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hackerさん
hacker
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「彼には職も、愛も、欲望も、希望も、名誉欲も、エゴイズムさえなかった。 彼ほど余計な人間はこの世にいなかった」(本書のラストより) 色々な文化の間をさまようだけで、自分の存在意義を見失った男の物語です。
当時はオーストリア=ハンガリー帝国で現在はウクライナ共和国となっている、ロシア国境に近い町ブロディに生まれたヨーゼフ・ロート(1894-1939)については、社会からの疎外感の中でナチスに傾倒していく若者を描いた『蜘蛛の巣』(1923年)が、その時代の空気を鋭く描くと同時に、結果としてミュンヘン蜂起からナチス台頭に至る未来を予言した小説として、記憶に残っています。

本書は、1927年に出版されたもので、『蜘蛛の巣』の主人公同様、「自分」というものと帰属場所を持たないで時代に流されていく若者が主人公です。物語を簡単に紹介します。

オーストリアの将校トゥンダは、第一次大戦でロシア戦線に出征し、1916年にロシア軍の捕虜となります。シベリアの収容所に送られますが、その地にいついたポーランド人パラノヴィッチに助けられ、そこから脱出し、シベリアの森林で彼にかくまわれて暮らします。1919年に第一次大戦が終了し、トゥンダは婚約者イレーネが待っているだろう故国を目指しますが、ロシア革命後の内戦の最中、途中で白軍に拉致され、さらにその白軍を壊滅させた赤軍の女将校に惹かれて、彼女の愛人となって赤軍と行動を共にします。しかし内戦が終了し、モスクワでの日常生活になってみると、彼女の魅力は薄れ、石油の産地であるバクーで映画を撮るという仕事に就きます。そこで、コーカサス出身の純朴なアーリャという女性と結婚しますが、ある時その地を訪れたフランス人たちと接するうちに、ヨーロッパへ帰るという思いはつのり、アーリャには一言も言わず、10年ぶりにウィーンに帰ります。しかし、婚約者だったイレーネは、とっくに結婚してパリに住んでいるのでした。

さて、この物語ですが、結局のところ、それぞれがある文化を象徴する女性たちの間を、何とも身勝手な男が右往左往しながら、最後には「自分」を見失ってしまう、あるいは、そもそも最初から「自分」がなかったことに気づく悲喜劇と解釈できます。また「自分」を持たず周囲に流されてしまう主人公というのは、『蜘蛛の巣』とも共通していますが、ユダヤ人として生まれ、ロシア革命シンパだったものの、それに熱中するまでには至らず、また生まれ故郷の影響もあったでしょうが、どの文化にも帰属意識を持つことができず、ナチス政権誕生後はパリに逃れて、そこで客死したという作者自身の自虐的な投影のような気がします。

『セヘルが見なかった夜明け』とは、作者の立ち位置はずいぶん違うのですが、本書も書かれた時代を反映した作品です。主人公の日和見ぶりが笑えない時代に、我々は今も生きているのです。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2281 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

読んで楽しい:1票
参考になる:24票
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