「小池百合子」という人物を観察していると、彼女が「混沌」を力に変えてしまうプレイヤーであることがよくわかる。エジプト時代の原体験から権力の階段を駆け上がる現在に至るまで、彼女は常に自ら風を起こし、混乱の渦中でヒロインの座を確保してきた。かつてのニュースキャスター時代、ミニスカートを履いて画面に登場し、自身の持つ女性としての武器を戦略的に活用したあの日々から、彼女はすでに「どうすれば大衆の注目を浴び、自分を大きく見せられるか」という生存戦略を完璧にマスターしていたのだろう。周囲を翻弄し、状況を自らの有利な形へと塗り替えてしまう、いわゆる「ゆり子Magic」。その巧妙かつ冷徹なまでの「サバイバル術」の正体を突き止めることは、この時代の本質を見抜くことと同義である。
小池氏の政治手法を眺めていると、脳裏をよぎるのは、コロナ禍のロックダウンで営業制限を余儀なくされ、困窮した銀座のバー経営者の知人の顔だ。彼がグラスを磨きながら、怒りと呆れを混ぜて吐き出した言葉が今も耳に残っている。
「ゆり子がさぁ、また変なこと言い出したせいで、店を夜中に開けられないんだよ」
私が思わず「ゆり子って誰?」と聞き返すと、彼はグラスを拭く手を止め、あいつがしでかしていることに対して、呆れと自嘲の入り混じった苦笑を浮かべてこう言った。
「小池百合子だよ!東京都知事!……お前も、あいつが現場で何やってるのか、少しは目を向けといた方がいいぞ(笑)」ここ、実際はバー越しでワインのみながら言葉ではなく阿吽の呼吸っていう感じ!
このやり取りこそが、政治の決定が、私たちが懸命に汗を流している「現場」をどれほどめちゃくちゃにするかという、紛れもない現実だ。都政が抱える「闇」を暴こうとした佐藤さおり氏の闘いや、学歴詐称問題で辞職した伊東市長の例と小池氏の現状を比較すれば、日本の政治がいかに不透明な構造の上に成り立っているかが突きつけられる。ある状況で戦略が通じなければ、即座に手法を切り替え、アップデートし続ける小池氏の姿は、ある意味で非常に有能なプレイヤーなのだろう。だが、その「風」の被害を受けるのは、常に現場で泥臭く生きている私たちなのである。
小池百合子という存在を読み解くことは、彼女を単に批判することではない。「彼女のような人物を、私たちは見捨てることができなかった」という、日本社会が持つ脆弱さそのものと対峙することでもある。
80歳に近づいてもなおトランプ大統領が世界の中心にいる時代、小池氏がさらにその先、総理大臣の座を狙うことは十分にあり得る。オンラインでコミュニケーションが完結する現代において、彼女が駆使する対面での人間関係構築術や、味方を戦略的に増やし敵を落とすパワーは、皮肉にも私たちがこの理不尽な戦場を生き抜くために必要な、ある種の生存戦略の断片を含んでいる。
この考察は、単なる政治分析ではない。この不確実な世界を生き抜くために、私たち一人ひとりがどのような「地頭」と「戦略」を持つべきかを問いかける、極めて実践的な思考の指南書です。
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