ウロボロスさん
レビュアー:
▼
稀有な女性詩人の介護と看取りのリアルが、崇高に、厳粛に、ときにユーモラスに語られる稀に見る介護看取り読本でした。
この本は、80年代の女性詩人が台頭するムーブメントの先駆として活躍されてきた詩人伊藤比呂美さんが、ひとりの普通の人間として、娘として、米寿をむかえた父親(配偶者は既に他界し一人暮らし)の介護と最後の看取りまでを日記形式で、SNSのブログに発表されたものを本に纏めたものです。
私の両親もこのコロナ禍に父=享年96歳(4年前)、母=享年95歳(3年前)で看取っていますので、大変興味深く読みました。
私の場合は両親と同居していましたし、亡くなる前は多少の認知もあり二人とも老人ホームから病院というケースで亡くなりました。おもに専業主婦の妻がその介護の重荷を負っていました。コロナ禍ということもあり、面会も様態が急を要する場合のみ許可されたので、この本のなかで伝えられているような、親子の死を目前に控えた、介護と看護を通した深い愛憎と悲しみや慈しみとは多くの点で異なりましたが…。
それにしても、熊本(父親)と米国カリフォルニア(伊藤比呂美さんご夫婦とその子供)を往復し、仕事の都合で東京や、時にはドイツのベルリン(この時は父親の様態が悪化しキャンセル)まで足を延ばしての合間に介護と看護ですから、読んでいてその苦労惨憺たる状況が、想像を超えていました。
しかし、本文中には、くすっと笑えるエピソードが随所にちりばめられ、最後の看取りとその回想には思わず涙を、さそわれました。
以下に本文中の気になった文章を引用要約して纏めました。◯が娘●が父親に関するもの……。
◯若いうちから死をシュミレーションして、死ぬときは一人だと考えておかねばならない、てなことを善導も一遍も言っている。
●高齢者が一人で死んで発見されるたびに、メディアが「孤独死」だなんだと騒ぎ立てるのをやめないと、なかなか死ぬときは一人だという考えを持つようにはなれない。
●巨人(松本の大ファン)戦と時代劇と大相撲を見るのとパズルと数独をして時間をつぶし、マンションにはペットの犬がいる。
●元陸軍飛行学校の教官で将校。
教え子は特攻で死んだ。本人も志願したそうである。満州で終戦を迎えた。TVのドキュメント番組で若き特攻隊員の最後のシーンに涙する父親をみて娘は動揺する。
◯どうもこの人は、戦争が終わったときに生涯も終わらしちゃったんじゃないかという気がしてしょうがない。後は、娘ひとりを育てあげるために生きていたんじゃないかという気がしてしょうがない。
●冬季オリンピック(バンクーバー)の開会式であんた(比呂美さんのこと)の好きなニール・ヤングがでてたよ。父は私が一時期この男に入れ込んでいたのを思い出したのであろう?
◯亡くなる半年前の父の愚痴は「退屈」「孤独死」ときどき「下痢」だった。
●◯櫻井翔が家令(執事)になるドラマが面白いと…。家令とはまた…年寄りの語彙の凄さに驚く娘。
●沢口靖子が娘(伊藤比呂美)に似ていると。科捜研をよく見る。
●「だんしがしんだ」を回文のように(事実回文である)電話口で喋る。
「うたまるや、しんちょうじゃこうはいかないもんな」と感慨深げに。
立川談志の死の報告をつうじてそれに触れることで自身の死を表明するかのような語りが印象的でした。
◯うちの家族は妻と母を欠いてクリスマスと新年。そして私の仕事は捗らない。こうやって人を食い荒らしつつ人は生きていかねばならない。
◯父の本質は老の裏に隠れているのだ。それは私を可愛がってくれて、自分よりも大切に思ってくれて、私が頼りにもしてきたおとうさんだ。
パティ・スミスのラジオ・エチオピアの逸話に驚いたのは、読者の私です。そして最後の文章はこう結ばれる。
「今は、ぽかんとしている。薄曇りの空が果てしなくつづいているような風景だ。これが独りだちということか。はじめてここに来た。ずっと地続きであった。気がつかなかった。
(中略)今まで見てきたものと、これから見るものは、違うような気がした」
生者は死者をコトバによって記憶し、記述し、語りによって伝承した。それを遡及的に一人の死者を500人ほどその生き死にの時間を遡行すればほぼ1万年前のサピエンスにゆきあたるでしょうか?そのうちの一人ぐらいは歴史に名を残した人物で歴史家がそれを記録してきたのでしょう。それ以外の99.9%のサピエンスはホモ=サピエンスの賢くはないかもしれない、無もなき一人の人間として一万年の通時のなかでたまたま共時的に邂逅し、触れ合った者たちが(親子が家族が友人たちが)彼と彼女を忘れまいとして語り伝え、書き記し、悼むという利他的な無償の行為に慈悲深く寄り添ったのが、真正にして神聖なる宗教で、それらは、みな最初は新興宗教でした。現代の新興宗教は、悪意に満ちあふれた新興邪教ではないかと…。つまるところは、遺された人間にできることは、亡くなった人々をときどきに思い出し、語りつぎ、場合によっては書き残す以外に死者を弔う方法はないような気がします。そのメソッドがこの詩人はとりわけ巧みに匠なのです。
稀有な女性詩人の介護と看取りのリアルが、崇高に、厳粛に、ときにユーモラスに語られる稀に見る介護看取り読本でした。今週末にこの詩人のトークショーに参加します。楽しみです。
私の両親もこのコロナ禍に父=享年96歳(4年前)、母=享年95歳(3年前)で看取っていますので、大変興味深く読みました。
私の場合は両親と同居していましたし、亡くなる前は多少の認知もあり二人とも老人ホームから病院というケースで亡くなりました。おもに専業主婦の妻がその介護の重荷を負っていました。コロナ禍ということもあり、面会も様態が急を要する場合のみ許可されたので、この本のなかで伝えられているような、親子の死を目前に控えた、介護と看護を通した深い愛憎と悲しみや慈しみとは多くの点で異なりましたが…。
それにしても、熊本(父親)と米国カリフォルニア(伊藤比呂美さんご夫婦とその子供)を往復し、仕事の都合で東京や、時にはドイツのベルリン(この時は父親の様態が悪化しキャンセル)まで足を延ばしての合間に介護と看護ですから、読んでいてその苦労惨憺たる状況が、想像を超えていました。
しかし、本文中には、くすっと笑えるエピソードが随所にちりばめられ、最後の看取りとその回想には思わず涙を、さそわれました。
以下に本文中の気になった文章を引用要約して纏めました。◯が娘●が父親に関するもの……。
◯若いうちから死をシュミレーションして、死ぬときは一人だと考えておかねばならない、てなことを善導も一遍も言っている。
●高齢者が一人で死んで発見されるたびに、メディアが「孤独死」だなんだと騒ぎ立てるのをやめないと、なかなか死ぬときは一人だという考えを持つようにはなれない。
●巨人(松本の大ファン)戦と時代劇と大相撲を見るのとパズルと数独をして時間をつぶし、マンションにはペットの犬がいる。
●元陸軍飛行学校の教官で将校。
教え子は特攻で死んだ。本人も志願したそうである。満州で終戦を迎えた。TVのドキュメント番組で若き特攻隊員の最後のシーンに涙する父親をみて娘は動揺する。
◯どうもこの人は、戦争が終わったときに生涯も終わらしちゃったんじゃないかという気がしてしょうがない。後は、娘ひとりを育てあげるために生きていたんじゃないかという気がしてしょうがない。
●冬季オリンピック(バンクーバー)の開会式であんた(比呂美さんのこと)の好きなニール・ヤングがでてたよ。父は私が一時期この男に入れ込んでいたのを思い出したのであろう?
◯亡くなる半年前の父の愚痴は「退屈」「孤独死」ときどき「下痢」だった。
●◯櫻井翔が家令(執事)になるドラマが面白いと…。家令とはまた…年寄りの語彙の凄さに驚く娘。
●沢口靖子が娘(伊藤比呂美)に似ていると。科捜研をよく見る。
●「だんしがしんだ」を回文のように(事実回文である)電話口で喋る。
「うたまるや、しんちょうじゃこうはいかないもんな」と感慨深げに。
立川談志の死の報告をつうじてそれに触れることで自身の死を表明するかのような語りが印象的でした。
◯うちの家族は妻と母を欠いてクリスマスと新年。そして私の仕事は捗らない。こうやって人を食い荒らしつつ人は生きていかねばならない。
◯父の本質は老の裏に隠れているのだ。それは私を可愛がってくれて、自分よりも大切に思ってくれて、私が頼りにもしてきたおとうさんだ。
パティ・スミスのラジオ・エチオピアの逸話に驚いたのは、読者の私です。そして最後の文章はこう結ばれる。
「今は、ぽかんとしている。薄曇りの空が果てしなくつづいているような風景だ。これが独りだちということか。はじめてここに来た。ずっと地続きであった。気がつかなかった。
(中略)今まで見てきたものと、これから見るものは、違うような気がした」
生者は死者をコトバによって記憶し、記述し、語りによって伝承した。それを遡及的に一人の死者を500人ほどその生き死にの時間を遡行すればほぼ1万年前のサピエンスにゆきあたるでしょうか?そのうちの一人ぐらいは歴史に名を残した人物で歴史家がそれを記録してきたのでしょう。それ以外の99.9%のサピエンスはホモ=サピエンスの賢くはないかもしれない、無もなき一人の人間として一万年の通時のなかでたまたま共時的に邂逅し、触れ合った者たちが(親子が家族が友人たちが)彼と彼女を忘れまいとして語り伝え、書き記し、悼むという利他的な無償の行為に慈悲深く寄り添ったのが、真正にして神聖なる宗教で、それらは、みな最初は新興宗教でした。現代の新興宗教は、悪意に満ちあふれた新興邪教ではないかと…。つまるところは、遺された人間にできることは、亡くなった人々をときどきに思い出し、語りつぎ、場合によっては書き残す以外に死者を弔う方法はないような気がします。そのメソッドがこの詩人はとりわけ巧みに匠なのです。
稀有な女性詩人の介護と看取りのリアルが、崇高に、厳粛に、ときにユーモラスに語られる稀に見る介護看取り読本でした。今週末にこの詩人のトークショーに参加します。楽しみです。
掲載日:
外部ブログURLが設定されていません
投票する
投票するには、ログインしてください。
これまで読んできた作家。村上春樹、丸山健二、中上健次、笠井潔、桐山襲、五木寛之、大江健三郎、松本清張、伊坂幸太郎
堀江敏幸、多和田葉子、中原清一郎、等々...です。
音楽は、洋楽、邦楽問わず70年代、80年代を中心に聴いてます。初めて行ったLive Concertが1979年のエリック・クラプトンです。好きなアーティストはボブ・ディランです。
格闘技(UFC)とソフトバンク・ホークス(野球)の大ファンです。
この書評へのコメント

コメントするには、ログインしてください。
書評一覧を取得中。。。
- 出版社:光文社
- ページ数:255
- ISBN:9784334773069
- 発売日:2016年06月09日
- 価格:605円
- Amazonで買う
- カーリルで図書館の蔵書を調べる
- あなた
- この書籍の平均
- この書評
※ログインすると、あなたとこの書評の位置関係がわかります。



















