノネコ)の状態がすでに不自然である。
だから、施設に囲って逃げないようにし、希望者には譲渡する。
施設運営のために施設のことを公開するが、その延長では飼育しているネコの死に様を見せることもあるという。
その是非はともかく、その行為は間接的に施設運営に繋がるという。
第4章「この虫が滅びるならば、せめてこの手で」においては、ある種の“殺し”である昆虫採集の是非をめぐる論争を取り上げる。
そして、第5章「ヤマビルを殺す手ごたえ」は人間の生活圏に入り込んでいたヤマビルとの闘争を描く。
第6章「生き物の死なせ方を考えるために」と第7章「私たちはどう死なせるか」では、生き物を死なせることについて改めて考え方を示す。
第6章では本書で使用する概念の定義や理論的背景、先行研究との関係について言及する。
それを受けて、第7章では本書全体の振り返りながら、現代社会と照合して見解を示す。
本書は「殺し方」とは表現せず、「死なせ方」とする。
それは単に人間が直接手をかける事案のみを取り上げるわけではなく、死に至るプロセスから死の後に起こることまでを含むという文脈からの判断と言う。
人間は己の生活環境のため、あるいはそれを取り巻く生態系のためという大義名分を掲げて特定の生き物の命を奪うことを是とすることがある。
また、隔離したまま天寿を全うさせることがある。
そんな物事について、何の議論をせずとも日々を送ることはできる。
しかしながら、自身の意識をほんの少しだけ拡張させることで、身の回りの情景が違うものになることがあると思う。
本書はそんなきっかけになる得る1冊と考える。
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ここに参加するようになって、読書の幅が広がったように思います。
それでも、まだ偏り気味。
いろんな人の書評を参考に、もっと幅広い読書を楽しみたい!
この書評へのコメント

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