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とびうお
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副題は「藤田小女姫の真実」であって、「藤田小女姫殺害事件の真実」ではない。事件への関心からこの本を手に取った人は失望するだろう。だがここには、「取り戻してはいけない日本」の姿が見事に描かれているのだ。
アラフィフの私は「藤田小女姫(ふじたこととめ)」が、昭和30,40年代に、天才霊感少女占い師、長じて美人占い師として活躍したという事実をしらない。彼女の名を聞いたのは、ハワイでの「藤田小女姫殺害事件」の報道が最初である。

この本を手に取る人のほとんどは(私もだが)、1994年、ハワイで起こった不可解な「藤田小女姫殺害事件」への興味からではないだろうか。著者は彼女の「血縁による実弟」だが、生前の彼女とはほとんど交流がなかった。

この本も、事件の謎に迫るといった内容にあらず、彼女が「東亜子」から「小女姫」となった環境や経緯を、著者の回想や関係者への聞き取りを通じてたどるといったものである。

著者はあとがきでいう。

「自由」に連載の頃より、戸籍の関係が解りにくいとのご指摘がありましたが、私の力不足と、私自身、五十年間、解りませんでした。彼らが解らないようにした戸籍ですから、解らないことを気にせず、お読みいただければと思います。


著者の「戸籍上の父」は藤田常吉という。
学歴詐称、経歴詐称、さまざまな女性との間に実の子をつくりながら、自らの戸籍には血縁の子はひとりも入籍せず、結婚、離婚、再婚を繰り返すという人物である。
目的は金銭だった。著者や姉(東亜子=小女姫)を自分の子としたのも、「いずれ金になる」からであり、自分の支配下におくためには拉致・監禁もいとわなかった。
歴代の妻もそれに加担した。

そのような人物の家族関係が巻頭で語られるが、とにかく複雑だ。
公判記録を読むときのように関係図を書くのだけれど、「血縁」と「戸籍上の実親子関係」が分離しているのだから…

そうした環境の土壌となっているのが、公娼制度が存在し、実質上人身売買が容認されていた日本である。
常吉はある企業の専用”保養所”で買売春にかかわる。働く女性たちに子が生まれる。子どもたちはその時その時の大人たちの都合のよさそうなところに所属させられる。血縁と戸籍が一致しない所以だ。
さらに、複数の子どもが闇に消える。が、その後「補充される」。”同じ子”として。
子どもは「財産」同様に扱われるが、決して特定の個人として大切にされているのではないのだ。

常吉は、常に日本中の役所の火事や災害の発生のニュースに目を光らせ、戸籍簿の滅失等に乗じて、自らの利益になるような戸籍の作成を目論んでいたという。
戸籍が電算化・オンライン化した現在では考えられないが、間違いなくある時期までの日本の姿だった。
(日本の戸籍制度自体は、家制度の是非はともかくとして、旧来から完成度が高く、検索にも耐えうるものだったと思う。問題は戸籍簿のバックアップを取り、適宜更新するのが不可能だったこと、実際の人間と戸籍上の個人との一致確認が困難なことだろう。後者の問題は現存する)

著者の周囲では、当然のこととして「(母がそう思い込んでいる、血縁の)実子優遇・継子冷遇」が行われる。
昔の安っぽいマンガやドラマに出てくるような行為だが、母親自身が「自ら腹を痛めた子」の確認が困難な状況下では、ごく自然であり、自衛でもあったのだ。
そのような行為の裏にこうした感情があるのを、私はこの本によって初めて知らされた。

このような、虐待を超えた、とても人間扱いされているとは言えない親子関係の下で成長した著者は、常吉の二度目の妻であり、著者の戸籍上の母であるキクヱが、昭和39年の新聞連載小説である三浦綾子氏の「氷点」や、昭和48年の「菊田医師事件」のスクラップを保存しているのを見て強い不快感を覚える。

キクヱの切り抜きの両方とも、生まれ出る子の知る権利を著しく侵していることを前提として話が成り立っている。そして、話題をすり替えて自己を正当化している。
常吉の戸籍に記載された子の全員が、常吉の子ではない。人間の子を家畜のように扱っている。この切り抜きに出てくる医師達も、常吉と同じ行為をしているのに詭弁を弄していた。…中略…
キクヱは自分のしてきたことに、自分なりに罪悪感があったのだろう。そして、その行為を正当化している両方の切り抜きを見て、自分への言い訳にして罪への戦きを軽減していた。そして、私にばれてしまったときの方便を考えていた。


菊田医師”赤ちゃんあっせん事件”については、さまざまな角度から分析され、本やネット上の資料も豊富だ。何より、特別養子縁組制度が法整備される直接の契機となった。
菊田医師の動機も、自らの良心や信念、宗教的感情に基づくものであり、批判はあったものの、「そのままでは中絶されてしまう子の命を救った」ことに関し、非難する論調は見たことがない。本人に全く罪や責任のない”赤ちゃん”側の立場を考えると、批判が封殺される、という側面はあるにしても。

ある必要があって、数年前、戸籍制度や、実親子関係、養親子関係についての資料にあたったことがあるが、まさかここで「戸籍を偽られた子」の側の心情が聞けるとは思わなかった。
当然だが、虚偽の出生届が出された段階で、子がそれを自覚する術はない。
知らないまま、一生を終える人も多いだろう。
貴重な証言である。

著者と東亜子=小女姫は、さる大物右翼と花柳界の女性との間に誕生した。小女姫が、政財界の大物たちに可愛がられ、占い師として一世を風靡したのは、そうした出生によるところが大きい。さらに、そのために”くいもの”にもされた。

彼女自身も、戸籍上の母(常吉の最初の妻、久枝)や、息子に暴力を振るうと同時に、金蔓となってもいた。息子からも凄まじい家庭内暴力を受けていたという。
息子は、「姿を消し、補充された」子どもの内のひとりでもあった。

すり替わった最後の「息子」は、ハワイで小女姫と同日に殺害された。

息子が彼女の近辺にいた理由は、著者の表現を借りれば、成長、独立し、金を搾り取りにくくなった小女姫からさらに搾り取るため、「吾郎(息子)という蛇口をつけた」。金は、息子自身や、「戸籍上の両親」やその周囲の人々へ流れる。
その愛憎は、平凡な親子関係の下で平和に生活する人間には想像し難いものだろう。

しかしこの本から強く伝わってくるのは、そうした特殊な人々が特殊な経験をした、ということではなく、「昔の日本ではこうしたことがままあった」という事実だ。「こうしたこと」とは、人が人ととして尊重されず、私物化され、利用されることが社会的に容認されているということだ。特に保護を必要とする「子ども」が。

先に引用したあとがきはこのように続く。

「”さらわれる”ということはこんなことなんだな、でたらめな戸籍の最後はこうなるのだな」と感じていただければと思います。
心残りは、たった一日でもいいから、実の両親、姉弟だけで朝飯を食い、昼飯を食って夕飯になる。そんな日常を持ちたかった。
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とびうお
とびうお さん本が好き!2級(書評数:41 件)

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