1950年生まれの内田樹さんの『老いのレッスン』(大和書房)を読みました。2025年9月に出た本です。
若い女性編集者(31歳)とやりとりをする書簡集的な一冊。内田さんの本はあまり読んだことがなく、さほど共感を抱くこともなくといった感じです。
オーウェルの『1984』(角川文庫)の解説を読んで唖然とした記憶がありますから。この解説では、北朝鮮や中共といった現在の共産主義の恐怖と『1984』を比較考察した視点が少しもなかったのです。中国や北朝鮮という「国名」すら、どこにも出てこない。慎重に避けたとしか思えない代物でした。
にもかかわらず、「書かれていることと日本の現実の境目がわからなくなってきて」などというふうに「日本」と「1984」が近い?なんてことをほのめかしたりしているのです。左派系の方々によくあるパターン思考というしかないなとため息をついたものでした。
でも、1959年生まれの私からすると、少し年上のオッサンによる「老人論」かなと思って手にした次第です。
森鴎外の『じいさんばあさん』を20代半ばで読んでいろいろと感じるところがあったようで、本書でも詳述しています(どんな内容かは本をお読みください)。私も、その本は、ある人が論文の中で紹介していたので、読んだ記憶があります。学生時代だったか?
ポリコレからすると、許せない夫婦像が描かれている作品といえるかもしれませんが、古今東西、こういうのが理想的な夫婦像ではないかと想われます。
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ざっと速読という感じで読み進めたのですが、最後のほうで『「死」という難問』を取り上げて論じているところで、こんなことを書いているのが目にとまりました。
「僕は毎日音楽を聴いて暮らしていますけれど、聴くのはほとんど1960年代から70年代にかけてのアメリカン・ポップスです。エルヴィスやニール・ヤングやビーチ・ボーイズの曲を繰り返し聴いています。2000年代以降に流行った曲はほとんど知りません。レディ・ガガとかテイラー・スウィフトとかは名前だけは知っていますが、楽曲は聴いた覚えがない」
「年を取って同世代の友人たちを鬼籍に送るということは、例えば僕が小学校六年でフォー・シーズンズの『シェリー』を初めてラジオで聴いた時の驚きについて話しても、その感動を共有してくれる人が年々少なくなるということです」
私も毎日音楽を聴いて暮らしていますが、1959年生まれなので、聴くのは1970年代から80年代にかけての欧米ポップスです。エルヴィスやビートルズなどは無関心ですが、ニール・ヤングやアメリカやシカゴやドン・マクリーンやエルトン・ジョンなどを繰り返し聴いています。ほかにはフレンチ・ポップスなども。
長生きすると、そういう青春の日々に体験したさまざまなことを語り合う友もいなくなるという点で寂しいものがあると指摘されていますが、同感です。もっとも、所詮、私はまだ前期高齢者で古希前。内田さんも今年あたりから後期高齢者一年生になったばかりですが?
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「『早く死に始める』というのは今日一日をこれが生涯最後の一日かも知れないと思って味わい尽くすことです」とのこと。そのあたりはまぁ、実感として共感もできるかなと思いました。その言葉で「老いのレッスン」もお開きになっています。
ふと、1922年生まれの山田風太郎さんの『あと千回の晩飯』(角川文庫ほか)を思い出しました。あの本を単行本(朝日新聞社)で読んだのは、本が出てすぐでしたから1997年。29年前? 私はまだ30代でした。山田さんは刊行時、70代半ば。2001年に死去して、享年79でしたから、文字通り、刊行後の数年後に死去したので、千回ちょっとの晩飯……。
山田さんの本に対してどんな読後感を抱いたか、もう記憶にはありませんが、読みかえしたくなる一冊ですね。
最近、一日二食(原則朝・昼で晩飯なし)なので、『あと〇回のランチ』となりますでしょうか?(昨日は、スーパーの税込500円弱の弁当に、インスタントの赤だし味噌汁に納豆でした)。
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余談ですが……。
みうらじゅん氏の『老いるショック大賞』(筑摩書房)や江見康一氏の『「老いるショック」は3度来る! 人生90年の時代』(かんき出版)などを読みましょうか? 江見さんの本は2005年に出ています。
レッスンと名のつく本といえば、北山悦史氏の『女家庭教師: 秘密の個人レッスン』(太田出版)といった本もあるようです。これも読んでみたい?
「女家庭教師」に英語の個人レッスンを受けたこともたしかあったと記憶しているのですが、こちらはもう半世紀前? 紅顔の美少年も何処?
では、ごきげんよう。
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