紅い芥子粒さん
レビュアー:
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老いて生きて死んでいくこと。介護することされること。人生の残された時間にすべきこと。いろいろ考えさせられることの多い小説だった。でも、面白かった。
作者のJ.M.クッツエーは、1940年、南フランスで生まれ、2002年にオーストラリアに移住。2003年にはノーベル文学賞を受賞している。
「遅い男」は受賞後の2005年に発表された作品。このとき作者は65歳。
主人公は、オーストラリアに住む60代の男性。
名は、ポール・レマン。フランス系移民。元肖像写真家。
離婚歴があるが、子どもはいない。息子を持たなかったことが、いましてみれば人生最大の悔いであるという。
そのポールが、自転車に乗っていて事故にあうところから、物語は始まる。
冒頭の文がこれだ。
勢いのある描写に一気に作品世界に引き込まれた。
死ななかったのは運がよかった。
片足の膝から下を失ってしまったことは、運が悪かった。
彼は、義足をつけることを断固拒否し、介護士を雇い、日常生活の支援を受けながら自宅で暮らし始める。片足の彼を幼児のように扱う何人かの介護士をクビにしたあと、理想の介護士に出会う。
その介護士の名は、マリアナ・ヨキッチ。
クロアチアからの移民。機械修理工の夫と、ひとりの息子と二人の娘がある。
申し分のない介護と家事の技術で、彼に必要な支援を提供し、なにより彼の人格を尊重してくれる。
介護士と要介護者の肉体的接触。肌の感触やにおい。
マリアナは、十分に魅力的な女性だった。
ポールは、たちまち恋に落ちる。
胸に秘めておけばいいものを、あろうことか、告白めいたことまでしてしまう。
そこに登場したのが、エリザベス・コステロという名の作家だ。この物語の作者であるらしい。
つまりポール・レマンの創造主。彼女は、ポールのすることなすことに口をはさむ。
まあ、作者だから当然か。
外出もままならず、ひとりで暮らす高齢のポールが、愛欲の泥沼に沈むのを阻止するためにきたのかもしれない。作中人物は物語の中で勝手に動き出してしまうから、冷静にさせるには、創造主のお出ましが必要だったというわけか。
介護士のマリアナという女性。とても魅力的だ。
まずはその健康的な肉体。
実は母国では絵画修復士だったという経歴。
その経歴を鼻にかけるどころか、口に出すことすらしない。
ここオーストラリアでは介護が私の仕事と胸を張る。
彼女の話すぎこちない英語(の翻訳文)が、その人柄を浮かび上がらせるのに一役買っている。
マリアナの息子のドラーゴ。
イケナイ悪戯もしてしまう、どこにでもいそうな若者だが、体格にも容姿にも恵まれ、ちらっと見せる笑顔がしびれるほどにカッコいい。
息子がほしかったというポールが、つい高い学費の援助を申し出てしまうのも、無理はない。
けっきょくポールは、マリアナ母子にたかられちゃったのかなと思わないでもないけれど、醜い愛欲のドロドロは回避できてよかった。
面白い小説だった。
ポールにぴったり寄り添った視点で、三人称で書かれていることが効果的だと思う。
ポールの中からもう一人のポールが抜け出して、「彼が、ポールが……」と、語っているようで、ポールと一緒に泣き笑いしているような感覚を味わうことができた。
老いて生きて死んでいくこと。介護することされること。人生の残された時間になすべきこと……
いろいろ考えさせられることも多かった。
「遅い男」は受賞後の2005年に発表された作品。このとき作者は65歳。
主人公は、オーストラリアに住む60代の男性。
名は、ポール・レマン。フランス系移民。元肖像写真家。
離婚歴があるが、子どもはいない。息子を持たなかったことが、いましてみれば人生最大の悔いであるという。
そのポールが、自転車に乗っていて事故にあうところから、物語は始まる。
冒頭の文がこれだ。
右側からガツンときて、感電したかのような、思いもよらぬ鋭い痛みが走り、彼は自転車からふっ飛ぶ。
勢いのある描写に一気に作品世界に引き込まれた。
死ななかったのは運がよかった。
片足の膝から下を失ってしまったことは、運が悪かった。
彼は、義足をつけることを断固拒否し、介護士を雇い、日常生活の支援を受けながら自宅で暮らし始める。片足の彼を幼児のように扱う何人かの介護士をクビにしたあと、理想の介護士に出会う。
その介護士の名は、マリアナ・ヨキッチ。
クロアチアからの移民。機械修理工の夫と、ひとりの息子と二人の娘がある。
申し分のない介護と家事の技術で、彼に必要な支援を提供し、なにより彼の人格を尊重してくれる。
介護士と要介護者の肉体的接触。肌の感触やにおい。
マリアナは、十分に魅力的な女性だった。
ポールは、たちまち恋に落ちる。
胸に秘めておけばいいものを、あろうことか、告白めいたことまでしてしまう。
そこに登場したのが、エリザベス・コステロという名の作家だ。この物語の作者であるらしい。
つまりポール・レマンの創造主。彼女は、ポールのすることなすことに口をはさむ。
まあ、作者だから当然か。
外出もままならず、ひとりで暮らす高齢のポールが、愛欲の泥沼に沈むのを阻止するためにきたのかもしれない。作中人物は物語の中で勝手に動き出してしまうから、冷静にさせるには、創造主のお出ましが必要だったというわけか。
介護士のマリアナという女性。とても魅力的だ。
まずはその健康的な肉体。
実は母国では絵画修復士だったという経歴。
その経歴を鼻にかけるどころか、口に出すことすらしない。
ここオーストラリアでは介護が私の仕事と胸を張る。
彼女の話すぎこちない英語(の翻訳文)が、その人柄を浮かび上がらせるのに一役買っている。
マリアナの息子のドラーゴ。
イケナイ悪戯もしてしまう、どこにでもいそうな若者だが、体格にも容姿にも恵まれ、ちらっと見せる笑顔がしびれるほどにカッコいい。
息子がほしかったというポールが、つい高い学費の援助を申し出てしまうのも、無理はない。
けっきょくポールは、マリアナ母子にたかられちゃったのかなと思わないでもないけれど、醜い愛欲のドロドロは回避できてよかった。
面白い小説だった。
ポールにぴったり寄り添った視点で、三人称で書かれていることが効果的だと思う。
ポールの中からもう一人のポールが抜け出して、「彼が、ポールが……」と、語っているようで、ポールと一緒に泣き笑いしているような感覚を味わうことができた。
老いて生きて死んでいくこと。介護することされること。人生の残された時間になすべきこと……
いろいろ考えさせられることも多かった。
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読書は、登山のようなものだと思っています。読み終わるまでが上り、考えて感想や書評を書き終えるまでが下り。頂上からどんな景色が見られるか、ワクワクしながら読書という登山を楽しんでいます。
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- 出版社:早川書房
- ページ数:333
- ISBN:9784152092618
- 発売日:2011年12月20日
- 価格:2100円
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