hackerさん
レビュアー:
▼
シムノンが生み出した名探偵としては、メグレがあまりにも有名ですが、本書で活躍する素人探偵「ちび医者」は、メグレとは対照的な外見と生活スタイルではあるものの、肝心なところはやはり似ています。
ジョルジュ・シムノン(1903-1989)の生み出した名探偵として、メグレ警視はあまりにも有名ですが、シムノンは他にも何人か名探偵を生み出していて、田舎医者ジャン・ドーラン、通称「ちび医者」 Le Petit Docteur も、その一人です。彼が活躍する短編は全部で13書かれていて、一冊の短編集として出版されたのは1943年ですが、仏語版 Wikipedia によると、実際に書かれたのは1938年だそうです。実は、1938年という年が興味深く、メグレ・シリーズは、定年退職後のメグレの活躍を描いた第十九作『メグレ再出馬』(1934年)の後、短編は書いていたものの、しばらく長編のメグレものは書かれていない時期が続いており、この頃、シムノンはシリーズを終わらせる考えがあったことがうかがえるからです。結局、第二十作『メグレと死んだセシール』(1939年)で本格的にシリーズを再開することになるのですが、その前年だったわけです。つまり、ミステリーを書くのは諦めるつもりはないが、メグレを書き続けるのか、シムノンが悩んでいた時期の作品群ではないかと思うのです。
本書の主人公「ちび医者」は、「ちびでやせっぽち」であること、素人であること、30歳であること、独身であること、田舎医者であること、これらの点において、恰幅がよく、プロの警視であり、50代の妻帯者であり、パリ在住のメグレとは対照的な設定なのですが、実は、共通点も多々あります。最大のものは、犯罪現場若しくは犯罪の関係者たちの環境に身を置いて、被害者なり犯人なりを理解しようとする姿勢です。それと、二人とも、日本人の感覚から見るとアルコール依存症ではないかと思うほど、大酒飲みです。特に「ちび医者」の方は、アルコールが入らないと、推理のための頭が回らないようなので、ちょっと心配になります。また、「ちび医者」は独身ですが、メグレ夫人同様、煮込み料理が得意な女中のアンナがいます。もっとも、アンナの方は、メグレ夫人と違って、口うるさいです。
というわけで、「ちび医者」は、メグレとは別人ではなく、デフォルメ像と言えそうですし、それゆえ、メグレ・シリーズが本格再開される前に書かれていたというのは、興味深い点なのです。
前置きが長くなりましたが、本書には、六つの短編が収められています。メグレものの短編小説は、本格ミステリーの味付けが濃いものが少なくないのですが、「ちび医者」シリーズは、メグレもののような警察小説風のものが多いです。
収録作の中で、特に印象に残るものとしては、ふと訪れた避暑地で出会った、絵に描いたような美少女に岡惚れした主人公が、彼女が衆人環視のカジノの中でルーレットの客から現金を盗ろうとした謎、あたかも逮捕されたがっているかのような行動を採った謎を探る『薄水色の服の令嬢』を挙げておきます。ちょっと『ベニスに死す』を思わせる設定なのも面白いです。
あと、主人公の友人が新妻の不貞を疑い調査を依頼する『12月1日の夫婦』と、金をめぐる大農場主の兄弟の争いを描いた『死体が空から降ってくる』が、メグレものでも頻繁に扱われる、上流階級の隠れた腐敗と異常な愛情を扱っているのが印象的です。
ただし、私のようなメグレ・ファンでなければ、こういう興味からの見かたはしないでしょう。ですから、正直なところ、万人に無条件でお勧めできる類の本ではありません。あと、本書の国内出版は1958年ということで、クロワッサンが「三日月パン」と訳されているのは、ご愛敬ですね。
本書の主人公「ちび医者」は、「ちびでやせっぽち」であること、素人であること、30歳であること、独身であること、田舎医者であること、これらの点において、恰幅がよく、プロの警視であり、50代の妻帯者であり、パリ在住のメグレとは対照的な設定なのですが、実は、共通点も多々あります。最大のものは、犯罪現場若しくは犯罪の関係者たちの環境に身を置いて、被害者なり犯人なりを理解しようとする姿勢です。それと、二人とも、日本人の感覚から見るとアルコール依存症ではないかと思うほど、大酒飲みです。特に「ちび医者」の方は、アルコールが入らないと、推理のための頭が回らないようなので、ちょっと心配になります。また、「ちび医者」は独身ですが、メグレ夫人同様、煮込み料理が得意な女中のアンナがいます。もっとも、アンナの方は、メグレ夫人と違って、口うるさいです。
というわけで、「ちび医者」は、メグレとは別人ではなく、デフォルメ像と言えそうですし、それゆえ、メグレ・シリーズが本格再開される前に書かれていたというのは、興味深い点なのです。
前置きが長くなりましたが、本書には、六つの短編が収められています。メグレものの短編小説は、本格ミステリーの味付けが濃いものが少なくないのですが、「ちび医者」シリーズは、メグレもののような警察小説風のものが多いです。
収録作の中で、特に印象に残るものとしては、ふと訪れた避暑地で出会った、絵に描いたような美少女に岡惚れした主人公が、彼女が衆人環視のカジノの中でルーレットの客から現金を盗ろうとした謎、あたかも逮捕されたがっているかのような行動を採った謎を探る『薄水色の服の令嬢』を挙げておきます。ちょっと『ベニスに死す』を思わせる設定なのも面白いです。
あと、主人公の友人が新妻の不貞を疑い調査を依頼する『12月1日の夫婦』と、金をめぐる大農場主の兄弟の争いを描いた『死体が空から降ってくる』が、メグレものでも頻繁に扱われる、上流階級の隠れた腐敗と異常な愛情を扱っているのが印象的です。
ただし、私のようなメグレ・ファンでなければ、こういう興味からの見かたはしないでしょう。ですから、正直なところ、万人に無条件でお勧めできる類の本ではありません。あと、本書の国内出版は1958年ということで、クロワッサンが「三日月パン」と訳されているのは、ご愛敬ですね。
お気に入り度:





掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
「本職」は、本というより映画です。
本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。
この書評へのコメント
- hacker2021-06-16 19:03
シムノンの名探偵というと、他に『13の謎』に登場するジョゼフ・ルポルニュがいます。ただ、こちらは、いわゆる安楽椅子探偵なので、メグレとはだいぶ趣が違います。その他には、ジュブナイルの範疇だと思いますが、「名探偵エミールの冒険」シリーズがあります。
ですから、シムノンは結構ミステリー好きだったのではないかと思っています。最後に関係者を集めて謎解きが行われるものの、その主催者も謎解きを行うのもメグレではないという『サン・フィアクル殺人事件』、裁判の結果をメグレも読者も知らないで終わってしまう『メグレ保安官になる』、殺人犯が誰なのか分からないままで終わる『メグレの打ち明け話』、シリーズとしては珍しい本格もの『メグレの幼な友達』などを読むと、相当数のミステリーを読んでいたはずだと思います。
ところで「ペルノー酒」の事件は、どの本だったのか思い出せません。すいません。クリックすると、GOOD!と言っているユーザーの一覧を表示します。 コメントするには、ログインしてください。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:早川書房
- ページ数:266
- ISBN:B000JB1MJS
- 発売日:1958年07月31日
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。