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「切羽詰った気持で、けれどもどうすることもできなくて、次第にふくれてくる腹をだた黙ってみている辛さは、なにに譬えようもなかった。」(「しづ女の生涯」231頁)

  • レビュアー: さん
  • 本が好き!1級
しづ女の生涯 (1980年)
 表題作の「しづ女」とは、「亀徳しづ」という青森の八戸で活動した実在の助産婦さんの聞き取りをもとにしたものです。作者を実際にとりあげた人で、他の随筆でも言及されています(時に別名で)。作家となった後に、「あの時の赤ちゃんでは」ということで連絡がきたそうです。『白夜を旅する人々』の冒頭は、産婆である彼女を迎えに行くシーンからはじまります。

 この表題作を含め七編を収めた1979年刊行の小説集になります(その後に集英社文庫に)。表題作「しづ女の生涯」と「熱い雪」は昭和42年(1967)年刊行の単行本からの再収録と、発表年は他よりもさかのぼります。作者としては初期の作品群といえるでしょう。この二作以外は、著者の「あとがき」に「大勢の読者を意識して書いた作品」とあるように、物語性の強い作品になっています。
 偶然かも知れませんが、「熱い雪」を含めて女性を主人公にしたものが目立ちます。新潟の花街で生きる芸妓・雪弥(「熱い雪」)、東京のとある学生寮で働く田舎出身の里子(「惜春記」)、小さな出版社で事務員として働く紗和(「風」)、「ふつうの主婦」としてすごす靖子にある新聞記者が訪ねてくる「ションガイナ霊歌」。結婚して間もない若い夫婦を描く「罪な用心棒」、高校時代に出会った男女の思わぬ再会を描く「春愁」は男性が語り手となりますが、淡い恋心を含めた男女の機微を描いた作品がほとんどなのは、私小説作家として知られるこの作家としては珍しいのではないでしょうか。
 出世作が「忍ぶ川」であったためか私小説作家の印象が強いのですが、こうした小説群を書く作家としての道もあったのかもしれません。時代と場合によっては「青春もの」を書いていく作家になっていたかもしれません。

 今回は表題作「しづ女の生涯」が気になって、またまた図書館の倉庫からひっぱりだしてきたもらったのですが、「聞き書き」とはいえノンフィクションや随筆というより「しづ女」一代の「小説」となっている1編です。堕胎を考えていた三浦の母に、産むように励ましたというエピソードからもわかるように、私小説作家である三浦には欠かせない人物です。ただ、ここではその点にはあえて触れず、その人生を八十八歳で亡くなるまで、簡潔なことばで40頁余にまとめて記しています。
 昭和41年10月12日永眠とのことですから、その翌年に発表したことになります。三浦が芥川賞をとって有名にならず、また、本人も気がつかなければ、二人が再会しこのような作品も出なかったわけですから、人の縁とは不思議なものです。

 はじまりは青森で起きたある殺人事件の話からはじまります。キリスト教の日本人伝道師として青森で活動していた父が巻き込まれるエピソードなのですが、ミステリー小説のようなはじまりにはびっくりしてしまいました。この後に、東京のミッションスクールで学んでいた娘しずも布教を手伝うために父母のいる青森に行き、同地と縁ができるわけです。
 最初から助産婦を目指していたわけでもなく、この1編も助産婦としての記録でもありません。青森で最初の有資格者とはいえ、助産婦となったのは29歳です。その後、何十年にもわたる活動で黄綬褒章を受けたという人でもありますが、一家の苦難や本人と夫との不可思議な関係のほうに紙面が割かれています。表題を「生涯」とした所以です。

 助産婦としての活動記録を期待した人には、この記述と分量は物足りないかもしれません。ただ、限られているとはいえ助産婦としての記述も手を抜いていません。地方においてまだまだ旧来の「取り上げ婆」のやり方が「ふつう」とされていたなかで、どのように清潔さを重視する習慣を定着させ普及させたのかがコンパクトにまとめられています。
 詳細は私にはわからないのですが、従来の習慣を全否定したり衝突するようなことはせず、今までのやり方にうまく「のせる」かたちで進めてきたことが書き込まれています。だからこそ、長年にわたり勤め上げることもできたのでしょう。三浦の母との一件はここではふれられてはいないのですが、「なぜ彼女を励ますことができたのか」というエピソードがさりげなく盛り込まれています。

 彼女の人生をたどると、どう見てもその前半生は厳しいものですし、それを糧に新たな生業を得て生き抜いていくさまには襟を正される思いもします。その一方で、苦難の一生という印象はあまり受けません。彼女の根底にある楽天性が、やわらかい印象にしてくれているのでしょう。
「世の中は皮肉なものだと、おかしくなって、しづはそれを思うたび、ベッドの上でくすくすと笑った。・・・『わたしはもともと楽天家よ』」(246~247頁)

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  • 掲載日:2026/04/30
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