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ぽんきち
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歴史の転換点で大災厄がもたらしたもの
科学史家・村上陽一郎による、中世ペストの考察。
新書としてコンパクトにまとまっており、読みどころが多い。

序章で19世紀のペスト菌発見を含めた、ペストという疾患の総括を示し、以下、古代のペスト流行から、いわば黒死病前夜のヨーロッパ形成とペスト菌の侵出、猖獗を極めたその流行と人々の反応、黒死病以後の世界を説く。

ペスト菌は古来、幾度も流行を繰り返していた。11世紀には十字軍の遠征に合わせてペスト菌は欧州に流れ込んだ。主要宿主であるクマネズミが欧州にやってきたのもこの際と考えられるようだ。
交通が発達し、人の往来が多くなると、それにつれて感染症も広まりやすくなる。中世ヨーロッパ形成は、その素地を作っていった時代でもあった。
本書で主に扱う14世紀の大流行の前には、異常気象やサバクトビバッタの大発生など天変地異が多く起こる。ある種、不吉で予言的な出来事にも見えるが、これらはむしろ、社会に打撃を与え、人々がその後、感染症の影響を受けやすい状態にしたと見る方が妥当だろう。

このあたりの話も興味深いのだが、さまざまな病因論を記す項が非常におもしろい。
当時はもちろん、目に見えぬ小さな病原体がこの死病の原因であることは判明していない。占星術に基づく説や大気の腐敗説、地震や火山に原因を求めるものとさまざまである。患者に接した人が発病することから、どうやら「感染」するらしいとはわかっても、接触や飛沫ではなく、眼差しのせいであるとする説もあった。患者とは目を合わせてはならないというわけである。
原因がわからない不安の中から生まれてくるのは以前から差別してきた相手に対する「責任転嫁」である。この際、ユダヤ人に対する大規模な迫害が起こったことは忘れてはならぬ歴史だろう。

中世のペスト大流行は社会を大きく揺るがしたことは間違いないが、ペストが社会を変化させたというのはいささか言い過ぎであるようだ。ポスト黒死病の時代は、荘園制度の変化や賃金労働者の出現、学問の衰退や俄か成金の台頭など、多くの変化を生じた。けれども、それらは時代がすでに招きつつあるものだった。
著者は言う。
たしかに黒死病は、流行病としては人類の歴史上、おそらく最悪のものの一つであった。しかし、その異常事態の上に映し出されたものは、良かれ悪しかれその時代そのものであって、その時代の要素が、いささか拡大されて見えるにとどまる
と。

黒死病のもたらした大きな思想の1つに「メメント・モリ」があげられるだろう。
大ナタを振るう死神は必ず現れる。死を思いつつ、よき生を生きるとは、いったいどういうことだろうか。

ペストに限らず、感染症は何度も訪れる。たとえ原因がわかっていても、感染症との闘いは厄介だ。
大きな災厄の中で、私たちは良識を失わずに手を携えて戦えるのか。
そのことを中世ペストの歴史は重く問うているようでもある。
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ぽんきち
ぽんきち さん本が好き!免許皆伝(書評数:1825 件)

分子生物学・生化学周辺の実務翻訳をしています。

本の大海を漂流中。
日々是好日。どんな本との出会いも素敵だ。

あちらこちらとつまみ食いの読書ですが、点が線に、線が面になっていくといいなと思っています。

「実感」を求めて読書しているように思います。

赤柴♀(もも)は3代目。
この夏、有精卵からヒヨコ4羽を孵化させました。現在、中雛、多分♂x2、♀x2。ニワトリは割と人に懐くものらしいですが、今のところ、懐く気配はありませんw

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