紅い芥子粒さん
レビュアー:
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秀吉、家康、二人の天下人の、心の寂寥と虚無が見事に描き出されていて胸を打たれる。それだけでも読む価値があると思うが、これは、稀代の伝奇小説。
何年も前に、山田風太郎の小説で読んだことがある。
七歳の竹千代が、尾張に人質になっていたときのこと。
竹千代がとらわれていた寺だったか屋敷だったかの庭に、15歳の信長、12歳の日吉丸が集い、三人並んで夕日を浴びながら、
干し柿(ではなかったかもしれないが)を食べている情景。
小説の題名もその後の話も忘れてしまったが、その光景だけは一幅の絵のように、あざやかに記憶に残っている。
おそらくそのオマージュなのだろう。
この小説でも、そっくりの光景が、繰り返し現れる。
天下人となった秀吉と家康の脳裡に。
尾張万松寺の夕焼けの庭。
瓜を分け合ってむさぼる、少年の日の信長、藤吉郎、竹千代。
あの日、あのとき、若き秀吉と幼かった家康は、信長の放つ魔性の光に魅入られたのだった。
信長という光を畏れ、崇拝し、支配され、振り回され、殺し殺され、
必死で生き延びた四十年。
突然消えてしまった光の後に残された、もう進むしかない天下取りへの道。
秀吉も家康も傑出した人物ではあったろうが、狂気の天才・信長とはくらぶべくもない。
こんなはずではなかったーー大望成ったかのようにみえる秀吉、家康の二人の天下人の、
心の寂寥と虚無が見事に描き出されていて、胸を打たれる。
それだけで読む価値はあると思うのだが、これは、稀代の伝奇小説。
信長には、信長とうり二つの妹がいた。
いわずと知れた、市姫。絶世の美女と、戦国史に名高いあの女性。
信長と同体かあるいは分身かと思われるほど似ている。
白い肌、赤い唇、底蒼い瞳、そして魔性の光。
あろうことか、信長と市姫は相愛で…… それ以上のことは、まじめな日本史愛好家が仰天するからここには書かないけれど、わたしは、そういう話は、けっこう好き。
タイトルの聚楽というのは、もちろん聚楽第のことで、関白・豊臣秀次の居城である。
信長と市姫の怪しい関係は、秀次の出生の秘密に深くかかわり、子に恵まれなかった秀吉が秀次を養嗣子にした真の理由でもあるのだ。
聚楽第の地下で製造される黄金。ようするに、異端のキリシタンの錬金術。
その描写が、しつこくて、異様で、残虐で、きもちわるいのだが、美しい。
錬金術なんて、さすが黄金太閤。金ぴかが好きな秀吉らしいと思うのだが、秀吉の真の目的は、金ではなくその先にあったのだ。
天下人にはなれても、子のない秀吉の……
秀次が自刃した時の記述も、ぞくぞくするほど美しい。
38人とも39人ともいわれる秀次の妻妾たちが処刑される場面も、執拗に長い。
残酷なことを美しく書くのが、この作者の趣味なのかもしれない。
読んでいるわたしも、耽美的な残酷描写にうっとりしているのだから、どっちもどっちか。
文庫本で750ページある異形の戦国史は、家康の言葉で締められている。
魔性の信長が始めた狂気の天下取りを、粘り強く終わらせた家康が、死の床で繰り返しつぶやいていたことばだという。
七歳の竹千代が、尾張に人質になっていたときのこと。
竹千代がとらわれていた寺だったか屋敷だったかの庭に、15歳の信長、12歳の日吉丸が集い、三人並んで夕日を浴びながら、
干し柿(ではなかったかもしれないが)を食べている情景。
小説の題名もその後の話も忘れてしまったが、その光景だけは一幅の絵のように、あざやかに記憶に残っている。
おそらくそのオマージュなのだろう。
この小説でも、そっくりの光景が、繰り返し現れる。
天下人となった秀吉と家康の脳裡に。
尾張万松寺の夕焼けの庭。
瓜を分け合ってむさぼる、少年の日の信長、藤吉郎、竹千代。
あの日、あのとき、若き秀吉と幼かった家康は、信長の放つ魔性の光に魅入られたのだった。
信長という光を畏れ、崇拝し、支配され、振り回され、殺し殺され、
必死で生き延びた四十年。
突然消えてしまった光の後に残された、もう進むしかない天下取りへの道。
秀吉も家康も傑出した人物ではあったろうが、狂気の天才・信長とはくらぶべくもない。
こんなはずではなかったーー大望成ったかのようにみえる秀吉、家康の二人の天下人の、
心の寂寥と虚無が見事に描き出されていて、胸を打たれる。
それだけで読む価値はあると思うのだが、これは、稀代の伝奇小説。
信長には、信長とうり二つの妹がいた。
いわずと知れた、市姫。絶世の美女と、戦国史に名高いあの女性。
信長と同体かあるいは分身かと思われるほど似ている。
白い肌、赤い唇、底蒼い瞳、そして魔性の光。
あろうことか、信長と市姫は相愛で…… それ以上のことは、まじめな日本史愛好家が仰天するからここには書かないけれど、わたしは、そういう話は、けっこう好き。
タイトルの聚楽というのは、もちろん聚楽第のことで、関白・豊臣秀次の居城である。
信長と市姫の怪しい関係は、秀次の出生の秘密に深くかかわり、子に恵まれなかった秀吉が秀次を養嗣子にした真の理由でもあるのだ。
聚楽第の地下で製造される黄金。ようするに、異端のキリシタンの錬金術。
その描写が、しつこくて、異様で、残虐で、きもちわるいのだが、美しい。
錬金術なんて、さすが黄金太閤。金ぴかが好きな秀吉らしいと思うのだが、秀吉の真の目的は、金ではなくその先にあったのだ。
天下人にはなれても、子のない秀吉の……
秀次が自刃した時の記述も、ぞくぞくするほど美しい。
血は緋の中に七彩の虹のような輝きを帯び噴き散り流れた……なんて。
38人とも39人ともいわれる秀次の妻妾たちが処刑される場面も、執拗に長い。
残酷なことを美しく書くのが、この作者の趣味なのかもしれない。
読んでいるわたしも、耽美的な残酷描写にうっとりしているのだから、どっちもどっちか。
文庫本で750ページある異形の戦国史は、家康の言葉で締められている。
ざっと、済みたり。
魔性の信長が始めた狂気の天下取りを、粘り強く終わらせた家康が、死の床で繰り返しつぶやいていたことばだという。
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読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
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- 出版社:新潮社
- ページ数:763
- ISBN:9784101309323
- 発売日:2005年09月01日
- 価格:940円
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