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紅い芥子粒
レビュアー:
雛を買ったアメリカ人家族は、きっと大事に飾ってくれていると思うよ。

※ネタバレ注意! 以下の文には結末や犯人など重要な内容が含まれている場合があります。

大正十二年に発表された作品です。芥川龍之介31歳。

これは或る老女の話である。 という書き出しで始まります。

老女は裕福な家に生まれました。
徳川時代は、大名にお金を用立てる、いわば金貸し。
しかし、徳川幕府が倒れ、武家に貸したお金の回収ができなくなりました。

度重なる火事にも見舞われ、老女の少女時代には、すっかり貧しくなっていました。
いろいろ商売替えも試みますが、年越しの資金ぐりにも困るありさま。
とうとう大切な雛人形を売ることになりました。

それは、まあ、りっぱな雛人形で、

内裏雛は女雛の冠の瓔珞にも珊瑚がはいって居りますとか、男雛の塩瀬の石帯にも定紋と替え紋とが互い違いに縫いになっておりますとか……


何十年の歳月を経ても、老女の脳裡に雛の記憶は鮮やかです。

売ると決まったのは、彼女が15歳の11月でした。
父親に雛を手放すよう強力にすすめたのは、当時18歳だった兄でした。
買い手は横浜に住むアメリカ人でした。

老女の思い出語りは、売ると決まった日から手放すまでの数日間のできごとです。

雛人形には、女の子の健やかな成長としあわせを祈る呪術的な意味合いもあるもの。
そのせいでしょうか、雛を手放す家族の物語には、不吉な影がちらつきます。

母親が、にわかに面疔にかかり、高熱を発します。
面疔とは、黄色ブドウ球菌による顔にできる腫物。
抗生物質のなかった時代には、死に至ることもある病でした。

お雛様を売る前に、もう一度だけ土蔵に飾ってみたいという少女。
手付をもらったのだから、お雛様はもううちのものではないと、許さない父。
15にもなって、わがままをいうなと、妹に殴りかかる兄。
その兄は開化思想にかぶれ、永年政治に奔走したあげく精神病院に送られてしまった、なんてサラリと老女は話します。

雛を箱から出すことを許さなかった父ですが、いよいよ雛を手放す前夜、家族が寝静まってから、こっそりならべて眺めていました。さびしくもおごそかな父の背中で、老女の思い出語りは終わります。


小説には、付け足しのような四行があります。
作者は、横浜のイギリス人宅で古雛の首をもてあそぶ女の子を見て、この話を書き上げたといいます。
老女の雛の行く末もこんなものだろうと、作者はいうのですが…… 

美しい東洋の人形を、大事に飾ってくれる西洋人もいると思うけどね。



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紅い芥子粒
紅い芥子粒 さん本が好き!1級(書評数:560 件)

読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。

読んで楽しい:5票
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この書評へのコメント

  1. 脳裏雪2020-10-29 15:10

    キンドルの全集からさがして読みました、
    いいですね、、なかなか読むキッカケがないんです、ありがとう、
    厳かだった父の女々しい横顔と雛飾り、老女の夢の記憶 記憶の夢、老いても昨今の如し、モノとヒトの繋がりとこだわり、
    アメリカ人にもイギリス人にも、猫に小判だろうなぁ、
    また、ショウカイしてください、、

  2. 紅い芥子粒2020-10-29 15:00

    さいしょのうちだけでも、大事にしてくれると思いたいですよね。首をひっこぬいてもてあそぶだなんて……w

  3. かもめ通信2020-10-29 15:47

    いやいや,そのイギリスの女の子は、無理矢理首を引っこ抜いてもてあそんだわけではないはず。
    お雛様って簡単に首が抜けるようになっているんですよ。
    昔はねずみにかじられないように、首を抜いてブリキ缶にいれて保存したそうです。
    もしかすると、今どきのお雛様はそんな仕様ではないかもしれませんが。

  4. 紅い芥子粒2020-10-29 20:24

    そうか、ぽろっと抜けちゃったんですね。ちゃんとはめて飾ってくれますように。

  5. 脳裏雪2020-10-30 01:04

    雛飾りですからね、玩具ではない、ドールとは違いますよ、飾りつけすること自体とその豪奢を眺めて遊ぶんでないかい、
    うちの娘のは、殿と奥だけだが良い御顔です、

  6. 脳裏雪2020-10-30 01:06

    今日は十三夜なので一葉を読んでいました、

  7. No Image

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