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読めば圧倒的に面白い。サラマーゴが描く壮大かつ魅力的な想像と愛情の物語

修道院覚書: バルタザールとブリムンダ
ポルトガルのノーベル賞作家ジョゼ・サラマーゴの作品を読むのはとてもハードルが高い。ほぼどのページを開いてもびっしりと文字で埋め尽くされている。とても高尚な文学作品の印象があって、読み始めたとて読み切れるだろうかと不安になる。

しかし、そんな高いハードルを恐れずに読み始めてみると不安はすぐに払拭された。面白いのだ。エンタメ要素もたっぷりでストーリーテリングも抜群なのだ。気づけば一気に読んでしまっていた。

「修道院覚書」は、18世紀ポルトガルを舞台に、王と王妃、修道士、そして名もなき庶民たちが織りなす壮大な歴史ファンタジーである。戦争で片腕を失った元兵士バルタザールと、透視の能力をもつ女性ブリムンダ。彼らが修道士バルトロメウ・ロレンソと出会い、空飛ぶ機械〈パサローラ〉の製造に関わることになり、空想と現実の混じり合う物語が展開される。

子を授かれぬ国王ジョアン五世と王妃マリアナは、修道士の助言を受けてマフラに修道院を建てると誓う。やがて王妃は懐妊し、王は約束を果たすべく修道院建設を命じる。国家事業として動き出した巨大建設プロジェクトは、民の血と汗を吸いながら進み、後半では迸る熱気と多くの犠牲を重ねるさまが描かれる。石切り場から切り出した巨大な石を運ぶ人々、倒れる労働者、祈りながらも疲弊していく民の姿。修道院建設という一大プロジェクトは、宗教と権力、富と貧困の対比を描き出している。

物語の中心にあるのは、バルタザールとブリムンダのラブストーリーである。戦場から戻った片腕の男と、母を異端審問で失った不思議な少女。二人の出会いは、宗教裁判で火刑に処される異端者を見物する野次馬の群衆の中という恐ろしくも象徴的な場所だ。互いの名を呼び合った瞬間から、二人の運命は深く結びつく。甘々なラブストーリーではないが、ふたりの間には過酷な現実の中でしか生まれえない、静かな信頼と献身の感情がある。

ブリムンダは、人の心の中を見通す力を持つ。その能力が、やがて空飛ぶ機械パサローラの燃料となる“人間の意欲”を集めるために使われることになる。パサローラを浮かせるのは火でも風でもなく、“生きたい”、“何かを成し遂げたい”という人間の意志の力であるという設定が面白い。そして、この設定にサラマーゴの思想が凝縮されているように思う。科学と神秘、信仰と理性が交錯するこの装置は、無機質な飛行機械でありながら、実は人間そのものを暗喩しているのではないかと感じた。

疫病がリスボンを襲う中でブリムンダが死にゆく人々から意欲を集める場面には、宗教的な倫理を超えた、ある種の狂気がある。死の恐怖の中にこそ、最も純粋な“生への意欲”が宿るのであり、その意欲を燃料としてパサローラが空を飛ぶということが皮肉めいているというか、ちょっとエグいなと感じる。

後半、修道院建設が佳境に入るにつれ、空を飛ぶ夢は現実の重みに押しつぶされていく。バルトロメウ・ロレンソは異端として追われ、スペインで死ぬ。バルタザールもまた姿を消し、ブリムンダは彼を探してポルトガル中を歩き続ける。彼女の旅は、失われた愛を探す旅であると同時に、人間の信念そのものを探す巡礼のようにも見える。再会の場面は淡々としていながら深い感動があり、ブリムンダの小さな祈りがようやく光に包まれたのだという幸福感がある。

サラマーゴは、幻想と寓意を通して社会の構造や人間の本質を描き出す作家だと思う。「修道院覚書」も、宗教、権力、民衆、愛、信仰といったさまざまな要素を渦のように巻き込みながら、ひとつの大きな物語を築き上げている。実在の人物や史実をベースに幻想的な飛行装置や透視能力を織り込むことで現実と夢想の境界が曖昧な独自の世界創り出している。

訳者あとがきによれば、「修道院覚書」はサラマーゴの代表作の筆頭とされ、彼が亡くなったときに棺に一緒に納められたという。壮大な歴史絵巻でもあり、愛の物語でもあり、そして人間の創造と信仰の寓話でもある。冒頭にも書いたようにサラマーゴ作品を読むのはハードルが高い。しかし読めばきっと楽しめる。「修道院覚書」を読み終わって、空を飛ぶ夢の残光とバルタザールとブリムンダの愛の形を思いながら、サラマーゴの世界の余韻に浸っている自分がいた。
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  • 掲載日:2026/05/27
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