「償い」という言葉を聞いて頭に浮かぶのは、さだまさしさんの楽曲だ。
交通事故で加害者となった男性が夫を亡くした被害者の妻に毎月少しずつ賠償金を送りつづけるという内容の歌詞。
この楽曲が多くの人に広がったのは、2002年の実際の少年犯罪の裁判で
裁判長が被告の少年にこう諭したことがきっかけだった。
「君たちはさだまさしの『償い』という唄を聴いたことがあるだろうか。
この歌のせめて歌詞だけでも読めば、なぜ君たちの反省の弁が人の心を打たないか分かるだろう。」
この裁判をきっかけにあらためてさださんの歌を聴いた人は多いだろう。
そんな「償い」をタイトルにした山﨑裕侍さんのノンフィクション作品、
『償い 綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件 6人の加害少年を追って』は、
その副題が示すとおり、昭和64年(1989年)の1月に起こった史上最悪の少年犯罪と呼ばれる
「綾瀬女子高校生コンクリート詰め殺人事件」の6人の加害者たちのその後を追った労作である。
彼らが行ったあまりにも悲惨な事件は、悲惨すぎて言葉にならないが、当時20歳にもならなかった少年たちのその後を、
山﨑さんは「ニュースステーション」ディレクターだった2000年の頃から取材を続けてきて、番組でも報道してきた。
今回自身初めての著書として本書を執筆したきっかけは、この事件の準主犯格の男の死だった。
男が亡くなった時、すでに50歳を超えていた。
あの事件のあと刑期を終えた彼はどのような日々を生きたのか。
事件と真剣に向き合い、「償い」を成したのか。
本書を読む限り、おそらくその答えはNOだろう。
時が経てば、事件の記憶は薄れていくだろうし、法律的には刑を終えたことにもなるだろう。
しかし、「償い」とはそこにどう向きあえるかではないだろうか。
深く、考えさせられるノンフィクション作品である。
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