藤崎翔作「お梅は魔法少女ごと呪いたい」を読みました。呪いの人形お梅と、善意の塊で、人を幸せにするのが使命と心得る魔法少女人形イライザという正反対の2体の人形を軸に、人間の幸福と不幸の奇妙な関係をブラックユーモアたっぷりに描いた連作短編集でした。
五百年ぶりに蘇ったお梅は、人を呪い不幸にする事を生き甲斐にしていますが、そこへ現れたイライザは、人々のポジティブな感情を増幅して幸せにしたいと願う魔法少女人形でした。しかしイライザの力は何故か裏目に出る事が多く、善意がかえって悲劇や混乱を引き起こしてしまいます。一方のお梅も、人間達のあまりに複雑な感情や事情に振り回され、思うように呪いを成功させられません。
認知症の母を懸命に介護する中年男性の話では、疲弊しながらも使命感だけで動き続ける息子の姿が胸を打ちました。お梅は親子を不幸にしようとしますが、そこには単純な悪意では割り切れない愛情が存在していました。
また、万年補欠のサッカー少年の話では、お梅は怒りや暴力を煽ったはずが、逆に少年達に友情や勇気が芽生えてしまいます。
修学旅行のエピソードでは、孤立した高校生達が偶然の出会いによって自分の居場所を見つけていく過程が爽やかで、特に落語や本、お笑いなど「好きな物」によって人生が少し前向きになる描写が印象的でした。
さらに、不倫芸能人夫婦やホストに貢ぐ女性達を描いた章では、人間の愚かさや依存関係がかなり辛辣に描かれています。特にホスト編は、読んでいて「理解不能」と感じるほど歪んだ愛情が次々登場しますが、その一方で、地獄のような状況を経て女性達が少しずつ目を覚ましていく展開には救いもありました。
本作最大の魅力は、単なるギャグ小説では終わらない点だと思います。藤崎翔作品らしく、テンポの良い会話や 不合理な状況で笑わせながらも、その根底には孤独、承認欲求、依存、介護、格差など現代的な問題が横たわっています。そして何より面白いのは、「人を幸せにしたい」イライザの方がしばしば大惨事を引き起こし、「呪いたい」はずのお梅の方が時折人間に同情してしまうという逆転構造でした。
終盤では、それまでの登場人物達がゆるやかに繋がり始め、それぞれが少しずつ前に進んでいる事が示されます。毒々しいブラックコメディでありながら、不思議と読後感は温かく、人間という存在のどうしようもなさと愛おしさが同時に伝わって来る作品でした。
お梅とイライザの「呪い」と「善意」が完全に噛み合わず、むしろ人間の方が2体の人形よりよほど複雑で厄介だという所が実に面白かったでした。2体が、相手にする人間にとって何が幸せで何が不幸なのかわからないと嘆くあたりがいかにもな人間ドラマであったと思いました。
特に介護編と修学旅行編は、ギャグの体裁を取りながら、孤独や居場所の無さがかなり丁寧に描かれていて印象的でした。逆にホスト編はかなり地獄味が強く、作者のブラックユーモアが全開でした。それでも最後には少しだけ救いを残す辺りが、藤崎翔らしい後味だったと思います。しかし全体を見るならば、この設定は正直飽きました。4作目を読む事は余程の傑作が書かれない限りもう無いと思いました。


- 掲載日:2026/05/26
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