hackerさん
レビュアー:
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未知の作家の本を読む場合でも、期待や先入観を抱かないで読むことは、ほとんど不可能です。結果は期待通りの場合もありますし、良くも悪くも裏切られることもあります。本書の場合は、残念な結果だったようです。
先日読んだ、フェルナンド・アラムブルの『祖国』は、作者の出身地であり、長年スペインからの独立を求めてきたバスク地方を舞台に、そこでテロを含む武力闘争を続け、住民からも一定の支持を得てきたETA(バスク祖国と自由)の活動に巻き込まれた、普通の二家族を中心に据え、政治と理想とテロリズムと生活という一筋縄ではいかないテーマに、真正面から取り組んだ力作でした。もちろん、こんなテーマに明確な答えなど出せるわけはないのですが、「この『祖国』のような本を、願わくば書かずにいたかった。しかし私の生地の歴史が他の選択を許さなかった」という作者の言葉には、深く共感を覚えました。
翻って、1962年に北アイルランドの首都ベルファストに生まれたアンナ・バーンズが2018年に発表した本書ですが、1970年代のベルファストを舞台に、18歳の「私」が反体制派の大物の中年男、通称ミルクマンからストーカー行為を受けるという内容だとの情報を得て、勝手に『祖国』の北アイルランド版のような話かと思い込んで、読んでみたのですが、これが大間違いでした。
まず、作者自身が「舞台が北アイルランド問題で疲弊するベルファストであることを何度か否定」し「設定を北アイルランドに限定せず、抑圧的な条件下にある、全体主義的で閉鎖的な社会であれば、どこででも起こりうる物語として読んでほしい」(訳者あとがきより)という主旨の発言をしているのには、ちょっと驚きました。というのは、どんな芸術であれ、完成すれば、それは作者の手を離れるというのが私の基本的考えだからで、作者がどんな意図で作品を作ったかを語るのは良いとしても、こういう風に読んでくれという発言は言い過ぎだろうと思ってしまったからです。それに、作者の生まれもそうですが、どう読んでも、この作品の舞台は、1970年代のIRA(アイルランド共和国軍)のテロ等の武力闘争が活発だったベルファストなのです。
また、「私」も含め、「私」にストーカー行為をするミルクマンもそうですが、登場人物全員に名前が与えられていないため、生身の人間というより、一種の記号と化していて、濃厚な人間ドラマが展開される『祖国』と比較すると、登場人物の印象がはなはだ軽いのです。
もっとも、こういうことは、すべて作者が計算していたことのような気がしますが、70年代のベルファストで10代の大半を過ごした作家なら、もっと語るべきこと、書かざるをえないことがあったのではないか、要するに、私が読みたいと思っていたことがあまり語られていないので、がっかりしたというのが正直なところです。もちろん、これは、私の勝手な思い込みなので、これをもってこの作品を批判する理由にはならないのでしょうが、単なる一読者の個人的感想として読んでください。なお、フェルナンド・アラムブルは26歳の時にバスクからドイツに移住して、アンナ・バーンズは25歳の時にロンドンに渡っています。政治対立とテロによる武力闘争が顕著な故国を、20代に離れた点は似ているのですが、バーンズの場合、本書で言う「海の向こう側の国」北アイルランドの敵対国イギリスに渡ったという点が、もしかしたら微妙に筆に影響しているのかもしれません。
ただし、それでも、本書の語り口は、独特のリズムとユーモアがあって、そこは魅力だと思います。おそらく、英語で読むと、もっとその辺を感じるような気がします。訳者あとがきを読むと、海外でも、その点が高く評価されたようです。念のためですが、本書の翻訳を批判しているわけではありません。この語り口が気に入った方ならば、けっこう本書のことが好きになりそうな気がしますし、そこまで否定するつもりはないことは強調しておきます。
翻って、1962年に北アイルランドの首都ベルファストに生まれたアンナ・バーンズが2018年に発表した本書ですが、1970年代のベルファストを舞台に、18歳の「私」が反体制派の大物の中年男、通称ミルクマンからストーカー行為を受けるという内容だとの情報を得て、勝手に『祖国』の北アイルランド版のような話かと思い込んで、読んでみたのですが、これが大間違いでした。
まず、作者自身が「舞台が北アイルランド問題で疲弊するベルファストであることを何度か否定」し「設定を北アイルランドに限定せず、抑圧的な条件下にある、全体主義的で閉鎖的な社会であれば、どこででも起こりうる物語として読んでほしい」(訳者あとがきより)という主旨の発言をしているのには、ちょっと驚きました。というのは、どんな芸術であれ、完成すれば、それは作者の手を離れるというのが私の基本的考えだからで、作者がどんな意図で作品を作ったかを語るのは良いとしても、こういう風に読んでくれという発言は言い過ぎだろうと思ってしまったからです。それに、作者の生まれもそうですが、どう読んでも、この作品の舞台は、1970年代のIRA(アイルランド共和国軍)のテロ等の武力闘争が活発だったベルファストなのです。
また、「私」も含め、「私」にストーカー行為をするミルクマンもそうですが、登場人物全員に名前が与えられていないため、生身の人間というより、一種の記号と化していて、濃厚な人間ドラマが展開される『祖国』と比較すると、登場人物の印象がはなはだ軽いのです。
もっとも、こういうことは、すべて作者が計算していたことのような気がしますが、70年代のベルファストで10代の大半を過ごした作家なら、もっと語るべきこと、書かざるをえないことがあったのではないか、要するに、私が読みたいと思っていたことがあまり語られていないので、がっかりしたというのが正直なところです。もちろん、これは、私の勝手な思い込みなので、これをもってこの作品を批判する理由にはならないのでしょうが、単なる一読者の個人的感想として読んでください。なお、フェルナンド・アラムブルは26歳の時にバスクからドイツに移住して、アンナ・バーンズは25歳の時にロンドンに渡っています。政治対立とテロによる武力闘争が顕著な故国を、20代に離れた点は似ているのですが、バーンズの場合、本書で言う「海の向こう側の国」北アイルランドの敵対国イギリスに渡ったという点が、もしかしたら微妙に筆に影響しているのかもしれません。
ただし、それでも、本書の語り口は、独特のリズムとユーモアがあって、そこは魅力だと思います。おそらく、英語で読むと、もっとその辺を感じるような気がします。訳者あとがきを読むと、海外でも、その点が高く評価されたようです。念のためですが、本書の翻訳を批判しているわけではありません。この語り口が気に入った方ならば、けっこう本書のことが好きになりそうな気がしますし、そこまで否定するつもりはないことは強調しておきます。
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「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
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- 出版社:河出書房新社
- ページ数:0
- ISBN:9784309208138
- 発売日:2020年12月01日
- 価格:3740円
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