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テーマ:「フランケンシュタイン」をみんなでゆっくり読んでいく会 前篇

フランケンシュタイン

テーマ主催者:

哀愁亭味楽

哀愁亭味楽 さん

登録日:2016年11月27日 12時18分

テーマの説明

メアリー・シェリーの名作「フランケンシュタイン」をみんなで読もうという企画です。

毎週日曜日に青空文庫の「フランケンシュタイン」のテキストをコピペして投稿します。皆様はそれを読んで、コメントの下のぶら下がりコメントに「ここ怖い!」とか「ここどういう意味なの?」とか、まあ好きなことを書きこんでください。

来年の12月頃、全50回程度で読了する予定です。4000字ずつくらいのペースで読んでいきます。

「読んだ人集まれ―」ではなく、みんなでわいわいがやがや言いながら一つの作品を読んでいったらどうなるんだろう? という実験です。

なので「まだ読んだことがない」というそこの貴方、是非この機会に一緒に読んでいきましょう。

後篇
https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no287/index.html?latest=20

皆様のご参加、お待ちしています!!

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  1. 1
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    フランケンシュタイン

    FRANKENSTEIN, OR THE MODERN PROMETHEUS

    マリー・ウォルストンクラフト・シェリー Mary Wallstoncraft Shelley

    宍戸儀一訳




           主要登場人物

    ウォルトン隊長――イギリスの探検家。
    フランケンシュタイン――スイスに生れた若い化学者。本篇の主人公。
    怪物――フランケンシュタインの創造した巨大醜悪な生きもの。
    フランケンシュタインの父――名はアルフォンス。かつて長官その他の顕職にあった。怪物に殺される。
    エリザベート――フランケンシュタインの許婚者。怪物に殺される。
    クレルヴァル――名はアンリ。フランケンシュタインの親友。怪物に殺される。
    ジュスチーヌ――フランケンシュタインの父の家の忠実な女中。怪物のために死刑にされる。
    ウィリアム――フランケンシュタインの幼い弟。怪物に殺される。
    投稿日:2016年11月27日 12時29分
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    • 哀愁亭味楽 01/01 14:20
      トムタンさん、あけましておめでとうございます!

      今からでも全然オッケー、大歓迎でーす!のんびりゆっくりと、ともに楽しく読み進めてまいりましょう!

      お体大丈夫ですか?寒い日が続きますので、どうかご自愛くださいませ。
    • トムタン 01/01 22:16
      あけましておめでとうございます!ありがとうございます。体調はぼちぼちなので、ゆっくり皆さんの後をついて行きたいです。何だかワクワク、ドキドキします(^^)
  2. 2
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    ウォルトンの手紙(第一)
              イングランドなるサヴィル夫人に

    セント・ペテルスブルグで、一七××年十二月十一日
     虫の知らせがわるいからとあんなに御心配くださった僕の計画も、さいさきよくすべりだした、とお聞きになったら、お喜びくださることとぞんじます。昨日、ここに着きました。で、まずとりあえず、無事でいること、事かうまく運ぶことにますます自信を得たことをお知らせして、姉さんに安心していただきます。
     僕はもう、ロンドンのずっとずっと北に居るのです。そして、ペテルスブルグの街を歩きながら、頬をなぶるつめたい北方の微風を感じているところですが、それは僕の神経をひきしめ、僕の胸を歓びでいっぱいにします。この気もちがおわかりでしょうか。僕の向って進んでいる地方からやってくるこの風は、氷にとざされた風土の楽しさを今からなんとなく想わせます。
    投稿日:2016年11月27日 12時29分
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    • ぴょんはま 12/03 21:18
      哀愁亭味楽さん、こんばんは。
      イントロクイズでご紹介下さったときにも思いましたが、このオープニングは上手いですよね。一気に読者を引きずり込んでしまいます。
      何やら人造の怪物が出てくるらしいということは読者は皆知っているわけですが、極地探検に行く冒険家と一体どんな関係が?と興味津々ですよね。
    • 哀愁亭味楽 12/03 23:28
      ぴょんはまさん、こんばんは!

      おおお、ですよね!

      この第一の手紙、日付が12月なんですよね。北の果てのペテルスブルグですから、きっと辺りは吹雪いてたりするわけです。

      そこにですよ、若い冒険家(きっとハンサムに違いない)が部屋の中に一人きりで、胸に期待と不安を抱きながら、自分を心配してくれているお姉さんに「僕は大丈夫☆ この北の大地も僕には楽園に見えます」っていう手紙を書いているわけです。絶対嘘なんですよ。彼の男としてのプライドと、姉を思う心遣いと、あとちょっと強がりなんでしょうね。

      そんなことを考えるともう、私、男ですが胸がキュンキュンしちゃいます。か、可愛すぎるぞウォルトン!

      で、ハンサムなウォルトンはこれからどうなるの? え? も、もしかして怪物に……、キャーーーッ ヾ(≧∇≦*)〃 ですよ。

      あー、ヤバイ。ほんと、上手すぎですねえ。
  3. 3
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    この前兆の風に焚きつけられて、僕の白昼夢はいよいよ熱して鮮かになっています。極地は氷雪と荒廃の占めるところだと思いこもうとしてもだめなのです。それは、たえず、僕の想像のなかでは、美と歓びの国として現われてくるのですよ。そこでは、マーガレット、太陽はいつでも眼に見え、その大きな円盤が地平線の上に懸って、永遠の輝きを放っているのです。そこには――というのは、姉さん、あなたの前ですが僕は、僕以前の航海者たちをかなり信じておればこそそう言うのですが――そこには雪も霜も見られません。そこで僕たちは、いくら驚歎してもしきれぬ国、人の住める地球上に今までに発見されたどんな地方にもまさる美しいすてきな国に、吹き送られるかもしれません。天体現象が疑いもなく未知の寂寞のなかによこたわっているように、そこの産物なり地勢なりもたとえようのないものかもしれません。永久の光の国で、何が期待されないと言うのでしょうか。
    投稿日:2016年11月27日 12時29分
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  4. 4
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    僕はそこで磁針を引きつけるふしぎな力を見つけるかもしれませんし、また無数の天体観察をやってそれをだんだん正確なものにしてもいけるでしょうが、いつもきまって変らないその外観上の偏心率を示すためには、どうしてもこの旅か必要なのです。僕は、これまで訪れたことのない世界の一角を眼にして、自分の燃えるような好奇心を満足させ、人類の足跡を印したことのない国を踏むかもしれません。こういうことが僕を誘惑するわけで、それだけでも僕は、危険をも死をも怖れない気もちになりますし、子どもが休みの日に友だちと語らって、土地の川に何かを見つけに行こうと小舟に乗るときに感じる、あの喜びに駆られて、このほねのおれる旅を始めようとするところです。
    投稿日:2016年11月27日 12時30分
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  5. 5
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    しかし、こういう臆測がみなまちがっていたとしても、現在のところではそこに達するのに何箇月かかるかわからないような、極地に近い土地への航路を発見することで、あるいはまた、かりそめにもできないことでないとすれば、僕の企てたような計画によってしかやりとげられない磁力の秘密を突きとめることで、全人類の最後の世代に至るまで計り知れぬ利益を受けるだろうということに、あなたもとやこう言うことはできないはずです。
     こんなことを振り返って考えていると、この手紙を書きはじめたときのぐらついた気もちが吹きはらわれて、心が天にものぼるような熱情でもって白熱するのがわかります。というのは、魂がその知的な眼を据えつける一点としての揺るぎない目標ほど、人の心を平静にしてくれるものがないからです。この探検は僕の幼い時から大好きな夢でした。
    投稿日:2016年11月27日 12時30分
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  6. 6
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    僕は、極地をめぐる海を越えて北極洋に達するみこみでおこなわれた、いろいろな航海の記事を、熱心に読んだものです。発見の目的でなされたあらゆる航海の歴史が、僕たちのよき叔父トーマスの書庫にぎっしり詰まっていたのを、姉さんもおぼえていらっしゃるでしょう。僕の教育はほったらかしでしたが、それでも僕は、一心に書物を読むのが好きでした。そういう書物を昼も夜も読みふけったものです。それらに精通するにつれて、父が亡くなるときに言いおいたことだというので、船乗りの生活に入ることを叔父が僕に許さないと知って、子どもごころにも僕は、ますます残念に思いました。
     こういった幻想は、例の詩人たちをよく読んだとき、はじめて萎みました。この詩人たちは、流れ出たその力で、僕の魂をうっとりとさせ、それを天上に引き上げてくれました。僕も詩人になり、一年間は自分の創り出した楽園に住みました。
    投稿日:2016年11月27日 12時30分
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    • そのじつ 03/06 09:04
      すごい〜!読み比べおもしろい〜!といきなり乱入してスミマセン。
      最新版でご挨拶しようと思っていたのですが、つい。
      3ヶ月遅れの参加でお騒がせします。よろしくお願いいたします〜。

      My education was neglected→ぼくは教育はろくに受けていませんが(創元)

      わたしの英語能力では上記は自然に感じます。
      角川と新潮の訳だと、自らさぼった風にも読めますが・・・それもアリなんでしょうかね。
      こんな細かい部分まで読む楽しみが満喫できるこの掲示板・・・ここはパラダイスですか?
      ではまた後ほど。
    • 哀愁亭味楽 03/07 00:35
      そのじつさん、いらっしゃいませ~!

      まだまだ先は長いですので、この先ものんびりお付き合いいただければと思います。

      ほんと、自分一人で読んでいては気づかなかった発見がいっぱいです!

      どうぞよろしくお願いいたします~☆
  7. 7
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    自分も、ホメロスやシェークスピア並みに、詩の神殿に祀られるとでも思っていたのですね。僕の失敗したこと、その時の落胆がどんなにひどかったかということは、姉さんもよくごぞんじです。しかし、ちょうどそのころ、従兄の財産を相続したので、またまた昔の夢が性懲りもなく首をもたげてきたのです。
     現在のこういった企てを心に決めてから六年になります。今でも僕には、この大冒険に向って自分を捧げた時のことが憶い出されます。僕はまず、自分の体を辛苦に慣らすことから始めました。そこで、捕鯨船に乗せてもらって幾度も北海に行き、自分から進んで寒さや飢え、渇き、あるいは寝不足をがまんし、日中はよく普通の水夫よりも激しく働き、夜は夜で、数学やら、医学のこころえやら、また自然科学のうちで海洋冒険者に実際にいちばんやくだつ部門などの勉強に没頭しました。
    投稿日:2016年11月27日 12時30分
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    • はるほん 11/29 17:12
      どこの文章にブラ下がろうかなあと迷ったのですが
      哀愁亭味楽さんのコメにのっかる感じで。

      「フランケンシュタイン」は代表的ゴシックホラーとも
      またSFのはしりとも言われます。
      メアリー・シェリーのお膳立てが良かったのだろうなと思ったり。

      ただ恐ろしい怪物の話というだけでなく、
      科学が進歩しはじめた当時からみた「ドラえもん発想」と
      また「北極」という秘境を使うという
      詳細過ぎないぼかしかたがまた見事だと思います。

      哀愁亭味楽さんのおっしゃる「キャラ立て」も
      既に冒頭でキッチリしてるんだなーと。

      個人的にこのSF・ホラーとしてデザインされた
      フランケンシュタインにヒジョーに興味があります。
    • 哀愁亭味楽 11/29 21:11
      >はるほんさん

      ですよねー。まだたった4000字だけなのに、「完成度高っ」て感じがすごくします。

      実は今回の企画は、いくらなんでも1年間は長すぎないかとも思ったのですが、「いや、『フランケンシュタイン』だからこそみんなで読む価値がある!」と思って突っ走っています。

      物語的にとてもよくできているので、ホラーやSFとして普通にエンタメとして読むのも良しですが、一方で当時の社会が描いた未来像や実は現在にとっても(人工知能なんかと絡めて)未来を予言している一冊としてちょっと真面目に考えるのも良し、なんですよねえ。
  8. 8
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    グリーランドの一補鯨船の補助運転士の役を二度も自分で買っで出て、りっぱに任務を果しました。船長が船で二番目の地位を提供しようとして、たいへん熱心にいつまでも居てくれと頼んだ時には、ちっとばかり鼻が高くになりました。それほど船長は、僕のしごとぶりを高く買ったのですよ。
     そういうわけで、マーガレット姉さん、今では僕にも、大きな目的を果す資格があろうというものではありませんか。安楽に贅沢してくらすことだってできたわけですが、いままでにさしのべられた富のあらゆる誘惑を振り切って、栄光の道を選んだのです。おお、然りと答えるあのどことなく勇ましい声! 僕の勇気と決意はしっかりしていますが、希望や元気がぺしゃんこになる時も、ないとは言えません。僕は長期にわたる困難な航海に出かけるところですが、何か事があるばあい、あらゆる堅忍不抜さをもってこれに処することが求められます。
    投稿日:2016年11月27日 12時31分
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  9. 9
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    危急のさいに他の者の元気を振いおこすばかりでなく、ときには自分を励まして持ちこたえることが必要なのです。
     ロシアを旅行するには、今がいちばん恵まれた時です。大橇に乗って雪の上を飛ぶように滑っていくのですが、これは愉快なことで、僕の考えでは、イギリスの駅馬車に乗るよりもずっとずっと楽しいものです。毛皮にくるまっていれば寒さもひどくないので、僕ももう、毛皮の服を着こんでいます。なぜなら、それを着たところで血管中の血か残るのを防げないとしても、甲板を歩きまわるのと、何時間も動かずにじっと坐っているのとでは、たいへんな違いがあるからです。僕は何も、セント・ペテルスブルグとアルハンゲリスクとの途中の逓送路線で命を捨てようという野心をもっているわけではないのですから。
     
    投稿日:2016年11月27日 12時31分
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  10. 10
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     二週間か三週間経ってから、アルハンゲリスクへ向って立ち、そこで船を借りるつもりですが、これは持ちぬしに保険料さえ払えばたやすくできるはずです。また、捕鯨に馴れた連中のうちから必要とおもわれるだけの船乗りを雇うつもりです。六月までは出帆するつもりはありません。ところで、僕はいつ戻ってくるでしょうか。ああ姉さん、この問にいったいどう答えたらよいでしょうか。もしも成功するとしても、何箇月も、何箇月も、ひょっとしたら何年も、お会いすることはできないでしょう。まんいち失敗すれば、すぐまたお目にかかるか、もうお目にかかれないか、どちらかです。
     さらば、撲の大事なマーガレット。御多幸を祈るとともに、僕に傾けてくださったあなたのあらゆる愛情と親切に対して厚く厚く感謝します。敬具。
    R・ウォルトン
    投稿日:2016年11月27日 12時31分
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    • 哀愁亭味楽 11/29 01:15
      かなえさん、こんばんは!

      ご参加ありがとうございます~! ここからどうなってゆくのでしょうね。ともに楽しんで読んでいきましょう♪
    • かもめ通信 12/04 20:03
      ↓20にも書きましたが、今週公開の手紙2を読んでウォルトンは北極海航路を見いだそうとしていたのかなと思ったのですが……果たしてどうなのかな?
  11. 11
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
         ウォルトンの手紙(第二)
                イングランドなるサヴィル夫人に

    アルハンゲリスクで、一七××年三月二十八日
     こんなふうに霜と雪に囲まれているここでは、時の経つのがなんと遅いでしょう! けれども、僕の計画だけは、もう第二歩を踏み出しました。船を借りて、乗組員を集めることに没頭しているところですが、すでに雇った連中は、信頼のおける、たしかに怖れを知らぬ勇気をもった男たちのようにおもわれます。
    投稿日:2016年12月04日 12時59分
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    • 哀愁亭味楽 12/04 14:46
      おおお、ありがとうございます! 今週もよろしくお願いします! 角川文庫のカバーの絵がなんかBLっぽいww
    • かもめ通信 12/04 15:01
      ですです!しかも角川はなんとなく訳にも色気があるような気が??
  12. 12
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     とはいえ、まだ一つ欠けたものがあって、まだそれを満せないでいます。いま、それがないのは、よくよくの不幸だと思います。友だちがないのですよ、マーガレット。成功の熱に燃えているときにも歓びを共にする者がなく、失望に陥ったとしても意気沮喪に堪えるように励ましてくれる者がないのですよ。僕はなるほど、自分の考えを紙に書きつけもするでしょう。しかし、感情を伝えるには、それは、やくにたちそうもない手段です。僕は、僕に同感でき、眼で眼に答えてくれる人間を、仲間にほしいのです。姉さん、あなたは、僕をロマンチックだとお考えでしょうね。けれども僕は、友だちのいないのはつらいのです。やさしくてしかも勇気のある、心が広くて教養のある、僕と同じような趣味をもった人で、僕の計画に賛成したりまたそれを修正したりしてくれる者が、誰ひとり身近かにはいないのです。
    投稿日:2016年12月04日 12時59分
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    • そのじつ 03/06 17:59
      角川、ブロマンス色打ち出してますね(゚∀゚)
    • 哀愁亭味楽 03/07 00:38
      ぷぷぷ。
      「このまなざしに、まなざしで応えてくれる誰かなのです。」とか、ウォルトン、そっちの人だったのか!
  13. 13
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    そんな友だちがあれば、あなたの貧弱な弟のあやまちをいろいろ矯してくれるでしょうに。私はあまり実行にはやりすぎ、困難にあたって辛抱がなさすぎます。しかも、自分流に独学したことは、そんなことよりもずっと大きな禍です。十五歳までというものは、共有地の荒野を駆けめぐり、トーマス叔父の航海の本をしか読まなかったのですものね。そのころ僕は、自分の国の高名な詩人たちに親しむようになりましたが、自国語以外の諸国語に通じる必要があると気がついたときには、そういう後悔からもっともたいせつな利益を得る力がなくなっていました。僕はもう二十八歳ですが、実際には十四歳の学校生徒よりも無学なのです。なるほど僕は、物事をもっと考えもするし、僕の白昼夢はもっと広がりがあってすてきでしょうが、ただそれには(画家たちが言うように)調和が欠けています。
    投稿日:2016年12月04日 13時00分
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    • かもめ通信 12/04 14:17
      ふむ。ウォルトン、28歳、独身。仲の良い姉がいるが、友達がいない……ここまでは把握しましたw
    • 哀愁亭味楽 12/04 14:39
      ……そしてハンサム(いやそれは私の妄想だから)
  14. 14
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    そこで僕は、僕をロマンチックだと言って軽蔑しないだけのセンスのある友人と、僕が自分の心を直そうと努力するうえでの十分な愛情が、大いに必要なのです。
     まあ、こんなことはつまらぬ愚痴というものです。広い大海では、いやこのアルハンゲリタスクでさえも、商人や海員のあいだに友だちを見つけるのは、できない相談です。それでも、その連中の粗野な胸のなかにも、人間性の汚れをいさぎよしとせぬ感情が波うっています。たとえば、僕の副隊長は、すばらしい勇気と進取の気性に富んだ男で、しきりに栄誉を望んでいます。というよりは、もっと特徴づけて言えば、自分の職業の地位が上るのを願っています。
    投稿日:2016年12月04日 13時00分
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    • かもめ通信 12/04 15:05
      ちなみにこの「副隊長」ですが、光文社では「副長」、角川では「副官」となっています。
    • ことなみ 12/04 16:23
      創元も副長でした。
  15. 15
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    この男はイギリス人ですが、教養では和らげられぬ国民的職業的偏見のさなかで、人間性のもっとも高貴な資性をあまり失っていません。はじめ捕鯨船の甲板上で知りあい、この町で失業しているのを見つけて、さっそく僕の計画を助けてもらおうとおもって雇ったわけです。
     特長も気性のすぐれた男で、気のやさしいことと紀律のきびしくないことで、船のなかでも目立っています。この男の誰でも知っている廉直さや恐れを知らぬ勇気にかてて加えて、こういう事情があったので、どうしてもこの男を雇いたくなったのです。孤独に過ぎた僕の年少時代、あなたのやさしくて女らしい養育のもとに送った僕のいちばんよかった時代が、僕の性格の骨組を洗煉しましたので、僕は、船のなかでふつうおこなわれる蛮行に対して烈しい嫌悪を抑えることができません。そんな必要があるとは信じられないのです。
    投稿日:2016年12月04日 13時00分
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  16. 16
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    そこで、この船乗りが、思いやりの心があって誰からも注目され、乗組員から尊敬され心服されているということを耳にすると、この男に手もとで働いてもらうことができたことを、わけても幸福に思うのです。はじめ僕は、この男のおかげで幸福にくらせたある婦人から、どちらかと言うとロマンチックなやりかたで、この男のことを聞きました。かいつまんで申しあげると、その話はこうです。つまり、この男は、幾年か前に中流の若いロシア婦人に恋しましたが、捕獲賞金で金をだいぶ溜めたので、女の父もその緑組みを承諾しました。そこで、式を挙げる前に一度愛人に会いましたが、娘は涙を流してこの男の足もとに身を投げ出したかとおもうと、自分はほかの男を愛しているが、そのあいてが貧乏なので、父が結婚を許さないのです、と告白して、自分を助けてほしい、と哀願しました。
    投稿日:2016年12月04日 13時00分
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  17. 17
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    僕の寛大な友人は、その哀願を聴き容れて安心させ、娘の愛人の名を聞かされると、即座に自分の要求を放棄しました。この男はすでに、自分の金で農場を買い、そこで余世を送る算段をしていたのですが、それをそっくり、株を買うつもりだった賞金の残り全部といっしょに、恋がたきにつけてやり、それから娘の父親にその愛人との結婚を承諾するように頼みました。しかし老人が、この僕の友人には義理があると考えて、はっきり拒絶し、頑として聴き容わないのかわかったので、この男は国外に飛び出し、以前の愛人がこの男の望みに従って結婚したと聞くまでは、帰国もしませんでした。「なんという気高い方!」あなたはそう叫ぶでしょう。そのとおりです。
    投稿日:2016年12月04日 13時01分
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    • ぴょんはま 12/11 01:49
      友人がいないのが悩み、という手紙なのに、副長=船長のことをわが友人て書いてる(創元)。人格的には素晴らしい人物でも、粗野で教育がない船乗りはしょせん自分とは階級が違い、対等の友にはならないということなのかな。
    • 哀愁亭味楽 12/11 11:39
      階級の差っていうのはかなりありそうですよね。
      「ダウントンアビー」とか見てると、貴族からしたら雇用人を「友人」と呼ぶことが最大の賛辞、みたいなとこってありそう。
  18. 18
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    しかし、この男はてんで無学で、トルコ人みたいに無口ですし、無知な不注意というようなものが附きまとっていて、それがこの男の行為をいっそう驚くべきものにしているものの、さもなければ得られた興味と同情をそれだけ減じています。
     ところで、僕がちっとばかり不足を言い、あるいは、僕の知らない労苦に対して慰めを心に描くかもしれないからといって、僕が決意を渋っているなどとお考えになってはいけません。それが決まっているのは運命のようなものです。出航がいま延びているのは、天候がまだ乗船を許さないだけのことです。冬はおそろしく酷烈でしたが、春はよさそうな様子で、思いのほか早くやってきそうですから、たぶん予定よりも早く出帆するでしょう。僕はむこうみずはやりません。他人の安否が撲の注意如何に懸っているかぎり、僕がいつも細心で思慮深いことは、あなたもよく知っていて信じてくださるはずです。
    投稿日:2016年12月04日 13時01分
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    • かもめ通信 12/04 20:35
      なるほど、原文でもそうなのねえ。
      たぶん、名前が出てこない時点できっと脇役なんだよねw
      でなければ、副隊長のペーターは…とかってなってるよね?きっと!
      先を読めばはっきりするのかもしれないけれど、私もぱせりさん同様、現時点では大雑把に(でも心に付箋をつけつつ)把握して置くことにしますw
    • はるほん 12/04 21:31
      怪物「イヤ主役オレだからね?」
      こーゆー細かいトコにツッコミが入るのも、読書会の面白味ですねえ。
      ひとりで手持ちの本だけ読んでたら気が付かないもの。
  19. 19
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     僕の企ての近日中のみこみについて感じていることを申しあげることはできません。なかば嬉しくてなかば怖ろしい、慄えるような思いで出発のしたくをしている時の、こんな気もちをお伝えするのは、不可能なことです。僕は、先人未踏の地へ、「霧と雪の国」へ行こうとしていますが、信天翁(アホウドリ)は殺しません。したがって、僕の安否を気づかったり、コールリッジの「老水夫」のように痩せさらばえたみじめな姿で戻って来はしないかと心配なさったりはしないでくれませんか。こんなふうにそれとなく申しあげると、お笑いになるでしょうね。けれども、秘密を漏らしましょう。僕はよく、危険な大海の秘密に対する自分の愛着、自分の激情的な熱中を、近代のいちばん想像力に富んだ詩人の作品のせいにします。僕の魂のなかには、自分にもわからない何かが働いているのです。僕はほんとうに勤勉です。骨身を惜しみません。
    投稿日:2016年12月04日 13時01分
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  20. 20
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    倦まずたゆまず、ほねをおって働く労働者です。しかも、そのうえに、僕のあらゆる計画にまつわる奇蹟的なものを愛し、奇蹟的なものを信じてもいるのです。それが僕を、平凡な人たちの道から閉め出し、経験しようとしている荒凉たる海や未踏の地へとせきたてることにもなるのです。
     さて、しかし、もっと大事なことに戻りましょう。はてしのない海を通ってアフリカかアメリカの最南端に戻って来てから、またお会いしましょう。そんなふうにうまくゆくと当てにしているわけではありませんが、絵の裏側を見る気にはなれません。当分は機会があったらできるだけ手紙をください。自分の元気を持ちこたえるためいちばん必要になったときに、お手紙を受け取るかもしれませんから。僕は心から姉さんを愛しています。僕のことは愛情をもって思い出してください、二度と僕の口から何も聞けなくなったとしても。では……
    ロバート・ウォルトン
    投稿日:2016年12月04日 13時01分
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    • かもめ通信 12/04 15:40
      光文社訳:広大な海を横切って、アフリカあるいはアメリカの最南端を経て戻ってきたら、ぼくはもう一度姉さんに会えるでしょうか?そんな非の打ち所のない成功を期待しているわけではありませんが、かといって、逆の姿を想像することにも耐えられません。
       ともかく当面はできるだけ機会を捉え、手紙を下さればと思っています。ぼくの気持ちが支えをいちばん必要としているときに、姉さんの手紙を受け取れるかもしれませんから。ぼくは姉さんをとても愛しています。どうかぼくのことを、愛情をもって思い出してください。たとえ、二度とぼくの消息を聞かないことがあっても。
    • 哀愁亭味楽 12/05 01:46
      ここ、確かに私も少し気になってました。ただ単に極地を目指すだけならば、アメリカやアフリカの最南端にまで行く必要ないですしねえ。どういうことなんだろう。目的は北極海航路の発見なんですかね。

      あるいはもしかして、北極と南極の両極点を発見することが目的とか? だとしたらウォルトン、野望がデカすぎ!
  21. 21
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
         ウォルトンの手紙(第三)
                イングランドなるサヴィル夫人に

    一七××年七日七日
     姉さん――無事に航海を続けていることを申しあげるために、急いで走り書きします。この手紙は、いまアルハンゲリスクから帰航しようとしている一商船が、イングランドにとどけてくれるでしょう。もしかしたら何年も母国の土を見ないかもしれない僕よりも幸運な船です。とはいえ、僕はとても元気です。部下は大胆で、しっかりやれそうに見えます。たえず僕らのそばを通り、僕らの向って進む地域の危険さを示す浮氷の山を見ても、べつにあわてもしないようです。撲らはもうかなり高緯度に達していますが、今は夏の真盛りで、イングランドほど暖かではないにしても、僕がこうも熱心に到達したがっている岸のほうへ、僕らを、急速に吹き寄せている南風が、予想もしなかった爽かな暖かさで吹いています。
    投稿日:2016年12月04日 13時03分
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  22. 22
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     今までのところ、手紙に取り立てて書くような出来事は、何も起りません。
     さらば、なつかしいマーガレット。あなたのためはもちろん自分のためにも、むやみやたらに危険に立ち向ったりはしませんから、どうぞ御安心ください。冷静に、辛抱強く、しかも細心にやります。一、二度の強風や船の水漏れなどは、経験をつんだ船乗りなら、記録しようと思いつきもしない出来事です。航海中に何も悪いことが起きないとしたら、僕はそれ以上に言うことはありません。
     しかし、成功が僕の労に報いてくれるはずです。どうしてそうでないと云えるでしょう。こうして僕は、道のない海上の安全な航路を辿って、遠く去って行きます。星こそそのまま僕の勝利の証人であり証拠でもある所へ。どうしていまだに、人に馴れてはいないが従順な自然の元素を処理しないのだろう。人間の決心や決意を何が中止できるのだろう。
    投稿日:2016年12月04日 13時04分
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  23. 23
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     僕の膨れた胸は、思わず知らず、こんなふうに溢れ出します。けれども私は、やり遂げなくてはなりません。御多祥を祈ります。
    R・W・
    投稿日:2016年12月04日 13時04分
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    • 哀愁亭味楽 12/04 13:13
      今週もフランケンシュタインは登場しませんでしたー。一体いつ登場するんだフランケンシュタイン!そして怪物!

      それはもしかしたら来週……かも?
    • ぽんきち 12/04 13:40
      ぶぶw まだ出ない方に賭けますw 年内にようやく出るくらい・・・?
  24. 24
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
         ウォルトンの手紙(第四)
                イングランドなるサヴィル夫人に

    一七××年八月五日
     たいへんおかしなことがもちあがったので、それを書き記さないわけにいきません。もっとも、この書きものがあなたの手に入らないうちに、どうやらお目にかかれそうですが。
     この前の月曜日(七月三十一日)、僕らは、氷にすっかり閉されそうになりました。氷が四方八方から船に迫り、操船余地も残らないくらいになったのです。殊に、ひどく濃い霧に包まれていたので、僕らの状態はかなり危険でした。そこで、大気と天候に何か変化が起るのを望んで、停船しました。
    投稿日:2016年12月11日 11時31分
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    • かもめ通信 12/11 12:06
      ん?前回の手紙から2カ月しかたっていないのに、手紙より先に帰郷しそうだということは、遠征は途中で断念したのかしら??

      あっ!違いますね。本日アップの最後のところまで読んで気がつきました。大海原の真ん中で書いても手紙を出す手段がないんですよね?きっと??
      だから書きためる……そういうことなのかしら?と。
    • 哀愁亭味楽 12/11 13:01
      私もそういうことだと思います~。ちなみに第四の手紙はまだ終わってないので、来週もまだ第四の手紙の続きになります。
  25. 25
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     二時ごろ、霧がはれてみると、どちらを向いてもはてしのない、広い、でこぼこの氷の平原が、まわりによこたわっていました。仲間のなかには、うめき声を立てる者もあり、僕自身も心配になって、用心する気もちになりかけましたが、と、とつぜんそのとき、奇妙な光景が僕らの注意を引き、僕ら自身の苦境を忘れさせました。大橇に取り附けて犬に曳かせた低い乗りものが、半マイルばかり先の所を、北に向って走って行くのが、僕らの眼に映ったのです。人間の形はしているが見るところ背丈の巨大なものが、その大橇に乗って、犬を操っていました。僕らは望遠鏡で、その旅行者が急速に遠ざかるのを見守りましたが、ついにその姿ははるか遠くのでこぼこした氷のあいだに見えなくなりました。
    投稿日:2016年12月11日 11時31分
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    • ぱせり 12/11 13:32
      なになに、なに?(どきどき)
    • ぴょんはま 12/14 23:03
      創元推理文庫の登場シーン「かたちは人だが、明らかに巨人ほどの身の丈を持つ生き物が橇におさまり、犬どもを御していました。」
  26. 26
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     この出現は、僕らを無条件にびっくりさせました。僕らは、どこかの陸地から何百マイルも離れていると思いこんでいたのですが、こういうものが現われたとなると、実際には、考えていたほど遠く離れていないのかと思われました。とはいえ、氷に囲まれていたので、最大の注意をもって見守ったその怪物のあとをつけることはできませんでした。
     このことがあってから二時間ばかり後に、浪の音がきこえ、夜にならないうちに氷が割れて船が自由になりました。しかし、氷が割れたあとでゆらゆら浮び漂っている大きな氷塊にぶつかることを恐れて、朝まで停船しました。この時間を利用して、僕は数時間休みました。
    投稿日:2016年12月11日 11時32分
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  27. 27
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     けれども、朝になって明るくなるとすぐ僕は甲板に出、船員たちがみな船の片側に集まって、海上にいる誰かとしきりに話しているらしいのを眼にしました。なんとそれは、僕らが前に見たような大橇で、夜のうらに氷の大きな塊に乗ったまま、こっちのほうへ流されてきたものと見えます。犬が一頭生き残っていたほかには、その塩のなかに人間が居り、その人に、船へ上って来いと船員たちがすすめているところでした。その人は、他の旅行者のようにどこか未発見の島に住む未開な住民かともおもいましたが、そうではなくてヨーロッパ人でした。僕が甲板に現われると、船長が言いました、「わしらの隊長がここにいらっしゃるんだ。あんたをこの広い海の上で見殺しにしたりはなさらないよ。」
    投稿日:2016年12月11日 11時32分
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  28. 28
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     僕を認めると、その見知らぬ人は、外国訛りの英語で僕に話しかけました、「お船に乗せていたただく前に、どこへおいでになるつもりか、それをお教えねがえませんでしょうか。」
     破滅の淵に臨んでいる人から、そう問いかけられた時の僕の驚きは、御想像に任せます。その人にとっては、僕の船こそ、その人が陸上で得られるどんな貴重な富とも交換したくなる頼みの綱だったろうに、と、僕は思いました。けれども僕は、北極に向って探検の旅の途上にあるのだと答えました。
    投稿日:2016年12月11日 11時32分
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  29. 29
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     その人はもそれを聞いてやっと納得したらしく、甲板に上ってくることに同意しました。呆れましたね、マーガレット。自分が救われるのに条件をつけた男が現われるとしたら、あなただってさぞびっくりなさるでしょうよ。その人の手足は凍りかけて、体は疲労と苦痛のため恐ろしく衰弱していました。あんなにひどい状態にある人を見たことがありません。僕らはその人を船室に運びこもうとしましたが、新鮮な空気に当らなくなると、たちまち気を失ってしまいました。そこで甲板に運び戻して、ブランディで摩擦し、むりやりすこし飲ませて、息を吹き返させました。まだ生きているしるしが見えるとすぐ、毛布にくるんで厨房ストーブの煙突のそばに寝かせました。そのうちだんだんとその人は正気づき、スープをすこし飲んで、驚くほど元気を恢復しました。
    投稿日:2016年12月11日 11時32分
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  30. 30
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こんなふうにして二日経ちましたが、そのあいだずっと、その人は口が利けなかったので、僕は何度も、苦痛のために理解力がなくなったのではないかと心配しました。かなり恢復してから、僕は、その人を自分の船室に移して、仕事にさしつかえのないかぎり介抱してやりました。僕は、これほど興味のある人間を見たことがありません。眼はたいてい荒々しい、というよりは狂ったような表情を浮べていますが、誰かが親切なことをしてやったり、何かごく些細な用をたしてやったりすると、顔全体か、いわば、たとえようもない慈悲深さと柔和さに輝いて、ぱっと明るくなるのです。しかし、たいていは憂欝と絶望にとざされ、のしかかる苦悩の重みに堪えかねるかのように、ときどき歯ぎしりするのです。
    投稿日:2016年12月11日 11時33分
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  31. 31
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     この客人がやや恢復すると、いくらでも質問をしたがる連中を寄せつけないために、たいへんほねかおれました。どうしても絶対安静にしなけれは恢復しない状態の体と頭をもったこの人を、この連中の愚にもつかぬ好奇心に悩まされるようにはしたくなかったのです。けれども、副隊長が一度、どうしてああいう妙な乗りもので氷の上をこんなに遠く来たのか、と尋ねました。
     その人はたちまち、深い深い陰欝さに閉ざされた顔つきになって答えました、「僕から逃げて行ったものを探しにですよ。」
    「その、あなたの追いかけた人は、あなたと同じような格好で旅行しているのですか。」
    「そうです。」
    「とすると、わしらは、その人を見たような気がしますよ。あなたをお救いした前の日に、何頭かの犬が人をひとり乗せた大橇を曳いて、氷の上を通っていったのを見かけましたからね。」
    投稿日:2016年12月11日 11時33分
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    • ぽんきち 12/11 12:41
      些細なことですが、「ほねかおれました」は、元々の原典のタイプミスなんですかね? 青空文庫は原典に忠実にってとこなのかな・・・?
    • 哀愁亭味楽 12/11 13:04
      実はこのテキスト、誤字脱字がめっちゃ多いんですよね。「僕」が「撲」になってたり、「アルハンゲリスク」が「アルハンゲリタスク」になってたり。原典がそうなのか、それとも青空文庫に入稿した人のミスなのか、どっちなんでしょうね。
  32. 32
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     これが、この見知らぬ人の注意を引いたと見え、怪物――その人はそれをそう呼びました――の通っていった道すじについて、いろいろ訊ねました。まもなく僕と二人だけになると、その人は言いました、「あの善良な人たちと同じように、たしかあなたも、好奇心に駆られておいでのはずですが、思慮深いのでお訊きになりませんね。」
    「おっしゃるとおりですよ。こちらがいくら根掘り葉掘り訊きたいからといって、そのことであなたを悩ますのは、じっさい、たいへん無作法で不人情なことですからね。」
    「けれどもあなたは、妙な危ない状態から私を救い治してくださった方です。情深いあなたのおかげで私は生きかえったのです。」
    投稿日:2016年12月11日 11時33分
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  33. 33
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     そのすぐあとでその人は、氷が割れてあの怪物の橇もだめになったとお考えか、と僕に尋ねました。はっきりしたお答えはできないが、ただ、氷は真夜中近くまで割れていなかったから、あの旅行者はその前に安全な場所に着いたかもしれないとは思うものの、どうも判断がつかない、と僕は答えました。
     このとき、この見知らぬ人の衰弱した精神状態に、新しい生気がいきいきと波うってきました。甲板に出ることに異常な熱意を示し、前に見えたという橇を見張ろうとしましたが、僕は船室に居るように説きつけました。まだ弱っていて、寒冷な空気には堪えられなかったからです。僕は、その人のために誰かに見張りをさせ、何か新しいものが眼に入りしだいすぐ知らせる、と約束しました。
    投稿日:2016年12月11日 11時33分
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  34. 34
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     これが、今日までのこの妙な出来事に関聯したことの日記です。この見知らぬ人は、だんだんと健康を取り戻しましたが、ただひどく無口で、僕以外の誰かが船室に入ってくると、おちつかない様子です。それでもその態度がいたってものやわらかでやさしいので、船員たちはみな、ことばこそほとんど交さなかったけれども、この人に興味をもっています。僕となると、この人を兄弟のように愛しはじめ、その絶えまない深い悲しみに心から同情と憐れみを感じています。現に難破した今でさえ、こんなに人を惹きつける、人好きのする人なのですから、もっとよかった時代には、けだかい人であったにちがいありません。
    投稿日:2016年12月11日 11時34分
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  35. 35
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     前にあげた手紙の一つで、僕は、広い大海のなかで友人を見つけることはなかろうと書きましたね。ところが、不幸のためにその精神が押しひしがれてしまわない前だったら、僕の兄弟分として幸福を感じさせたにちがいないような人間を見つけたのです。
     何か書きつけておいてよいような新しい出来事があったら、この見知らぬ人に関する僕の日記を、とびとびに続けましよう。
    投稿日:2016年12月11日 11時34分
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    • ぴょんはま 12/14 22:58
      創元版
      「 ねえ、マーガレット、大海原で友が見つかるわけはないと、いつかぼくは手紙に書きました。でも見つかったこの人こそ、不幸に心打ちのめされる前に会えていたら、心の兄弟としてぼくは喜んで迎えていたことでしょう。
       また何か、この人物について新しく書きとめるべき事柄がありましたら、おりにふれ記録を続けたいと思っています。」
    • 哀愁亭味楽 12/15 17:45
      なるほど、この部分なんですが、

      「不幸のためにその精神が押しひしがれてしまわない前だったら」(青空文庫)
      「不幸に心打ちのめされる前に会えていたら」(創元)

      と、ウォルトンはこの手紙を書いている時点ではこのフランケンシュタインらしき人物に対する評価を保留しているのですね。もっと前に出会えていたら、親友になれたかもしれない、ということは、現時点ではどうかわからない、ということですよね。

      これはただ単に彼が憔悴しきっている様子だからなのか、あるいはもしかしたら、この時点でウォルトンは何か不吉なものを予感しているのかも。
  36. 36
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    一七××年八月十三日
     例の客人に対する僕の愛情は、日ごとにつのっていきます。この人には、僕も、驚くほど敬服し、また同時に同情せずにおられません。こんなけだかい人間が不幸に引き裂かれているのを、骨の疼くような悲しみを感ぜずに、どうして見ることができるでしょう。それほど心がやさしく、しかも賢く、教養のある心の持ちぬしなのです。そして、話をするときは、そのことばが選りに選った技術で選り出されるのですが、それでも、そのことばは、よどみなく無類の雄弁さをもって流れ出します。
    投稿日:2016年12月18日 13時35分
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  37. 37
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     この人はもう、病気がだいぶよくなって、たえず甲板に出、先に行った橇を見張っている様子です。しかも、不幸な身でありながら、自分の悲惨さにはすこしも気を奪われず、ただ他人の計画に深い閑心をもっているのです。そこで、僕の計画のことでたびたび尋ねてくれましたので、僕も包み隠さずに話しました。すると、僕が最後には成功するようにと、何から何まで相談あいてになり、そのために僕の取ってきた手段の、ごくこまかなところまで熱心に気を配ってくれました。僕は、こうして示してくれた同情にわけもなくほだされて、心の底をうちあけ、魂の燃えるような熱情を言い表わし、この計画を促進させるためなら、自分の運命、自分の存在、自分のあらゆる希望をそれこそ喜んで犠牲にするだろうと、あらゆる熱情をこめて申しました。ひとりの人間の生死などは、僕の目ざした知識を得るためにはらわれるほどの値うちがありません。
    投稿日:2016年12月18日 13時35分
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  38. 38
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    この人類の原素的な敵を領地として手に入れ、それを後世に伝えたいのです。僕がそう語っていると、あいての顔には暗い蔭かひろがり、はじめは自分の感情を抑えようとしていたらしく、両手で眼を覆っていましたが、その指のあいだから涙がぽたぽた滴り落ち、激した胸から呻き声が洩れてきたのを見て、僕の声も慄えてきて、先が続けられなくなりました。僕は話をやめました。やっとのことでその人は、めちゃくちゃな語調で言いはじめました。
    投稿日:2016年12月18日 13時36分
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    • ぴょんはま 12/18 23:21
      創元
      「人ひとりの生死など、それでぼくの求める知識が手に入るなら安いものだ、それで人類の敵たる自然の諸力を支配する力をこの手におさめ、後代に残すことができるとあれば、と。」

      このあたり、本書の主題に関わってくると思うのですが、フランス革命後の、産業革命や進化論の時代の西洋では、科学を極めれば人は神にとってかわれるような気になっていたのではないでしょうか。
    • かもめ通信 12/19 17:55
      なるほど!
      ここだけ読むと、なんとなく「エベレスト登頂」的な“自然をねじ伏せる”を連想してしまうのですが、物語のその後を考えると……。
      最後にこのフレーズがいきてくるのかもしれませんね。
  39. 39
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「おかわいそうに! あなたまで私のように気ちがいじみているのですか。あなたまで気が変になる酒をおやりになったのですか。どうぞお聞きください。私の身の上ばなしをしましょう。そしたらあなたは、口につけたその盃を、投げ棄てておしまいになるでしょうから!」
     あなたにも想像がつくでしようが、このことばは、僕の好奇心を強く刺戟しました。しかし、衰弱しきったその人は、こういう悲しみの発作に、今にも前にのめりそうになったので、ふたたび平静に返るためには、何時間も休息して静かな会話を交すことか必要でした。
    投稿日:2016年12月18日 13時36分
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  40. 40
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     その人は、自分の感情の激するのをじっとこらえ、自分が情熱の奴隷であったことをみずから軽蔑しているようすで、まっくらな絶望に心か閉されそうになるのをがまんしながら、僕の身の上に関することをまた話させようとするのてした。そして、僕のずっと子どものころの話を訊きました。僕は急いでその話をしましたが、それからいろいろな憶い出ばなしが尾を引いて出てきました。僕は、友人を見つけたいという願望――いつも授かっていたようなものよりももっと親しみのある、僚友精神をもった同感に対する僕の渇望――のことを話して、こういうしあわせを与り知らない人こそつまらぬ幸福を誇りに思えるのだ、という確信を表明しました。
    投稿日:2016年12月18日 13時37分
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  41. 41
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     見知らぬ人はこれに答えて、「同感です。私たちは、自分よりも賢くて優れた、もっと値うちのあるもの――友だちとはそうしたものであるはずですが――が手を貸して私たちの弱い過ちの多い性質を完全なものにしてくれないとしたら、まだ半分しか出来上らない未定形の生きものなのです。私にはかつて、人間としてもっともけだかい友人がありました。ですから、友情については判断する資格があるのです。あなたは希望と、眼の前にある世界とをおもちです。絶望なさるわけがありません。しかし、私――私は、いっさいのものを失い、生涯を新規にやりなおすことはできません。」
    投稿日:2016年12月18日 13時38分
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  42. 42
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こう言っているうちに、その顔には静かなおちついた悲しみの色が現われ、それが僕の胸にひびきました。しかし、その人は黙りこんで、まもなく自分の船室に入りました。
     この人のように、精神的に参っていながら、自然美をそれ以上に深く感じることのできる人はありません。星空や海や、この驚異的な地方の示すあらゆる光景が、この人の魂を地上から引き上げる力をまだまだもっているようにおもわれます。こういう人は二重の存在をもっているもので、不幸に悩み、失意にうちのめされることはあるかもしれませんが、自分の心のなかに沈潜すると、まわりに円光を背負った天の精霊のようになり、その環のなかへは悲しみも愚かさも入りこんでみようとはしません。
    投稿日:2016年12月18日 13時39分
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  43. 43
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     この神聖な見知らぬ人に対する僕ののぼせかたをお笑いになるでしょうね。けれども、御自分でお会いになれば、お笑いにはならないはずです。あなたは、本や隠遁生活で仕込まれて洗煉されたので、選り好みがなかなかやかましいわけですが、それでも、しかし、この驚歎すべき人物の非凡な価値を正しく評価するにはまだ足りないでしょう。この人は、つね日ごろ僕の知っているほかの誰とも比べられないくらい、この人を高く引き上げる特質をもっていますが、僕はときどき、それを見つけようと努めました。それは、直観的な洞察力、すばやくはあるがあやまちのない判断の力、物事の原因に溯って貫きはいる力、またこれに附け加えて云えば、楽々とした表現、そのいろいろな抑揚が魂のなかから和らげられた苦楽であるような声、などであるとおもいます。
    投稿日:2016年12月18日 13時39分
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    • かもめ通信 12/18 15:58
      ↑ では、マーガレット=お姉さんについての記述が今ひとつわからない気がしたので、参考までに別訳を。

      光文社版
      姉さんは世間から離れて、書物で勉強し、自分で自分を高めてきたから、好みがうるさいところがあります。でもだからこそ、このすばらしい男の途方もない美点もわかると思うのです。

      角川版
      姉さんは家庭教師につき、書物に洗練されて、世離れをしてきた人ですから、少々好みの難しいところがあります。ですが、その姉さんだからこそ、この素晴らしき客人の持つひとかたならぬ魅力がお分かりになるはずだと思うのです。
    • かもめ通信 12/18 15:59
      うーん。マーガレット評は今ひとつわからないままですが、ウォルトンが「客人」に相当惚れ込んでいることは間違いなさそうですねw
  44. 44
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    一七××年八月十九日
     昨日、この見知らぬ人は私に言いました、――
    「ウォルトン隊長、あなたには、この私が、大きな、たとえようもない不運に虐まれていることが、すぐおわりになるでしょう。一度は私も、こういう禍の記憶を自分もろとも殺してしまおうと決心しましたが、あなたに負けて、この決心を変えることにしました。あなたも、私がもとそうだったように、知識と智慧を求めていらっしゃるが、その願いの叶うことが、私のばあいのように、あなたに咬みつく毒蛇とならないことを熱心に望むのです。私の災難をお話しすることが、おやくにたつかどうかはわかりません。けれども、あなたが私と同じ通すじを辿り、私をこんなふうにしてしまった同じ危険にさらされておいでになるのをふりかえってみると、私の身の上ばなしからひとつの適切な教訓を汲み取られるだろうと想像するのですよ。
    投稿日:2016年12月18日 13時40分
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    • 哀愁亭味楽 01/08 16:30
      下手くそピアノさん、こんにちは!ご参加ありがとうございます☆

      なるほど、確かに角川版の方がずっと生々しい表現のように感じますねえ。

      ちょっと思ったのですが、ここでフランケンシュタインが自らの過去を物語ることが再生につながる、というのは、フランケンシュタインとウォルトンがともに「科学者」であるからのような気がします。

      科学って、それ自体が進歩し、発展していくもので、そしてそれが正しいこととされてますよね。

      でも他の人文知というのは基本的にそうではないわけです。文学、芸術、宗教、なんでもいいですけど、それらは皆「個人の思考の成果」なんですよね。

      たとえば太宰治は「恥ずかしい人生を送ってきました」と「人間失格」を書いたわけですが、あれは多分彼が書きたかったから書いたのか、あるいは書かざるをえなくて書いたものでしょう。

      でもここでフランケンシュタイン氏が自らの過去を語るのは、おそらくそのことがウォルトンの人生だけでなく、「科学の発展」とか「人類の進歩」につながるだろう、という思いがあるからのような気がします。

      この科学と人文知の違いは、「だから科学ってすごい」とも言える一方で、「え、じゃあ人間はみんな科学の前では奴隷なんですか? 本当にそれでいいの?」ということにつながるような気がします。

      ……ちょっと話がずれたかもしれません。ごめんなさい。

      この先もお付き合いのほど、よろしくお願いいたします!
    • そのじつ 03/06 23:49
      なるほど、物語のテーマがのぞき見えているのですね。

      表題の「FRANKENSTEIN, OR THE MODERN PROMETHEUS」が再び脳裏に蘇る箇所でもありますね。
  45. 45
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    それは、あなたの計画がうまくいくとしたら、手引きになるでしょうし、また、失敗したばあいは、慰めになるでしょう。ただ、普通ならば奇怪なことと考えられることをお話しするのですから、どうぞそのつもりでお聞きください。私たちがもっと温和な自然のなかにいるのでしたら、信用されるどころかむしろ笑い出されるおそれがありますが、こういった荒凉たる神秘的な土地にあっては、千変万化する自然力のことを知らない人たちの笑い草になるようないろいろのことも、ありそうなことに見えてくるものです。それに私の話そのものが、そのなかに出てくる事件がほんとうだということを、ひきつづきお伝えしている、ということだけは、疑いようもないことなのです。」
    投稿日:2016年12月18日 13時40分
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  46. 46
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     僕がこのうちあけ話を聞いてたいへんありがたく思ったことは、あなたも容易に想像がつくでしょうが、ただこの人が、自分の不しあわせを語ることで悲しみを新たにするのは、堪えられないことです。一つには好奇心から、また一つには、僕でできることなら、この人の運命をよくしてあげたいという強い欲求から、それこそ熱心にその約束の物語を聞かせてもらうことにし、そういう感情を揺さずにあいてを促しました。
    投稿日:2016年12月18日 13時41分
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  47. 47
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「御同情には感謝しますが、」とその人は答え、「それは無用です。私の運命はほとんど終りました。私は、一つの出来事を待っているだけで、それが済んだら安らかに休息します。……お心もちはわかりますが、」と、口をはさみたがっている僕に気づいて話しつづけました、「そう申しあげてよかったら、あなたはまちがっていらっしゃいますよ。どんなものも私の運命を変えることはできないのです。私の来歴をお聞きください。そしたら、それかどんなに取りかえしのつかぬように決定されているかが、おわかりでしょうから。」
    投稿日:2016年12月18日 13時41分
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  48. 48
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     そこでその人は、明日からおひまな時に物語を始めようと言いました。この約束に、僕は厚く厚く感謝しました。毎晩、どうしても手ばなせない仕事がある時のほかは、この人が昼間話したことをできるだけそのことばのままに記録しようと決心しました。用事で忙しければ、すくなくとも覚え書きを取っておこうとおもいます。この原稿にはずいぶん、あなたもお喜びになるにちがいありませんが、この人を知り、この人自身の口からそれを聞く身にとっては、将来いつか、どんな興味と同感をもってそれを読むことだろうとおもいます。
    投稿日:2016年12月18日 13時42分
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    • 哀愁亭味楽 12/20 14:25
      ちょっと哲学史的な観点から考えると、この時代って「人道主義」の時代なんですよね。宗教というものが人の生きるよすがとしての機能を怪しまれ始めていた反面、その代わりとなる知性が求められていた。

      マーガレットは科学的知性よりもキリスト教的知性を重んずる保守的な人物として設定されているように感じます。その一方でウォルトンは科学的知性が人がより良く生きるためのものとなりうると考えている。

      人道主義的な、合理主義的な考え方が人間中心的なものの見方に陥ってしまう=自然を支配すべきものと考える、というのはいかがなものか、という批判を、本書が出る数十年前にカントなんかが展開しています。科学的なものの考え方は確かにある種の真理へとつながるけれども、その科学が導く真理と人間としての倫理や社会としての倫理はまた別のものだよね、と。

      乱暴に言えば、カントは「科学的な考え方は有用だけれど、頭のおかしいマッドサイエンティストが出たらどうすんだよ」というような視点から、科学的なものの考え方は認めつつも同時にそれを扱う人間性(人格)の重要さを解いたわけですが、この物語をここまで読んでいる限り、作者はフランケンシュタインをマッドサイエンティスト(=悪人、弱者、欲望を追求する人物)のような、人格として劣った人物として描きたいわけではないようです。

      ということは、作者が描こうとしているのは、「いや、マッドサイエンティストでなかったとしても、やはり科学的なものの考え方はどこかで人間にとっての道徳とかそういうものと矛盾してしまうんじゃないだろうか」という話なのかも、と思ったりします。
  49. 49
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    僕か日課を始める今でさえ、音吐朗々たるその声が耳にひびき、そのうるおいのある眼がけだるい甘美さを帯びて僕を見ています。魂の内部から輝いた顔をして元気よく手をあげるのが見えるのです。この物語は、世にもふしぎな、そして人の心を傷つけるものにちがいありません。雄々しい船をついに押し包んて難破させたあらしのすさまじさ――それはこうして!
    投稿日:2016年12月18日 13時42分
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    • はるほん 12/23 22:08
      ジキルとハイドの話が出ているのでちょこっと。

      ネットで「ジキルとハイドの話はフランケンシュタインが
      元になっているんじゃないか」と言う記事をみたことありますが
      話の進行にも関わるかな?と、ネタバレはなしで。
      ただどちらも「究極」を突き詰めようとした結果だということで
      なるほどな~~と納得しきり。
    • はるほん 12/23 22:25
      ちょっと文学と言う意味ではズレるかもですが
      「三大モンスター」としてフランケンシュタインに興味があります。

      ドラキュラ・狼男は何となく土地の伝記や昔話と
      そこはかとなくつながってそうな印象を受けるのですが
      フランケンシュタインだけは「人造」なんですよね。
      (まあ突き詰めれば蘇生術やホムンクルスが元ネタなのかもですが)
      人の手が入った「歪みの怖さ」みたいなものを感じるんです。

      「本当に怖いのは人間」的なアレじゃないけど
      ホラー・オカルト・SFの様々な要素を含んだこの物語は
      今回みたいにじっくり読めば読むほど、ううむと唸ってしまいます。
  50. 50
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
        1 私の生いたち


     私の生れはジュネーヴで、私の家柄はこの共和国でも指折りの一つだ。私の先祖は永年、顧問官や長官だったし、父は、いくつもの公職に就き、名誉と名声を得ていた。父は廉直で倦むところなく公務に励んだために、知っている人全部から尊敬された。ずっと若いころは、たえず国事に没頭してすごしたので、事情がいろいろに変ってそのために早く結婚することができず、晩年になってはじめて人の夫となり一家の父となった。
     父の結婚の事情は、父の性格をよくあらわしているので、私はそれをお話しないわけにはいかない。父のいちばん親しい友人のなかにひとりの商人があったが、この人は、はじめはたいへん繁昌していたのに、いろいろと不しあわせがかさなって、貧窮のどん底に落ちてしまった。
    投稿日:2016年12月25日 12時48分
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    • ぽんきち 12/25 15:44
      そか、ジュネーブ生まれなんですね。あれ、この頃、言葉はどうなってたんだろ・・・? 英語で話しているんですよね、フランケンシュタインは・・・?
    • 哀愁亭味楽 12/25 17:45
      そういやフランケンシュタインって、ドイツ語圏の名字ですよね。そこに意味はあるんでしょうかねえ。この頃のファンタジーなんかだとスペインがオリエンタルな雰囲気の場所として舞台になってたりしますけど。

      マイセンがあったりしてドイツ=錬金術みたいなイメージがあったのかしらん。
  51. 51
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    ボーフォールと称するその人は、傲岸不屈の気性をもっていて、以前には身分と豪華さとで人の口をひいた同じ国で、貧乏な、世に忘れられた生活をつづけることにはとうてい堪えられなかった。そこで、りっぱに負債を払いあげてから、娘をつれてリュセルンの町に姿を隠し、人に知られずに、みじめなくらしをすることになった。私の父はボーフォールに対して、すこしも変らぬ真実な友情をもちつづけ、友人がこういう不運な境涯に陥って所在をくらましたことを深く悲しんだ。この友人が誤まった矜持から、二人を結びつけた愛情にふさわしくないような行動に奔ったことをひどく歎いた。そこで、自分の信用と援助の力でふたたび世に出るように説きつけたい、という望みをもって、時を移さず捜しにかかった。
    投稿日:2016年12月25日 12時49分
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    • ぽんきち 12/25 15:45
      リュセルン=ルツェルンみたいですね。グーグル先生によると、ジュネーブからは260~270kmくらい離れてるみたいです。
  52. 52
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ボーフォールはうまく身を匿していたので、その居所をつきとめるには十箇月もかかった。それがやっとわかったので、すっかり喜んだ父は、ロイス河の近くのきたない街にあるその友人の家へ駆けつけた。しかし、その家に入ったときに父を迎えたのは悲惨と絶望だけであった。ボーフォールは、破滅した運命のあとにごく些細な金の残りを握っていただけであったが、それでもどうやら数箇月は支えられるつもりだったので、そのうちにどこか商館に相当の勤め口が見つかるだろうという目あてがあった。そういうわけで、そのあいだは無為に過ごし、だが、ものを考えるひまができると、悲しみが深まって苦しくなるばかりで、ついにはひっきりなしに襲いかかるその悲歎のために、三箇月の終りには病床に就いて、もうどんな仕事もできなくなった。
    投稿日:2016年12月25日 12時49分
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  53. 53
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ボーフォールの娘は、このうえもなく手厚く看護はしたものの、わずかばかりの持ち金がたちまち減っていって、ほかには何ひとつ支えになるものがないのを、絶望の眼で見ていなければならなかった。しかし、キャロリーヌ・ボーフォールは、そのへんには見られぬ心の持ちぬしで、けなげにも逆境を支えて立ちあがった。こうして、たやすい仕事をひきうけることにし、麦わらを編んだりなど、いろいろ手を尽して、辛うじて食いつないでいけるだけの小銭を、どうにかこうにか稼ぎだす工夫をした。
    投稿日:2016年12月25日 12時50分
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  54. 54
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     こんなふうにして数箇月は過ぎた。キャロリーヌの父はますます悪くなり、時間がいよいよ看病だけに取られて、糊口の道はすっかり逼迫してきた。そして、十筒月ばかり経って父親が娘に抱えられて死んでしまい、娘は乞食になるしか道のない孤児としてあとに残された。そして、この最後の一撃に打ちのめされ、父親ボーフォールの棺のそばに跪いてさめざめと泣いていたが、そのとき私の父が室内に入っていった。父はこのきのどくな少女のところへ守護霊のようにやって行って、めんどうをみてやることにし、友人の埋葬を済ませてから、その娘をジュネーヴに伴れて行き、それをある親類の保護に託した。この出来事があってから二年後に、キャロリーヌは父の妻となったのだ。
    投稿日:2016年12月25日 12時51分
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  55. 55
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私の両親の齢はだいぶ違っていたが、こういう事情はかえって、献身的な愛情のきずなで、いっそうこまやかに、二人を結びつけるように見えた。父のまっすぐな心のなかには正義感があって、そのために、強く愛することを大いによしとせずにはいられなかったのだ。おそらく父は、はじめ何年かは、晩年になってわかった親友の感心できない点に気を病み、またそれだけに、信頼のおける人間的値うちには、その分だけよけいに尊敬の念を寄せた。父の母に対する愛着には、老人の溺愛からとはてんで違う、感謝と尊敬のしるしがあった。というのは、それは、母の美徳に対する尊敬の念や、またある程度までは、母が堪えてきた悲しみを償うことにやくだちたいという願いから出たものであったからだが、そのために父の母に対するふるまいには、なんともいえない優しさがこもっていた。あらゆることが母の望みと便宜にかなうようにされた。
    投稿日:2016年12月25日 12時51分
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  56. 56
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    庭師が異国のりっぱな植物を庇うように、父は母をあらゆる荒い風から庇い、母のおとなしい情深い心に楽しい感情をおこさせるものなら、なんでもそのまわりに取り揃えてやるように努力した。母の健康は、いや、これまで変りのなかったその精神の穏かさでさえ、母がくぐりぬけてきた苦労のために、だいぶ不安になっていたのだ。結婚に先立つ二年間に、父はだんだんと、あらゆる公職を辞めてしまっていたので、いっしょになるとすぐ、母の弱った身心を恢復させるために、イタリアの快適な風土と、このすばらしい国の旅に伴う風景や興味の変化を求めた。
     二人は、イタリアからさらに、ドイツとフランスを訪れた。最初の子である私は、ナポリで生れ、赤ん坊のまま両親の漫遊に伴れられていった。数年間は子どもというのは私ひとりだった。
    投稿日:2016年12月25日 12時52分
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  57. 57
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    親たちはすこぶる仲がよかったが、私というものがあればこそ授かった愛の富源から、愛情の汲み尽しがたい貯えを引き出しているように見えた。母のやさしい愛撫と、父の私を見守るときの慈愛にみちた喜ばしい微笑が、私の最初の思い出なのだ。私は両親の玩具であり偶像であった。いや、もっとよいもの――天から授かった無力なあどけない被造物としての子どもで、良く育てあげなければならないものであり、その将来の運が、私に対する義務を果すかどうかで、親たちの手で幸か不幸かに岐れるものであった。親たちが、自分の生んだ者に対して負うた義務を深く意識し、それに二人を元気づけた精極的な思いやりの精神を加えたので、私が子どものころのあらゆる機会を通じて忍耐、慈悲心、自制というようなものを教えこまれたこと、一本の絹のような綱で導かれたために、私にとってはすべてが一連の楽しみとしか見えなかったことは、想像がつくだろう。
    投稿日:2016年12月25日 12時53分
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  58. 58
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     長いこと私は、両親の世話をひとり占めした。母は女の子をほしがっていたが、依然として私は一人っ子であった。私が五つぐらいのころ、イタリアの国境を越えて旅をし、コモ湖の岸で一週間ばかり過ごしたことがあった。両親はそこで、その情深い気性から、貧乏人の小舎にたびたび出かけて行った。これは母には義務どころの沙汰ではなかった。苦しんでいる者に対して、今度は自分が護りの天使の役にまわる番であった母にとっては、――自分がどんなに苦しみどうして救い出されたかを思い出せば――ひとつの必然、ひとつの情熱であったのだ。あるとき、こういう散歩の途中で、とある谷蔭の貧しい小屋が、とくべつにうら悲しく立っているのが目についたが、そのまわりにたくさん集まっている半裸体の子どもたちを見ても、その最悪の貧窮ぶりがすぐわかった。ある日、父がミラノへ行ったとき、母は私をつれてこの家を訪れた。
    投稿日:2016年12月25日 12時54分
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  59. 59
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    ひどく働いて心労とほねおりのために腰の曲った百姓夫妻が、ちょうど、腹をすかした五人の子どもたちに、乏しい食べものを配っているところだった。そのなかには、ほかの誰よりもよけいに母を惹きつける女の子が居た。その子は血統が違うように見えた。ほかの四人は眼の黒い丈夫なわんぱくどもであったが、この子だけは痩せぎすで、たいへん美しかった。髪の毛は輝くばかりのいきいきとした金色で、着物の貧窮さにもかかわらず、その頭に高貴な冠を戴いているようにおもわれた。眉毛ははっきりしていて豊かだし、青い眼には曇りがなく、唇や顔つきには敏感さや愛嬌のよさが現われていて、誰が見ても、種の違った子、天の申し子、あらゆる特色の点で天上の印を捺おされた者としか見えなかった。
    投稿日:2016年12月25日 12時54分
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  60. 60
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     百姓の妻は、母がこの愛らしい女の子を驚異と歎賞の眼でじっと見ているのに気がついて、熱心にこの子の話をして聞かせた。この子は百姓の娘ではなくて、ミラノのある貴族の娘であった。母はドイツ人で、この子を産むとすぐ亡くなってしまった。赤ん坊はこの善良な人たちに養育を託された。そのころはこの人たちも、もっと良いくらしをしていたのだ。この人たちは結婚してからまだ日が浅く、いちばん上の子が生れたばかりのところだった。預けられた子の父親は、イタリアの古代の栄光の記憶のなかで育てられたイタリア人――祖国の自由を獲得するために尽力した愛国の士の一人であった。この父親は、国が弱かったばかりにその犠牲になった。死んでしまったのか、それともまだオウストリアの牢獄にむなしく生きながらえているのかは、わからなかった。財産は没収され、子どもは天涯の孤児となつた。
    投稿日:2016年12月25日 12時55分
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  61. 61
    哀愁亭味楽
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    その子がずっと今まで養父母のもとにいたわけで、葉の黒ずんだ茨のあいだにある花園の薔薇よりも美しく、このあばら屋のなかに花咲いているのだった。父が、ミラノから帰って来たとき、絵にかいた小天使よりも美しい子が、私たちの住んでいる別荘の広間で私と遊んでいるのを眼にした。それは、顔から光を発しているかとおもわれるような子で、その容姿や動作が山の羚羊(カモシカ)よりも軽やかだった。その子の現われたわけを、父はすぐ聞かされた。父の許しを得て母は、保護者である百姓夫妻を説き伏せて、その子を自分のところに引き取った。百姓夫妻はそのかわいらしいみなし児が好きだった。その子の居ることが、この人たちにはしあわせとおもわれていたが、神さまがこういう有力な保護者を与えてくださったのに、貧乏と窮乏のなかにこの子をとどめておくのは、よくないことだ、と考えなおした。
    投稿日:2016年12月25日 12時56分
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  62. 62
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    そこで、村の牧師に相談して、その結果、エリザベート・ラヴェンザは、私の親の家の寄寓者――私の妹以上のもの――、あらゆる私の仕事、私の喜びの、美しくて慕わしい伴侶となった。
     誰でもエリザベートを愛した。みんな、熱情的な、ほとんど尊敬に近い愛着でもってエリザベートを見たが、自分も同じ眼でそれを見ると、誇りと喜びとを感じた。エリザベートが家へ件れて来られる前の晩に、母が私に冗談を言った、――「ヴィクトルにあげるきれいな贈りものがあるの。――明日になったらあげますよ。」そして翌日になって、母が約束の贈りものとしでエリザベートを私に会わせたとき、私は、子どもらしくまじめに、母のことばを文字どおりに解釈し、エリザベートを私のもの――自分が護り、愛し、かつ大事にすべき私のものと考えた。
    投稿日:2016年12月25日 12時56分
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  63. 63
    哀愁亭味楽
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    エリザベートに与えられるあらゆる賞讃を、自分の持ちものに与えられた賞讃として受け取った。私たちはたがいに、「いとこ」という名で呼びあった。エリザベートの私に対する一種の関係を具体的に示すことのできることばも、また表現も、一つとしてない。その後、死ぬまでエリザベートは私だけのものであるはずだったから、それは私の妹以上のものであったわけだ。
    投稿日:2016年12月25日 12時57分
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    • はるほん 12/26 22:01
      皆さんのご指摘で、さらっと読み流していたことが
      成程なあと思いました。

      フランケンシュタイン氏って、改めて読むと
      もの凄く恵まれたボンボンなんですね。
      生まれた時から家と富があり、
      両親の愛があり、更に美しく(多分)愛する女性もいる。
      お母さんや従姉妹は苦労も知っているけど
      父親にはそれを幸福にするだけの力もあった。

      それはもう「無い者」のことなんか想像できないのかもです。


      哀愁亭味楽さん
      投稿だけでも大変でしょうに、管理お疲れ様です。
      お正月はゆっくり休まれてくださいねー。

      私は年末ギリまでネットでウロウロしてそうですが
      ご挨拶まで。来年もどうぞよろしくです!(≧▽≦)
    • 哀愁亭味楽 12/28 02:00
      おおお、はるほんさん、ありがとうございます~。

      私も今回この企画で以前読んだときにはまったく考えもしなかったこと(階級とか)を皆さんのご指摘で色々考えています。

      来年もまた、たっぷりフランケン話にお付き合いいただければ嬉しいです。

      こちらこそ、来年もどうぞよろしくお願いいたします!
  64. 64
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
         2 自然哲学への夢


     私たちはいっしよに育てられた。二人の齢はまる一年と違っていなかった。私たちがどのような仲違いも口争いも知らなかったことは言うまでもない。調和が私たちの友愛の精神であって、性格中の変化や対照はかえっていっそう二人を親しく結びつけるのであった。エリザベートは、もっとおちつきがあり、もっと物事に集中する気性をもっていたが、私のほうは、すべてに熱情をもち、もっと激しい仕事に堪え、もっと深く知識を渇望した。エリザベートは詩人たちの夢のような創造のあとを追うのに忙しく、私たちのスイス風の家を取り巻く厳かな珍らしい風景――山々の荘厳な形、季節の変化、嵐と凪ぎ、冬の沈黙、わがアルプスの夏の活気とざわめき――に、いくら讃歎し歓喜しても尽せない広大な余地があった。
    投稿日:2017年01月08日 16時37分
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  65. 65
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私のあいてが物のすばらしい現象を厳粛な満ち足りた精神をもって観照しているあいだに、私はその原因を考究することに喜びをおぼえた。世界は、この私にとっては、予知しようと望んだひとつの秘密であった。好奇心、眼に見えぬ自然の理法を学ぼうとするじつに熱心な研究、それが眼の前に展ひろげられた時の、有頂天に似た歓び、こういうものが、私の憶い出すことのできるもっとも幼いころの気もちなのだ。
     私と七つ違いの二番目の男の子が生れると、両親は今までの放浪生活を切り上げて、自分の故国に定住した。私たちはジュネーヴに家をもち、市から一里ばかり離れた湖の東岸のベルリーヴに別荘をもったが、たいてい別荘のほうに住んだ。両親の生活はかなり隠遁的なものであった。群衆を避け、少数の者と熱烈な交りを結ぶという私の気質が、こうして生れた。
    投稿日:2017年01月08日 16時37分
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    • かもめ通信 01/08 19:26
      作者であるメアリー・シェリーは17歳の時に親の反対を押し切って、既に妻帯者だった詩人パーシー・ビッシュ・シェリーとヨーロッパ大陸に駆け落ちして、各地を転々としたようですね。1年ほどしていったん英国に帰国し、またその1年後に幼子を連れてシェリーと共に旅に出てジュネーブに滞在。その滞在中に書いたのがこの「フランケンシュタイン」で、執筆中にシェリーの本妻が自殺し、それをうけてメアリーとシェリーは正式に結婚した……光文社古典新訳文庫の巻末に掲載されている作者の年譜をみるとこんな感じのようですね。なんだか凄まじい……確かパーシー・シェリーは貴族の出だったと思いますが、お金持ちだったかどうかは…。
    • 哀愁亭味楽 01/08 21:38
      夫のパーシー・シェリーについても気になるところですよねえ。

      ちなみに私

      http://www.honzuki.jp/book/224166/

      これ↑を積んでるので、そのうち読んでみたいと思います~
  66. 66
    哀愁亭味楽
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    したがって、学校友だちには概して無関係だったが、そのうちの一人とはきわめて密接な友情のきずなで結ばれた。アンリ・クレルヴァルは、ジュネーヴの商人の息子で、珍らしい才能と空想をもった少年だった。冒険的事業や艱難辛苦を、いや、危険をさえも、道楽に好んだ。騎士や恋物語の本を耽読した。史詩をつくったり、妖術と騎士の冒険の物語をたくさん書きはじめたりした。私たちをあいてに劇をやったり、仮装舞踏会に[#「舞踏会に」は底本では「舞路会に」]出たりしたがったが、そのときの人物は、ロンスヴァルやアーサー王の円卓の英雄たちや、キリストの墓所を異教徒の手から取り戻すために血を流した一団の騎士から取ったものであった。
    投稿日:2017年01月08日 16時37分
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    • ぽんきち 01/08 17:52
      このジュネーブのお友達はフランス系の名前ですね。2人はフランス語でお話ししてたのか知らん・・・?

      アーサー王はイギリスのお話でしたよね? ロンスヴァルは「ローランの歌」にあるらしいのでフランス系の伝説みたいですけど、一般教養(?)的には欧州圏ではいずれもよく知られていた、という感じなんでしょうかね・・・?
    • かもめ通信 01/08 19:41
      円卓の騎士のランスロットはフランス出身でしたよね?
      元々は騎士道物語として広く欧州にあったものが、アーサー王伝説としてイギリスを代表する物語に祭り上げられたのは近現代の愛国主義文学の流れだと、なにかで読んだことがあるような……かすかな記憶で、出典など定かではないのですが。
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    哀愁亭味楽
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     子どものころを私よりも幸福に過ごすことのできた人間は、どこにもない。私の両親は親切と寛大の精神に満ちていた。私たちは、両親は自分たちの気まぐれに従って私たちの運命を左右する暴君ではなくて、私たちの享楽するいろいろな歓びをみな拵えてくれる人たちだと感じていた。他の家族と交わったとき、自分の身の上がどんなに特別に幸運だったかを、私は、はっきりと見きわめ、そのために親に対する愛情をますます深めるのだった。
    投稿日:2017年01月08日 16時38分
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     私の気性もときには荒々しくなり、私の熱情も激しくなったが、それは、私の性分のなかのある本能的傾向によって子どもっぽい追求にならず、むやみやたらにあらゆることを学びたいというのではなかったが、とにかく学びたいという熱心な望みに変っていった。ここで白状するが、私は、各国語の構造にも、各国の政府の法典にも、またいろいろな国家の政治にも、興味をもたなかった。私が学びたかったのは、天地の秘密であって、私の熱中したものが物の外面的な本質であったにせよ、またあるいは、自然の内在的な精神や人間の神秘的な魂であったにせよ、しかもなお、私の探究は、形而上学的なもの、すなわちその最高の意味において世界の物理的秘密に向けられたのだ。
    投稿日:2017年01月08日 16時38分
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  69. 69
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    哀愁亭味楽 さん
     ところがクレルヴァルは、言うならば事物の道徳的関係に没頭した。忙しい生活の場面、英雄たちの美徳、人間の行動などが、その主題であった。この男の希望と夢は、人間の仁侠な冒険好きな恩人として、物語にその名をとどめるような者の一人となることであった。エリザベートの聖者風の魂は、私たちの平和な家のなかで神殿に捧げられた燈のように輝いた。エリザベートの同感は私たちの同感であり、エリザベートの微笑、そのやさしい声、この世のものともおもえないその眼のかわいらしいひらめき、それがいつもそこにあって、私たちを祝福し、活気づけた。エリザベートは、人の心を和らげて惹きつける生きた愛の精神であった。この少女がそばに居て、私を自分と同じようにおとなしくしてくれなかったとすれば、勉強しているうちに機嫌を悪くし、もちまえの熱情から気が荒くなったかもしれない。
    投稿日:2017年01月08日 16時38分
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  70. 70
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    またクレルヴァルは、どんな病気もこの男のけだかい精神を侵すことができないだろうと思えるほどだが、そのクレルヴァルだって、エリザベートが善行のほんとうのよさを語り、高揚する望みの目的が善いことをすることにあることを、納得させなかったとしたら、あれほど申し分なく人間的であり、あれほど寛大に思慮をめぐらすということは、なかったかもしれない。冒険的功業のために熱情に燃えているさなかで、あれほど親切に心やさしくふるまいはしなかったかもしれないのだ。
    投稿日:2017年01月08日 16時39分
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  71. 71
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     子どものころの回想にひたっていると、なんとも言えない喜びが感じられるが、それ以後のことになると、不しあわせが私の心を汚辱し、広く人類のためにやくだつという輝かしい幻想も、そのために陰気な狭い自己反省に変ってしまう。さらに、私の幼いころのことを書くとすれば、思わず知らず、私の後日の不幸な身の上ばなしをすることになってしまう出来事まで、書き記すことになってくる。なぜなら、後に私の運命を支配したあの情熱の発生を、自分に納得のいくように考えてみると、それが、山川のように、ほとんど人の目にもつかぬささやかな源から出ていることがわかる。しかし、それは、進むにつれて水量を増し、急流となってついに、私の望みや喜びをすべて押し流してしまったのだ。
    投稿日:2017年01月08日 16時39分
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  72. 72
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     自然哲学、それが私の運命を左右した魔神なのだ。だから私は、話を続けるにあたって、この学問を偏愛するにいたった事実を述べたいとおもう。私が十三のとき、私たちはみんなで、トノン附近の温泉場に遊びに出かけたが、あいにく天候が悪かったので、やむをえず宿屋に一日閉じこもった。この家で私は偶然、コルネリウス・アグリッパ(一四八六―一五三五、ドイツの神秘哲学者――訳註)の著作を一冊見つけた。何気なく開いてみたのだが、著者が論証しようと企てている理や、著者が語っている驚異的な事実が、私の冷淡な感情をまもなく熱狂に変えてしまった。ひとつの新しい光が心に射しこんできたような気がしたので、喜びに心をはずませながら、父にこの発見を伝えた。
    投稿日:2017年01月08日 16時41分
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    • 哀愁亭味楽 01/08 21:35
      自然哲学について、wikipediaに項目があったので貼っておきます。

      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%87%AA%E7%84%B6%E5%93%B2%E5%AD%A6

      今の私たちの感覚では「科学」「宗教」「哲学」はそれぞれ別のもの、という感じがしますが、そうなったのは20世紀に入ってからのようで、この作品が描かれた時代ではそれらは一括りにする方が一般的だったのかもしれませんね。ガリレオ・ガリレイとか、実は特殊なケースだったのかも。
    • ぽんきち 01/08 23:27
      そうですね、このあたり、この間読んだ本がちょっと関連していたかもしれないです。http://www.honzuki.jp/book/237910/review/164944/

      本当にじっくり考えるとなると、科学史とか科学哲学の話になりそうで、それもなかなか大変そうだな・・・と、ちょっと二の足を踏んでしまうのですが(^^;)。
  73. 73
    哀愁亭味楽
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    すると父は、書物のとびらをむぞうさに眺めて言った、「おやおや! コルネリウス・アグリッパかい! ヴィクトルや、こんなものでおまえの貴重な時間をつぶしてはいけませんよ。それはくだらないものだ。」
     もしも父が、こんなことを言うかわりに、アグリッパの原理はすっかり陳腐になっていて、今では、古いものよりずっと大きな力のある近代的な科学体系が採り入れられている、というのは、昔の科学の力がふわふわして捉えどころがないのに対して、近代のは真理にかなっていて実際的であるからだ、ということを説明するだけの労を取ってくれたとしたら、ああいう事情のもとにあったのだから、私はきっとアグリッパをわきへ投げ棄て、もっともっと熱心に前からの研究に戻って、私の想像力を昂奮したままで満足させたことだろう。
    投稿日:2017年01月08日 16時42分
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  74. 74
    哀愁亭味楽
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    私の一連の考えが、自分を破滅にみちびいた致命的な刺戟を受けるということさえ、なかったかもしれない。しかし、父は私の本をちょっと眺めたばかりだったので、父がその内容をよく知っているとはうなずけなかった。そこで私は、それをむさぼるように読みつづけた。
     家に帰ってからの私の最初の用事は、この著者の全著作と、そのあとでパラケルスス(一四九三―一五四一、スイスの医師、化学者)とアルベルツス・マグヌス(一二〇六―八〇、トマスの師、ケルン大学に教えた科学的な博学者)の著作を買い求めることであった。私は大喜びで、これらの著者の放恣な空想を読み、かつ研究したが、そういうものは、私以外の人のほとんど知らない宝のような気がした。私は自分を、自然の秘密を洞察しようという激しい憧憬にいつも浸っている者だと称した。
    投稿日:2017年01月08日 16時44分
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  75. 75
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    近代の哲学者たちの烈しい労作やすばらしい発見にもかかわらず、私はいつも、自分で研究してみたあげく、不満と不足を感じるようになった。アイザック・ニュートン卿は、自分は、まだ探検されない大きな真理の大海の岸で貝殻を拾っている子どものようなものだ、と言いきったという。自然哲学の各部門でこのニュートンのあとを継いでいる人たちと私は親しんだが、この人たちは、少年の私が理解してさえ、同じ研究に従っている初心者のようにおもわれた。
    投稿日:2017年01月08日 16時44分
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    • 哀愁亭味楽 01/14 21:17
      トムタンさん

      実はニュートンって、神秘主義的な側面を強く持っていた人なんですよね。

      世界には様々な物理法則があるけれども、そのさらに奥には、それらの諸現象を安定させている神の力がある、っていうのが、むしろニュートンの考えだったわけです。

      ところが、ニュートンのあとを継いでいる人たち=ニュートン以降の物理学者達の間では、ニュートンが成し遂げた彼の力学を応用すれば、この世界の諸現象のすべてを解明できるよね、世界を支配しているのは神ではなく物理法則だよね、という考え方の方が一般化していきます。

      そう考えると、実はニュートンの研究を自分たちに都合の良い部分だけ拝借しているのは、当時(あるいは今も?)の物理学者たちだったのかもしれない。

      だから「あいつら何も分かってねー」というヴィクトルの考えは、あながち間違いでもないような気もするんです。「本当に大切なのは物理法則の奥にある神の法則でしょ」と。

      まあ、これはこれで誇大妄想的なヤバい考え方なわけで、この先ヴィクトルはヤバい方向に進んじゃっていきそうなわけですが、でも一方で私は「この世界はすべて物理法則で説明できるはずだよ。神なんていないの」という考え方も科学者の誇大妄想だと思うんですよねえ。

      うーん、この辺は、難しいところですよねえ。
    • トムタン 01/15 01:26
      哀愁亭味楽さん、ありがとうございます!ニュートンが、神秘主義的な側面を持っていたとは…(^^;)本当に不勉強で恥ずかしいのですが、勉強になります。
      物理化学だけで全てが解明されると思っている研究者達をヴィクトルは幼稚だと思ったわけですね…。
      しかし、その奥にヴィクトルが見ているのは人智を超えた神の存在ではなさそうな…。ニュートンの謙虚さと逆にヴィクトルには若さゆえの傲慢さと緻密ではな
      くて神秘主義的書物を乱読して研究したと思っている様な感じを受けます。
  76. 76
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     人に教えてもらわない百姓でも、自分のまわりの自然力を見て、その実察的な用途をよく知っているものだ。それなのに、たいへん学問のある哲学者だって、それ以上のことは、あまり知らなかったのだ。そういう哲学者は、部分的には「自然」の顔のヴェールをはがしたが、この「自然」の不滅の相貌は、今なおひとつの驚異、ひとつの神秘なのだ。哲学者は解剖し、分析し、命名するかもしれない。しかし、究極の原因は言うにおよばず、第二、第三級の原因も、哲学者にはまるきり知られていないのだ。私は、人間が自然の本丸のなかに入ることを妨げている保塁と障碍物を眺めて、むやみにわけもわからず愚痴をこぼした。
    投稿日:2017年01月08日 16時44分
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    • ことなみ 01/11 19:10
      究極の原因に向かったというのは、まだ科学的(哲学的にも)に証明できない方向に興味を持ったんでしょうか。錬金術とか魔術のようなものを求めて行った、ちょっと危ない方向ですね。このあたりのつながり、面白いですねシェリーさんにも興味津々です。
    • かなえ 01/15 00:10
      ここ1ヶ月ほど、掲示板から足が遠ざかっていましたが、やっと追いつきました^^
      物語も、みなさんのコメントも、とても興味深く、これから先がますます楽しみです!
  77. 77
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     しかし、ここに書物があり、一段と深くつっこみ、一段と多く知っている人々があった。私はこの人たちの主張したとおりにそのことばを取り、この人たちの弟子になった。そういうことが十八世紀に起ったのは、ふしぎとおもわれるかもしれないが、ジュネーヴの学校できまりきった教育の課程を踏んでいるあいだにも、自分の好きな勉強に関するかぎりは、大いに独習した。私の父は科学的ではなかったので、知識に対する私の学生らしい熱心さに加えて、子どもらしい盲目さで私がもがいているのを、そのままにしていた。新しい先生たちの指導のもとに、私はひどく勤勉に、賢者の石とか不老不死の霊薬の研究に入りこんだが、まもなく経済の研究に専念した。富などというものはくだらないものだ。けれども、もしも私が、人体から病気を駆逐して、人間を暴力による死以外は不死身にすることができたら、その発見はなにほど光栄なことであろう!
    投稿日:2017年01月15日 14時27分
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  78. 78
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     しかも、これだけが私の夢想ではなかった。幽霊とか悪魔を呼び出すことは、私の大好きな著者たちがみな文句なしに約束していたことであったので、その約束の履行されることをそれこそ熱心に望み、私の呪法がいつもうまくいかないと、その失敗を、師匠たちの未熟や不忠実のせいでなく、かえって自分の無経験と過誤のせいだと考えた。こうして、しばらくは、陳腐になった体系に熱中し、燃えるような想像力と子どもっぽい推理にみちびかれて、無数の対立しあった理論を素人のようにこねあわせ、種々雑多な知識のそれこそ泥沼のなかで絶望的にのたうちまわったが、これは、たまたまある事件がおこって私の観念の流れが変えられるまでつづいた。
    投稿日:2017年01月15日 14時28分
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  79. 79
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     私が十五歳くらいのとき、一家はベルリーヴ附近の家へ引っ込んだが、そのころ私たちは、すこぶる猛烈な怖ろしい雷雨に出会ったことがあった。それがジュラ山脈のむこうから進んできたかとおもうと、空のあちらこちらで一時にものすごい雷鳴がした。雷雨がつづいているあいだ、私は、好奇心と歓びに駆られて、それが進んでいくのを見守った。戸口に立っていると、私たちの家から十間あまり離れて立っている美しい樫の老木から、とつぜん炎が噴き出るのが見えたが、眼のくらむようなその光が消えるか消えないうちに、樫の木がなくなっており、枯れた切り株が残っているだけであった。翌朝そこへ行ってみると、その木がへんなぐあいに打ち砕かれていた。それは、衝撃で裂けたというよりは、まるい木製の細いリボンのようなものになってしまっていた。私はこれほど完全に破壊されたものを見たことがない。
    投稿日:2017年01月15日 14時29分
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  80. 80
    哀愁亭味楽
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     この時まで私は、すでに明らかになっていた電気の法則を知らなかった。このときたまたま、自然哲学を大いに研究した人がいっしょに居たが、この災害に刺戟されて、電気や流電気の問題について、自分でつくりあげた理論を説明してくれたが、それは私には、新しくて、しかもびっくりするようなことであった。この人が言ったことで、コルネリウス・アグリッパ、アルベルツス・マグヌス、パラケルススなど、私の想像の君主たちは、ずっと蔭のほうに投げこまれ、こうして何かの宿命によって、こういう人たちがうっちゃられてしまったため、私は、例の研究を続けることに気乗りがしなくなった。私には、何ものもつねに知られない、知られそうもないようにおもわれた。
    投稿日:2017年01月15日 14時30分
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    • はるほん 01/16 08:11
      電気の歴史年表です。参考になれば。
      http://www.geocities.jp/hiroyuki0620785/timeline.htm

      メアリー・シェリーがこの物語を出したのが1818年ですから
      世はまさに電気文明開化時代だったでしょうね。

      ルイージ・カルヴァーニの従兄弟のジョバンニ・アルディーニというのが
      ちょっとしたマッドサイエンティストだったようです。
      電流を流す事で遺体が反応することから
      公開実験(ちょっと見世物のようなレベルっぽい)をしていたとか。
      本人は蘇生術研究のつもりだったようです。

      ↑が1803年前後の話だそうで。
    • ぴょんはま 02/12 16:22
      電気の法則を「知らなかった」というのは誤訳ぎみですね。
      創元推理文庫の解説(新藤純子)によると、
      「この文庫の翻訳の底本には1831年の決定版(第3版)が使われたが、初版(1818)では、落雷のあとに主人公の父がタコの実験をしてみせる部分があって、フランクリンのタコを意識したことがうかがわれる。」
      そうです。
  81. 81
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    長いあいだ私の注意を引きつけてきたことがみな、急につまらなくなった。おそらく私たちが若い時にいちばん陥りやすい一片の気まぐれから、私はさっそくこれまでの勉強を放棄した。そして、博物学やそのすべての子孫を畸形の出来そこなった子と見なし、真の知識の足もとにも寄りつけないえせ科学に対して、すこぶる軽侮の念を抱いた。こんな気もちで私は、しっかりした基礎に立っていていかにも私の考慮に値する数学とその数字に関係する研究の諸部門に、手を着けた。
    投稿日:2017年01月15日 14時31分
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    • はるほん 01/16 10:17
      「would-be」ってちょっと気になったので調べてみたら
      「自称」の訳語に載ってました。
      あえて「fake」とまで言わないとこに意味があるのかなー。
    • ぽんきち 01/16 16:01
      いわゆる疑似科学(○○水とか○○菌とか○○波、みたいなやつ)だとpseudo-scienceを当てるのが一般的かと思いますが、疑似科学という概念自体が多分、あまり古いものではないのではないかと(カール・ポパーとか? 1920年代とか?)。
      シェリーの時代だと、それより前なんじゃないかと思います。

      *う゛ー、やっぱ科学史を一度おさらいせねばならんかな・・(--;)
  82. 82
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     こんなふうにして、へんなぐあいに私たちの魂は組み立てられ、こういうほんのちょっとした絆に引かれて私たちは、繁栄か破滅かに向って出発しようとしているのだ。背後をふりかえってみると、性向や意志のこのほとんど奇蹟的な変化が、あたかも私の生命を護る天使が直接に示唆してくれたものであるかのような気がするのであるが、最後の努力は、そのときでさえ運命の星のなかで催して今にも私を包みそうな風雨を避けようとする、保身の精神によってなされたものだ。それが勝利を占めたことは、魂の異常な静けさや嬉しさからみてわかったが、これは私が、あの古くさい、ひとをすっかり悩ませる研究を廃棄した結果なのだ。それはこうして、私が、続けてやれば禍を、またそれに無頓着になれば幸福を連想させる、と教えられたことであった。
    投稿日:2017年01月15日 14時32分
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    • ぽんきち 01/15 17:31
      ここもちょっと難しいですね。
      守護天使が、フランケンシュタインを「何」から引き離そうとしているのか、ちょっと考え所かな。
      「続けてやれば禍を、またそれに無頓着になれば幸福を」というのは、探究そのものというよりも、科学になり損なった学問(呪術的なもの、錬金術的なもの)のことを指しているように読めます。

      数学を追究している分には幸せ、だった、のかな。

      *「私たち」というのは、「人」ってそんなもんだよね、くらいの軽い意味で使っている、ような感じもします。でも、一般化しすぎな感じは受けますけどw
    • 哀愁亭味楽 01/16 14:46
      「一寸先は闇」みたいな感じですかねえ。

      物語的にはここで一旦正しい道に足を踏み留めたように見えるヴィクトルですが……果たして? みたいな感じですね。

      ヴィクトル、この先また足を踏み外してしまうんですもんねえ。そうしてそこから本当の悲劇が始まるわけで。

      考えようによっては、ヴィクトルがただ単に呪術や錬金術にのめり込んだオカルト野郎でしたってことなら、ある意味この物語には救いがあるのかもしれない。
  83. 83
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     それは、善の精神の強い努力ではあったが、むだなことであった。運命はあまりに強く、その不変の法律は、私のまったくの怖ろしい破滅を命じたのだ。
    投稿日:2017年01月15日 14時32分
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    • ぱせり 01/15 17:26
      いま、一番最初に戻って「登場人物」の
      紹介を見てきました。すでに登場しているあの人この人。
      いまさら、ですみませんが、これ、すごいく衝撃的じゃないですか。
    • はるほん 01/16 10:23
      まさかのフランケンシュタインのはじまりが中二だったなんて、
      密かにツボりました。ブホォ。
  84. 84
    哀愁亭味楽
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         3 運命の門出


     私が十七歳になると、両親は私をインゴルシュタット(南ドイツにあり、むかしバイエルン侯国に属した――訳註)の大学に入れることに決めた。それまでジュネーヴの学校に通っていたが、父は私の教育をしあげるために、私が母国の慣習よりも他国のそれに親しんでおくことが必要だと考えたのだ。だから、私の出発はずっと前から決まっていたが、その日が来る前に、私の生涯に起った最初の不運、いわば私の将来の不幸の前兆が来てしまった。
    投稿日:2017年01月23日 13時22分
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  85. 85
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     エリザベートが猖紅熱(しょうこうねつ)を患って、その病状が重く、危篤の状態にあった。その病気のあいだ、いろいろ相談して母に看病させないように説きつけた。母ははじめは私たちの懇願を聴き容れていたが、自分の娘も同然の者の命があぶないと聞くと、もう心配でたまらなくなってじっとしておれず、エリザベートの病床に附き添った。その、夜も眠らぬ介抱で、悪性の熱病もさすがに追放し、エリザベートは命拾いしたが、こういう無理が祟って、こんどは、看護したほうが致命的な結果を蒙ってしまった。三日目に母は病みついたが、その熱にはすこぶる憂慮すべき症状がともない、かかりつけの医者の様子から察しても、最悪の事態が気づかわれた。死の床にあっても、母のこういうけなげさや心の優しさは失われなかった。母はエリザベートと私の手を握り合させて言った、
    投稿日:2017年01月23日 13時22分
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    • ぽんきち 01/23 15:20
      猩紅熱というと、若草物語を思い出します~。
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    「子どもたちや、私は、さきざきの幸福のいちばん確かな望みを、あなたたちがいっしょになるという期待につないできたのですよ。今となっては、この期待は、お父さまだけの慰めでしょう。かわいいエリザベートや、あなたは、小さい子どもたちのために、私のかわりにならなくてはいけません。ああ、残念だけど私は、あなたたちのところから伴れて行かれてしまいます。みんなと別れてしまうのは、ほんとにつらいわ。けれど、こんなことを考えるのは、私らしくもありませんね。喜んで死んでいけるように努力して、あの世で会うという希望にひたることにしましょうね。」
    投稿日:2017年01月23日 13時22分
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  87. 87
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    主催者
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     母は安らかに死んだが、そのおもざしには、死んでもなお愛情が湛えられていた。その最愛の絆があのもっとも取り返しのつかない禍のために断ち切られた人たちの感情、すなわち魂に生ずる空虚さ、また顔に現われる絶望を、ここに述べるまでもない。私たちが毎日見ていた母、その存在が自分たちの一部のようにおもわれていた母が、永久に離れ去ってしまった、かわいらしいあの眼の輝きが消え失せた、そして私たちの耳にあんなに聞きなれたなつかしい声のひびきが、沈黙に帰してもはや聞けなくなってしまった、ということを、自分に納得させるまでには、ずいぶん長い時間がかかった。こういうことは、初めの何日かの回想であるが、時が経って禍の事実だったことがわかってくると、そのときはじめて、ほんとうのやりきれない悲しみが始まる。
    投稿日:2017年01月23日 13時22分
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  88. 88
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    しかも、その荒々しい手で親しい骨肉のだれかを断ち切られたことのない人があるだろうか。としたら、なんだって私は、人みなの感じている、また感じるにちがいない悲哀を語ろうとするのか。悲しみが己むをえないことではなくてむしろ気休めである時が、ついにはやってくるものだ。そして、口もとに浮べた微笑は、神聖冒涜と思われるかもしれないにしても、消え去りはしないのだ。母は死んだ。しかし私たちにはまだ、果さなければならぬ義務があった。私たちは、ほかの者といっしょに自分の行路を歩みつづけ、死の手につかまれないでいるうちは自分を幸運だと思うことを学ばなければならなかった。
    投稿日:2017年01月23日 13時23分
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  89. 89
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こういう事件でのびのびになっていた私のインゴルシュタットへの出発は、ようやくふたたび決まった。私は父から、数週間の猶予をもらった。そんなに早く、喪中の家の死んだような平静をあとにして、生活のさなかに突入することは、神聖を冒涜するような気がしたのだ。私には悲しみは初めてだったが、にもかかわらずそれは私を仰天させてしまった。私は、あとに残された者の顔を見られなくなるのがいやだったし、殊に私のいとしいエリザベートがいくらかでも慰めを感じているところが見たかった。
    投稿日:2017年01月23日 13時23分
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  90. 90
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     エリザベートは、じっさい、自分の悲しみを隠し、私たちみんなの慰め役になろうと努力した。そして、生活をしっかりと見、勇気と熱誠をもって義務を引き受け、伯父と呼び従兄と呼ぶように教えられてきた私たち親子のために、献身的に勤めた。その微笑の日光を取り戻して私たちを照してくれたこの時ほど、エリザベートが魅惑的に見えたことはなかった。エリザベートは、私たちに忘れさせようとほねおることで、自分の歎きをさえ忘れてしまったのだ。
    投稿日:2017年01月23日 13時23分
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    • ぽんきち 01/23 15:27
      こういういきさつだとエリザベートが一番ショックを受けそうですけど、何というか、清らかでしっかりした娘さんなんですね。
    • ぱせり 01/23 16:19
      けなげなひとですねー、エリザベート。
      だけど、こういう状況で、お母さんに将来のことを頼まれて、まさか嫌だなんて言えませんよね。なんかずるいなあ、って、もうしつこくてすみません。
  91. 91
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     私の出発の日はとうとうやってきた。前の晩はアンリ・クレルヴァルが私たちといっしょに過ごした。自分も私といっしょに行って同級生になることを父親に許してもらおうと、自分の父親をしきりに説きつけていたが、だめだった。父親というのは、量見の狭い商人で、息子の抱負や野心を怠惰や破滅だと見ていた。アンリは自由な教育を禁じられる不幸を痛感し、黙りがちだったが、口を利いたときのきらきらした眼やその眼のいきいきした動きに、商売などのみじめなはしくれにつながれてはいないぞ、という、抑えてはいるがしっかりした決意を私は看て取った。
    投稿日:2017年01月23日 13時23分
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  92. 92
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私たちは遅くまで起きていた。おたがいに別れるのがいやで、「では、さようなら!」と言う気にはなかなかなれなかった。やっとそれを言い、あいてをたがいにだましたつもりで、すこし休息するということを口実にして寝室へ引き上げたが、夜明けに私を乗せて行く馬車のところまで降り立って行くと、みんながそこに立っていた。父はふたたび私を祝福し、クレルヴァルはもう一度私の手を握りしめ、エリザベートは、手紙をたびたびくれるように念を押して頼み、遊びなかまであり友だちであった私に、最後の女らしい心づかいを見せた。
    投稿日:2017年01月23日 13時23分
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    • 哀愁亭味楽 01/24 18:19
      なんか、クレルヴァルとヴィクトルはきっと、これから先にどんな研究をしようとか、ずっと二人でそんな話ばっかりしてたと思うんですよね。男というのは生活のこととかあまり関心がないので。

      でもエリザベートはむしろヴィクトルの研究とかにはあまり興味がなくて、この先のヴィクトルの暮らし、生活のことを心配した。手紙をくれるように念押ししたのも、彼がこれからするであろう暮らしぶりが心配だからなのでは。なんか、それが「女らしい心づかい」なんじゃないかなと私は思います~。
    • 晴家 天理 01/24 19:48
      なるほど!!!さすがです。スッキリしました。
  93. 93
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私は、自分を乗せて行く二輪馬車に身を投げ出し、すこぶる憂欝な考えにふけった。いつもやさしい仲間に取り巻かれてたえず喜びをわかちあおうと努めてきた私、その私が、今やひとりぼっちなのだ。私が行こうとしている大学では、自分で自分の友だちをつくり、自分で自分の保護者にならなければならない。今までの生活がいちじるしく引っ込みがちで、家庭から出ることがなかったので、新しい顔に会うことにはどうにもならぬ嫌悪感が先に立つのだ。
    投稿日:2017年01月23日 13時24分
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  94. 94
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私は、自分の弟たちとエリザベートとクレルヴァルが好きで、この人たちが「古くからの親しい顔」であったが、見知らぬ人たちと仲間になるには自分はまるきり適さないと思いこんだ。そんなふうに、旅に立つときは考えていた。しかし、進んで行くにつれて元気と希望がもりあがってきた。私は痛切に知識の獲得を願った。私は、家に居たころ、よく、自分の青春がひとところに閉じこめられているのをつらいと考え、世間に出て、よその人たちのあいだに自分を置くことを熱望した。その願いがかなえられた今、後悔するのはじつにばかばかしいことであった。
    投稿日:2017年01月23日 13時24分
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  95. 95
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     長くて疲れるこのインゴルシュタットまでの旅は、そのあいだにこんなことやその他いろいろのことを考えめぐらすひまがたっぷりあった。とうとう、町の高い白い尖塔が見えてきた。私は、馬車から降りて自分の孤独なアパートメントに伴れて行かれ、その晩は好きなようにして過ごした。
    投稿日:2017年01月23日 13時24分
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    • トムタン 01/24 23:40
      プロメテウスって、ギリシャ神話で人間の為に火を盗み、その後も人間に有利になるようゼ
      ウスを騙して内臓をついばまれるのは知っていましたが、そもそも粘土をこねて神を崇拝する存在としての「人間を作った」のがプロメテウスだったのですね!
      神に似せた人間を作り出したプロメテウス…。

      http://www.greek-mythology.info/prometheus.php

      上手くページが貼り付けられずスミマセン(^^;;
    • 哀愁亭味楽 01/25 18:16
      リンクありがとうございます〜!

      そうそう。副題が近代的プロメテウス問題は結構気になるポイントですよねえ。
  96. 96
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     翌朝私は、紹介状を持って、おもだった教授たちを訪ねた。そこで偶然が――いや、私がいやいやながら父の居る家の戸口を後にした瞬間から、私に対して万能の支配力をふるった、あの禍の勢力、あの破壊の天使が――私をまず自然哲学の教授クレンペ氏のところへ導いて行った。クレンペ教投は無骨な男だが、自分の学問の秘密には深く浸りきっていた。教授は、自然哲学に関する学問のいろいろな部門を私がどこまでやっているかについて、質問した。私はなんの気なしに答え、なかばそれを軽蔑しなから、自分の研究してきたおもなる著述家として、煉金術者の名を挙げた。教授は、眼を見はって言った、「ほんとうに君は、そういう無意味なことを研究するのに時間を費したのですか。」
    投稿日:2017年01月23日 13時24分
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    • 哀愁亭味楽 01/24 18:24
      ぽんきちさん、ぱせりさん、ありがとうございます☆またうっかりすることがあるかもしれませんが、この先もよろしくお願いします~!
    • 哀愁亭味楽 01/24 18:25
      晴家 天理さん。

      いらっしゃいませ~!ご参加ありがとうございます!! 難しい話から
      ちょっとしたツッコミまで大歓迎です~。またどしどしコメントいただけると嬉しいです。よろしくお願いします!
  97. 97
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私は肯いた。すると、クレンペ氏は興奮して続けた、「君がそんな本に費した時々刻々が全部、まったくむだでしたよ。君は陳腐な体系と無用な名をおぼえこもうとして苦しんだのだ。なんてことだ! 糞の役にも立にぬことをやってきましたね。君がそれほど貪るように吸収したそんな妄想が、千年も前のもので、古いだけにそれだけ黴臭い、ということを、知らしてくれるだけの親切をもちあわせた人が、一人も居なかったわけですね。この開けた科学的な時代に、アルベルツス・マグヌスやパラケルススの弟子にお目にかかろうとは、夢にも思わなかったよ。さあ君は、研究をすっかり新しくやりなおさなくちゃいけませんぞ。」
    投稿日:2017年01月29日 13時50分
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  98. 98
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     そう言いながら教授はわきに寄って、自然哲学を扱った数冊の本のリストを書き、それをお買いなさいとすすめた。そして私が辞去する前に、つぎの週のはじめに、一般関係においての自然哲学の講義の課程にとりかかるつもりだが、同輩のヴァルトマン君が私と一日違いに化学を講義するはずだ、と語った。
    投稿日:2017年01月29日 13時50分
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  99. 99
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私はべつにがっかりもしないで家に帰った。教授がこきおろした例の著述家たちを、私もずっと前から、無用のものと考えている、と言ってきたからだ。じっさい、ああいった研究は、どんなかたちにおいてであろうと、もう、二度とくりかえしてやる気にはなれなかった。クレンペ氏は、がさつな声の、人好きのしない顔つきをした、ややずんぐりした男だったが、そのせいか、この教師のやっている講義はどうしても好きになれなかった。私は、おそらく、どちらかというとあまりに哲学的な、即きすぎた調子で、自分が小さいころそれに手を出すようになった結論を話したのであった。子どものころ、私は、近代の自然科学の教授たちが約した結果に満足しなかったのだ。
    投稿日:2017年01月29日 13時51分
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    • かもめ通信 01/29 16:49
      ここ、読み比べしておきますね。

      光文社訳
      「やや哲学的過ぎて、またあまりに一貫し過ぎていたかもしれませんが、わたしが、子供時代に科学についてどのような結論に到達していたかについては、すでにお話ししたとおりです。わたしは、近代の自然科学の研究者が下していた結論には満足していませんでした。」

      角川訳
      「もしかしたらいささか哲学的かつ強情すぎるかもしれませんが、少年時代に科学に対してどのような考えに至っていたのかは、先にお話ししましたとおり。近代自然科学の教授たちが支持するような結論の数々では、私は満足などできなかったのです。」
    • ぴょんはま 02/04 17:33
      創元推理文庫も引いておきますね。
      「いささか哲学的で筋が通りすぎていたかとも思いますが、わたしが少年時代、科学についてどういう結論に達したかは、前にお話ししたとおりです。子供のわたしは、現代の自然科学教授たちが約束するような成果には満足できなかったのです。」
  100. 100
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私はまだ年少で、そういうことについて手引きしてくれる人が居なかったためとしか思われない思想の混乱から、時代に沿うて知識の歩みを逆に辿り、最近の研究者の発見を忘れられた煉金術者の夢と取り換えたのであった。そのうえに私は、近代の自然哲学の効用を軽蔑していた。科学の教師たちが不滅さと力を求めたとすれば、それはたいへん異なったものであった。そういった見解は無益ながらも壮大ではあったが、今や舞台が変ってしまった。研究する者の抱負は、私に科学への興味を主としてもたせたこういう幻想を、絶滅するかどうかに懸っているようにおもわれた。私は、はてしのない壮麗な妄想を、ほとんど価値のない現実と取り換えることを求められた。
    投稿日:2017年01月29日 13時51分
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    • 哀愁亭味楽 02/05 14:46
      ちょっと補足。

      「キマイラ」というのはもともとはギリシャ神話に出てくる幻想の怪獣で、ライオンの頭と山羊の胴体、毒蛇の尻尾を持つそうです。

      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AD%E3%83%9E%E3%82%A4%E3%83%A9

      以下wikipediaより抜粋

      中世のキリスト教寓意譚では、主に「淫欲」や「悪魔」といった意味付けを持って描かれた。12世紀の詩人マルボートによれば、様々な生物の要素を併せ持つ事から女性を表すとされている。この他、ライオンの部分を「恋愛における相手への強い衝動」、山羊の部分を「速やかな恋の成就」、蛇の部分を「失望や悔恨」をそれぞれ表すとされたり、その奇妙な姿から「理解できない夢」の象徴とされた。一般には、怪物の総称や妄想、空想を表わす普通名詞ともなっている。
    • ぽんきち 02/07 14:12
      えーっと、多分、ほぼ関係ないと思いますが、「キメラ(chimera)」というのは現代生物学で使うと、2種以上の異なる遺伝的背景を持つものが人工的に混ざり合った生物を指します。接ぎ木なんかも広い意味ではそうですし、初期胚操作で作製されるキメラマウスというのもいます。

      ・・・が、シェリーの時代だと、一般に荒唐無稽な感じの妄想を指したものでしょうかね。
      この下の103の「不老不死の薬は妄想だ」の妄想もchimeraの語が使用されています。
  101. 101
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こういうことが、インゴルシュタットに住むようになった最初の二、三日中に考えたことだが、そのあいだ、おもに場所がらや、自分の新しい住みかのおもなる居住者たちと親しくなった。しかし、つぎの週が始まると、クレンペ氏が講義に関して教えてくれたことを考えてみた。あのうぬぼれの強い小男が講壇から文句を述べたてるのを行って聴く気にはなれなかったが、それまで町を離れていて私がまだ会ったことのないヴァルトマン氏のことを教えられたのを憶い出した。一つには好奇心から、また一つには所在なさから、その教室に入って行くと、すぐそのあとでヴァルトマン氏が入って来た。この教授は、同僚とはずいぶん違っていた。五十歳前後に見えたが、すこぶる情深い相がその顔にあらわれていた。そして、わずかばかりの白髪まじりの毛がこめがみに生え、後頭部の髪はまだかなり黒かった。
    投稿日:2017年01月29日 13時52分
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  102. 102
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    背丈は低かったが、たいへんしゃんとしており、私が今まで聞いたことのないほどいい声をもっていた。教授は、化学の歴史やいろいろな学究によってなされた各種の進歩を概括し、さらに熱情をこめてもっとも目ざましい発見者たちの名を語ることから、その講義を開始した。それから科学の現状を見わたし、その基本的な術語をいろいろ説明した。二、三度予備的な実験をやってから、近代化学に讃辞を呈して話を終ったが、そのときのことばを私は忘れはしないだろう、――
    投稿日:2017年01月29日 13時52分
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    • ぽんきち 01/31 10:49
      うぶぶ。神様の「声」ってどんなだったんでしょうねw 「ヨブ記」の神様とか、少なくとも「甘い」声じゃないような気がする(^^;)。

      すびばせん、脱線ですw
    • ぴょんはま 02/04 17:59
      創元
      「クレンペ教授はずんぐりした小男で、どら声に顔つきもいやらしく」
      ヴァルトマン教授は「背は低いがきりっと真っすぐに立ち、声は聞いたこともないほどこころよいものでした。」

      人は語られた内容よりも言語以外の情報、とくに話し方によって話の真偽を判断し勝ち。第一印象の好悪と、小馬鹿にせず学生の話を聴いてくれる謙虚さがあるかどうか。2人の両極端の教授に会ったことで、他の選択肢は考えず、一生の師を決めてしまったのですね。
  103. 103
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「この科学というものを教えた昔の教師たちは、できないことを約束したが、何ひとつ完成していないのです。近代の教師たちはあまり約束をしないし、金属が変質せず不老不死の薬は妄想だということを知っています。しかし、手は泥をこねるためにだけ作られたように見え、眼は顕微鏡か坩堝るつぼをのぞくために作られたように見えるこの哲学者たちが、それこそ奇蹟を完成したのです。この人たちは自然の秘奥にどこまでも入りこみ、眼につかないところまでそれがどんなふうにはたらいているかを示した。この人たちは、天に昇った。血の循環のしかたや、わたしたちの呼吸している空気の性質を発見した。ほとんど無限の新しい力を手に入れた。天上の雷を意のままにしたり、地雷をまねたりすることができる。それ自体の蔭のある眼に見えぬ世界を釣り出すことだってできるわけです。」
    投稿日:2017年01月29日 13時53分
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    • かもめ通信 01/30 21:37
      ぽんきちさんのおっしゃるとおり「地震」のようですね。
      光文社訳では「天の雷を統御し、地震を人工的に起こし」
      角川訳では「空に雷(いかづち)を呼ぶことも、地に地震を模倣してみせることも」となっていました。
      *(いかづち)はふりがなです。
    • ぴょんはま 02/04 21:08
      創元では「天のいかづちを支配することも地震を真似ることも」でした。
  104. 104
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     これが教授のことばであったが、それはむしろ、私を破滅させるために発せられた運命のことばだ、と言いたいくらいであった。教授が話をつづけているうちに、私は、自分の魂が、手ごたえのある敵と格闘しているのを感じた。すると、自分の存在機構をなしているいろいろな鍵が一つ一つ手でいじられ、絃が一本一本鳴らされ、やがて一つの思想、一つの観念、一つの目的で自分の心がいっぱいになった。してきたことはこれだけなのだな――よし、と、私フランケンシュタインの魂が叫んだ――もっと、もっと多くのことを私はやりあげるぞ。すでに目じるしのついているとおりに歩いていって、新しい道の先駆者となり、未知の力を探究し、創造のもっとも深い秘奥を白日のもとにあばいてやるぞ。
    投稿日:2017年01月29日 13時54分
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    • ぽんきち 01/29 14:52
      む~ん、そっちへ行ってしまうのかぁぁw
    • ぽんきち 12/25 09:10
      えっと、ここ、今さらですが、誤訳だと思うので、原文を記載しておきます。「してきたことはこれだけなのだな」の部分です。

      So much has been done, exclaimed the soul of Frankenstein, -- more, far more, will I achieve: treading in the steps already marked, I will pioneer a new way, explore unknown powers, and unfold to the world the deepest mysteries of creation.

      「してきたことはこれだけ」というと、これまでのことを軽く見ているように思えますが、ここはむしろ「これだけのことがなされたのだ」、「けれども」私、フランケンシュタインはさらに多くのことを成し遂げるぞ、という高揚した決意宣言だと思います。
  105. 105
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     その夜私は、まんじりともしなかった。内部の存在が動乱状態になってしまって、そこから秩序が生れるものとおもったが、私にはそれをつくりだす力がなかった。夜が明けてからしだいに眠くなってきた。眼をさましてみると、昨夜の考えは夢のようだった。そこには、自分の古い研究に戻り、私自身が生れつき才能をもっていると信じている科学に身を捧げよう、という決意だけが残った。同じ日に私は、ヴァルトマン氏を訪ねた。この人の私的な態度は、公けのばあいよりももっと穏かな魅力のあるものでさえあった。講義しているうちは、そのものごしに一種の威厳があったが、自宅ではたいへんあいそのよい親切な態度になっていた。私は、クレンペ教授に語したような、自分の以前にやっていたことをこの人に話した。
    投稿日:2017年01月29日 13時54分
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  106. 106
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    ヴァルトマン氏は、私の研究に関するつまらない話を注意ぶかく聞いてくれ、コルネリウス・アグリッパやパラケルススの名を耳にしてにっこりしたが、クレンペ教授のように軽蔑はしなかった。そして、つぎのように語った、「こういう人たちの疲れを知らぬ熱心さのおかげで、近代の哲学者はそのたいていの知識の土台を得ているのですよ。この人たちは、新しい名称をつけたり一貫した分類にまとめたりすることを、たやすい仕事としてわたしたちに残してくれたが、このことは、この人たちがいわば大いに光明を点ずる道具であったという事実なのだ。天才たちの労苦は、たといまちがったほうに向けられたにしても、とどのつまりは、人類の確乎たる利益になれなかったということは、いつだってほとんどありませんよ。」
    投稿日:2017年01月29日 13時55分
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  107. 107
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私は、憶測や衒いのちっともないこのことばを傾聴し、そのあとで、先生の講義は私の近代化学に対する偏見を取り除いてくれました、と述べた。私は、若い者が師に対して払うべき謙譲と尊敬とをもって、自分の志した仕事を焚きつけた熱狂(生きた実験が私を赤面させるにちがいないが)を逐一洩らさずに、慎重なことばづかいで言い表わした。買い求めてよい書物についても、先生の忠言を求めた。
    投稿日:2017年01月29日 13時56分
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  108. 108
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ヴァルトマン教授は言った、「弟子ができてしあわせだ。君の勤勉さが能力に負けないとしたら、わたしは君の成功を疑いませんよ。化学というものは、進歩がいちばん大きかったし、またこれからもそうだとおもう、あの自然科学の部門であり、それを私が自分の特別の研究科目にしたのは、そういった理由からなのだが、といって、それとともにわたしは、科学の他の部分を否定しやしませんよ。人がもし、人間知識のその部門だけにしかしんけんにならなかったとしたら、それこそなさけない化学者しかできあがらないでしょう。君がもし、ただのつまらぬ実験家でなく、ほんとに科学的になりたいのだったら、数学を含めて自然哲学のあらゆる部門を勉強することをすすめたいですね。」
    投稿日:2017年01月29日 13時56分
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    • 哀愁亭味楽 01/31 12:21
      なんか、ちょっと違うかもしれないですけど、「STAP細胞できなかったじゃん。だから嘘なんでしょ」というクレンペ教授に対して、「うーん、でも嘘と言っちゃうのは早計だよね」というヴァルトマン教授、みたいな。で、そんなヴァルトマン教授の言葉を聞いて「ですよね!STAP細胞はあります!」と希望を燃やす小保方さん=ヴィクトル。……みたいに見えてきた私です。
    • ぽんきち 01/31 13:20
      う゛ーむ、そうだなぁ・・・。
      「古くさいもの=すべて間違い、新時代の新知識=正しい≒科学的」というのがクレンペ先生、「人が顧みないものの中にも真実が潜むかもしれない」というのがヴァルトマン先生、という感じでしょうかね。
      フランケンシュタインは、ここまでのところ、純粋で勤勉かもしれないけど、直観に左右される傾向がある青年のように思えます。「直観」というのも結構アブないもんじゃないか、と個人的には思ってますw


      *以下は脱線です。
      STAPに関しては、いろいろ思うことに整理がつききらず状態のままなのですが。「ある」か「ない」かで言えば、「ある」のかもしれないですが、可能性はかなり低いと思います。
      少なくとも、当初言われていた手法で、当初言われていた効率で得られるものではなく、そうであるならば「ある・なし」を追求することにあまり意味は感じられないです、個人的には。極端に言えば、今あるものを超える大きな長所はないということですから。
      それよりも、この件が何でこんなに大騒ぎになってしまったのかは考えるべきなのだろうと思っているのですが、ちょっと解きほぐすのが大変そうですねぇ・・・。
  109. 109
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     それから教授は、自分の実験室に私を伴れていき、さまざまな機械の使い方を説明して、私の買い求めなければならぬものを教えながら、科学の勉強が進んでこういう仕掛けを狂わせたりしないようになったら、自分の機械を使わせてあげよう、と約束した。また、私のたのんだ書物のリストも書いてくれた。そこで私は辞去した。
     こうして、私にとって記念すべき日は終った。それは、私の来るべき運命を決定したのだ。
    投稿日:2017年01月29日 13時57分
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    • かなえ 06/05 15:30
      久しぶりに復帰して、続きから読み始めました。
      本日はここまで。
      明日また、続きから読みすすめます。
      物語自体はもちろん、みなさんのコメントも、面白い!
    • 哀愁亭味楽 06/05 01:52
      わあ、かなえさん、おかえりなさい!

      やー、まだまだ先は長いので、のんびりどうぞ!
  110. 110
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
         4 生命の創造へ


     この日から、自然科学が、また特に、もっとも広い意味においての化学が、私のほとんどただ一つの仕事となった。私は、近代の研究者たちがこれらのものについて書いた、才能と眼識にみちた著作を熱心に読んだ。大学の科学者たちの講義を聴き、その人たちに知己を求めた。クレンペ氏さえ、なるほどいやな人相や態度がつきまとってはいるが、だからといってそれだけ値うちがないわけでなく、どうしてなかなか堅実な意識と現実的な知見をもっているのがわかった。ヴァルトマン氏とはほんとうの友人になった。教授の温厚さには独断の臭みがなく、その講義は、あけっぱなしで、人の好さがあらわれ、どんな衒学的な考え方もしなかった。教授は数えきれない方法で私のために知識の道を歩きやすくしてくれ、どんな難解な研究も、はっきりと平易に理解させてくれた。
    投稿日:2017年02月05日 14時47分
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  111. 111
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私の勉強は、初めはぐらついて不たしかだったが、進むにつれてしっかりしてき、まもなく熱心かつ熱烈になって、まだ自分の実験室でやっているうちに星が朝の光で見えなくなるようなことも、一再ではなかった。
    投稿日:2017年02月05日 14時48分
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  112. 112
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     それほど休みなしに勉強したので、進歩の急速だったことは容易に想像されよう。私の熱心さはじっさい学生たちの驚異であったし、私の上達ぶりは先生たちの驚異であった。クレンペ教授はよく、ずるそうな笑いを浮べて、コルネリウス・アグリッパはどうしているかね、と私に訊ねた。ヴァルトマン教授のほうは、私の進歩に対して衷心からの喜びを表わした。こんなふうにして二年過ぎたが、そのあいだ一度もジュネーヴに帰らず、やろうと望んでいるある発見の探求に、心身をあげて没頭した。それを経験した者でなければ、科学の誘惑を想い浮べてみることはできない。他の学問だと、前の人が行っただけ行けば、それ以上に知らなければならないものはないのだが、科学的探求のばあいは、発見と驚異の糧は絶えることがないのだ。相当の能力をもった人なら、一つの学問をしっかりと追求すれば、その研究においてまちがいなくうんと熟達するにきまっている。
    投稿日:2017年02月05日 14時48分
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    • ぱせり 02/05 16:43
      エリザベートー!!
    • トムタン 02/05 17:00
      一つの学問をしっかり追求すれば…。この時代、専門分野の自然科学に熱中するフランケンシュタインは、いわゆる「リベラルアーツ」を充分に学んだ後にこの道に入ったのでしたっけ…?なんとなく、とても偏った学問追求の熱情に突き動かされてここまで来た感じが伝わります。
  113. 113
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    しかし、一つの研究題日の達成をたえず求め、ひたすらこれだけに没頭して急速に進歩したので、二年目の終りには、ある種の化学的装置の改良の点でいくつか発見をし、そのために大学で大きな名声と賞讃とをかちえた。私がこの程度までになり、もはやインゴルシュタットのどの教授の授業を受けても同じことだと言えるくらいに、自然哲学の理論と実践によく通じるようになり、そこに住んでいることがもはや、私の上達を助けるものでなくなったので、友だちといっしょに故郷の町に帰ろうと考えていたやさきに、私の滞在をひきのばす事件がもちあがった。
    投稿日:2017年02月05日 14時49分
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  114. 114
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     特に私の注意を惹いた現象の一つは、人体や、じつはなんであろうと生命を賦与された動物の構造であった。私はよく、どこから生命の原理は出て来るのだろうか、ということを自問した。それは、むこうみずの質問であり、つねに神秘と考えられてきたものではあったが、臆病とか、不注意が私たちの研究をおさえつけないとしたら、どれほど多くのことがもうすこしで知られるようになることだろう。私は心のなかでそういった事情をとくと考えて、それからというものは、生理学に関する自然哲学の諸部門を特にもっと勉強することに決めた。ほとんど超自然的な熱情によって鼓舞されていなかったならば、この研究に身を入れることは、うんざりするような、ほとんど堪えがたいものであったにちがいない。生命の原因を検討するには、まず死に頼らなければならない。
    投稿日:2017年02月05日 14時50分
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    • ぱせり 02/05 16:56
      「どこから生命の原理は…」の研究を押さえつけるものとして、真っ先に思いつくのが、臆病や不注意なんですね。畏れとかではなく。ここで、「神秘と考えられてきた」ことについて、もうちょっと謙虚に考えられたらよかったのに、と思います。後の祭りですが。若さ・未熟さに、釣り合わない賢さが、こわいです。
  115. 115
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私は解剖学に親しむにいたったが これは十分でなかったので、人体の自然衰頽と腐敗をも観察しなければならないことになった。父は私の教育に際して、私に超自然的な恐怖を感じさせないようにできるかぎりの注意を払ってきた。だから、私はいまだに、迷信的な話に慄えたり幽霊の出現を怖れたりしたおぼえはない。暗やみも私の空想に影響せず、墓場なども、私には、その生命が美と力の器から蛆の食物になってしまった肉体の置き場だ、というだけのことだけだった。その私が今、こういう腐敗の原因と過程を調べることになって、穴ぐらや納骨所のなかで日夜をすごすことを余儀なくされたのだ。私の注意は、人間感情の繊細さにとってもっとも堪えがたいあらゆるものに惹きつけられた。人間の美しい形がどんなふうに衰え萎れて崩れるかを私は見た。生の花やかな頬を襲う死の腐敗を見た。眼と脳髄のすばらしさを蛆虫の類がかたずけてしまうありさまも見た。
    投稿日:2017年02月05日 14時51分
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    • 晴家 天理 02/07 12:54
      両者ともに凄まじいですね、思わず笑ってしまいました。(笑)
      ハンテリアン博物館の解説にありますが、「これらの標本の中に、彼は何を見出したのでしょう」ね。

      現代であれば間違いなく動物愛護団体に猛批判を食らう研究です。
    • トムタン 02/07 23:49
      悲痛の表情を作られた病気の豚の標本…(^_^;)
      ドリトル先生とジキルハイド両方のモデル!もはやフランケンシュタインよりも興味深く感じてしまう実在の人物(笑)
  116. 116
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    生から死へ、死から生への変化に例証されるようなあらゆる因果関係を、仔細に検討し、かつ分析しているうちに、とうとう、この暗やみのさなかから、ひとすじの光がとつぜん私の上に射しこんできた。光は輝かしくてふしぎではあるが単純なもので、その光かまざまざと見せてくれに眺望のどえらい広さにめまいがしながらも、同じ科学に向って研究を急いでいる多数の天才のなかで、私だけがこうも驚くべき秘密を発見することになったのが、意外でたまらなかった。
    投稿日:2017年02月05日 14時52分
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    • ぽんきち 02/05 17:20
      そ、そうか、光はとつぜんフランケンシュタインにだけ射しこんできたのか(^^;)。

      考えてみれば具体的にどういう手順を踏んだら生命の秘密がわかった、とは書けないですよね。そか、この辺はぼかしてあるんですね。

      ・・・や、この先でもう少し具体的に明かされるのか・・?
      電気が何か大きな役割を果たす?w
  117. 117
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     おぼえておいてほしいが、私は狂人の幻覚を記録しているわけではないのだ。私がいまほんとうだと断言することほど確実には、太陽だって天に輝きはしない。何かの奇蹟かそうさせることになったのかもしれないが、それにしてもその発見の諸段階ははっきりしており、また有りうることであった。日に夜をついだ信じられないような労苦と疲労の後に、私は、生殖と生命の原因を発見することに成功した。いや、それ以上に、無生物に生気を与えることができるようになった。
    投稿日:2017年02月05日 14時53分
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  118. 118
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     最初この発見で経験した驚きは、まもなく歓喜と恍惚に変っていった。苦痛にみちた労苦にこれほど多くの時間を費した後に、ただちに自分の願望のてっぺんに達したことは、このうえもなく満足なほねおり仕事の完了であった。けれども、この発見はあまりにも大きくあまりにも圧倒的だったので、その発見に到達するまで自分を導いて進ませてくれた諸段階がみな忘れられて、私はその結果だけを見た。世界創造このかたもっとも賢い人々が研究し願望してきたものが、今こそ私の掌中にあるのだ。ただ、魔術の場面のようにそれがすべて一時に明らかになったのではない。
    投稿日:2017年02月05日 14時53分
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  119. 119
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    私が得た知識は、その目的物をもうできあがったものとして示す性質のものでなくて、それどころか、狙いをつけるかつけないうちに研究の目的に向って努力を傾けなければならないような性質のものであった。私は、死者といっしょに埋められて、ただ一つの薄暗いほとんど無いに等しい光だけをたよりに、生への道を見つけた、あのアラビア人のようなものだった。
    投稿日:2017年02月05日 14時54分
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    • かもめ通信 02/05 15:49
      あのアラビア人、別訳をみると「シンドバッド」のことのようですね。
    • ぽんきち 02/05 17:17
      シンドバッドだとすると、ガランが紹介したアラビアンナイトかな。
      レイン版やバートン版が出てくるのはまだちょっと先、という感じですね。
      http://www.honzuki.jp/book/175773/review/112128/

      シンドバッドは元々アラビアンナイトには含まれていなかったようなのですが、ガランが紹介してうわっと広まったみたいです。
      ガラン版の脚色の特徴は子ども向けでお色気成分薄めであることのようですw シェリーも幼少時に読んでいたのかもしれません。

      てか、「あのアラビア人」(the Arabian who had been buried with the dead, and found a passage to life, aided only by one glimmering, and seemingly ineffectual, light)で通じるというのが何か教養人の暗黙の了解だったんですかね・・?
  120. 120
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     あなたの熱心さ、あなたの眼に現われている驚きと期待から察して、私の得た秘密を知らせてもらうものとお考えのようですが、それはできないことです。私の話を終りまで辛抱して聞いていただければ、私がなぜそれを隠しているかが、すぐおわかりでしょう。そのころ私がそうだったように、不用心で熱に浮かされているあなたを、破滅や避けがたい悲惨事のほうに曳っぱっていきたくはないのですよ。知識を得ることがどれほど危険か、また、自分の生れた町が世界だと信じている人間のほうが、自分の持って生れたものが許す以上に偉くなろうと志している者よりどんなに幸福か、ということを、私のお説教によってでなくとも、すくなくとも私の実例によって学んでいただきたいのです。
    投稿日:2017年02月05日 14時55分
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  121. 121
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私は、そういった驚くべき力が自分の手中にあることがわかったとき、それを用いる方法について長いことぐずぐずしていた。生気を賦与する力はもっているが、しかもなお、それを受け容れるような、こみいった繊維や筋肉や血管をすべて具えた体躯を用意することは、依然として想像もつかない困難と労苦の仕事だった。はじめは自分に似たものをつくりだすことをやってみようか、それとももっと単純なものにしようかと迷ったが、最初の成功で想像力が昂まりすぎていたので、人間のように複雑なすばらしい動物に生命を与える能力が自分にあることを、疑う気にはなれなかった。そのとき手もとにあった材料では、そういう至難な仕事にはまにあいそうもなくおもわれたが、ついには成功することを疑わなかった。私は数々の失敗を覚悟した。
    投稿日:2017年02月05日 14時55分
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    • トムタン 02/05 16:53
      最初の成功が具体的にどんなものだったのかは書かれていないですね…。もっと単純な生物では無くて、いきなり人間を創ろう!と張り切ってしまうほどの発見、成功とはどんなものだったのか…と知りたくなってしまいました。
    • かもめ通信 02/05 17:00
      わーダメダメ!トムタンさん!!
      もしそれを知ってしまったら「破滅と避けられぬ不幸へ」(角川訳)まっしぐららしいですよ~(><)
  122. 122
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    というのは、作業にしじゅう頓挫を来してついには仕事が不完成に終るかもしれなかったからだが、科学や機械学において毎日おこなわれている改良を考慮すると、現在の企てがすくなくとも将来の成功の基礎を置くことを望むだけの勇気が出てきた。そして、私の計画が大きくて複雑だからといって、これを何か実行できない議論として考えることもできなかった。私が人間の創造にとりかかったのは、こんなことを感じてであった。部分部分がこまかいと、細工に要する時間がはなはだしく長びいてしまうので、私は、最初の意図に反して、その人間を巨大な背丈にすることに決めた。すなわち、高さが約八呎で、大きさがそれに相応するものであった。それが決まってから、材料をうまいぐあいに集めたり排列したりして私は始めた。
    投稿日:2017年02月05日 14時56分
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    • トムタン 02/12 13:58
      なんとなく粗筋を知っているだけに、この引用は怖いです…(^^;;
    • ぴょんはま 02/12 16:32
      創元推理文庫はまえがき(1831年版)、序(1818年版)、の後に
      「フランケンシュタイン
        あるいは現代のプロメテウス」
      という題名のページがあり、その裏に、このエピグラフも訳されています。

      土くれからわたしを、創り主よ、人の姿に創ってくれと
      わたしがあなたに求めたろうか? 暗黒より
      起こしてくれと、あなたにお願いいしただろうか?-
                        『失楽園』第十巻743-5行

      『政治的正義』『ケイレブ・ウィリアムズ』等の著者
       ウィリアム・ゴドウィンに
        つつしんでこの本を
                 著者より捧げる

      となっています。


  123. 123
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     颶風(ぐふう)のように私を成功の最初の熱狂へと吹き送ったさまざまな感情は、誰も想像することはできない。生と死は、私がはじめて突破して私たちの暗い世界に光の急流を注ぐ理想の限界のように見えた。新しい種が私をその創造者、根源として祝福するだろう。多くの幸福なすぐれた性質の人間が、私のおかげで存在するだろう。どんな父も、かつて、私がこういう人間たちの感謝を受けるに値するほど完全には、自分の子の感謝を求めることができなかったはずだ。こんなことをつくづく考えながら私は、もしも、無生物に生命が与えられるとしたら、やがてそのうちには(今はまだ不可能なことがわかっているが)死んで腐りかけたとおもわれる体に、ふたたび生命を呼びもどせるかもしれないと思った。
    投稿日:2017年02月12日 14時27分
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    • かもめ通信 02/12 19:32
      颶風って言葉、はじめて知りましたw

      ちなみに光文社訳では
      「成功をめざして心がはやる日々を送り始めると、胸の内にはまるで暴風雨のようにさまざまな感情が渦巻きました。……(中略)……そうすれば新たに生まれた種は、創造主であるわたしを寿(ことは)ぐでしょうし、数多(あまた)の幸福にして優れたものたちが感謝の気持ちを抱くはずです。」

      角川版では
      「成功への情熱にまみれた私をさならがハリケーンのように巻き込み、突き動かしたあの数多(あまた)の感情は、決して誰にも理解などできますまい。…(中略)……新たに創造されし者たちは、きっと私を創造主、源として賛美し、幸福にして優れた数多の者たちがその命あることを私に感謝するのだ。」

      私これまで、まさかフランケンシュタインが自ら「神」になろうとしているとは思っていなかったので衝撃を受けております……。
    • ぽんきち 02/12 19:39
      颶風、聞き慣れない言葉ですが、原文はhurricaneですね。元は中国の気象用語で、熱帯や温帯の暴風雨を指すようです。明治期にはそれなりに使われていた言葉のようです。
      今なら台風かもしくはそのままハリケーンの語を当てるところでしょうかね。

      (あ、すみません、書いてから、かもめ姐さんのコメントに気が付きました。ま、いいかw)
  124. 124
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     断えまのない熱心さをもって仕事をつづけているあいだ、こんな考えが私の元気を支えてくれた。頬は勉強のために蒼ざめていき、閉じこもってばかりいるために体は痩せ衰えてしまった。ときどき、もう大丈夫だという瀬戸ぎわに失敗はしたけれども、明日にも、あるいは一時間後にも実現されるかもしれない望みに、私はまだしがみついた。私だけのもっていた一つの秘密が、われとわが身を捧げた希望なのであった。
    投稿日:2017年02月12日 14時29分
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  125. 125
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    そこで、月が私の真夜中の仕事を眺めているあいだ、撓むことなく、息つくひまもない熱心さで、自然をその隠れたところまで追求した。私が墓場の不浄なじめじめしたところをいじりまわしたり、生命のない土に生気を吹きこむために生きた動物を苦しめたりした時の、私の秘密な仕事の怖ろしさを、誰が想像するだろう。今でも、憶い出すと、手足が震え、眼がまわるのであるが、そのときには、抗しがたい、ほとんど狂乱した衝動に促されて、この、たった一つの追求以外には、精神も感覚もみな失ってしまったようであった。
    投稿日:2017年02月12日 14時29分
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  126. 126
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    それは、じっさい、私が自分の古い習慣に戻ると、たちまち、一新された鋭敏さをもって、作用することをやめる不自然な刺戟を私に感じさせただけの、一時の夢うつつでしかなかった。私は納骨所から骨を集め、穢らわしい指で人間の体の怖ろしい秘密を掻きまわした。家のてっぺんにあって、廊下と階段で他の部屋から隔てられた孤独な部屋、というよりはむしろ独房を、私は不潔な創造の仕事場とした。眼の球はこまかい仕事を一心にやったためにとび出していた。材料は解剖室や屠殺場からどっさり手に入った。するとときどき、自分の人間らしい性質が、仕事からおぞましげに眼をそらしたが、それでもなお、絶えまなしにつのる熱心さにうながされて、自分の仕事を完成に近づけた。
    投稿日:2017年02月12日 14時30分
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    • ぴょんはま 02/12 16:42
      創元版の1行目
      「それはじつはつかのまの恍惚状態にすぎなくて、のちに不自然な刺激の作用がやみ、昔の習慣にかえったとたんに、新たに研ぎすまされた感覚になってよみがえってきたのですが。」
    • ぱせり 02/12 18:36
      辛い回想だなあ・・・
      このあと、ほんとに怪物が生まれて・・・きっとフランケンシュタイン自身思いもしなかった恐ろしいことが起こって・・・
      でも、一人で怪物を追いかけて(?)北極まで来て、こうして語っているんですね。
      まだ何も起こっていないのに先走ってしまいますけれど、彼、最後はどうなるんだろう、と気になります。
      好きな登場人物が一人も出てこない!と思っていたんだけれど、彼、とっても気になります。
  127. 127
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こうして一つの探求に心身を捧げているうちに、夏の幾月かが過ぎてしまった。とても美しい季節で、畠からは今までになく豊かな収穫があり、葡萄も劣らずたわわに実ったが、私の眼は自然の魅力には感じなくなっていた。身のまわりの光景を見すごしたと同じ感情で、私は、遠く離れていて久しく会わぬ友だちも忘れていた。私から音信がないので皆が心配していることはわかっていたし、父のことはもよくおぼえていた。「おまえが自分で楽しんでいるあいだは、わたしらのことを愛情をもって考え、ちゃんと便りをよこすだろう、ということは知っている。おまえからの便りがとぎれたら、それは、おまえがほかの義務も同様に怠っている証拠だと見てもいいだろうね。」
    投稿日:2017年02月12日 14時31分
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  128. 128
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     だから、父の気もちがどんなふうかは、よく知っていた。けれども、それ自体としては胸がわるくなりはするが、私の想像力を捉えて離さない自分の仕事から考えを引き離すことはできなかった。いわば、私の愛情に関する一切のことを、私のあらゆる性癖を呑み尽してしまった大目的が完成するまでは、先に延ばしたかったのだ。
    投稿日:2017年02月12日 14時31分
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  129. 129
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     そこで、父が、私のごぶさたを私の悪徳やあやまちのせいにしたとすれば、それは当っていないと考えましたが、私がまるきり責任をもたなくていいように思っていると考えたのも、今となってはもっともだと思っています。申し分のない人間は、いつも平静で平和な心をもちつづけているはずで、情熱や一時的な願望でその静けさを乱すようなことを肯んじないものです。知識の追求もこの例外であるとは考えられません。あなたの専心なさる研究があなた自身の愛情を弱め、また、混りものとても入りっこないその単純な喜びのために、あなた自身の好きこのみを台なしにする傾向があるとしたら、その研究はたしかに法にかなっていませんよ。
    投稿日:2017年02月12日 14時32分
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    • 哀愁亭味楽 02/12 14:52
      この辺なんか訳がおかしいですね。言いたいことは分かるけれど。

      自分は悪徳やあやまちで家族との連絡を怠っていたわけではないと当時の自分は思っていたけれど、父がそう言ったのも今となっては分かる、って感じでしょうか。

    • ぴょんはま 02/12 17:25
      創元版では、
      「当時のわたしは、便りがないのを父がわたしの不徳や落度のせいにするとしたら、それは不当だと思ったものですが、今でははっきり、完全に無罪とは思ってもらえなくともしかたがなかったのだと感じています。完成した人間は、いつも穏やかで平和な心を持たねばならず、激情やつかのまの欲望に平安を乱されるようなことは、けっしてあってはならないのです。知識の追求とて、この法則の例外とは思いません。もしあなたのなさる研究に、愛情を弱め、どんな不純物もまじりえない素朴な楽しみを味わう力をそこなうきらいがあるようなら、それは、その研究が不法なもの、つまり人間の精神に不相応なものと見て間違いない。」
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    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    つまり人間の心に適しないのですね。もしも、この原則がつねに守られるとしたら、つまりその人の家庭的愛情の平静を妨げるものであるかぎり、なんであろうと、それを追求することを許さなかったとしたら、ギリシアは奴隷化されなかったし、カエサルは自分の国を救ったし、アメリカはそんなに早くは発見されなかったし、したがってメキシコやペルーの帝国も、滅されなかったというわけですよ。
    投稿日:2017年02月12日 14時33分
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    • ぴょんはま 02/12 17:16
      知性と信仰心とでベクトルが逆なわけではなく、通常は同一方向に行くと思いますので、説明が難しいです。
      他者の犠牲や迷惑も顧みず自分中心にどこまでも突っ走ってかまわないとする生き方、VS、人としてそれをやっちゃあおしまいよという美学とか倫理とか良心の声みたいな歯止めには従う生き方、の対立でしょうか。

      家族を顧みず研究に没頭する学者や、冒険家などは昔からいたと思いますが、ヴィクター君はそれだけでなく、家族に自信を持って言えないような研究を隠れてしていた、それはやってはいけないことだとどこかで思っていたからで、人間としてそんなものに手を出してはいけなかったんだ、と思ってるのではないかなあ。
    • ぽんきち 02/12 19:51
      うーん、このあたり、フランケンシュタインは「マッドに惹かれつつ、マッドになりきれなかった人」なのかなとちょっと思います。
      吹っ切れれば115のコメントで触れたハンターやフラゴナールになっていてた可能性もあったところでしょうから。

      踏み越えてはいけない一線があるという考え方を抱いたのが、神への畏れなのか幼少時の温かな記憶なのか、なかなか難しいところですけれども。
      フランケンシュタインの父が常識人であり、彼がその父を愛していたことは大きいようにも思います。

      一線を越えることに対する怖れ自体は、著者シェリー自身の思いでもあり、時代の空気でもあった、のかもしれません。
  131. 131
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ところで、私はうっかり、この物語のいちばんおもしろいところで、こんなお説教をやってしまいました。それに、気がついてみると、あなたも、話のつづきを聞きたがっておられるようですね。
    投稿日:2017年02月12日 14時33分
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  132. 132
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     さて、父は手紙のなかで責めたりしないで、ただ、前よりずっと詳しく私の仕事のことを訊ねることで私のごぶさたを注意しただけであった。こつこつと研究を続けているあいだに、冬が過ぎ、春が過ぎ、夏がまた過ぎたが、私は花や伸びる木の葉にふりむきもしなかった。以前はそれを見るのがいつも無上の歓びだったのに、それほど仕事に夢中になっていたのだ。そして、仕事が終りに近づかないうちに、その年の木の葉も萎んでしまつたが、今では、日ごとに私がうまいぐあいに成功したことがますますはっきりしてきた。とはいえ、私の熱中ぶりも不安のために阻まれ、自分が好きな仕事に没頭する芸術家のようではなく、鉱山とか何かそのほかの健康にわるい商売に一生奴隷として働かされる人のような気がした。
    投稿日:2017年02月12日 14時34分
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    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    毎日、微熱に悩まされ、じつに傷ましいほど神経質になって、一枚の木の葉が落ちてもギョッとし、罪を犯した者のように仲間の人たちを避けるのであった。ときどき、自分が破滅に陥ったばあいのことを想像して驚くこともあった。自分の目的に費すエネルギーだけが、私を支えていたのだ。けれども、私の仕事もまもなく終るだろう。そうしたらたしかに、運動と娯楽でもって、病気になりかけている状態も一掃されるだろう。この創造が完成したら、二つともやるぞ、と私は心に決めた。
    投稿日:2017年02月12日 14時34分
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  134. 134
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    研究にのめり込んでいくフランケンシュタイン! いよいよ来週あたりですかねえ。彼が造られるのは…

    また来週~
    投稿日:2017年02月12日 14時36分
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    • ぱせり 02/12 18:39
      今週もありがとうございます。まだかまだか、と思っていた怪物の登場・・・いよいよ目前?と思うと、いやいや、もうちょっと引っ張ってくれても・・・と思ったり^^
    • ぽんきち 02/12 19:59
      ありがとうございますm(__)m。

      今週読んだ関連本ですw
      「エネルギーの科学史」
      http://www.honzuki.jp/book/202423/review/167736/

      エネルギーから時代の雰囲気が見えてくる感じもあり、なかなかおもしろいです。図書館等にあるようでしたら、第2章だけでも読むと参加の皆様には楽しめるかなと思います。
      「現代のプロメテウス」が何を指しているかの示唆もあります。このあたりは実際「彼」が誕生してから(来週以降?w)の方がネタバレにならないかもしれません。
  135. 135
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
         五 クレルヴァルとの再会


     十一月のあるものさびしい夜に、私は、自分の労作の完成を見た。ほとんど苦悶に近い不安を感じながら、足もとによこたわる生命のないものに存在の火花を点ずるために、身のまわりに、生命の器具類を集めた。もう午前の一時で、雨が陰気に窓ガラスをぽとぽと打ち、蝋燭はほとんど燃え尽きていたが、そのとき、冷えかけた薄暗い光で、その造られたものの鈍い黄いろの眼が開くのが見えた。それは荒々しく呼吸し、手足をひきつるように動かした。
    投稿日:2017年02月19日 10時35分
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  136. 136
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     この大激変に接した時の私の感動をどうして書き記すことができよう。あれほど心血を注ぐような努力をして造ったもののことを、どうして詳しく書けるだろう。ただ、手足はつりあいがとれ、顔つきは美しいものを選んでおいたのだ。美しいだって! なんということだ! 黄いろい皮膚は、下の筋肉や動脈のはたらきを紙一重で蔽っていたし、髪の毛は艶やかに黒くてふさふさしており、歯は真珠色がかった白であったが、こういうものがりっぱなだけに、暗褐色を帯びた白の眼窩とほとんど同じように見えるどんよりした眼や、しなびた肌や、一文字に結んだどす黒い唇と、恐ろしい対照をなしていた。
    投稿日:2017年02月19日 10時36分
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    • ぱせり 02/19 16:11
      もうできたってことですね?ほんとにあっさりですねー。
      怪物まだかまだか、と期待しすぎたせいでしょうか、ちょっと肩すかし?
    • ぴょんはま 02/26 16:33
      完成品のイメージなしに何となく作ってしまっているの?
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    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     人生の出来事はさまざまであるが、人間のもって生れた感情はそれよりもっと変りやすい。私は二年近く、生命力のない体に生命を注ぎこむというたった一つの目的のために、激しく働き、このために、自分から休息と健康を奪ってきた。私は、抑えても抑えきれない熱情をもってそれを願ってきたのだが、それができあがった今となっては、夢の美しさは消えてなくなり、息もつけない恐怖と嫌悪で胸がいっぱいになった。自分が創造したものの姿を見るに堪えず、私は部屋から跳び出し、心をおちつけて眠ることができないので、寝室のなかを長いあいだ歩きまわった。それまで堪えてきた激動のあとに、とうとう疲労がやってきたので、服を着たまま寝床に身を投げて、ちょっとのあいだでもそのことを忘れ去ろうと努力した。
    投稿日:2017年02月19日 10時36分
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    • ぱせり 02/19 16:05
      怪物が眼を開けるのを見て、生きているのを確認(?)しているのに、「自分が創造したものの姿を見るに堪えず」さっさと部屋から跳び出して寝室に逃げ帰ってしまう!(眠れないにしろ)もうフランケンシュタインへの違和感と不信感でいっぱいです〜!
    • ぴょんはま 02/26 16:39
      ヴィクトルが自ら創造したというよりも、悪魔?に誘導されて作らされてた感覚なのでしょうか。自分では何を作っているつもりだったんだろう。
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    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    しかし、それもやくにたたず、なるほど眠りはしたが、すこぶる奇妙きてれつな夢に煩わされた。どうやら私は、エリザベートが健康にはちきれそうになってインゴルシュタットの街を歩いているところを夢に見たのだ。喜びかつ驚きながら抱擁したが、その唇に最初の接吻をすると、その唇が蒼ざめて死人の色になり、顔つきもみるみる変り、私の抱いていたのは、死んだ母のむくろになっていて、それに屍布が被せてあり、墓の蛆虫がそのフランネルのひだのなかを匍いまわっていた。怖ろしくなって夢からさめると、冷汗が額いちめんに出て、歯ががちがちと鳴り、手足がみなひきつった。と、そのとき、窓の雨戸の間からむりやり入って来たものがあるので、うすぐらい黄ばんだ月の光ですかして見ると、それは、私の造った代物、みすぼらしい怪物であった。
    投稿日:2017年02月19日 10時37分
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  139. 139
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    そいつが寝台のカーテンを持ちあげ、眼――もしそれが眼と呼ばれるとしたら――で私を見すえた。口を開き、頬に皺を溜めて歯をむき出しながら、何かわけのわからねことをぶつぶつ喋った。ものを言ったのかもしれないが、私にはわからなかった。一方の手が伸びて私を抑えつけようとしたが、私は逃れて階下に跳び下り、私が住んでいた家の中庭に避難して、夜が明けるまでそこに居り、極度に興奮して歩きまわり、不幸にも自分が生命を与えた魔物のようなものが近づいてくる音ではないかと、あたりに気を配り、音という音を聞きつけてはびくびくした。
    投稿日:2017年02月19日 10時38分
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  140. 140
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     おお! あの顔を見て怖れおののかないでいられる人間かあるだろうか。木乃伊(ミイラ)が生き返ってきたって、あいつほどものすごくはない。あいつがまだできあがらないうちにはよくよく見ておいたのだが、そしてそのときだって醜くはあったのだが、筋肉と関節が動くようになってみると、ダンテさえも想像できなかったようなものになってしまった。
     その夜を私は、みじめな気もちで過こした。ときどき脈搏が早く激しくなり、その鼓動が動脈の一本一本に感じられた。また、そうかとおもうと、体がだるく、極端に弱りきって、今にも地べたにくずおれそうになった。この恐怖にまじえて、私は、失望の苦渋をなめた。すなわち、あんなに長いあいだ私の食糧であり快い休息であった夢が、今では、私にとって地獄となったわけで、それほど急速に変り、それほど完全にひっくりかえったのだ!
    投稿日:2017年02月19日 10時38分
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    • トムタン 02/19 17:28
      完成しない、「物」であった時は自分の夢の実現の対象としてずっと共にあったのに、生命を注ぎこむことに成功した途端にその醜さに怖れおののく…。「命の誕生」の感動とは逆の感情ですが、見かけが美しければまた違った感情を持ったのか?とちょっと考えてしまいました。AIが出てくる映画やアンドロイド物と比べてはいけないのでしょうが…(^^;;
    • ぴょんはま 02/26 17:05
      もしも、外見だけは絶世の美女だったりしたら、また別の怖いお話になりそうですね。
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    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     うっとうしく湿っぽい朝がついに訪れ、私の眠れなくてずきずき痛む眼に、インゴルシュタットの教会堂と、その白い尖塔と時計が見えてきたが、それは六時を指していた。門番が私のその夜の避難所であった中庭の門を開いたので、街に出て、街を曲るたびに怪物が今にも現われはしないかと恐れながら、それを避けでもするかのように、急ぎ足で歩いていった。自分の住んでいたアパートメントには戻る気にはなれず、暗くて気もちのよくない空から降りそそぐ雨に流れそぼちながら、急ぎつづけなくてはならぬような衝動を感じた。
    投稿日:2017年02月19日 10時40分
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    • ぽんきち 02/19 13:21
      えーと、フランケンシュタイン、怪物をほっぽらかして彷徨っていますけど、「怪物」、おなか空いてるんじゃないか(^^;)と気になります。
      死体を寄せ集めたかもしれないけど、今は生きてるんだから何か栄養つけてあげないとー。生まれたばっかりなのにかわいそう・・・。
  142. 142
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     しばらくは、こんなぐあいにして歩きつづけ、体を動かすことで心の重荷を軽くしようと努力した。自分がどこに居るか、何をしているかもよくわからないで、街々を私は歩きまわった。私の胸は恐怖感のためにどきどきとし、自分の様子をおもいきって眺めることもできず、乱れた足どりで急ぎつづけた。

    怖れおののきながらさびしい道を
     歩む者のように、一度は後を
    振り向いて、歩みつづけ、
     二度とはもう振り返らない。
    彼は知っているからだ、その後に
     怖ろしい悪鬼が迫っているのを。
            ――コールリッジ「老水夫行」――
    投稿日:2017年02月19日 10時40分
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    • トムタン 02/19 17:49
      ここにコールリッジの「老水夫」が登場すると言うことは、フランケンシュタインは、既にこの時、恐怖だけでは無く「生命」に対して罪を犯したと心の奥で感じていた事を表しているのでしょうか…。アホウドリを殺した老水夫に対し、フランケンシュタインは命無き者に命を与えたのにも関わらず、それが罪の意識を呼び覚まさせたから、この詩が登場するのでしょうか…?考えさせられました。
    • ぴょんはま 02/26 17:15
      1つの命を奪うことと、1つの命を生み出すことと、どちらの責任が重いのでしょうか。どちらも取り返しはつきませんが。
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    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こうして歩きつづけているうちに、私はとうとう、いろいろな乗合馬車や自家用馬車のいつも停る宿屋のむこう側に出た。どうしてだかわからないが、私がそこに立ちどまると、たちまち街のむこう端からこちらへ近づいてくる四輪馬車が眼にとまった。それがすぐそばに近づいたので、見るとスイスの辻馬車で、ちょうど私の立っているところに停ったが、扉が開くと、アンリ・クレルヴァルの姿が見え、私を見つけてさっそく跳び降りた。「やあ、フランケンシュタイン、君に会えてこんなに嬉しいことはないよ。僕が降りた瞬間にそこに君が居るなんて、なんてしあわせなことだろうね!」
    投稿日:2017年02月19日 10時41分
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  144. 144
    哀愁亭味楽
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     クレルヴァルに会った嬉しさは譬えようもなかった。こうしてクレルヴァルを前にしてみると、父やエリザベートやあらゆるなつかしい思い出のこもる家のことが、胸中に蘇ってきた。クレルヴァルの手を握ると、私は恐怖や不幸を一瞬にして忘れてしまい、いきなり、しかも何箇月ぶりではじめて、静かなおちついた喜びを感じた。だから、あらんかぎりの真心をこめて友を歓迎し、私の大学まで歩いていった。クレルヴァルはしばらくのあいだ、私たちのおたがいの友だちのこと、インゴルシュタットへ来ることを許された自分の幸福のことを話しつづけた。
    投稿日:2017年02月19日 10時42分
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    「簿記という貴重な技術だけが必要な知識の全部じゃない、っていうことを、おやじに納得させるのが、どんなにむずかしかったか、君にも容易にわかるだろうよ。まったくのところ、最後までなかなか聴き容れそうもなく、僕の根気よい歎願に対してきまって答えたのは、『ウェークフィルドの牧師』(オリヴァー・ゴールドスミスの作品――訳註)に出てくるオランダ人の校長のことばと同じで、『わしはギリシア語かわからんでも、年に千ポンドの収入があるし、ギリシア語なしでもたらふく食べられるよ』だってさ。けれども、僕に対する愛情のほうが、とうとう学問嫌いにうち勝って、知識の陸地を発見する航海に就くことを許してくれたんだ。」
    投稿日:2017年02月19日 10時42分
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    「君に会えてとても嬉しいよ。だけど、父や弟らやエリザベートのことは、まだ聞かせてもらえないね。」
    「とても達者だよ。そして幸福だよ。ただ、君がめったに手紙をよこさないのかちょっと気がかりのようだったね。その話については、おいおい君に、ちっとばかり小言をいうつもりだ。――それはそうとフランケンシュタイン」と言いさし、私の顔をつくづく眺めて続けた、「今まで言わなかったが、君はたいへんかげんがわるそうに見えるよ。ひどく痩せてるし、顔色がよくない。まるで幾晩も眠らなかったように見えるぜ。」
    投稿日:2017年02月19日 10時43分
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    「たしかに図星だよ。このごろ、一つの仕事に没頭しきっていたもんだから、君にもわかったようにろくすっぽ休息を取っていないんだ。しかし、この仕事ももうすっかり終ったから、やっと自由になったと考えたい。ほんとにそう願っているのだ。」
    投稿日:2017年02月19日 10時44分
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    • ぽんきち 02/19 15:16
      今週もありがとうございます~。

      そ、そうか、誕生シーンはあっさりなんですね。

      先週、思わせぶりなことを書いてしまったので、一応ネタばらしをしておきますね。
      前出「エネルギーの科学史」http://www.honzuki.jp/book/202423/review/167736/で示唆されていた「怪物」の「生命の源」は電気です。このあたり、「現代のプロメテウス」の副題とも絡むのですが、創元推理文庫版の解説者、新藤純子さんはここでの「プロメテウスの火」に当たるのが、「電気である」と指摘しているそうです。また、同じ創元推理文庫版には著者シェリー自身の前書き(初版にはなく、最終版に収録されていたものです)もあります。その中で著者が、バイロン卿とシェリー(夫)の会話を聞きながら、ガルバーニ電流を使って屍をよみがえらせることができるだろう、生物の構成部分を組み立てて生命の熱を吹き込むこともできるだろう、と思ったと書かれています。
      つまり、電気という新たな「不滅の」エネルギーを使い、生命の秘密に迫ることができるという期待、それと同時にそれを上回る畏れを、シェリーや同時代の人々はおそらく、感じていたのではないかと思います。
      (実際のところ、「ガルバーニ電流」でカエルの脚が動いたのは、カエルが生き返ったために動いたわけではなく、電気の通り道になっただけなのですが、実際に目にすると驚くべきことであっただろうとは思います)

      新しいものに対する期待と畏怖。このあたり、この物語のポイントの1つであろうかなと思います。
    • ぴょんはま 02/26 16:51
      作ってみたい!という衝動の赴くままに行動して、作ったらその後それをどうするのか、作ったことでどんな影響があるのか、は何も考えてなかったのですね。マッドサイエンティストではなく、単なるお子ちゃまなのかっ。
  148. 148
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私はひどく慄えた。前夜の出来事を考えることはもちろん、ましてそれとなく口にすることなどは、とうてい堪えられなかった。そこで急ぎ足になって、まもなくいっしょに大学に着いた。そこで、自分のアパートメントに残してきた生きたものがまだあそこに居て、生きて歩きまわるだろうと考えると、がたがた慄えが来た。私はこの怪物を見るのが怖かったが、それにもましてアンリにそれを見られるのが怖かった。だから、アンリにしばらく階段の下で待ってほしいと頼んでおいて、自分の部屋に駆けあがった。
    投稿日:2017年02月26日 12時34分
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    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    気をおちつけないうちに、手が錠前にかかっていた。私は、子どもが扉のむこう側にお化けが立って待ちぶせていると考えたときにきまってやるように、扉をむりやりにパッとあけたが、そこには何も見えなかった。こわごわ中に入ってみたが、部屋のなかはからっぽで、見るも怖ろしいお客さんは寝室にもおいでにならなかった。これほど大きなしあわせが私をみまってくれたとは、なかなか信じられなかったが、敵がほんとに退散したのを確かめたので、嬉しくなって手ばたきし、クレルヴァルのところへ駆け降りた。
    投稿日:2017年02月26日 12時35分
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    • 哀愁亭味楽 02/26 13:33
      なんかこの辺のヴィクトルの無責任さ、プロメテウス(先に考える者)というよりもむしろ弟のエピメテウス(後から考える者)だよなあ、と思ったり。…いや、ヴィクトルの場合、後から考えることさえ放棄しているのかも(汗)
    • ぴょんはま 02/26 16:54
      創元訳は「寝室からも、あの恐ろしいお客はいなくなっています。」とあっさりです。
  150. 150
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     二人が部屋に上って行くと、召使がさっそく朝食を持ってきたが、私は自分を抑えることができなかった。私を捉えたのは歓びだけでなく、知覚が張りきって肉をひりひりさせ、脈搏が早く打つのを感じた。私は一瞬間も同じ場所にじっとしておることができず、椅子を跳び越えたり、手をたたいたり、大声で笑ったりした。クレルヴァルは、初めのうちは、こんなに異常に元気なのは、自分がやって来たせいだと考えたが、もっと気をつけて観ているうちに、私の眼のなかにわけのわからぬ荒々しさを見た。私の大きな、手ばなしの、気の抜けた笑い声も、クレルヴァルをこわがらせ、びっくりさせた。
    投稿日:2017年02月26日 12時36分
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  151. 151
    哀愁亭味楽
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    「ねえヴィクトル、いったいぜんたい、どうしたんだ。そんな笑いかたはおよしよ。どうも体のぐあいがわるそうだね! 何が原因でそうなったの?」
    「何も訊かないで――」あの怖ろしい化けものが部屋に滑りこむのを見たような気がして、両手で眼を覆いながら私は叫んだ。「あいつに訊けやわかるよ。――おお、助けて! 助けて!」私は、怪物が自分をつかまえたと思いこみ、荒れ狂ってもがき、発作を起して倒れてしまった。
     きのどくなのはクレルヴァルで、どんな思いがしたことやら。あれほど喜んで待っていた会合が、へんなぐあいに、こういうひどいことになったのだ。といって、その悲しみを、私はこの眼で見たわけではない。というのは、私は死んだも同然になって、長いあいだ正気にかえらなかったからだ。
    投稿日:2017年02月26日 12時37分
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  152. 152
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     これが神経的熱病の始まりで、それから数箇月も私は寝込んでしまった。そのあいだ、ずっと、アンリがひとりで介抱してくれた。あとになって知ったことだが、私の父が年とっていて長途の旅に適さないことや、私が病気だと聞いてエリザベートがどんなにかみじめな思いをすることを考え、病気がこれほどだということを、隠して悲しませないようにしておいたのだ。アンリは、自分ほど親切で気のつく看護者がありえないことを知っていて、恢復するみこみのあることを固く信じ、国もとの人たちのためにもこういう親切を尽したわけだ。
    投稿日:2017年02月26日 12時38分
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  153. 153
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     しかし、実際には、私の病気は重くて、この友だちの根気の要る限りもない心尽しがなければ、とうの昔に死んでいたことはたしかだ。自分が存在を与えた怪物の姿がいつも眼の前にあるので、私はひっきりなしにそいつのことでうわごとを言った。疑いもなく、私のことばはアンリを驚かした。初めのうちは、私の想像力が乱れたためにうわごとを言うのだと思いこんでいたが、同じことをしつこくくりかえしつづけるので、私の病気は実際に何か異常な怖るべき出来事から起きたものだと考えるようになった。
    投稿日:2017年02月26日 12時38分
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  154. 154
    哀愁亭味楽
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     きわめて遅々として、ときどきぶりかえしては友だちを驚かせ悩ませながら、私は恢復していった。外部の物を見てはじめて喜びのようなものが感じられるにいたった時のことをおぼえているが、それは、落葉が見えなくなって、窓に翳さす木々から若芽が出てくるのに気がついたのだった。たとえようもなくすばらしい春で、この季節が私の恢複に大いにやくだってくれた。私はまた、喜びと驚愕が胸中に蘇ってくるのを感じたが、こうして私の沈欝さが消え去り、またたくまに、あの致命的な情熱に取り憑かれる前と同じように快活になった。
    投稿日:2017年02月26日 12時39分
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  155. 155
    哀愁亭味楽
    主催者
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     私は叫んだ。「ありがとうクレルヴァル、ずいぶん親切に、よくしてくれたね。この冬じゅう、君は、予定したように勉強して過ごすかわりに、僕の病室でその時間をつぶしてしまったんだね。どうしたらその償いができるだろう。僕のためにがっかりさせてほんとに申しわけもないが、かんべんしてくれたまえ。」
    「君がくよくよしないで、できるだけ早くよくなってくれれば、それですっかり償いがつくというものさ。ところで、そんなに元気になったようだから、君に一つ話したいことがあるのだが。」
     私は慄えた。一つ話したいことだって! それはなんだろう。私があえて考えもしないでいることを言いだすつもりだろうか。
    投稿日:2017年02月26日 12時40分
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    • ぴょんはま 03/06 00:28
      この本て200年前の作品なんですよね。科学的な知識はまだ貧弱で、昔の錬金術を馬鹿にしつつも未練を残している感じは、19世紀。女性の地位も低かったでしょう。
      でも、アナキストの娘で、17で既婚者のシェリーと駆け落ちしてヨーロッパ旅行中、これを書き始めた頃はまだ10代だったことを考えると、200年は先を行ってる翔んでる女性。

      女性は2世紀かけて、ようやくメアリーに追いついてきているようだけど、男性諸君はこの200年で果たして変わられたのかしら?

      核開発でも生命操作でも、結局おたくらヴィクトルと同じやないか(何故に関西弁?)、という大きな疑いが浮かんでならないのですが・・・
    • 哀愁亭味楽 03/06 01:27
      ですねえ。「女性も活躍できる社会を!」とか言いながら保育園が足りてない問題とか、この「分かってない感」は怪物造ったはいいものの世話しないヴィクトルとあまり変わらない気がします(泣)
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    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「おちつきたまえ。」私の顔の色の変るのを見てクレルヴァルが言った。「君が興奮するようだったら、言わないことにしよう。しかし、君のお父さんや従妹が、もし君が自分で書いた手紙を手にしたら、ずいぶん喜ばれるのだろうがね。君の病気がどういうふうか、知ってはおられないのだし、それに君の便りが久しくないので案じていらっしゃるのだ。」
    「話というのはそれだけなの、アンリ? 僕はまずまっさきに、僕の愛する、そしてその愛情に応えてくれる、なつかしい人たちに思いを馳せているのに、それが君にはわからなかったのだね。」
    「君がそういう気もちでいるのだったら、ね、四、五日もここにある君あての手紙を見たら、たぶん喜ぶだろうよ。君の従妹からだよ、それはきっと。」
    投稿日:2017年02月26日 12時41分
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    • かもめ通信 02/26 17:29
      今週もお世話になります♪
      しかしこれまでのところフランケンシュタインには全く同情の余地はないような……っていうか、勝手に生み出しておいて放置されたあげく、いなくなってホッとしたなんて、怪物があまりに気の毒な気がしています。
      この先、この気持ちが変わるのかどうか……。
    • トムタン 02/26 23:38
      今週も、ありがとうございますm(_ _)m
      私はぽんきちさんが心配されるので、最近怪物は何を食べるのかが気になって仕方ありません。
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         6 故郷からの便り


     クレルヴァルはそこで、つぎの手紙を私に手渡した。それは私のエリザベートから来たものであった。――
    「なつかしいヴィクトル――かげんがずいぶんおわるかったのですね。親切なアンリからはしじゅうお手紙をいただきますが、それでもどんなふうなのか安心しきれないのです。あなたは書くこと――ペンを取ることを、禁止されていらっしゃいますのね。だけど、ねえヴィクトル、私たちの不安をなだめるために、あなたの手で一筆書いてよこしてくださいませんか。長いこと私は、今度の便こそそれが来るだろうと考えて、伯父さまがインゴルシュタットへおいでになることをやっきとなってお留めしました。
    投稿日:2017年03月05日 13時15分
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    そんな長い旅で不自由なさったり、またひょっとすると危険な目にお会いになったりなさると困りますからね。それでも、自分で出かけて行けないのを何度悲しんだことでしょう! 病床に附き添う仕事は、金だけで働く老看護婦に任せてあることと想像しますが、その人は痒いところに手がとどかず、たとい気がつきはしても、あなたのいとこのような気づかいや愛情をもってそれをしてあげはしないでしょう。もっとも、それももう、過ぎ去ったことですね。クレルヴァルから、あなたがほんとうによくおなりだと知らせてよこしましたもの。この知らせをあなた自身がお書きになって確かめさせてくださることを一心に願っています。
    投稿日:2017年03月05日 13時16分
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    • かもめ通信 03/05 16:59
      今週はここをちょっと読み比べてみますね。
      まずは角川版
      「長旅でご不便したり危ない目に遭われたりしたら大変なのでお止めしたのですが、私自身がいけずに悔しい思いをすることも、一度や二度ではなかったのですから!もし従兄さまの看病が雇われの老看護婦なんかに任されていたら、きっと従兄さまがしてほしいことなんて分かってもらえないでしょうし、分かってもらえたとしても、従妹の私ほど優しく愛情を込めてなんてくれないに決まっています。」

      つづいて光文社版
      「長旅で不便な思いをしたり、ひょっとすると危険な目に遭うかもしれないとお引き止めしてきたのですが、それならなぜわたしは行けないのかと悔しい思いをしたことも、一度や二度ではありません。病床で看護しているのが、お金で雇われたおばあさんだったとしたら、お従兄様がして欲しいことがわからず、従妹のわたしほどの優しい心配りをしてもらえないのではと、つい思ってしまうのです。」
    • ぴょんはま 03/06 00:36
      創元版
      「そんな長旅で不便な思いや、ひょっとして危険な目にお遭いになってはいけないので、おひき止めしましたけど、でもわたし、自分で行けなくて口惜しいといくたび思ったことでしょう!想像してしまうのですもの。病床のあなたにつき添うお仕事が、お金で働くどこかのお婆さんの看護人にまかされていたらどうしよう。してほしいこともわかってくれず、ご用を足すにも、ふつつかな従妹ほどにも優しい心くばりをしてくれないにちがいない、と。」
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    「よくなってください――そして私たちのところへ帰って来てください。幸福な、愉快な家が、またあなたを心から愛する友だちが待っています。あなたのお父さまは御壮健で、あなたに会うことだけを――あなたが達者でいることをお確かめになることだけを望んでおいでですが、それができたら、あの慈愛深いお顔を曇らせたりもなさらないでしょう。私たちのエルネストのよくなったのをお気づきになったら、あなたはどんなにお喜びでしょう。もう十六になり、元気ではち切れそうですわ。ほんとうのスイス人になって、外国の軍隊に入るのだと言っていますが、すくなくとも、あなたがお帰りになるまでは、私たちだけでこの子を離してやることはできません。
    投稿日:2017年03月05日 13時17分
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    • ぽんきち 03/06 23:21
      えーっと、ちょっと気になっていたので、今日図書館に行ったついでに福音館版「ハイジ」を借りてきました(^^;)。
      アルムおんじは、もとは農場の長男だったけど、ばくちやお酒で身を持ち崩し、兵隊になってナポリにいっていたらしいです。戦争ではなく、ケンカで人を殺して、そのせいもあってナポリから脱走したらしいです。
      「傭兵」とは書いてないけど、そういうことなのかな・・?

      今、図書館本がどわっときてしまったので不確実ですが、余裕があったら「ハイジ」、読み直そうかなと思いますw

      それはそれとして、スイスの歴史というのもおもしろそう。

      てか、私、何でイギリス人のシェリーがスイス人が主役の物語を書いているのか、いまいちわかっていないんですけどw この頃、結婚を許されずにパーシーとヨーロッパ旅行していたから?なのかな?

      あと、この登場人物たちは、何語で会話してる設定なんだろうというのがずっと不思議ですw
    • はるほん 03/07 08:55
      年代的にはハイジの方が後なんですねぇ。
      ちょうど怪物とおんじ、同い年くらいでは(笑)

      スイスが舞台であることにも意味があったらすごいな!
      スイスって公用語4つあるんですよね。
      ひょっとしていろんな国と言語が飛び交うという意味で
      メアリーシェリーが便利に使ったのかなとも考えたり。

      ハイジ、私も読み返したくなってきたなー。
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    伯父さまは、遠い国の軍隊勤めをするという考えを喜んでいらっしゃるわけではありませんが、エルネストはあなたのような勉強ぶりを見せたことがないのです。勉強をいやな束縛だと考えてさしじゅう外にばかり出て、山に登ったり湖水で舟を漕いだりしているのです。ですから、この点を考えて、自分で選んだ職業につくことを許してあげないと、怠け者になるおそれがあります。
    投稿日:2017年03月05日 13時17分
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    「子どもたちが大きくなったこと以外には、あなたが家を出られてから、変ったことはほとんどありません。青い湖、雪を頂いた山々、そういうものはちっとも変っていません。――また、私たちの平和な家庭や充ち足りた心は、それと同じ不変の法則に支配されているとぞんじます。私は、こまごました仕事で、時間の経つのも知らず、それで慰められておりますし、どんなほねおりも、身のまわりに見るのは幸福で親切な顔だけだということで報いられるのです。あなたがそちらにいらしてから、私たちの小さな家庭に、一つだけ変ったことが起りました。ジュスチーヌ・モリッツが、どんな機会に私たちの家庭に加わったか、おぼえていらっしゃいますか。たぶん、ごぞんじでないでしょう。だから、簡単にこの人の身の上ばなしを申しあげます。
    投稿日:2017年03月05日 13時18分
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    この人の母親のモリッツ夫人は何人の子をかかえた未亡人で、ジュスチーヌはその三番目の子です。この子はいつも父親のお気に入りでしたが、母親のほうは妙に片意地を張ってその子をかわいがらず、モリッツさんが亡くなられてからはとてもひどく扱っていました。私の伯母さまがそれを見て、ジュスチーヌが十二歳のとき、母親を説きふせて、私たちの家でくらすことをお許しになったのです。私たちの国の共和的な制度は、近隣の大きな君主国でおこなわれる制度よりも単純で幸福な慣習をつくりあげています。ですから、住民のいろいろな階級のあいだに差別が少くて、下層の者も、それほど貧しくはないし、また、それほど軽くも見られていないので、その態度がずっと上品ですし、ずっと道徳的です。
    投稿日:2017年03月05日 13時19分
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  163. 163
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    ジュネーヴでの召使は、フランスやイギリスでの召使と同じことを意味してはおりません。ジュスチーヌは、こうして、私たちの家庭に迎えられ、召使の仕事をおぼえましたが、私たちの幸運な国では、この身分は、無知という観念も、また人間性の尊厳をそこなうことも、含んではいないのです。
    投稿日:2017年03月05日 13時19分
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  164. 164
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    「おぼえていらっしゃるかもしれませんが、ジュスチーヌはあなたの大のお気に入りでした。いつかあなたが、気嫌のよくない時でもジュスチーヌがちょっとこちらを見ると直ってしまう、とおっしゃったのを、私おぼえておりますが、やはり同じ理由で、アリオストもこのあどけない娘の美点をあげています。それほど気さくで幸福に見えるのですね。伯母さまもこの子にたいへんお惚れになって、はじめそう思っていたのよりもずっとよけいに教育をつけておやりになりました。この恩恵は十分に報いられ、ジュスチーヌは身の置きどころもないくらいに感謝していました。
    投稿日:2017年03月05日 13時20分
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  165. 165
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    その子が自分で告白したわけでなく、その子の口から聞いたわけでもありませんが、その眼を見ると、伯母さまをほとんど崇拝していることがわかりました。気もちが快活で、思慮が足りない点はいろいろありますけれど、伯母さまの身ぶりにいちいちできるだけの注意を払いました。伯母さまを何よりもすぐれたお手本と考え、ことばづかいからその癖までまねようと努力しましたので、今でもこの子を見るとよく伯母さまを憶い出します。
    投稿日:2017年03月05日 13時20分
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  166. 166
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    「伯母さまがお亡くなりになると、みんな自分の悲しみに沈んで、かわいそうにジュスチーヌを見てくれる者がありませんでしたが、伯母さまの御病気ちゅう、誰よりも心配して手厚く介抱したのはジュスチーヌだったのです。かわいそうにジュスチーヌは、自分のかげんがわるかったのに、もっと別の試煉が待ちかまえていたのでした。
    投稿日:2017年03月05日 13時20分
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  167. 167
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    「兄弟や妹がつぎつぎと死んで、その母親が、捨てておかれた娘以外には子無しになってしまったのです。母親はそこで、気に入った子どもらが死んだのは、自分のえこひいきを懲らしめる天罰だったと考えはじめました。ローマ・カトリックの教徒でしたので、懺悔聴聞僧が、そう考えるのが至当だと言ってくれたものかとぞんじます。こんなわけで、あなたがインゴルシュタットへお立ちになった数箇月後に、ジュスチーヌは、後悔した母親のもとに呼び戻されました。かわいそうに! 私たちの家を出て行くとき、ジュスチーヌは泣きました。伯母さまがお亡くなりになってから、ずいぶん変って、悲しみが、以前はいちじるしく快活だったその気性に、柔かさと人を惹きつける暖かさを与えました。
    投稿日:2017年03月05日 13時21分
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  168. 168
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    自分の母の家に住んでいても、もちまえの陽気さに戻りそうもありません。きのどくな母親の悔悛した気もちも、すこぶるぐらつきました。ときにはジュスチーヌに自分が不親切だったことを許してほしいと言ったかとおもうと、おまえのきょうだいが死んだのはおまえのせいだと責めたりすることも、少くはなかったのです。しじゅういらいらしたあげく、モリッツ小母さんはとうとう健康を害し、そのためにだいいち怒りっぽくなりましたが、今ではもう永久に平和です。この冬のはじめ、寒くなりかけたころに亡くなったのです。ジュスチーヌは私たちの所へ戻って参り、私は心からこの人をかわいがっていると申しあげてさしつかえありません。とても利口で、やさしくて、たいへんきれいで、前にも申しましたように、その態度と表情がたえず伯母さまを憶い出させます。
    投稿日:2017年03月05日 13時22分
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  169. 169
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    「なつかしいヴィクトル、愛らしい小さなウィリアムのことも、すこし申しあげなくてはなりませんね。あなたに見ていただけたらと思います。年のわりあいにとても背が高く、そのかわいい青い眼が笑っているようで、睫毛が濃く、髪が縮れています。笑うと健康で薔薇色をした両の頬っぺたにえくぼができます。もう小さいお嫁さんを一人二人もっていますが、ことし五つになるルイザ・ピロンというきれいな女の児がお気に入りです。
    投稿日:2017年03月05日 13時22分
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  170. 170
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    「さてヴィクトル、あなたはきっと、ジュネーヴの善良な人たちに関するささやかな噂話が聞きたいでしょう。あのきれいなミス・マンスフィルドはもう、イギリスの青年、ジョン・メルボーン氏との結婚が近づきましたので、そのお祝いの訪問を受けておいでです。器量のよくない姉さんのマノンは、昨年の秋、富裕な銀行家デュヴィラール氏と結婚しました。あなたのお好きな学校友だちルイス・マノアールは、クレルヴァルがジュネーヴを離れてから後、いろいろ不しあわせな目に会いました。けれども、もう元気を取り戻して、とても陽気な美しいフランス婦人マダム・タウェルニエと、結婚なさる目あてでいらっしゃるという話です。その方は未亡人で、マノアールよりずっと年上ですけど、たいへん人に尊敬されていて、誰にでも人気があります。
    投稿日:2017年03月05日 13時23分
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  171. 171
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     なつかしいヴィクトル、こうして書いているうちは元気でしたが、書き終えるとまたふたたび不安になってまいります。手紙をください、ヴィクトル。――一行でも――一語でも、私たちにはありがたいのです。アンリの御親切、御厚情、再三のお手紙には、お礼のことばもこざいません。衷心から感謝いたします。さよなら! ヴィクトル、お体には気をつけて。お願いですからお手紙をください!
    エリザベート・ラヴェンザ
    ジュネーヴ、一七××年三月十八日」
    投稿日:2017年03月05日 13時23分
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    • ぴょんはま 03/06 01:41
      ありがとうございます。良いと思います。お任せですみません。

      パンドラの箱を開けてしまったのに、知らん振りしているヴィクトルくん、出てった奴のこと、気にならないの?目の前からいなくなればそれでいいの?そういうことができるくらい頭がいいんだったら、そのままで済むはずがないとわかっているよね?
      母親としては、自分の息子だけはそういう男ではないと思いたいところ。でも、人間っていざとなると卑怯者。自分でも気づかずに同じようなことしてないかとか、気になってきちゃいました。
    • はるほん 03/06 23:09
      数週間バタバタしてて読み逃げ状態でしたすいません。
      先週のコメントみて、怪物を作ったのが女性だったら、
      少しは違う何かが起こったのかなぁと考えたりしました。

      でも今回の手紙で長々とジュスチーヌの身の上話が出たのは
      必ずしも子が愛を得られるわけではないという
      隠喩でもあるのかなあとも。

      どちらにしろ生まれた者に責任はないんですよね。
      フランケンシュタインはどこでそこに気付くのでしょうか。
      うーん、改めて面白いなーこの話。
  172. 172
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     この手紙を読んで私は叫んだ、「なつかしい、なつかしいエリザベート! さっそく手紙を書いて、みんなの感じている不安を一掃してあげなくちゃ……。」私は手紙を書いたが、ほねがおれてひどく疲れた。けれども私は、快方に向って順調に進んだ。二週間ほど経つと部屋の外に出ることができた。
    投稿日:2017年03月12日 14時19分
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  173. 173
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     治ってから最初にやらなければならなかったことは、クレルヴァルを、大学の教授数人に紹介することであった。それをしたのはいいが、そのために私は、ひどい目にあって、精神的に蒙った傷に負けない苦しみをおぼえた。自分の研究の終りであってまた不幸の始まりであったあの運命の夜からこのかた、私は、自然哲学という名に対してさえ激しい反感を抱いていたのだ。こうして、そのほかのことではすっかり健康を取り戻したのに、化学的装置を見ると、神経的な苦悶の症状が甦ってきた。アンリはこれを見て、私の眼につかない所へ器具頼をかたずけてしまい、アパートメントも変えてしまった。前に実験室にしていた部屋を嫌っているのを看て取ったからだ。しかし、こうしたクレルヴァルの心づかいも、教授たちを訪問するやいなや水泡に帰してしまった。
    投稿日:2017年03月12日 14時19分
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  174. 174
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    ヴァルトマン氏が、親切な暖かい心で、私が驚くほど科学において進歩したことをほめたが、それが私を苦しめたのだ。教授はすぐ、私がその問題を嫌っているのに気がついたが、ほんとうの原因の察しがつかず、私が遠慮しているのだと考え、私にもはっきりわかったことだが、私にうちとけて話させようと思って、私の進歩したことから科学そのものに話題を変えた。私に何ができよう。教授は喜ばせようと思ったのに、かえって私を苦しめたのだ。私には、それが、あとで私を後々にむごたらしく死に至らしめるために使う道具類を、一つ一つ念入りに私の前に置いているかのように感じられた。
    投稿日:2017年03月12日 14時21分
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  175. 175
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    私は、教授のことばを聞いては身もだえしたか、感じた苦しみをあえて表には出さなかった。いつもすばやく他人の感じていることを見ぬく眼と感情の持ちぬしであるクレルヴァルが、自分がまるきり知らないのを口実にして、その話題をそらしたので、話はもっと一般的なことに移っていった。
    投稿日:2017年03月12日 14時21分
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  176. 176
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    私は心から友に感謝したが、口には出さなかった。アンリが意外に思ったことは、はっきりわかったけれども、私から秘密を引き出そうとはしなかった。私も、限りのない愛情と尊敬の入り混った気もちでこの友人を愛していたのに、あの出来事をうちあけて話す気にはとてもなれなかった。あの出来事は、私の思い出のなかにはすこぶる頻繁に現われるが、それにしても、他人がそれを詳しく知ったら、もっと深刻になまなましい印象を受けるだけだ、ということを怖れるのだ。
    投稿日:2017年03月12日 14時22分
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  177. 177
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     クレンペ氏のほうは、こんなにおとなしく済むわけにはいかなかった。そのとき、ほとんど神経過敏の状態に陥っていた私には、その無遠慮な讃辞が、ヴァルトマン氏の慈愛にみちた称讃よりもかえって苦しかった。教授は叫んだ、「こいつめは、ね、クレルヴァル君、たしかにわしらを追いぬいてしまったんですよ。やれやれ、いくらでも眼を円くしなさいよ。しかし、これは事実なんだ。二、三年前にはコルネリウス・アグリッパを福音書同様に固く信じていた若者が、今ではこの大学の先頭に立っているんだ。この男を早くやっつけないことにゃ、わしらはみな顔色なしですよ――やれやれ。」私が苦しそうな顔つきをしでいるのを見て、教授は言いつづけた、「フランケンシュタイン君は控え目でね。若い人としてすぐれた性質をもっていますよ。若い人たちは遠慮がちがいいですなあ、クレルヴァル君。わしだって若いころはそうだったが、どうも永続きしなくてね。」
    投稿日:2017年03月12日 14時22分
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  178. 178
    哀愁亭味楽
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     グレンペ氏は今度は自慢話を始めたので、さいわいに私を苦しめる問題から話が逸れていった。
    投稿日:2017年03月12日 14時23分
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  179. 179
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     クレルヴァルは自然科学に対する私の趣味に同感したことがなかったので、その文学的探究は、私が勉強したものとはまるで違っていた。東洋の諸国語にすっかり通暁することを企てて大学へ来たのであるが、それというのも、こんなふうに自分で目じるしをつけた生活設計の一領域を開くためであった。ただ、恥しくない道を歩もうと心に決め、自分の進取の気性にふさわしい活動領域として、東方に眼を向けたのであった。そこで、アンリが、ペルシア語やアラビア語やサンスクリット語に注意を奪われたので、私もつい誘われて同じ勉強を始めた。何もせずにぶらぶらしているのは、私には退屈なことだったし、ふりかえって考えてみるのを好まず以前の研究がいやになっている今では、友と同じ勉強をすることに大きな救いを感じ、また、東洋人の著作に教訓ばかりでなく慰藉までも見出した。
    投稿日:2017年03月12日 14時23分
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    • ぽんきち 03/12 15:51
      あら、こっち方面もおもしろそうですよね。
  180. 180
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    私は、アンリのようにその人たちの方言の批判的知識を企てたりはしなかった。というのは、それを一時的な娯しみ以上のやくにたたせるつもりがなかったからだ。私はただその意味を解するために読んだのであって、ほねおりがいは十分にあった。ほかのどの国の著述家たちを研究した時にも経験したことのないぐらいに、この人たちの憂欝は心を慰めてくれ、その歓びは心を高めてくれる。そういう著作を読むと、人生は、暖かい太陽や薔薇の花園のなかにあり――美しい敵すなわち女性の、笑顔やしかめ顔、自分の心を焼きつくす火のなかにあるような気がする。ギリシアやローマの男らしい英雄的な詩とは、なんと違っていることだろう!
    投稿日:2017年03月12日 14時24分
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  181. 181
    哀愁亭味楽
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     こんなことに没頭しているうちに、夏が過ぎ、私がジュネーヴへ帰るのはこの秋の終りときまったのであったが、いろんな出来事のために、のびのびになっているうちに、冬と雪がやって来、道が通れなくなったらしいので、私の帰省は、さらにつぎの春まで延びることになった。こんなふうにのびのびになったことに、私はじつにつらい思いをした。ふるさとの町や愛する友だちを見たくてしょうがなかったからだ。クレルヴァルが誰とも土地の人たちに馴れないうちに、この見知らぬ所に置いていってしまうのがしのびなかっただけで、私の帰省が長びいたのであった。けれども、冬のあいだは愉快に過ごし、春の来るのがいつになく遅かったとはいえ、それが来ると、その美しいことは、遅かっただけのことがあった。
    投稿日:2017年03月12日 14時25分
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  182. 182
    哀愁亭味楽
    主催者
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     五月という月がもう始まっていたので、私は、出発の日取りを決めてよこす手紙を毎日待ちもうけたが、そのときアンリが、私が長いこと住んでいた国にじかにさよならを告げるために、インゴルシュタットの近郊の徒歩旅行に出かけてはどうかと言いだした。私は喜んでこの提案に同意した。私は運動が好きで、故国の山野をこんなふうにぶらつき歩いた時の気に入りの相棒が、いつもクレルヴァルであった。
    投稿日:2017年03月12日 14時26分
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  183. 183
    哀愁亭味楽
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     こうして歩き廻るのに二週間かかったが、私の健康と元気はずっと前から快復していて、呼吸した健康によい空気、行く先々の自然の出来事、友との会話などで、それがさらにいっそう強められた。以前は研究に閉じこもって学友の連中ともつきあわず、非社交的だったが、クレルヴァルが私の心のよい感情を呼びおこして、ふたたび自然の光景と子どもたちの快活な顔を愛することを教えてくれた。すぐれた友よ! どんなに君は、私を心から愛し、私の心を君自身の心の高さにまで引き上げてくれたことだろう! 自分かってな研究に耽って、私の心が束縛され狭くなっていたのに、君の温厚さと愛情がついに、私の意識を暖ためかつ開いたのだ。
    投稿日:2017年03月12日 14時26分
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    • ぽんきち 03/12 15:53
      いいお友達じゃないすか、クレルヴァル。
    • ぱせり 03/12 16:35
      ・・・もったいない友ですね
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    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    私は、二、三年前の、みんなに愛し愛されて悲しみも心配もなかったころと同じような、幸福な人間になった。幸福になってみると、生命のない自然がもっとも喜ばしい感覚を与える力をもっていた。晴れわたった空や青々とした野原が私をすっかり恍惚とさせた。この季節はじつにこの世のものと思えないくらいで、春の花が生垣に咲きこぼれ、一方で夏の花がもう蕾をつけていた。前の年、なんとかして投げ棄てようと努力したにもかかわらず、どうにもならぬ重荷として私を抑えつけていた考えには、悩まされなかった。
    投稿日:2017年03月12日 14時27分
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  185. 185
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     アンリは、私が愉快にしているのを悦び、心から私の気もちに同感して、自分の魂を充たす感情を表わしながら、私を楽しませようと尽力してくれた。こういうばあいにおけるアンリの心の豊かさは、じつに驚くべきであって、その会話は想像力に充ち、しきりにペルシアやアラビアの著述家たちをまねて、すばらしい空想と情熱の物語を創作した。そうかとおもうと、私の好きな詩を暗誦したり、すこぶる巧妙に自分の主張する議論に私を捲きこんだりもするのだった。
     ある日曜日の午後に大学に帰ったが、ちょうど百姓たちが踊っているところで、私たちの出会った人はみな楽しく幸福そうに見えた。私自身も元気いっぱいで、抑えきれない歓びと上機嫌の感情をもって踊りまわった。
    投稿日:2017年03月12日 14時28分
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    • ぱせり 03/12 16:33
      ほんと、信じられませーん。理解できないです。
      「自然科学嫌いになっちゃったー」と、自分の生み出したもののことまですっこーんと忘れてしまえるのでしょうか。
      それとも、忘れたふりをしているのか、忘れようとしているのか・・・

      美しい五月の描写も、そう思うと、なにやら不気味で・・・来週を待とうと思います。

      今週もありがとうございました。
      いま、気が付きました。この掲示板のタイトルに、「前編」という言葉が入ったんですね^^
    • かもめ通信 03/12 21:05
      今週もお世話になります。
      私はどうにもフランケンシュタイン青年に好感が持てないなあ。
      これから印象がかわるのかしらん?
  186. 186
    哀愁亭味楽
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         7 暴風雨のなかで


     帰ってみると、父からつぎのような手紙が来ていた、――
    「わたしの大事なヴィクトル、――おまえはたぶん、こちらへ帰る日取りを決める手紙を待ちこがれていたこととおもう。わたしも最初は、ほんの二、三行書いて、おまえに帰ってもらいたい日を言ってやるだけにするつもりでした。しかし、それも無慈悲なのて、そうもできかねました。おまえは幸福な嬉しい歓迎を期待しているのに、それに反して涙とみじめな状態を見たとしたら、おまえの驚きはどうでしょう。ああ、どうしてわれわれの不しあわせを語ることができよう。家に居なかったからといって、おまえがわれわれの喜びや悲しみに対して冷淡になっているわけはない。だから、長いこと家を留守にしてる息子にどうして苦痛を与えることができよう。不吉な知らせに対して覚悟しておいてもらいたかったのだが、それもできかねることははっきりしている。
    投稿日:2017年03月19日 10時58分
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  187. 187
    哀愁亭味楽
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    というのは、現におまえの眼が、怖ろしい消息を伝えることばを見つけようとして、この手紙を一気に飛ばし読みしてしまうからだ。
    「ウィリアムが死んだのだ! ――あの笑顔でわたしの心を明るくし、暖かくした、あんなにおとなしくて、しかもあんなに快活だった、あのかわいらしい子が! ヴィクトル、あの子は殺されたのだよ!
    「私はおまえを慰めようとはしない。ただ事態を述べるにとどめよう。
    投稿日:2017年03月19日 10時59分
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    • 哀愁亭味楽 03/19 11:09
      ウィリアム……二人も可愛いお嫁さんがいたのに…(つ﹏<)・゚。
  188. 188
    哀愁亭味楽
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    「前の木曜日(五月七日)に、わたしと姪とおまえの弟二人で、プレンパレーへ散歩に行ったのだ。その夕方は暖かくておだやかだったので、われわれは散歩をいつもより遠くのばした。戻ろうと思ったころには、もう日が暮れていたが、そのとき、先に行ったウィリアムとエルネストの姿が見えないのに気がついた。そこでわれわれは、二人が戻ってくるまで腰を下ろして休んだ。やがてエルネストが戻って来て、弟を見かけなかったかと訊ねた。ウィリアムといっしょに遊んでいたが、弟は馳けだしていって隠れたので、探してみたが見つからない、ずいぶんしばらく待ったけれども、戻って来なかった、というのだ。
    投稿日:2017年03月19日 10時59分
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  189. 189
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    「この話を聞いてわたしらはかなりびっくりし、夜になるまで探しつづけたが、そのうちエリザベートは、ウィリアムは家へ帰ったのかもしれないと言いだした。ウィリアムは家に見当らなかった。われわれは炬火(たいまつ)を持ってひき返した。あのかわいい坊やが道に迷って、夜の湿気や露に濡れどおしだとおもうと、じっとしておれなかったからだ。エリザベートだって、心配で心配で居ても立ってもおられぬ思いだった。朝の五時ごろ、わたしはかわいい坊やを見つけたが、前の晩には咲き匂うばかりにいきいきと健康だったのを見ているのに、草の上にのびて、色蒼ざめ、動かなくなってしまって、頸には殺害者の指のあとがついているのだ。
    投稿日:2017年03月19日 11時00分
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  190. 190
    哀愁亭味楽
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    「死体は家へ運んで来たが、私の顔に苦悩の色が現われているのを見て、エリザベートに秘密がわかってしまった。エリザベートはしきりに死体を見たがった。はじめは引き留めようとしたが、どうしてもきかずに、それのよこたわっている部屋に入り、被害者の頸をさっそく調べ、手を叩いて叫んだ、『おお神さま! あたしがあのかわいい子を殺したんだわ!』
    投稿日:2017年03月19日 11時01分
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  191. 191
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    「エリザベートは気絶してしまって、正気にかえるのにひどく難儀した。気がついても、ただもうすすり泣いて吐息をつくばかりなのだ。やっと私に話したところによると、その日の夕方、ウィリアムが、エリザベートの持っていたおまえの母のたいせつな小画像を自分が掛けたがって、エリザベートを困らせた。この画像がなくなっているから、殺害者は疑いもなくあれがほしくてやったのだという。そこで、その犯人を見つけようとする努力は続けているが、今のところその踪跡はわからないし、またわかったところで、あのかわいいウィリアムが生きかえるわけではない!
    投稿日:2017年03月19日 11時02分
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  192. 192
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    「帰って来ておくれ、いとしいヴィクトル。エリザベートを慰めることができるのはおまえだけなのだよ。エリザベートは泣いてばかりいて、そうではないのにウィリアムの死の原因か自分だと言って自分を責めるのだが、そのことばがわたしの胸を突き刺すのだ。われわれはみな不幸だ。けれども、そのことは、おまえにとって、帰って来て、われわれを慰めてくれようとする動機を、もう一つ加えたことにならないだろうか。おまえのお母さん! ああヴィクトル! 今となっては言いますが、おまえのお母さんがあの小さな坊やのむごたらしいみじめな死に目に会うまで生きていなかったことを神さまに感謝します!
    投稿日:2017年03月19日 11時03分
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  193. 193
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    「帰っておいで、ヴィクトル、暗殺者に対して復讐するという考えを抱いてでなく、われわれの心の傷を痛ませるかわりに医してくれる、穏かな、やさしい気もちで。敵に対する憎しみをもってでなく、おまえを愛する者に対する親切と愛情をもって、この哀しみの家においで。――おまえの悩める慈父
    アルフォンス・フランケンシュタイン
    ジュネーヴ、一七××年五月十二日」
    投稿日:2017年03月19日 11時04分
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  194. 194
    哀愁亭味楽
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     この手紙を読むうち私の顔を見守っていたクレルヴァルは、はじめ手紙を受け取った時に表わした喜びが、絶望に変ったのを観て、驚いた。私は手紙を卓上に投げ出し、両手で頸を覆った。
    「君、フランケンシュタイン、」とアンリは、私がさめざめと泣いているのに気がついて叫んだ、「君はしじゅう不幸な目に会うんだね。ね、君、どうしたんだ?」
     私は身ぶりで手紙を読んでくれとあいずしながら、興奮のあまり、部屋のなかをあちこち歩きまわった。手紙を読んで私の不運を知ると、アンリの眼からも涙が流れた。
    投稿日:2017年03月19日 11時04分
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  195. 195
    哀愁亭味楽
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    「なんとも慰めようがないよ。君の災難はとりかえしがつかない。で、君はどうするつもりだ?」
    「すぐジュネーヴへ帰る。だから、いっしょにそこまで行って馬を頼んでほしいんだ。」
     歩きながらもクレルヴァルは、慰めのことばを少しでも言おうと努力したが、真心のこもった同情を表わすことしかできなかった。
    投稿日:2017年03月19日 11時05分
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    • かもめ通信 03/19 20:18
      本筋とはちょっと離れてしまうのですが、翻訳を読み比べるとやっぱりどうも、良くも悪くも角川版にそこはかとなくにじみ出る色気(?)が気になってしょうがありませんw
      アンリのいい男ぶりがこれで伝わるかどうかはわかりませんが、彼のセリフを拾ってきたので紹介させて下さい!ww

      「おいおい、フランケンシュタイン」
      「君は不幸になる定めだとでもいうのかい?いったい何があったのか、僕にも話してくれよ」

      「こんなにつらいことがあるものか、僕にはどんな慰めもできやしない。君はこれからどうするつもりだ?」

      「ウィリアム、なんと可哀想に!愛らしいあの子が、天使となったお母さんと一緒に眠っているだなんて!あの子の幼き美しさが見せた輝きと歓びを知る者なら、この早すぎる死を嘆かずになどいられるものか!殺人鬼の手にかかり、こうもむごい死を遂げてしまうだなんて!そうとも、あんなにも無垢な子を手にかけられるなど、殺人鬼以外の何者でもありはしない!可哀想に!僕らの慰めはただひとつ、親しき人びとがいくら嘆き悲しもうと、あの子が安らかなる眠りの内にいることだ。あの子の苦しみが絶え、永遠の安息を過ごしているということだ。あの優しき姿はもう芝土に覆われ、痛みを知ることもない。憐れむことはもうよそう。そして憐れみは、後に残された哀れな人びとのために取っておくのだ」
    • 哀愁亭味楽 03/20 18:41
      気になって翻訳者の田内志文さんを調べてみたら、角川文庫の「吸血鬼ドラキュラ」も翻訳されてるようです。そっちもそんな風になってるのかしらんw

      そっち系の翻訳がいっぱい出てきたら面白いなあと思ったら、特にそんなことはありませんでした。残念。
  196. 196
    哀愁亭味楽
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    「かわいそうなウィリアム! いい子だったのに、今では、天使のようなお母さんといっしょに眠っているのだね! 若々しい美しさに包まれて明るく楽しそうにしていたあの子を見たことがある人なら、それが不時に亡くなったと聞いて、泣かずにいられないよ! そんなみじめな死に方をして、殺害者の掴んだ手のあとを、まざまざと見せたまま! ひどい人殺しもあるものだ、あの天真爛漫な、罪もない子を殺すなんて! かわいそうな坊や! 僕らの慰めはたった一つきり。親しい者が歎き哀しんで泣いてはいても、あの子は安らかになっているのだ。激しい苦痛が去り、あの子の苦しみは永久に終ってしまった。芝生にそのやさしい姿を蔽われて、苦痛を知らないでいるのだ。あの子はもう憐れみの対象ではなくなって、憐れまれるのはかえってあとに遺されたみじめな人たちなのだ。」
    投稿日:2017年03月19日 11時05分
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    • ぴょんはま 03/19 17:41
      創元版では、「エリザベスはたいそう高価なおまえの母さんの小画像を持っていたが、それをちょうどその夕方、ウィリアムにせがまれて持たせてやっていたと言う。その絵はなくなっていて、たしかにそれが犯人をそそのかして凶行におよばせたものにちがいない。」です。ロケットペンダントで、弟が身につけていたのでしょうね。
    • ぴょんはま 03/19 18:19
      ドイツのインゴルシュタットからスイスのジュネーブって656km離れているようです。
      現代では航空路もあるようですが、車で6時間、列車で8時間とか。
      フランケンシュタイン君は馬車で移動していますが、怪物君が家族の側に行っているのなら、一体どうやって移動したのか、それも偶然なのか意図的なのか、気になります。
  197. 197
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     街を急いで歩きながらクレルヴァルはこう話したが、そのことばは、私の心に刻みつけられ、あとでひとりになった時に思い出された。しかし、もうそのとき馬が着いたので、私は大急ぎで馬車に乗り、友にさよならを告げた。
    投稿日:2017年03月26日 16時40分
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  198. 198
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    私の旅は、すこぶる憂欝だった。悲しんでいる親しい者たちを慰めて、悲しみを共にすることを願っていたので、最初のうちは急いで行きたかったが、ふるさとの町に近づくと、馬の歩みをゆるめた。万感の胸に迫るのを抑えかねたのだ。年少のころ親しんだ場面を通り過ぎていったが、それは六年近くも見なかったものなのだ。そのあいだに、何もかもなんと変ったことか! 一つのだしぬけな悲しむべき変化が起ったのだが、年数のささやかな事情が徐々にいろいろと変えていって、それが静かにおこなわれたとはいえ、少からず決定的に作用したのにちがいない。私は恐怖に圧倒された。なんだかわからないがとにかく私を慄えさせる名もない無数の悪魔たちを怖れて、私は進みかねた。
    投稿日:2017年03月26日 16時41分
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  199. 199
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     こういう苦痛にみちた精神状態で、私はローザンヌに二日滞在した。私は湖を眺めた。水面は静かで、あたりも穏かだったし、「自然の宮殿」である雪の山々は変っていなかった。平穏な神々しい風景を見ているうちに、だんだんおちついてきたので、私はまた、ジュネーヴへ向けて旅を続けた。
     道路は湖畔を通っていて、私のふるさとの町に近づくにつれて狭くなった。ジュラ山脈の黒いほうの側と、モン・ブランの輝かしい頂上が、いよいよはっきりと見えてきた。私は、子どものように泣いた。「なつかしい山よ! 私の美しい潮よ! おまえたちはこの放浪者を歓迎してくれるのか。山の頂は晴れ、空と湖は青く澄んでいる。これは平和を予言するのか、それとも私の不しあわせをあざわらっているのか。」
    投稿日:2017年03月26日 16時42分
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    • ぽんきち 03/26 22:22
      このあたりの記述、シェリー自身、この近辺の地理をよく知っていた感じがしますね。
      このお話が生まれる元になったバイロン卿の別荘(ディオダディ荘)があったのがジュネーブ郊外のレマン湖畔なので、おなじみの場所だったということですかね。

      場面的には重苦しいところですが、情景描写は対照的に美しいです。
    • ぴょんはま 03/27 00:18
      「自然の宮殿」というところ、創元では「”自然の殿堂”〈バイロン『チャイルド・ハロルドの巡礼』中の句)」とあります。
  200. 200
    哀愁亭味楽
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     こういった前置きをくどくどと詳しく述べて退屈するのを私は怖れるが、それはわりあいに幸福だったころのことで、私はそれを喜びながら考えるのだ。私の国、私のたいせつな国よ! 土地の者以外の誰が、汝の川、汝の山、とりわけ汝の愛する湖をふたたび見て感じる歓びを語ることができるだろう!
    投稿日:2017年03月26日 16時43分
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  201. 201
    哀愁亭味楽
    主催者
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     けれども、家に近づくにつれて、悲しさと怖ろしさが ふたたび私を圧倒した。夜もひしひしと迫ってきて、暗い山々が見えにくくなると、いよいよ気がふさいできた。あたりの景色は広漠朧朧たる悪鬼の舞台のように見え、自分が人間のうちでいちばん悲惨なものになることにきまっているのを、私はぼんやりと予感した。哀しいことに、私の予感は、たった一つのことをのぞいて、現実となって現われた。当らなかったたった一つのことというのは、私が想像したあらゆる不幸のなかで、私が辛抱することを運命づけられた苦悩の百番目のところを、考えつかなかったことだ。
    投稿日:2017年03月26日 16時43分
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    • ぴょんはま 03/26 23:18
      百番目のところ?
      創元では「ああ!わたしの予感は当たっていました。ただひとつだけ、見落としていたことがあった。幾多の不幸を思いえがき、恐れたなかで、自分がしのばねばならぬ苦痛がどれほどのものであるか、その百分の一すらも、わたしは思いおよばなかったのです。」となっています。
    • ぽんきち 03/26 23:30
      ああ、確かにここ、ヘンでしたよね(^^;)。
      I prophesied truly, and failed only in one single circumstance, that in all the misery I imagined and dreaded, I did not conceive the hundredth part of the anguish I was destined to endure.
      なので、百分の一が正しいと思います。
  202. 202
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     ジュネーヴの近郊に着いたときには、すっかり真暗であったが、町の門が閉っていたので、半里あまり手前にあるセシュロンという村でその夜を過ごさなけれはならなかった。空は晴れていたが、休むことができなかったので、私は、かわいそうなウィリアムが殺された地点に行ってみようと決心した。町を通りぬけては行けなかったから、プレンパレーに行くにはボートで湖を渡らなければならなかった。この短い舟路のあいだに、私は、モン・ブランの頂で電光がじつに美しい形にひらめいているのを見た。あらしがみるみるうちに近づいているようすなので、上陸して、あらしの進みぐあいを観るために低い小山に登った。あらしが進んできて、空が曇り、やがて雨がそろそろ大粒に降ってきたのを感じたが、それはたちまちのうちにますます烈しくなった。
    投稿日:2017年03月26日 16時44分
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  203. 203
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     刻々に暗やみとあらしがひどくなり、雷が項上ですさまじく鳴りはためいたが、私は立ち上って、歩きつづけた。雷鳴はサレーヴ、ジュラ山脈、サヴォアのアルプス等にこだましたが、その電光の鮮かなひらめきは私の眼をくらませ、湖を照らしてそれを広漠たるいちめんの火のように見せたかとおもうと、その閃光に眩んだ眼がもとどおりになるまで、一瞬、何もかもまっくらな闇になった。スイスではよくこういうことがあるが、あらしは一時に、方々の空にあらわれた。いちばん激しいあらしは、ベルリーヴ岬とコペー村のあいだの湖の一部を掠めて、町の真北を襲っていた。もう一つのあらしは、微かな閃光でもってジュラ山系を照らし、さらにもう一つのあらしは、尖ったモールの山を湖の東に見えなくしたりときどき現わしたりしていた。
    投稿日:2017年03月26日 16時45分
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  204. 204
    哀愁亭味楽
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     私はじつに美しくはあるがまた怖ろしいあらしを見守りながら、重たい足どりでさまよった。この空の雄渾な戦いは、私の精神を高めた。私は手を打って大声で叫んだ、「ウィリアム、かわいい天使! これがおまえの葬式だよ! 挽歌だよ!」そう言ったとき、私の近くの木立の蔭からそっと抜け出す人影を、暗やみのなかにみとめ、一心に見つめて立ちつくした。見誤るはずがなかった。電光がひらめいてその人影を照らしたので、その形がはっきりとわかったが、とうてい人間とは思えない身の毛もよだつようなその巨大な背丈やその出来そこないの顔つきから、私にはそれが、私が生命を与えたあのおぞましい穢れた魔物だということがすぐわかった。こいつが私の弟を殺した(そう考えて私はぞっとした)のだろうか。
    投稿日:2017年03月26日 16時46分
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    • 哀愁亭味楽 03/26 16:53
      雷光によって木陰に隠れてヴィクトルを見ている怪物が明らかになるこのシーン、映像を頭に思い浮かべるとかなり怖い。
    • はるほん 03/28 06:54
      ちょっと「家政婦は見た!」的な怪物を想像してしまった…。
  205. 205
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    こういう考えが私の想像に浮ぶやいなや、それを疑えなくなってしまって、歯の根が合わず、樹によりかからずには立っていられなかった。人影はすばやく私のそばを通って、闇のなかに見えなくなった。人間の皮を被ったものなら、あんないい子を殺すわけがない。あいつが殺したのだ! 私はそれを疑うことができなかった。こういう考え方があるということだけでも、事実だということの争うべからざる証拠だった。私は悪魔を追いかけようとしたが、それはむだだった。というのは、つぎの閃光に照らされたのを見ると、そいつは、南でプレンパレーと境するサレーヴ山という丘陵のほとんど垂直に聳える岩のあいだに、ぶらさがっていたからだ。そいつはまもなく項上に達して見えなくなった。
    投稿日:2017年03月26日 16時46分
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    • ぱせり 03/26 20:33
      怪物は身のこなし軽やかですごく敏捷だ、ということがわかりました。
    • ぴょんはま 03/26 23:28
      世話してくれる人も、見倣うべき人もなしに、自らの努力で身につけた能力なのでしょうか。創造者よりも被造物の方に感情移入してしまう。
  206. 206
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私はそこにじっとしていた。雷は止んだが、雨はまだ降りつづけ、あたりは見通しのきかぬ闇にとざされた。
     その時まで忘れようと考えていた出来事が、つぎつぎと心に浮んだ。すなわち、生きものをつくるまでの自分の進歩の全系列、自分の手でつくったものが私のそばに現われたこと、それが立ち去ったことなどが。あいつがはじめて生を享けてからも二年近く経っているが、それがあいつの最初の犯罪だったのであろうか。ああ、私は、虐殺や惨劇を喜びとする邪悪なやつを、世の中に野放しにしてしまったのだろうか。そいつが弟を殺したのではなかろうか。
    投稿日:2017年03月26日 16時47分
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  207. 207
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私は、その夜を、野外でつめたく濡れたまま明かしたが、そのあいだの苦悩を、誰が言い表わせるだろう。私は、天候の悪いことなどは感じないで、禍や絶望の場面をしきりに想像した。自分そのものの吸血鬼、墓穴から放たれて親しい者を残らず殺すことを余儀なくされた自分そのものの霊に、親しく照らしてみて、私が人間のなかに追い放ったもの、そいつがもうやっているような恐怖の目的を逐げるための意志と力を与えてやったものを考えた。
    投稿日:2017年03月26日 16時47分
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    • ぴょんはま 03/27 00:10
      大事なところのような気がするので創元推理文庫版を読んでみます。
      「わたしが人類のなかに放りだしてしまった生き物、わたしがあたえた意志と力で、今げんにおこなったような、恐ろしい行為をやってのけることのできるあいつ。それはまるで、墓より放たれ、わたしの大事な人々を皆殺しにすることを強いられた、わたし自身の吸血鬼、わたし自身の霊のようなものにわたしには思われました。」
  208. 208
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     夜が明けてから、私は町のほうへ足を向けた。門が開いたので、父の家へ私は急いだ。私の最初の考えは、殺害者を私が知っているということをうちあけて、すぐ追いかけるようにすることだった。しかし、自分の語る話のことを反省してそうするのをやめた。自分がつくって生命を与えたものが、真夜中に、人の近づけそうもない山の絶壁のあいだに見えた、という話なのだ。また、その創造が成ったちょうどそのときにかかった神経的熱病を思いかえしてみても、そうでなくてもまったくありうるはずもない話が、そのためのうわごとみたいなことにされてしまうにちがいない。誰かほかの人がそんな話を私に伝えたとしたら、私だってそれは精神錯乱のたわごとだと考えただろう。そのうえ、たといその話が信用されて追跡を始めることになったとしても、あのへんな動物の性質をもったやつは、どんなに追跡したところで、逃げてしまうだろう。
    投稿日:2017年03月26日 16時48分
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    • かもめ通信 03/26 19:40
      角川文庫では
      「もしこの話を家族がうまく信じてくれたとしても、あのけだものは底知れぬ本能で、あらゆる追跡の手をかわしてしまうに決まっています。ならば、追っ手を向けたところで意味などありましょうか?」

      光文社古典新訳文庫では
      「家族を説得して追いかけたとしても、あの不思議な生き物は、追求をかわして逃げてしまうかもしれません。そうなれば、追いかけたところでどんな意味があるのでしょうか?」

      となっています。
      しかし、「ヴィクトルお前は!!」って、だんだん腹が立ってきました。
    • ぴょんはま 03/26 23:40
      創元推理文庫版
      「それだけじゃない、よしんば親類縁者が信じてくれて追跡開始にこぎつけたとしても、あの生き物の不思議な性質はどんな追跡もかわしてしまうだろう。だったら追いかけて何になる?」

      どうせ与党が勝っちゃうだろうから投票には行かない、ってそれ与党を応援してるのと同じだから。
  209. 209
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    としたら、追いかけたところで何になろう。サレーヴ山の懸崖をよじのぼることのできる動物を、誰がつかまえることができるだろう。こういうことを考えめぐらして心がきまったので、何も言わないでいることにした。
    投稿日:2017年03月26日 16時49分
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    • ぴょんはま 03/27 00:00
      毎週ありがとうございます。
      連続ドラマのように楽しみにしています。

      自分で何かを創ったというより、自分の内なる悪魔、封じ込められていた悪鬼みたいなものに取りつかれ唆されて、そいつを解放してしまった感じですね。
      解放した瞬間に、やってしまったと思った(それすら思ってない?)けど、直視するにはあまりに強すぎ(邪悪すぎ?怖すぎ?)て、相手をしっかりとまともに見てさえいない。
    • はるほん 03/28 07:19
      いつも遅れ読みですいません。

      相変わらず「三大モンスター」の1つとして読んでいるのですが
      ドラキュラ・狼男そしてフランケンシュタイン(怪物)が
      後世まで愛されているのは、ただホラーというのではなく
      モンスターたちが悲劇と描きやすい要素を
      兼ね備えているからだろうな、と思ったり。

      ドラキュラは悲恋と美貌、狼男は人外という孤独とアクション的要素、
      そして怪物は「何者でもない」ことが悲劇とホラーに。

      ホラー部分がゾンビに取って代わられてしまい、
      フランケンは不思議と現代映画にあまりならないんですよね。
      その意味でもぽんきちさんの「ゾンビ」的存在という指摘は納得デス。
      元が知人でもゾンビになった途端に駆除対象になるような
      ヴィクトルの今の心境はそんなカンジなのかもですな。

      怪物とヴィクトルの邂逅がめっちゃ楽しみ!
  210. 210
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私が父の家に入ったのは、朝の五時ごろであった。私は、召使たちに家の者を騒がせないように言って書斎に入り、みんながいつも起きる時間を待った。ただ一つの消しがたい痕跡を除けば、六年は夢のように過ぎ去ってしまったが、インゴルシュタットへ立つ前に父と最後に抱擁したあの同じ場所に私は立った。敬愛する親よ! 私にとっては父は依然としてそのままなのだ。私は、煖炉の上にかかっていた母の肖像を眺めた。それは母の来歴に取材したもので、死んだ父親の棺のそばにひざまずいて絶望的に苦悩しているキャロリーヌ・ボーフォールを表わしていた。服装は田舎くさく、頬は蒼ざめていたが、そこには、ほとんど憐憫の情を許さぬ威厳と美があらわれていた。この絵の下にウィリアムの小画像があったが、私はそれを見て涙をこぼした。そうしているうちに、エルネストが入って来た。私が着いたと聞いて、急いで歓迎しに来たのだった。
    投稿日:2017年04月02日 11時35分
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    • はるほん 04/03 10:22
      >母の来歴に取材したもの〜
      過去の事件をもとに父が望んで描かせたもの(創元推理)でした

      カンケーないけど、青空文庫の文章を起こすスタッフのことを「青空工作員」と呼ぶらしい。
      http://www.aozora.gr.jp/shikumi.html
      青空文庫のしくみ

      マニュアルみたいなのもあったけど、翻訳に関してはあまり出てこない。
      最終的にはタダだしなぁと読み流してしまうのだけど
      「?」となるような訳文にはチェック入らないのかしら…。
    • ぽんきち 04/03 12:15
      多分、青空工作員さんは原典をひたすら入力するのが職務だと思います(^^;)。原典がおかしくてもそのまま。
      意図せぬミス入力はあるかもしれないけど、チェック体制も整っていたんじゃなかったかな・・?
  211. 211
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    エルネストは私を見て、悲しいながらも歓んだ表情をして言った、「お帰んなさい、僕の大好きなヴィクトル。ああ! 三箇月前に帰って来てほしかったのにね、そしたらみんなで嬉しがって喜ぶのを見れたでしょうに! 兄さんがいま帰って来ても、どんなものも和らげることのできない不幸を共にするだけだ。だけど、兄さんが居てくれれば、不幸のために参ってしまいそうなお父さんが、元気をとりもどしてくださるだろうし、兄さんが納得のいくように話してくれれは、エリザベートだって、ただいたずらに自分を責めて苦しむこともやめるでしょうよ。――かわいそうなウィリアム! あの子は僕らのとっておき、僕らの誇りだった!」
    投稿日:2017年04月02日 11時36分
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  212. 212
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     涙がとめどもなく弟の眼からこぼれ、断末魔の苦悶の感じが私の体じゅうを馳けめぐった。以前はひたすら、さびしい家のみじめなありさまを想像していたが、現実はそれに劣らず怖ろしい真新しい災難として私に迫ってきた。私はエルネストをおちつかせようとして、もっと詳しく父のことや私が従妹と呼ぶ人のことを尋ねた。
    「誰よりもエリザベートを慰めてほしいですね。」とエルネストが言った、「自分が弟を死なせるもとになったというので、自分を責めて、それこそ、みじめな思いをしているのですよ。しかし、殺したやつが見つかってから――」
    「殺したやつが見つかったって! なにをいうのだ! そんなはずがどうしてあるものか。誰がそいつを追いかけることができるんだい? そんなことはできない相談だよ。風に追いつこうとしたり、一本の藁で山川をせき止めようとしたりするのと同じことだよ。私もそいつを見たが、昨夜逃げられてしまったのだ!」
    投稿日:2017年04月02日 11時37分
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    • ぽんきち 04/02 13:11
      「断末魔の苦悶の感じが私の体じゅうを馳けめぐった」: a sense of mortal agony crept over my frame、ですが、このmortalは断末魔というよりも非常に激しいという意味なんじゃないでしょうかね・・? 「死ぬほどの苦しみ」くらいの意味じゃないかなぁ・・?
    • ぴょんはま 04/02 22:21
      創元版では、「わたしは全身、烈しい苦悶におそわれました。」です。
  213. 213
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「兄さんの言うことはわからないけど、」と弟はいぶかるようにして言った、「撲らはそれを見つけたためにかえって不幸を大きくしてしまったのですよ。最初は誰も信じませんでした。今だってエリザベートは、どんな証拠があったところでほんとうにしませんよ。まったく、あんなに愛らしい、家じゅうの者の好きなジュスチーヌ・モリッツが、いきなりあんな恐ろしい、あんな度胆を抜くような犯罪を犯すようになれたことは、誰が信じるだろう?」
    「ジュスチーヌ・モリッツだつて! かわいそうに、あの子が嫌疑を受けたのだって? だけど、それはまちがっているよ。誰だってそんなことはわかっている。誰だって信じているわけではないね、エルネスト?」
    投稿日:2017年04月02日 11時37分
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  214. 214
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「最初は誰も信じませんでしたよ。しかし、事情がいろいろわかってきて、どうやら信じないわけにいかないのです。それに、ジュスチーヌ自身のふるまいが、事実の証拠を固めるようにひどく混乱していて、疑問の余地のないのを、私は心配しているのですよ。だけど、今日、裁判がありますから、兄さんもあとですっかり傍聴してください。」
    投稿日:2017年04月02日 11時38分
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  215. 215
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     弟の話によると、かわいそうなウィリアムの殺されたのがわかった朝、ジュスチーヌは、病気になって、数日間病床にひきこもっていた。そのあいだに、女中の一人が、殺人のおこなわれた夜ジュスチーヌが着ていたきものをふと調べてみると、そのポケットから私たちの母の画像が見つかったので、それに誘惑されて殺したものと判断された。その女中がさっそく、もう一人の女中にそれを見せたところ、その女中は家の誰にもひとことも言わずに、治安判事のところへ行ったので、その証拠にもとづいてジュスチーヌは逮捕されてしまった。事実を問いつめられると、このきのどくな少女は、態度がひどくどぎまぎしていたために、かなり嫌疑を強めた、というのだ。
    投稿日:2017年04月02日 11時39分
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  216. 216
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     これはおかしな話だったが、私の信念はゆるぎなかったので、しんけんになって言った、「みんなでまちがっているよ。僕には殺したやつがわかっているのだ。ジュスチーヌには、かわいそうにあの善良なジュスチーヌには、罪はないよ。」
     このとき父が入ってきた。父の顔には深く刻まれた不幸が見えたが、父は、私を元気で迎えるように努力し、哀悼の挨拶を交したあとで、私たちの災難以外の何か別の話をしようとしたが、エルネストはそれに乗らなかった、「そうだ、お父さん! ヴィクトルは、かわいそうなウィリアムを殺したやつを知っているのだって。」
    「運の悪いことに、わたしらも知っているよ。わたしが高く買っていた者の、あんな背徳と忘恩を見るくらいなら、何も知らんでいるほうが、ほんとによかったよ。」
    投稿日:2017年04月02日 11時40分
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  217. 217
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「お父さん、それは違っていますよ。ジュスチーヌに罪はないのです。」
    「そうだとしたら、断して罪人として苦しんだりすることのないようにしたいもんだね。今日、裁判があるはずだが、無罪放免となるように、わたしは、わたしは、心から望んでいる。」
     父のことばで私はおちついた。私は心のなかで、ジュスチーヌが、いや実際のところどんな人間でも、この殺人事件では無罪だと固く信じた。だから、ジュスチーヌを有罪と決めるに足るほどの、強い状況証拠が持ら出されはしないかと心配はしなかった。私の話は公けに発言すべきものではなかった。胆を潰すようなあの怖ろしさも、民衆の眼には、狂気の沙汰としか映らないにきまっているのだ。自分の感覚でそれを確かめでもしないかぎり、私が世界に放ったような、僭越で無知な、何をしでかすかわからない、生きた記念碑が存在する、ということを信ずる者が、創造者である私を除いて、実際にあるだろうか。
    投稿日:2017年04月02日 11時40分
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    • ぽんきち 04/02 22:38
      (あと宍戸儀一氏の訳文にもつっこめ的なw)
    • ぽんきち 04/02 22:46
      the existence of the living monument of presumption and rash ignorance which I had let loose upon the world

      ああ、そうか、ここはフランケンシュタインが結果がどうなるかわかりもしないのに作り出した(&解きはなった)という意味なのか。そっちの方がすっきりしますね。
  218. 218
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     エリザベートがまもなく、私たちが話しているところへやって来た。最後に会った時から久しく経っているので、エリザベートは、子どものころの美しさにまさる愛らしさをそなえていた。以前と同じ天真爛漫さ、快活さがあるとこへ、もっと感受性と知性にみちた表情が加わっていた。エリザベートはこのうえもない愛情を湛えて私を歓迎した。
    投稿日:2017年04月02日 11時41分
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  219. 219
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「あなたが帰っていらしたので、希望がもてますわ。あなたはたぶん、あのかわいそうな罪もないジュスチーヌの身のあかりの立つような手段を、何か見つけてくださるわね。私たちの不しあわせが、私たちには二重につらいのよ。あの愛らしい坊やをなくしたばかりでなく、私の心から好きなあのきのどくな少女が、いっそう悪い運命の手でもぎとられてしまうのですもの。もし、あの人が罪を宣告されたら、私はもう喜びというものを知らなくなるでしょう。だけど、そんなことはないわ。そしたらあたしは、小さなウィリアムの悲しい死のあとですけど、また幸福になるでしょう。」
    「無罪だよ、エリザベート、」と私は言った、「それは証明されるよ。何も心配しないで、無罪放免を確信して元気を出すことだね。」
    投稿日:2017年04月02日 11時42分
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  220. 220
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「あなたはなんて親切で寛大な方でしょう! ほかの人はみな、有罪だと思いこんでいますのよ。そんなことがあるはずもないのを知っていますから、私、なさけないわ。みんながそういう致命的な態度で偏見を抱いているのを見ると、私は望みを失って絶望的になってしまいますの。」そう言ってエリザベートは泣いた。
    「エリザベートや、」と父が口を出した、「涙をお拭き。おまえが信じているように無罪だとしたら、この国の法律の正しさと、露ほども不公平の影がないようにしたいとおもっているこのわたしの運動に信頼しなさい。」
    投稿日:2017年04月02日 11時43分
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    • はるほん 04/03 10:28
      ヴィクトル「私が作った怪物が犯人だから、 ジュスティーヌは無実です(`・ω・´)」
      この作品は怪物ホラーしゃなくて、ゆとりっこホラーなんじゃないか?

      はやく!怪物でてきて!
      「なんでやねん!」ってツッコンでやれ!!!
    • かもめ通信 04/09 14:50
      一週遅れですが私も別訳、あげておきますね。
      角川版
      「もしお前の信じるとおりにあの子が潔白ならば、法の正義が必ず証してくれるとも。いささかの不義も行われぬよう、私もできる限りのことをしよう」
      光文社版
      「おまえが考えているようにあの娘が無実ならば、法の正義を信じることにしよう。そしていささかも不公平にならないように、できるだけのことをするのだ」

      あれ?できるだけのことをするのは……お父さんですよね??
  221. 221
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
        8 罪なき者の処刑


     裁判が始まる十一時まで、私たちは悲しい時間を過ごした。父をはじめ家族がみな証人として出席しなければならないので、私もそれについて裁判所へ行った。この裁判のいまいましい猿まねのあいだ、私はなまなましい苦悩を感じた。それは、私の好奇心やとんでもない発明の結果が、親しい人たちを二人まで死なせるかどうかを決定することであった。その一人は、死ぬ前は歓びと無邪気に溢れてにこにこ笑っていたが、もう一人は、聞くも怖ろしい人殺しということでますます汚名が高まったために、ずっとずっと恐ろしく傷つけられている。
    投稿日:2017年04月09日 12時10分
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    • ぴょんはま 04/17 20:25
      ぽんきちさん
      ありがとうございます。納得です。

      この表紙怖いですね。
      よく見ると別の訳者の本のようですが??
    • ぽんきち 04/17 20:52
      ぴょんはまさん

      >別の訳者の本
      あ、ほんとだ(^^;)。なんすかね、これw
      気が付いてませんでした。ありがとうございます~。

      *宍戸氏訳のフランケンシュタインをちょっと見てみたいけど、地元の図書館にはありませんでした(><)。別の本(ピーターパンとか宮澤賢治論とか)はあったのですけど。
  222. 222
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    ジュスチーヌは感心な娘で、幸福な生涯を送れるみこみのある性質をもっていたのに、今やすべてが不名誉な死によって抹殺されようとしているのだ、この私のために! ジュスチーヌがぬれぎぬをきせられている罪は、私が犯したのだと、いっそのこと白状しようかと何度おもったかわからないが、その犯罪がおこなわれた時にはここに居なかったので、そう主張したところで、狂人のたわごとと考えられるにきまっているし、私のために災難を受けたジュスチーヌが無罪になるわけでもなかろう。
    投稿日:2017年04月09日 12時10分
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    • ぽんきち 04/09 22:20
      ジュスチーヌの綴りはJustineですが、男性名のJustin同様、元を辿ると正義:justiceと語源が同じ(ラテン語:jūstus)、ようですね。

      日本で言ったら「正子さん」というところでしょうか(^^;)。

      正義。
      このあたり、少し作者の意図があった、のかも。
  223. 223
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ジュスチーヌの様子はおちついていた。喪服を着ていて、いつも人好きのする顔がその厳かな感情のためになんともいえぬ美しさを湛えていた。無数の人の視線と呪咀を浴びてはいても、無罪を確信しているように見え、慄えたりしなかった。こんなことがなければその美しさのために集まったあらゆる親切さも、ああいう大罪を犯したと考えられているので、その想像のために傍聴者の心から抹殺されてしまったのだ。
    投稿日:2017年04月09日 12時11分
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  224. 224
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    これに対して、ジュスチーヌは平静だったが、それは明らかに無理に支えている平静さだった。前に取り乱したことが有罪の証拠として挙げられたので、心を励まして勇気を出しているように見えた。法廷に入って来ると、あたりを見まわし、私たちの坐っているところをすばやく見つけた。私たちを見ると、涙で眼が曇ったらしかったが、すぐに気をとりなおした。しかし、その悲しげな、情のこもった顔つきが、この少女がまったく無罪だということを証明しているように見えた。
    投稿日:2017年04月09日 12時12分
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  225. 225
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     裁判が始まり、検事がジュスチーヌ[#「ジュスチーヌ」は底本では「ジュチーヌ」]告発の論告をしたあとで、数人の証人が呼ばれた。いろいろの奇妙な事実が重なりあってジュスチーヌを不利にしていたが、私のように無罪の証拠をもっていない者なら、そのために誰でも、無罪とすることに二の足を踏むにちがいない。ジュスチーヌは、殺人のおこなわれた夜は、ずっと家に居らず、夜明けごろ、殺された子どもの死体があとで見つかった地点から遠くない所に居るのを、市場の女に見つかっている。その女が、そこで何をしているのかと尋ねたが、ジュスチーヌの様子はすこぶるへんで、どぎまぎしたわけのわからぬ答えを返しただけであった。
    投稿日:2017年04月09日 12時13分
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  226. 226
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    八時ごろに家に戻り、昨夜どこで過ごしたかと訊かれると、坊ちゃんを捜しに行ったと答え、とてもしんけんな顔をしてウィリアムのことを聞きたがった。死体を見ると、猛烈なヒステリーの発作を起し、数日間も床に就いてしまった。それから、ポケットに入っているのを女中が見つけ出したという画像が提出され、ジュスチーヌが、吃り声で、それは、坊ちゃんが居ないのに気がつく一時間前に、その頸に自分が懸けてあげたものと同じものだ、ということを証言すると、恐怖と憤慨のつぶやきが法廷にひろがった。
    投稿日:2017年04月09日 12時14分
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  227. 227
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ジュスチーヌは抗弁を求められた。裁判が進行するにつれて、その顔色が変った。驚き、怖れ、みじめさが強く現われた。何度も自分の涙を抑えようと努力したが、やがて、申し開きをしようとして自分の力をふりしぼって、聴きとれはするが不たしかな声で語った。
    「私になんにも罪のないことは、神さまもごぞんじでいらっしゃいます。けれども、自分の申し立てで私が無罪放免になれるようなふりはいたしません。私が無罪であることは、私に対して数え立てられている事実を、ありのまま手短かに説明すれば、おわかりになるとおもいます。私のいつもの性格をお考えになれば、疑わしい、あるいは怪しいと見えるような事情があっても、判事さまがたは善意に取ってくださることとぞんじます。」
    投稿日:2017年04月09日 12時14分
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  228. 228
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ジュスチーヌがそれから話したところによると、殺人のおこなわれた晩は、エリザベートの許しを得て、ジュネーヴから一里あまりの所にあるシェーヌ村の叔母の家で過ごした。その帰りに、九時ごろ、一人の男に会ったが、その男は、見えなくなった子どもを見かけなかったかと尋ねた。この話にびっくりして、自分も数時間かかって子どもを捜しているうちに、ジユネーヴの門が閉まったので、自分をよく知っている土地の人を起すのも気が向かないので、その夜はしかたなく、ある百姓家の納屋のなかで数時間を過ごした。その夜はほとんど、そこでまんじりともしないでいたが、明けがたになって、どうやらほんのちょっとばかり眠ったらしく、人の足音で眼がさめた。
    投稿日:2017年04月09日 12時15分
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  229. 229
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    夜が明けたので、もう一度子どもを捜してみようとおもって、その納屋を出た。子どもの死体のよこたわっていた地点の近くへ行ったとしても、それは何も知らないでしたことであった。市場の女の人に訊かれたときうろたえたのは、驚くに当らない。というのは、自分は一晩じゅう眠らないで過ごしたのだし、かわいそうなウィリアムがどうなったかもまだはっきりわからなかったのだ。画像のことについては、なんとも言いようがない。
    投稿日:2017年04月09日 12時15分
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  230. 230
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     きのどくな被告は話を続けた、「この一つのことが、私にとってどんなに致命的に不利であるかはぞんじておりますが、それを説明する力は私にはありません。自分の身にいささかもおぼえがないと申しあげるとしたら、私は、それがポケットに入っていたことについて、いろいろとありそうなばあいを臆測するにとどめるだけなのです。しかし、そこでも行きづまってしまいます。私は、この地上に、一人の敵ももっていないと信じていますので、私をむやみに破滅させるような悪い人は、たしかに誰ひとりとしてこざいません。殺害者がそこに入れたのでしょうか。私はそんなことをする機会を与えたおぼえもありませんし、かりに与えたとしても、その人はどうして宝石を盗みながら、すぐまたそれを手離したのでしょうか。
    投稿日:2017年04月09日 12時16分
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  231. 231
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「私は、その理由を判事さまがたの公平にお任せしますが、それでも希望のもてそうな余地は見えません。私の人柄については、二、三の証人をお調べくださるようにお願いいたします。もしも、その証人の証言で私の嫌疑が晴れないようでしたら、私は自分の潔白を誓言いたしますけれど、有罪の宣言を受けなくてはなりません。」
     多年ジュスチーヌを知っている数人の証人が呼ばれ、有利な話をしたが、ジュスチーヌが犯したと考えている犯罪を怖れかつ憎んでいるために、みな憶病になって進んで立つのを喜ばなかった。エリザベートは、この最後の頼みの綱、すなわちジュスチーヌのすぐれた気性、非の打ちどころのないふるまいが明らかになってさえも被告がいま罪に陥ろうとしているのを看て取って、ひどく取り乱しながらではあるが、証言に立つ許しを乞うた。
    投稿日:2017年04月09日 12時17分
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    • かもめ通信 04/09 15:13
      エリザベートの他にも何人かの情状証人が証言したのですね。
      ここちょっとわかりづらいようなので、読み比べしておきますね。
      角川版
      「そこでジュスティヌを長年知る証人たちが呼ばれて彼女の肩を持つ証言をしたのですが、恐怖と憎悪とにまみれたこの罪は彼女が犯したのではないかという疑念から、誰もがおずおずと、気の進まぬ様子なのでした。」
      光文社版
      「こうして長年ジュスティーヌを知っていた証人が数人召喚され、みな行為に満ちた証言をしました。けれども彼女が犯したとされる罪を恐れ、それを憎んだために、証言は控えめとなって、ともすれば口ごもりがちでした。」
    • ぴょんはま 04/16 16:30
      創元推理文庫版
      「長年ジュスティーヌを知っている何人かが証人に立ち、彼女のことを褒めました。しかし彼らは、ジュスティーヌがおかしたと思われる罪を恐れ憎む気持から、おずおず、しぶしぶ出てくるのでした。」
  232. 232
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「私は、殺された子の不幸な従姉、というよりは姉でこざいます。と申しますのは、あの子の生れるずっと前からいつも、あの子の両親に教育され、いっしょに住んでまいったのでございます。ですから、このばあい出しゃばりますのは、はしたないことと判断されるかもしれませんが、人ひとりが、友だちらしいふりをしていた者の臆病のために、死ななければならなくなるのを見まして、発言をお許しいただいて、この人の人柄について私の知っていることを申しあげたいのです。
    投稿日:2017年04月09日 12時18分
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  233. 233
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私は被告をたいへんよくぞんじております。私はこの人と同じ家に、一度は五年間、また別に二年近く暮らしました。そのあいだずっと、私には、この人は、人間のうちでもっとも人好きのする、情愛の深い性質に見えました。この人は、私の伯母であるフランケンシュタイン夫人の最後の病気のさいには、このうえもない愛情と心づかいをもって介抱いたしましたし、そのあとでも、かなり永く病床にあった時分の母親を看護しまして、この人を知っているかぎりの人に感心されました。
    投稿日:2017年04月09日 12時18分
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  234. 234
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    それからこの人がまた私の伯父の家に住むようになったのですが、家族のみんなから愛されました。この人は、今は亡くなった子に暖かな愛情をもち、それこそ慈愛ぶかい母親のようにしていました。私といたしましては、いくら不利な証拠が出たにしましても、この人のまったくの無罪を信じきっていると申しあげますことに、躊躇いたしません。あんなことをするほど誘惑を感じさせたものはなかったのでこざいます。おもな証拠になっているあの子どもだましの安ぴかものなど、もしこの人がほんとにほしがったとしましたら、私は喜んであげていたはずで、それほど私は、この人を尊敬し、重んじているのでございます。」
    投稿日:2017年04月09日 12時19分
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  235. 235
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     エリザベートの単純な力強い訴えのあとに、称讃のつぶやきがつづいたが、それは、このエリザベートの寛大な口添えによっておこったもので、きのどくなジュスチーヌの利益になるものではなかった。人々の怒りはかえって、あらたまった激しさを加えてジュスチーヌに向けられ、ひどく大それた恩知らずだと言って責めるしまつだった。ジュスチーヌ自身は、エリザベートが話をするとき泣いたが、何も言わななかった。
    投稿日:2017年04月09日 12時19分
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  236. 236
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    裁判のあいだずっと、私の動揺と苦悶はその極に達した。私はジュスチーヌに罪のないことを信じていた。というよりは、知っていた。私の弟を殺した(私は露ほどもそれを疑わない)あの怪物が、鬼畜の手なぐさめに、罪もない者までを死と汚辱に陥れたのだろうか。私は、自分の地位の怖ろしさに堪えかね、公衆の声や裁判官の顔が、運のわるい犠牲者を有罪と決めてかかっているのを見ると、苦悶のあまり法廷から跳び出した。被告の苦しみも、私の苦しみとは比べものにならない。被告は自分に罪がないことで支えられたが、苛責の牙が私の胸を引き裂き、ずたずたにしてもなお、あきたりないのだ。
    投稿日:2017年04月09日 12時20分
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    • はるほん 04/10 10:52
      イギリスにおける死刑
      https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AE%E3%83%AA%E3%82%B9%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%81%91%E3%82%8B%E6%AD%BB%E5%88%91

      イギリスに限った事なのかどうかまでは分かりませんが、
      少なくとも当時は死刑がかなり「簡単」に決定されていたようです。
      こちら↓は現代のものですが

      欧州の死刑存廃状況 英国
      http://www.geocities.jp/aphros67/090530.htm

      基本、罪というものに厳しい立ち位置のようですね。
      作者はただホラーを書くだけでなく
      「罪を犯す」「罪を許す」というサブテーマがあったんじゃないかと
      考えてみたり。
      そう考えるとサブタイトルも考えさせられますな。。

      なんにしろ別荘でワイワイ思いついたとは思えない深さ…。
    • ぴょんはま 04/16 16:49
      推理小説の元祖であるポーの「盗まれた手紙」(1844年)より前の話で、指紋などの科学的捜査もないし、貴族や紳士たちは使用人たちを低くみていたでしょうし、別の真犯人が見つからない限りは、疑われたら逃れることは難しかったでしょうね。

      それにしても、怪物がやったという確信はどこから来ているのか。怪物は創ったフランケンシュタインの意志や潜在意識が動かしているのでしょうか。

      きっとそうだ、これは自分の責任だ、と思ったなら、どうせ無理と思わずに何かしろよ!とどついてやりたい。
  237. 237
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私はどうにもならないみじめな一夜を送った。朝になって法廷へ行った時には、唇や喉がからからに渇いた。私は、思いきって致命的な質問をすることはできなかったが、役人は私を知っていて、私が訪問したわけを察した。投票は済んだのだが、それはみな黒で、ジュスチーヌは有罪と決まったのであった。
    投稿日:2017年04月16日 13時08分
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  238. 238
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私がそのときどう感じたかを述べる勇気はない。私は前に恐怖の感情を経験し、それを適切に言い表わそうと努力してきたが、私がこのときがまんした悲痛な絶望の思いを伝えることのできることばはなかった。私が話しかけた人は、ジュスチーヌがもう罪状を自白したと言い足した。「こんなわかりきった事件には、ああいう証言もあまり要らなかったのですがね、」とその人は言った、「けれども、わたしは、あれには喜びましたよ。いや、まったくのところ、われわれ裁判官は、いくら決定的なものであろうと、状況証拠で罪を宣告したくはありませんからね。」
    投稿日:2017年04月16日 13時08分
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    • ぽんきち 04/16 13:32
      一応、さすがにこの時代でも「状況証拠だけじゃなー」という思いはあったのですね。
  239. 239
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     これは、妙な、予期しなかった理解であった。それはどういう意味だろう。私はわれとわが眼に欺かれたのだろうか。私が怪しいとおもっている当のものを漏らしたとしても、世間がみなそうだと思いこんでいるように、私はほんとうに気が狂ったのだろうか。私が急いで家に戻ると、エリザベートがしきりにその結果を訊きたがった。
    投稿日:2017年04月16日 13時09分
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    • ぽんきち 04/16 13:36
      「予期しなかった理解」 ここの原文はunexpected intelligenceなので、普通に「思いがけない話(=情報)」くらいでよいと思います。
    • ぴょんはま 04/16 16:54
      創元版「これは不思議な、思いがけない知らせでした。」
  240. 240
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私は答えた、「エリザベート、あなたが予期したかもしれないように決定したよ。裁判官がみな、一人の罪人がのがれるくらいなら、十人の罪のない者が悩むほうがいいと考えたわけだ。しかも、ジュスチーヌは自白したんだ。」
    投稿日:2017年04月16日 13時09分
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  241. 241
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     これは、ジュスチーヌの無罪を固く信じていた、かわいそうなエリザベートに、恐ろしい打撃を与えた。「ああ! 私は、人間の善良さをどうして二度と信じるようになるでしょう。私が妹のように思ってかわいがっていたジュスチーヌ、あのジュスチーヌが、あんな無邪気な笑顔をしながら、どうしてうらぎったりすることができたのでしょう。あのやさしい眼は、ひどいことやわるがしこいことはできそうもなかったのに、それなのに、あの人は人殺しをしたのね。」
    投稿日:2017年04月16日 13時09分
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    • ぴょんはま 04/16 17:02
      21世紀になっても、無実だったら自白なんかしないだろう、と思いこんでいる人が多いくらいですから、やむを得ないのでしょうが、味方のいないジュスティーヌの孤独はいかばかりか。
  242. 242
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     それからまもなく私たちは、あのきのどくな犠牲者がエリザベートに会いたがっている、ということを聞かされた。父は行かないほうがよいと考えたが、行く行かないは本人の判断と感情で決めるがよいと言った。エリザベートはそれに答えて、「ええ、あの人がたとい有罪だとしても、私、参りますわ。そして、ヴィクトル、あなたもいっしょに行ってくださるわね。ひとりでは行けませんもの。」ジュスチーヌを訪問するというこの考えは、私を苦しめたが、といって、ことわることはできなかった。
    投稿日:2017年04月16日 13時10分
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  243. 243
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私たちが陰欝な監房に入って行くと、ジュスチーヌがむこう端の藁の上に坐っているのが見えた。両手には手錠が掛けてあり、頭が膝にがっくりと垂れていた。ジュスチーヌは、私たちが入って行くのを見ると、起き上がり、三人だけになってから、エリザベートの足もとに身を投げ出して、さめざめと泣いた。エリザベートも泣いた。
    投稿日:2017年04月16日 13時10分
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  244. 244
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「おお、ジュスチーヌ! どうしてあなたは、私の最後の慰めをなくしてしまったの? 私はあなたの潔白を信じていましたから、あのときだってずいぶんなさけない思いをしたけれど、今ほどみじめじゃなかったわ。」
    「では、あなたまで、私がそんなよくよくの悪者だと思いこんでいらっしゃいますの? あなたまでが、私をおしつぶそうとする私の敵といっしょになって、私を人殺しとしてお責めになりますの?」そう言う声は、すすり泣きでとぎれてしまった。
    投稿日:2017年04月16日 13時11分
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  245. 245
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「お起ちなさい、ジュスチーヌ、」とエリザベートは言った、「あなたに罪がないとしたら、どうしてひざまずくの? 私はあなたの敵の一人ではありませんよ。どんな証拠があろうと、私は、あなたが自分で犯罪を認めたと聞くまでは無罪を信じていました。その申し立てが嘘だ、と言うのね。だったら、ジュスチーヌ、あなたが自分で白状しないかぎり、あなたに対する私の信頼は、きっと、一瞬間もゆるぎませんわ。」
    投稿日:2017年04月16日 13時11分
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  246. 246
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「私は白状しましたが、嘘を言ったのです。罪業をなくしていただくために白状したのですが、今となっては、その嘘のほうがほかの罪全部よりも私の心を重くするのです。神さま、お赦しください! 有罪を宣告されてからずっと、懺悔聴聞僧が私を責め、どやしつけたりおどかしたりしましたので、私もついに、自分は坊さんのおっしゃる人でなしだったと考えはじめたくらいでした。強情を張りつづけるなら、最後の瞬間に、破門と地獄の火を受ける、と言っておどかすのです。エリザベートさま、私には、自分を支えてくれる人が誰ひとりないのです。みんな私を、汚辱と堕地獄を宣告されたどうにもならぬやつ、と見ているのです。私はどうすることができるでしょう。悪い時に私は、嘘をついてしまいました。今となっては、ただほんとうにみじめなだけですわ。」
    投稿日:2017年04月16日 13時12分
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    • ぽんきち 04/16 13:46
      自白の強要ですね、これはひどい・・・。

      *ここで「人でなし」と訳されている語は原文ではmonsterですね。フランケンシュタインが作った「怪物(monster)」にも、何かこう残忍なイメージがつきまとうというところかな。
    • 哀愁亭味楽 04/16 14:20
      その自白の強要を迫ったのが聖職者だ、というところも、なんだか気になります。

      コメント222でぽんきちさんがおっしゃっていたジュスチーヌ=Justice(正義)だとすると、このエピソードはまさに正義というものが科学によっても、宗教によっても否定されている、ということなのかもしれない。

      否定されている、だと言いすぎかなあ。保証されていないと言うべきか。何が悪いとかそういうんじゃなく、科学や宗教そのものがmonsterを生み出してしまう、そういう人間の業のような。
  247. 247
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ジュスチーヌは話をやめて涙にむせび、それからまた話しつづけた、「私は、あなたのあのありがたい伯母さまがあれほど大事にしてくださり、そして、あなたもかわいがってくださったジュスチーヌが、悪魔でなければできないような罪を犯すことのできる人間だ、というふうにお考えになったかとおもうと、ぞっとしないではおれませんわ。かわいいウィリアム! しあわせな坊ちゃん! すぐ私も、天国でまたお目にかかります。天国では、私たちはみんな幸福でしょうから。それを考えると、汚名と死を受けようとするところですけれど、心が慰さみますわ。」
    投稿日:2017年04月16日 13時12分
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  248. 248
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「おお、ジュスチーヌ! 一瞬間でもあなたを信じなかったことを許してね。どうしてあなたは自白したの? でも、ねえ、悲しむことはないわ。心配しないでいらっしゃい。私が声明します、あなたの無罪を立証します。あなたの敵の石みたいな心を、私の涙と祈りで、溶かしてみせます。あなたを死なせはしません! ――私の遊び友だち、私の仲間、私の妹であるあなたが、絞首台の上で死ぬなんて! いいえ! いいえ! そんな恐ろしい不運を見て生きながらえるわけにいきません。」
    投稿日:2017年04月16日 13時13分
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  249. 249
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     ジュスチーヌは悲しげに首を振った。「私は死ぬのは怖れません。そういう苦痛は過ぎ去ってしまいました。神さまが私の弱さを強くし、最悪のことに堪える勇気を与えてくださいます。私は悲しいつらいこの世を去って行きます。あなたが私というものを記憶して、まちがって罪を宣告されたものとお考えくださるのでしたら、私は、自分を待っている運命に身を任せます。どうぞエリザベートさま、神さまの御意志にがまんづよく従うということでは、私を手本になさってくださいませ!」
    投稿日:2017年04月16日 13時14分
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  250. 250
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こういう会話のあいだ私は監房の隅にひっこみ、そこで、私を捉えた怖ろしい苦悶をやっと隠した。絶望! 誰が思いきってそんなことを言うだろう? 明日は生死の間の恐ろしい境界を過ぎなければならないこのきのどくな犠牲者も、私の感じたような深い痛ましい苦悶を感じてはいなかった。私は歯ぎしりをし、その歯をがちがちいわせながら、もっとも奥底の魂から出てくる呻き声を出した。ジュスチーヌはぎょっとした。それが私だったとわかると、私に近づいて言った、「御親切に私をお訪ねくださって、ありがとうございます。あなたは、私が有罪だとお考えになってはいらっしゃらないでしょうね。」
    投稿日:2017年04月16日 13時14分
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  251. 251
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私は答えることができなかった。「そうよ、ジュスチーヌ、」とエリザベートが言った、「私以上にあなたの無罪を確信していらっしゃるのよ。あなたが自白したとお聞きになったときでさえ、それをほんとうになさらなかったのですもの。」
    「ほんとにありがたいことですわ。この最後の瞬間に、私は、私のことを親切に考えてくださる方に心の底からのありがたさを感じます。私のようなみじめな者にとっては、他人の愛情がどんなに嬉しいでしょう! それだけでも、私の不幸の半分以上が無くなります。私の身の潔白をあなたがたに認めていただいた今では、安らかに死ねそうな気がしますわ。」
    投稿日:2017年04月16日 13時15分
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  252. 252
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こうして、この、きのどくな受難者は、私たちと自分自身を慰めようとした。自分の願った諦めを、ほんとうに得たのであった。しかし、ほんとうの殺害者である私は、自分の胸のなかにあくまで死なない蛆虫が生きているのを感じて、何ひとつ希望も慰めも得られなかった。エリザベートも泣いたし、不幸であったが、それも罪のない者のみじめさであって、美しい月の面を掠める雲のように、しばらくは隠れるけれども、その輝きを消すことはできなかった。苦悶と絶望は、私の胸の底まで食いこんだ。何ものも滅すことのできない地獄を身内に持っていたのだ。私たちは、何時間もジュスチーヌのところにいたが、エリザベートはいつまでもそこを立ち去りかねた。そして叫んだ、「私もいっしょに死んでしまいたいわ。こんな悲惨な世の中に生きてはいられないもの。」
    投稿日:2017年04月16日 13時16分
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    • 哀愁亭味楽 04/16 14:42
      私もなりましたwお前なに悲劇のヒーロー気取ってんだと言いたくなりましたw
    • ぴょんはま 04/16 17:14
      2人の人間の死に責任があると思うなら絶望してる場合ではなかろう、フランケンシュタイン君。相変わらずその元凶を野放しにしていること、君わかってるの?
  253. 253
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    ジュスチーヌは快活らしい様子を装いながら、苦しい涙を抑え、エリザベートを抱いて、なかば感動を抑えかねた声で言った、「では、さようなら、私の好きな、たった一人のお友だち、エリザベートさま、神さまのお恵みで、あなたに祝福と加護がありますように。あなたのお受けになる不幸がこれ以上でございませんように! 生きて幸福になり、ほかの方たちを幸福にしてあげてください。」
    投稿日:2017年04月16日 13時16分
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  254. 254
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     そして、その翌日にジュスチーヌは死んだ。エリザベートの膓を断つような雄弁も、裁判官を動かして聖者のような被害者を無実の罪から救うことができかねた。私の熱情的な憤激した控訴も、裁判官には利き目がなかった。そして、そのつめたい答を受け、苛酷な無感情の推論を聞くと、そのつもりでいた私の自白も、私の口もとに凍りついてしまった。こうして、私が自分を狂人だと宣言することにはなっても、私のみじめな犠牲に下された判決を取り消すことにはならない。ジュスチーヌは人殺しとして絞首台の上で死んだのだ!
    投稿日:2017年04月16日 13時17分
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    • ぽんきち 04/16 13:54
      膓を断つ:heartrending ここは「胸が張り裂けそうな」「悲痛な」でよかったんじゃないですかね(^^;)。断腸の思い、的な感じなのかな。
    • かもめ通信 04/16 14:38
      ここちょっとわかりづらい気がするので、読み比べておきますね。
      しかし、ひどすぎませんかね?ヴィクトル!言おう言おうと思ったんだけれども、言ったところでどうせ事態はよくならないし、狂人扱いされるだけだったでしょうし…って、この期に及んで自己弁護か!(><)

      光文社版
      こうして次の日、ジュスチーヌは処刑されました。エリザベスの心のこもった言葉をもってしても、あの聖なる被告が罪を犯したとする判事たちの確信を揺るがすことができなかったのです。わたしが熱を込め、怒りを交えて反論しても、彼らの耳に届くことはありませんでした。そして冷たい答えを受けた上に、厳しく血も涙もない論拠を聞かされ、心に決めていた言葉はわたしの口元で消えていきました。そんなことを口に出せば、自ら狂人だと告白するようなものだったでしょうし、そうしたとしても、それが哀れな犠牲者に下された刑を取り消すことにはならなかったでしょう。かくしてジュスチーヌは、殺人犯として処刑台の露となったのでした!
  255. 255
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私は、自分の心の苦しみから眼を移して、エリザベートの深刻な声なき慟哭を考えてみた。これも私のしたことだった! また父の悩みも、最近まで笑いにみちていた家庭のさびしさも――みんな私の呪いに呪われた手のしわざだった! あなたがたは泣く、不しあわせな人たちよ、けれども、これがあなたがたの最後の涙ではないのだ! 葬いの慟哭はふたたび起り、あなたがたの哀傷の声は幾度となく人の耳を打つだろう! 
    投稿日:2017年04月16日 13時18分
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  256. 256
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    あなたがたの息子、血のつながる者、むかしたいへん愛された友人であるフランケンシュタイン。この男は あなたがたのために、生血の一滴一滴を使いはたしたいのだ。――この男は、あなたがたのなつかしい顔色にも映るのでなければ、歓びを考えも感じもしない――この男は、祝福をもって空気をみたし、あなたがたに尽してその生涯を送りたがっているのに――あなたがたに泣けというのだ――無量の涙を流して。もしも、こうして仮借のない運命がその本望を遂げるならば、そして、墓穴に入って平和になる前に、あなたがたの悲痛な苦しみのあとで、破壊の手が休むならば、この男は、望み以上に幸福なのだ!
    投稿日:2017年04月16日 13時18分
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  257. 257
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     このように私の予言的な魂は語った。私は、自分の愛する者が、穢らわしい技術の最初の不しあわせな被害者たるウィリアムとジュスチーヌの墓に悲しみの涙をむなしくそそぐのを、そのとき見ていたのだ。
    投稿日:2017年04月16日 13時19分
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    • ぴょんはま 04/16 17:39
      いつもありがとうございます。

      怪物はヴィクトルが創ったのだからヴィクトルが制御すべきだし、制御できる可能性がある、という発想の下で、みんなして主人公を卑怯者呼ばわりしてきたわけですが・・・気づいたことがあります。この時代の本人としては
      如何ともしがたいのではないだろうか?

      いわば、封印を解いてくれという妖の誘惑に負けただけで、いったん解きはなってしまったら、相手に対して影響力を行使することはできないのでは?解きはなった直後に相手の正体に気づきそのことを思い知った、ということなのでは?
    • はるほん 04/16 20:22
      なにゆえ怪物が犯人だとヴィクトルが思ったのか──

      カンと言えばカンなんでしょうが
      何よりも「醜い」という理由なんじゃないかなあと思ったり。
      この頃はまだ「見世物小屋」とかが当たり前にあった頃ですよね。
      醜悪に人権はないということ
      状況証拠の揃った容疑者に正義はないこと
      この章は2つの対比のようにも思えてきました。

      そして多分、このムカつくヴィクトルは
      当時この本を読んでいる読者そのものを意味しているのでは──?
      と思ったりしてイヤーなキモチに。

      いつもお疲れ様ですー。
  258. 258
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
         9 呪わしい苦悩


     やつぎばやにつぎつぎと起った事件に感情が昂じたあとで、それにつづいて魂の希望も恐怖も共に奪い去ってしまう、あの無為と必然の死のような平静さほど、人間の心にとって苦痛なものはない。ジュスチーヌは死んで安らかになったのに私は生きている。血は私の血管を自由に流れたが、何ものを、動かすことのできない絶望と悔恨の重みは、私の胸を抑えつけた。眠りは私の眼から逃げ去り、私は悪霊のようにさまよい歩いた。というのは、私は、身の毛もよだつような、いなそれ以上の、筆舌に尽しがたい災害の行為を犯して(と私は思い込むんでいた)、まだ隠れているからだ。けれども私の心にも、親切と徳を愛する心が溢れた。
    投稿日:2017年04月23日 12時38分
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  259. 259
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    私はまず第一に慈悲深くするつもりで生活し、それを実行に移して自分の同胞のためにやくだつ時を渇望していたのだった。今となっては、すべてが水泡に帰してしまった。みずから満ち足りて過去をふりかえり、そこから新しい希望のみこみを立てる、あの良心の清らかさのかわりに、言語に絶する激しい苦痛の地獄へと私を駆り立てる悔恨と罪悪感に捉われたのだ。
    投稿日:2017年04月23日 12時39分
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  260. 260
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    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こんな精神状態が私の健康をむしばみ、たぶん、それが最初に受けた衝動からすっかり立ちなおるということはなかった。私は人の顔を避け、歓びや満足のあらゆる声に苦しめられた。孤独がたった一つの慰めだった――深い、暗い、死のような孤独が。
    投稿日:2017年04月23日 12時39分
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  261. 261
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    主催者
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     父は、私の気性や習癖の眼に見える変化に苦しみ、自分の清らかな良心と罪を知らぬ生活の感情から引き出した議論で、がまん強く私を元気づけ、覆いかかった黒雲を払いのける勇気を出させるように努力した。「ヴィクトルや、わたしだってやはり悩んでいるとは思わないかね。わたしがおまえの弟をかわいがった以上に子どもをかわいがった人は、どこにもないのだ。」と言いだした(そう語って眼に涙を溜めた)、「けれども、手放しに歎き悲しむ様子を見せてみんなをよけいに不幸にするようなことをさしひかえるのが、生き残った者に対する義務じゃないかね。それはまた、おまえの背負っている義務でもあるのだよ。あまり悲しみすぎるということは、向上や悦びの妨げになるし、それがなくては人間が社会に適合しなくなるような日常の仕事に対してまでも妨げになるよ。」
    投稿日:2017年04月23日 12時40分
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    • ぽんきち 04/23 13:59
      いいお父さんですよね・・・。常識的だし。
    • はるほん 04/23 14:02
      トーチャンはできた人だなあ…。
  262. 262
    哀愁亭味楽
    主催者
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     この忠告は、りっぱではあるが、私のばあいにはてんで当てはまらなかった。悔恨につらさがともなわず、恐怖のなかにほかの感情とともに驚きが入り交らなかったとすれば、私はまっさきに、悲歎を隠してみんなを慰めてあげたかった。今は、絶望した顔つきで父に答え、父の眼にとまらぬようにしようと努力することしかできなかった。
    投稿日:2017年04月23日 12時41分
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    • ぴょんはま 04/30 22:22
      創元推理文庫版の訳では「呵責のにがさ、恐怖のおののきが他の感情にまじりあってさえいなければ、わたしは誰より先に悲嘆を隠し、親しい人々を慰めていたでしょう。」となっています。
  263. 263
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     このころ、私たちは、ベルリーヴの家に引っ込んだ。この、居所が変ったということが、私には特に気に入った。十時にきまって門が閉まり、それ以後湖に残ることができないことには、ジュネーヴの城壁の内に住んでいた私はすっかり閉口していた。それがいま自由になったのだ。夜、家の者が寝室に引き取ってから、よく私は、ボートに乗って何時間も水の上で過ごした。ときには、帆をかけて風のまにまに流され、またときには、湖心まで漕いで行ってから、ボートの動くのにまかせて自分のみじめな考えにふけった。あたりがすっかり静まりかえり、自分だけが――幾匹かの蝙蝠や、私が岸に着いた時だけ耳ざわりな声で断続的に鳴いているのが聞える蛙をのぞけば――こんな美しく神々しい情景のなかで休むことなくさまよっているとき、そうだ、私はたびたび、もの言わぬ湖水に跳びこみたい誘惑を感じた。
    投稿日:2017年04月23日 12時41分
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  264. 264
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    水は私と私の悲運を、永久に閉じこめてくれるだろう。しかし、私は、自分がやさしく愛していてその存在が私と結びつけられている、あの雄々しく苦しんでいるエリザベートを考えると、私は引き留められた。父や、生き残っている弟のことも考えた。自分の卑劣な逃避によって、この人たちを、悪鬼の敵意にさらして、ほったらかしておいてよいだろうか。この悪鬼は、私がこの人たちのあいだに追い放ったものなのだ。
    投稿日:2017年04月23日 12時42分
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    • ぽんきち 04/23 14:09
      雄々しくはheroicですね。ここは「勇敢」くらいでいいんじゃないかな? (^^;)
  265. 265
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     この時になって、私はさめざめと泣き、この人たちを慰めてしあわせにしてあげるためにだけ、自分の心に平和がふたたび訪れることを願った。しかし、そんなことはできなかった。苛責の念があらゆる希望を絶やしてしまったのだ。私は取り消すことのできない禍の作者で、この私の創造した怪物が何か新しい悪事をしでかしはしないかとおもって、毎日びくびくして暮らした。私は、すべてはまだ終ったのではなくて、あいつの、過去の憶い出をほとんど抹消する目をみはるような罪を、まだまだ犯すにちがいない、ということを、ぼんやり感じていた。
    投稿日:2017年04月23日 12時43分
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  266. 266
    哀愁亭味楽
    主催者
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    私の愛するものが何か背後に残っているかぎり、つねに恐怖の余地があったのだ。この悪鬼に対する私の嫌悪感は、言い表わすことができない。そいつのことを考えると、歯がぎりぎりとなり、眼がひとりでに燃え立ち、私があさはかにも与えたその生命を断ち切ってしまうことをしんけんに願った。そいつの犯罪と敵意を考えると、私は、憎悪と復讐の念を抑えきれずに爆発させた。そこでそいつを谿底目がけてまっさきに突き落すことができるなら、アンデス山脈の最高峯までも出かけて行きたかった。そいつの頭にありったけの憎悪を叩きつけ、ウィリアムとジュスチーヌの死に復讐するために、もう一度、そいつに出会いたかった。
    投稿日:2017年04月23日 12時44分
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    • 哀愁亭味楽 04/23 13:08
      ヴィクトルが怪物が犯人だと直感してる根拠って、多分怪物が自分に復讐しているからだ、ってことなんでしょうね。なんか、生命の問題っていう人間の存在そのものの問題に踏み込んでおきながら、その後のことは全部自分個人の問題として考えているところに、すごい違和感を感じます。
    • はるほん 04/23 14:13
      そもそもコイツ(もうコイツよばわり)は
      生命を生み出して、その後どーするつもりだったんでしょ。
      学会に発表して、栄えある賛辞を受けたかったのか。
      だとしたら怪物(醜くなくても)はどんな扱いを受けたんだろう。

      どっちにしてもコイツ、自分のコトしか考えてないんだよねえ。
      復讐は人のためじゃなくて、自分の為にやるものだし。
  267. 267
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
     私たちの家は哀しみの家となった。父の健康は、最近の怖ろしい出来事のためにいちじるしく害された。エリザベートは、歎き悲しんで力を落し、もはやいつもの仕事に喜びをもたなかった。エリザベートにとっては、楽しいことはみな死んだ者に対する冒涜であるらしく、そのときの考えでは、永遠の憂愁と涙こそ、罪なくして無残な死を遂げた者に捧げる当然の供物であつた。エリザベートはもはや、私といっしょに湖岸の堤をぶらついて二人の将来の望みをむちゅうで語りあった、もっと若いころの幸福な人間ではなかった。私たちを地上から引き離すために送られた最初の悲しみが、エリザベートを訪れ、そのぼんやりとした影響は、愛らしい笑顔をなくしてしまったのだ。
    「ねえヴィクトル、ジュスチーヌ・モリッツがあんなふうにみじめに死んだことを考えると、」とエリザベートが私に言った、
    投稿日:2017年04月23日 12時45分
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  268. 268
    哀愁亭味楽
    主催者
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    「私はもう、世間というものや、そのしかけが、以前私の眼に映ったようには見えませんのよ。以前は、書物で読んだり人に聞いたりした悪徳や不正の話を、大昔の物語か架空の悪事だと考えていましたの。すくなくともそういうことは、あまり縁のない話で、想像よりも理性でそれを知っていただけなのですね。だけど、今では、不幸が家へやって来て、私には、人間がおたがいの血に飢えている怪物のように見えますの。だけど、私はきっとまちがっています。あのきのどくな少女が有罪だと、誰でも信じているんですもの。あの人が罪を犯して罰を受けたとすれば、たしかに、人間のうちでいちばん堕落した者だったんでしょう。宝石の一つや二つのために、恩を受けた親しい人の息子を、生れた時から自分が育てて、自分の子のようにしてかわいがっていたらしい子を、殺すなんて! 
    投稿日:2017年04月23日 12時45分
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  269. 269
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    私は、どんな人間でも死ぬということには、賛成しかねましたが、そういう人が人間社会にとどまっているとしたら、たしかにふさわしくないと考えたにちがいありません。だけど、あの人には罪がなかったのです。私は知っています、あの人は潔白だったと感じるのです。あなたもこれと同じ意見ですから、確信がもてます。ああ! ヴィクトル、虚偽がこんなにほんとうらしく見えるとしたら、誰が確実な幸福を保証できるでしょう。私は、無数の人々がむらがって来て、私をしきりに深淵に突き落そうとする、断崖の端を歩いているような気がしますのよ。ウィリアムとジュスチーヌは殺されてしまったのに、殺した者は逃げ去って、世の中を思いのままに歩きまわり、ひょっとしたら人に尊敬されているかもしれないのです。だけど、たとい私が同じ罪を犯して、絞首刑の宣告を受けたからといって、そういうあさましい人間に取って代ろうとはしませんわ。」
    投稿日:2017年04月23日 12時46分
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    • ぱせり 04/23 17:28
      エリザベートの言葉から。集団になった人々も、怪物みたいですね。
    • 哀愁亭味楽 04/23 18:26
      「虚偽がこんなにほんとうらしく見えるとしたら、誰が確実な幸福を保証できるでしょう。」って言葉はいろいろ考えさせられますね。
  270. 270
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    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     極度の苦悶を感じながら、私はこの話に耳を傾けた。私こそ、実際においてではないが、結果において、ほんとうの殺害者であったのだ。エリザベートは私の顔の苦悩の色を察し、私の手をやさしく取りながら言った、「ヴィクトル、気をおちつけなくちゃいけないわ。今度の出来事は私にもこたえ、それがどんなにつらかったかは神さまもこぞんじですが、あなたほどひどく参ってはおりません。あなたのお顔には、絶望の色が、ときには復讐の念が現われていますので、私、慄えていますわ。ねえ、ヴィクトル、そんな暗い情熱をなくしてください。あらゆる望みをあなたにつないでいる、まわりの者を思い出してください。私たちは、あなたを幸福にしてあげる力をなくしたのでしょうか。ああ、私たちが愛しているあいだは、この平和な美しい国にあってたがいに誠実であるあいだは、安らかな祝福を受けますわ、――私たちの平和を何か乱せるというのでしょう。」
    投稿日:2017年04月23日 12時47分
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  271. 271
    哀愁亭味楽
    主催者
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     しかし、運命のそのほかのどんな賜物にもまして大事にしたエリザベートのそういうことばをもってしても、私の胸のなかにひそむ悪鬼を追い払いかねたのであろうか。その話をしている時でさえ、今にも例の殺人鬼が私のところからエリザベートを奪いに近寄って来はしないかと怖れて、そっと寄り添うのだった。
     こうして友情のやさしさも地や天の美しさも、私の魂を憂愁のなかから救い出すことはできず、愛のことばも効きめがなかった。私は、慈愛にみちた力も突き抜けることのできない雲に取り囲まれていたのだ。人の入りこまぬどこかの叢林を指してふらふらする脚を曳きずりながら、そこで突き刺さった矢を眺めて死ぬ鹿――それが私の象徴でしかなかった。
    投稿日:2017年04月23日 12時48分
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  272. 272
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     ときには、自分を圧倒する陰欝な絶望感に対抗することもできたが、また、ときには、魂の旋風的な情熱に駆り立てられて、肉体の運動や場所の転換で、堪えられぬ感情からいくらかでも救われようとすることもあった。とつぜんに家を飛び出し、近くにあるアルプスの谿谷に足を向けて、あの光景の壮大性、永遠性のうちに、人間なるがゆえのはかない悲しみをまぎらすことを求めたのは、こういう発作的な情熱が起っているときであった。私の放浪は、シャムニの谿谷に向けられた。子どものころ、よく訪れた所だった。あの時から、六年過ぎ、私は残骸となった、――しかし、この荒涼たる不滅の光景には、何ひとつ変りがないのだ。
    投稿日:2017年04月23日 12時49分
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  273. 273
    哀愁亭味楽
    主催者
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     初めのうちは、馬に乗って行った。あとになってからは、もっと脚のしっかりしている、こういうでこぼこの道路でもなかなかけがをしない騾馬を借りた。天気はよかった。八月なかばで、私のあらゆる悲しみの始まったあのみじめな時から、つまり、ジュスチーヌが死んでから、もうかれこれ二箇月になるころであった。アルヴの谷間に深く深く入り込むにつれて、私の精神にのしかかっていた重みが、眼に見えて軽くなった。
    投稿日:2017年04月23日 12時50分
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  274. 274
    哀愁亭味楽
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    両側にさし懸っている巨大な山々や絶壁、――岩間に激する川の音、あたりの滝々の落下、それが全能の神の強大な力について語っていた。――そして私は、ここにものすごい姿を露わしている諸元素を創造し支配したものに比べて強大さの劣ったどんなものの前にも、怖れたり屈服したりはしないようになった。それでもなお、登って行くにつれて、谿谷はますます壮大な驚くべき特徴を示した。松山の絶壁にさし懸っている城跡や、アルヴの急流や、木々のあいだからここかしこに見えている小屋が、風変りな美しい光景をなしていた。しかも、それは、別の人類の住む別の地球に属するように、その白い輝かしいピラミッドと円屋根が群山の上にそば立っている大アルプスのおかげで、よけいに荘厳に見えた。
    投稿日:2017年04月23日 12時51分
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  275. 275
    哀愁亭味楽
    主催者
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     ペリシエの橋を渡ると、河によってできた峡谷が眼の前にひらけてきたので、そこに覆いかぶさっているような山に、私は登りはじめた。まもなく私は、シャムニの谷に入りこんだ。この谷は今しがた通り過ぎて来たセルヴォの谷よりもすばらしくて壮大であったが、そのわりに美しくもないし、絵のようでもなかった。高い雪をかぶった山々が、ただちにこの谷の境目をなしていたが、もはや古城の跡も肥沃な畠も見られなかった。広大な氷河が道に迫り、落下する雪崩のとどろく音が聞え、それが落ちるに従って雪烟の立つのが見えた。モン・ブランが、至高にして壮麗なあのモン・ブランが、まわりの尖峯からぬきん出て、途方もなく大きなその円屋根が、この谿谷を見下ろしていた。
    投稿日:2017年04月23日 12時52分
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  276. 276
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     この旅のあいだは、長いこと失われていた疼くような歓びの感情が、たびたび起ってきた。とある道路の曲り目とか、とつぜん眼に入ってくる目新しいものが、過ぎ去った日のことを思い出させ、少年時代ののびのびした楽しさを聯想させた。風さえも甘ったるい口調でささやき、母なる自然が私にもう泣くことはないと告げるのであった。ところが、やがてふたたび、この親切な力がはたらくのをやめ――またまた自分が悲しみにつながれ、あれこれとみじめな考えにふけっているのに、気がついた。そこで、騾馬に拍車をあて、世の中を、自分の恐怖を、いや何にもまして自分そのものを忘れようと努力し――そうかとおもうと、もっと絶望的なしぐさで、草の上に身を投げ出して、恐怖と絶望に圧しつけられるのであった。
    投稿日:2017年04月23日 12時53分
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  277. 277
    哀愁亭味楽
    主催者
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     やっとシャムニの村に着いた。今までがまんはしてきたものの、身心ともに極度に疲れ、力がまったく尽きてしまった。私は、ちょっとのあいだ窓のところに立ちどまって、モン・ブランの上に明滅する蒼ざめた電光を見守り、綜々と流れ下るアルヴ河の音に耳をかたむけた。私の過敏になった感情にとっては、この流れの音が、子守唄となって私を寝かしつけてくれるようで、頭を枕にのせると、眠りが忍び寄ってきた。私はそれを感じ、忘却を与えてくれるものに感謝を捧げた。
    投稿日:2017年04月23日 12時54分
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    • かもめ通信 04/26 07:01
      ふうっ。やっとここまでたどり着きましたw
      今ちょっと読み比べる時間がとれないので、GWの最後辺りにさかのぼってコメントするかもしれません。
    • ぴょんはま 04/30 23:22

      年譜によれば、メアリは17歳になる前にシェリーと駆け落ちしています。
      翌々年ジュネーブ滞在中、バイロン卿の提案でそれぞれ怪談話を書き、本書の構想を得た時わけですが、そのころは、生後間もない娘を亡くし、次に息子が生まれて半年くらいだったはず。
      とても小さい子どもを持っている母親の書くものとは思えないですが。
      まもなくイギリスに戻って、奥さんが自殺するとさっさと結婚して、9か月後に娘を生み、それから本書が出版される。
      娘は1歳で、息子も3歳で亡くなって、そのあと最後に生んだ息子だけが成人したらしい。しかもその子が3歳になる前にシェリーは亡くなっている。メアリこのときまだ24歳。
      なんという人生。

  278. 278
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        10 怪物とのめぐりあい


     つぎの日は谿じゅうをさまよって暮らした。ひとつの氷河から出ているアルヴェイロンの水源のほとりに立ったが、この氷河は、山脈の頂上からゆっくりとずり落ちてきて、谷間を塞いでいるのだった。巨大な山の切り立った面が、私の前にあり、氷河の氷の壁が私に覆いかぶさるように立っていた。わずかばかりのひしげたような松の木が、あちこちに立っていた。帝王なる大自然のこういった赫々たる謁見室にあって、その粛然たる沈黙を破るものはただ、雪崩の雷のような音とか、積った氷の山々に沿うて反響する破裂の音だけであった。この氷の山は、不朽の法則のもの言わぬ作用によって、まるで手なぐさみでしかないように、おりおり裂いたりちぎったりされるのであった。こういう荘厳で雄大な情景が、私の受けうる最大の慰めを与えてくれた。
    投稿日:2017年05月01日 11時37分
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    • ぽんきち 05/01 13:43
      アルヴェイロンというのは、モンブランにある氷河の支流の1つのようですね。シェリー自身も訪れたことがあるようです。スイスには見応えがある氷河が多いみたいですね。

      「帝王なる大自然のこういった赫々たる謁見室にあって」以下が雄大でいいですね。原文だとthe solemn silence of this glorious presence-chamber of imperial Nature。なかなかこんな表現は思いつかないような基がします。
  279. 279
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    それらは、私をいっさいのつまらぬ感情から引き上げ、私の悲しみをなくしはしなかったものの、それを弱め、鎮めてくれた。それらはまた、ある程度、この一箇月ほどくよくよ考えこんでいた状態から、気を晴ればれとさせてもくれた。夜は寝室に引き取って休んだが、私の眠りは、いわば、日中に眺めた、偉大な、さまざまな景色に仕えかしずかれたようなものだった。それらは、私のまわりに集まった。すなわち、汚れのない雪をまとった山頂、きらきら光る尖峯、松の林、ごつごつしたむきだしの峡谷、雲のあいだを飛翔する鷲――そういうものが、私のまわりに寄り集まって、安らかなれと告げるのだった。
    投稿日:2017年05月01日 11時38分
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    • ぽんきち 05/01 13:43
      いやいや、キミキミ、心労がひどかったのはキミだけじゃないから(^^;)。
  280. 280
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     つぎの朝、眼がさめたときに、そういうものがどこへ飛び去ったのだろう。気を引き立たせたものはすべて、眠りとともに逃げ去り、暗い憂欝があらゆる考えを蔽った。雨が篠つくばかりに降りそそぎ、濃い霧が山々のてっぺんを隠したので、この力強い友の顔さえも見えなかった。それでも私は、霧のヴェールを透して、雲に覆われたその隠れ気を見つけようと思った。雨やあらしが私にとってなんだろう。騾馬が戸口まで曳いて来られたので、私はモンタンヴェルの頂上に登ることに決めた。はじめそれを見たとき、途方もなく大きな、絶えず動いている氷河の眺めが、私の心に与えた、あの感銘を私は憶い出した。
    投稿日:2017年05月01日 11時39分
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    • ぽんきち 05/01 13:46
      「隠れ気」は「隠れ家」の誤りでしょうね。ここはcloudy retreatsです。
  281. 281
    哀愁亭味楽
    主催者
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    それは、そのとき、魂に翼を与え、この薄暗い世界から光と歓びへと舞い上らせる荘厳な恍惚感に私を充たしてくれた。自然の厳かな堂々たる姿を見るということは、実際にいつも私の心を厳粛にし、人生のつかのまの心労を忘れさせる力をもっていた。私は案内なしで行くことに決めた。道はよく知っていたし、他人が居ては情念の孤独な壮絶さを壊してしまうにちがいなかったからだ。
    投稿日:2017年05月01日 11時39分
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  282. 282
    哀愁亭味楽
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     登りは嶮しいが、道が頻繁に短かく曲りくねってつけてあるので、直立したようなこの山を登ることができるようになっているのだ。それは怖ろしく荒涼とした情景なのだ。無数の個所に冬の雪崩の跡が眼につき、そこに木が折れて地面に散らばっているのだった。すっかり倒れている木があるかとおもうと、曲って山の突き出した岩によりかかったり、ほかの木の上に横倒れになったりした木もあった。だんだん登るにつれて、道は雪の谷間にさえぎられ、その上から石が絶えずころがり落ちているが、そういう谷間の一つは特に危険で、大声で話をするくらいなごく小さな物音でも、その話をする人の頭の上に崩れかかるのに十分な、空気の震動をもたらすほどだ。松の木は、そう高いわけでもないし、茂ってもいないが、それは無気味で、情景に厳しい外観を附け加えている。
    投稿日:2017年05月01日 11時40分
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  283. 283
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    下方の谷を見下ろすと、広漠たる霧がそこを貫流する河から立ちのぼってむこう側の山々に太い花環のように巻きつき、その山々の頂は一様に雲のなかに隠れ、雨が暗い空から降りそそいで、私のまわりのものから受ける憂欝な印象をよけい憂欝にした。ああ、どうして人間は、動物よりも感受性の強いことを誇るのだろう。それはただ、人間をもっと宿命的なものにするだけだ。私たちの衝動が、飢え、渇き、情慾などに限られているとしたら、私たちの衝動はほとんど自由であろうが、いま私たちは、どこから吹く風にも、ふとしたことばにも、あるいは、そのことばが私たちに伝える場面にも、動かされるのだ。
    投稿日:2017年05月01日 11時41分
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  284. 284
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    われわれは休む。夢は眠りを毒する力をもつ。
    われわれは起きる、一つのさまよう考えが昼を汚す。
    われわれは感じる、思いつく、推論する、笑ったり泣いたりする。
    つまらぬ悲しみにくよくよしたり、注意を棄ててしまったりする。
    それは同じことだ。なぜなら、喜びであろうと悲しみであろうと、
    それの離れ去る道は、いまだに自由であるからだ。
    人の昨日は明日と同じではないかもしれない。
    無常のほかに永続きするものはどこにもない!
    投稿日:2017年05月01日 11時42分
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    • ぽんきち 05/01 14:01
      この詩は夫のパーシーの詩集( \"Alastor, or The Spirit of Solitude: And Other Poems\" 1816)に出ている、みたいですね。
      https://en.wikipedia.org/wiki/Mutability_(poem)

      これ読んでもパーシーとメアリ、どっちの作なのかよくわかんないんですけど(^^;)。この8行はメアリが作った、ってことなのかな。
    • ぴょんはま 05/02 23:30
      創元推理文庫版
      「休むとき 夢の力が眠りを毒し
       目ざめれば とりとめのない思いひとつが昼をけがす
       感じ 思い 推論する 笑い 泣く
       愚かしい悲嘆を懐き わずらいを打ち棄てるとも
       同じこと 歓びにせよ哀しみにせよ
       去りゆく道を阻むものは何もない
       人の昨日と人の明日がたがわぬことはけっしてなく
       いつの日も変わらぬものはただ無常のみ!

                   P・B・シェリー『無常』」
  285. 285
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     登りつめて項上に着いたのは、正午に近かった。私はしばらく、岩の上に腰かけて、氷の海を見わたした。その氷の海も、まわりの山々も、霧に蔽われていた。まもなく微風が雲を吹きはらったので、私は氷河の上に降りていった。表面はすこぶる凸凹で、荒れた海の浪のように隆起しているかとおもうと、低く下がり、深く沈下した裂け目が方々にあった。この氷原の幅はほぼ一里ばかりのものだったが、それを横切るのに二時間もかかった。むこう側の山は、むきだしの切り立った岩だった。そのとき立っていた側からは、モンタンヴェルは一里あまり離れたところにちょうど向いあって立ち、その上には儼としてモン・ブランが聳えていた。
    投稿日:2017年05月01日 11時42分
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  286. 286
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私は岩の奥まった所に居て、宏大なすばらしい情景を眺めた。氷の、海というよりはむしろ大河は、依存する山々のあいだを曲りくねり、宙空に懸るその山の頂は、岩の窪みの上に覆いかぶさっていた。氷をまとってきらきらとした峯は、雲の上にあって、日光に輝いていた。それまで悲しみにみちていた私の胸も、今は何かしら喜びのようなものにふくらんだ。そこで、私は叫んだ、――「さまよっている魂よ、汝がまことにさまよっていて、狭い寝床に休まないとしても、私にこのはかない歓びを許せ。さもなければ、汝の仲間として、生の歓びから私を奪い去ってくれ。」
    投稿日:2017年05月01日 11時43分
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  287. 287
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こう言ったとき、とつぜん、かなり隔たった所に、超人の速力で私に向って進んでくる人影をみとめた。それは、私が用心して歩いてきた氷の裂け目を跳び越え、近づくにつれてその背丈も人間以上であるように見えた。私は胸さわぎがして、眼に霧がかかり、気が遠くなるのを感じたが、山のつめたい強い風ですばやく正気にかえった。その(見るからにものすごくて憎らしげな!)姿が近づいてくると、それが私の創造したあの下劣なやつであることがわかった。
    投稿日:2017年05月01日 11時44分
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  288. 288
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私は怒りと恐怖に慄え、やって来るのを待ってから、組み打ちをして生きるか死ぬかの戦いをする決心をした。そいつはやって来た。そいつの顔は軽蔑や悪意をまじえたむごたらしい苦悶を示し、この世のものならぬ醜悪さがそれをふた目と見られないほど怖ろしいものにしていた。しかし、私には、そんなものはほとんど眼に入らず、怒りと憎しみとで口がきけなかった。私はやっと気を取り直して、狂おしい嫌蔑のこもったことばでほとんどそいつを圧倒しようとした。
    投稿日:2017年05月01日 11時44分
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  289. 289
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     私は叫んだ、「畜生め、近づくなら近づいてみろ! おまえの頭にこの腕で叩きつける猛烈な仕返しがこわくないのか。行っちまえ、虫けらめ! 来るなら来てみろ、踏みつぶしてやるから! そしたら、いいか、おまえのみじめな存在を滅して、おまえにあんな非道な殺し方をされた被害者に、仕返しがしてやれるぞ!」
    投稿日:2017年05月01日 11時45分
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    • はるほん 05/07 11:51
      小物感がすごくて笑ってしまうヴィクトル…。
  290. 290
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「こんなことだろうと思っていたよ。」と怪物が言った、「人間はみな、不幸なものを憎んでいる。どんな生きものよりもみじめなわたしが、憎まれなくちゃいけないわけだ! それなのに、わたしをつくったおまえさんが、二人のうちでどちらかが死ななけれは解けない結び目で結びあわされているこのわたしを、嫌って、はねつけている。わたしを殺すつもりでいる。命というものをこんなふうにおもちゃにしてどうするんです? わたしに対する義務を果してくださいよ。そうしたらわたしも、あんたやそのほかの人間に義務をはたしてやりますよ。わたしの条件に同意するなら、そいつらをそのままにしておいてあげましょう。しかしだね、あんたが拒絶するなら、まだ残っているあんたの身うちの者の血に飽きるまで、死神の胃袋をいっぱいにしてやりますぜ。」
    投稿日:2017年05月01日 11時45分
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    • ぴょんはま 05/03 20:22
      創元推理文庫版では「だが、わが創り主よ、おまえが被造物のおれを憎み、はねつけるのか。どちらかが滅びぬかぎり切っても切れない縁で結ばれているわれわれなのに。」とあります。
      被造物である人間の、創造主である神に対する、祈りとも訴えともとれますね。
    • はるほん 05/07 11:53
      なんか青空文庫の訳、怪物が妙に俗っぽいねえ(笑)
  291. 291
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「憎らしい怪けものめ! きさまは鬼だ! 地獄の拷問だって、おまえの犯罪の仕返しには甘すぎる。あさましい畜生め! 僕がつくったからと言ってきさまは責めるが、ではここに来い、うっかりしておまえにくれてやった火花を消してやるから。」
     私は怒りを抑えきれず、あらんかぎりの敵愾心に駆られて跳びかかった。
     あいてはわけもなく身をかわして言った、――
    投稿日:2017年05月01日 11時46分
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  292. 292
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「おちつきなさい! わたしの呪われた頭に憎しみをぶっつける前に、わたしの言うことを聞いてもらいたいのだ。あんたがわたしをもっと不幸にしたがっているが、もういいかげん、苦しんだのじゃないかね。生きるということは、苦悩の積み重ねでしかないにしても、わたしには大事なものだから、それを守るのだよ。あんたがわたしを自分より強くこしらえたのを、おぼえていてください。わたしの身の丈はあんたよりも高いし、わたしの関節のほうがもっと強靱なのだ。けれども、あんたに敵対するつもりはありませんよ。わたしはあんたに造られたものだから、あんたのほうでもわたしに対する当然のやくめをはたすなら、わたしだって、わたしの生れながらの主君であり王であるあんたに対して、おとなしく、すなおにするつもりですよ。
    投稿日:2017年05月01日 11時47分
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  293. 293
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    おお、フランケンシュタイン、わたし以外の誰にも公平にして、わたしだけを踏みつけないでください。あんたの公平さを、いや寛大さや愛情までを、わたしが受けるのは、当然しごくなことなのだ。おぼえておいてください。わたしは、あんたに造られたもので、あんたのアダムというところなのだが、どちらかというと、悪いこともしないのに悦びを奪われた堕天使ですよ。いたるところで無上の喜びを眼にするのに、わたしだけがどうにもならぬようにそれから閉め出されるのだ。わたしは情深くて善良だったが、不幸がわたしを鬼にしたのだ。わたしをしあわせにしてください、そしたらまたりっぱな者になりますから。」
    投稿日:2017年05月01日 11時48分
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    • ぴょんはま 05/03 20:26
      創元推理文庫版「自分は優しく善良だった。みじめさがおれを鬼にした。幸せにしてくれ、そうすれば徳に立ちかえろう。」
      フランケンシュタインが、こんな醜い失敗作は要らないとばかりに、放り出してさえいなければ、「怪物」は良い人だったのかしら。
    • はるほん 05/07 11:59
      私は古い映画の方を先に見たんですが
      映画では喋れない怪物が、原作でベラベラしゃべってたのに
      一番驚きましたw

      無言の怪物にどれだけ原作の背景が含まれていたのか
      改めてもう一度見直したいキモチです。
  294. 294
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「行っちまえ! おまえの言うことなぞ聞いていられるか。おまえと僕とのあいだには、なんの共通性もないはずだ。われわれは敵同志だよ。行っちまえ、さもなかったら、どっちかが倒れるまで闘って、力試しをやってみよう。」
    投稿日:2017年05月01日 11時49分
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  295. 295
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「どうしたら、あんたの心を動かせるだろうね。これほどお願いしても、あんたのつくったものに、親切な眼を向けてはくれないのかね、親切や同情を哀願する者に? わたしを信じてください、フラケンシュタイン。わたしは情深かったし、わたしの魂は愛と人間らしさに燃えていたのだが、わたしはひとりぼっち、みじめなひとりぼっちじゃありませんか。わたしを造ったあんたがわたしを嫌っているのだもの。わたしに関わりのないあんたの仲間の人間たちに、どんな望みがもてるんです? そいつらはわたしを斥け、憎んでいる。無人の山やうらさびしい氷河が、わたしの隠れ家ですよ。わたしは幾日もここをぶらついていますが、氷の洞穴だけが、わたしの安心しておられる住まいで、人間が嫌がらずにおいてくれるのはこれきりですよ。
    投稿日:2017年05月01日 11時50分
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  296. 296
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    この吹きさらしの空は、大歓びでわたしを迎えてくれますよ。あんたの仲間の人間より親切だからね。人間どもときたら、わたしの居ることがわかると、あんたがやったように、わたしをやっつけようと武装するのだ。それなのに、わたしを嫌っているそいつらを憎んじゃいけないのかね。敵と仲よくするなんて、いやなことだ。わたしは不幸だから、このみじめさをそいつにも分けてやるのだ。けれども、わたしに埋め合せをしてくれて、そいつらからこの災難をなくする力が、あんたにはあるのですよ。この災難は、あんたの心一つで大きくなって、あんたの家族ばかりでなくそのほかの数限りない人間まで、その猛裂な渦巻に捲き込んでしまうことになりますよ。同情の心を起して、わたしを蔑まないでください。
    投稿日:2017年05月01日 11時51分
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  297. 297
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私の話を聞いてください。人間の法律によれば、いくら血を浴びた犯罪者でも、罪の宣告を受ける前に、自分を擁護するために話をすることを許されているはずです。お聞きなさい、フランケンシュタイン。あんたは人を殺したといってわたしを責める。それなのにまた、良心を満足させながら、自分の造ったものを殺したがっている。おお、人間の永遠の正義をほめたたえよ、ですよ! といって、わたしを見のがしてくれというのじゃなく、わたしが言うのを聞いてくれというのです。そのうえで、できることなら、また、そうしようと思うのだったら、あんたの手でこしらえたものを滅しなさい。」
    投稿日:2017年05月01日 11時52分
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  298. 298
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「思い返してもぞっとするような出来事を、自分が不幸のもとになり作り手になったあの事情を、なんだって思い出せるか。憎らしい畜生め、おまえがはじめて光を見たあの日を呪うよ! おまえに僕を、たといようもなく不幸にしてしまった。おまえに対して僕が正しいか正しくないかを考える力が、おまえのおかげでなくなってしまったのだ。行っちまえ! おまえのいやな姿を見えないようにしてくれ。」
    投稿日:2017年05月01日 11時53分
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  299. 299
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「こうすれば見えませんよ。」と怪物が、そのいやらしい両手で私の眼を蔽ったので、私がそれをむりやりに押しのけると、怪物は続けた、「ああすれば、あんたの嫌いなものが見えないのに。見えてなくても、話を聞いてわたしを同情することはできるんですよ。話を聞いてください。長い、変った話だから、ここの所の気温は、あんたの繊細な感覚には堪えられませんね。山の上の小屋に行きましょうよ。陽はまだ高いからね。あの雪の絶壁のむこうに陽が沈んで別の世界を照らすまでほ、あんたは、わたしの話を聞いて、どうとも決めることができますよ。わたしが人間の居る界隈を、永久に去って、害のない生活に入るか、それとも、あんたの仲間の人間どもに対する天罰のもととなって、あんた自身をたちまちのうちに破滅させてしまうか、それはあんたしだいだ。」
    投稿日:2017年05月01日 11時54分
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  300. 300
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
     こう言って怪物は、氷原をよこぎって行ったので、私はあとについて行った。私は胸いっばいになってなんよとも答えなかったが、歩いていくあいだに、あいてが語ったいろいろな議論を考えあわせて、すくなくともその話を聞いてやることに決めた。かなり好奇心も湧き、同情も感じてこの決心を固めたのだった。それまでこいつが弟殺しだと考えていたので、私はどうしてもその真否を探り出したかった。はじめて私は、造られたものに対する造りぬしの義務が何であるかを感じ、こいつを非難する前に、まず幸福にしてやらなけれはならないという気になった。
    投稿日:2017年05月01日 11時54分
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    • ぴょんはま 05/03 20:34
      創元推理文庫版「それだけでなく、このとき初めて、わたしは創造者の被造物に対する義務がいかなるものであるかを思い、邪だといって嘆く前に幸福をあたえてやるべきだと感じていました。」
      このとき初めて???遅いよ!!!
  301. 301
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    こういう動機から私は、こいつの要求に応ずることにしたのだ。そこで私たちは、氷原をよこぎり、むこう側の岩に登った。空気はつめたく、雨がまた降りはじめたので、私たちは小屋に入った。鬼めは意気揚々とした様子で、私は重たい心と欝々とした精神を抱いて。しかし、私が話を聞くことに同意したので、私の憎むべき相棒は、自分の起した火のそばに私を坐らせ、つぎのような身の上ばなしを始めた。
    投稿日:2017年05月01日 11時55分
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    • ゆうちゃん 05/03 22:55
      連休でやっと追い付きました。毎週末の投稿、大変お疲れ様です。
      どうやらクライマックスを迎えた様ですね?
    • はるほん 05/07 12:12
      わーい、ゆうちゃんさんもお仲間入り―\(^o^)/

      ヴィクトルに「オ マ エ が 言 う な」と
      ドコでツッコんでやろうかと思ってましたが
      「こうすれば見えませんよ」という怪物につい失笑。
      どこでそんなボケを学んだのか…。

      この美しい情景描写たちは、人間との対比なんでしょうかねえ…。
  302. 302
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
         11 物置小屋での寝起き


    「わたしというものがこの世に現われたそもそも初めのころのことは、なかなか思い出しにくいね。どうもあのころの出来事はみな、ごっちゃになって、どれがどれだかわからないのだ。わたしは、いろいろの妙な感覚に捉えられて、同時に見て、感じて、匂いを嗅いだ。自分のさまざまの感覚のはたらきを区別できるまでには、まったく長くかかった。今でもおぼえているが、そのうちにだんだんと、強い光が神経に当るので、眼をつぶらなければならなかった。すると、暗くなってまごついたが、そのことを感じるか感じないうちに、今ならわかりきったことだが、光がまた射してきた。
    投稿日:2017年05月07日 12時25分
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    • ぴょんはま 05/07 14:34
      初めは赤ちゃんのようなものだったのに、何のお世話も受けずによく生き延びたものですね。まさか、放って置いたら死んでしまうだろう(そうなればいい)って思っていたのか?作者の最初の子は早産で、半月も生きられなかったようですが。
    • 哀愁亭味楽 05/07 18:14
      ていうかこの辺の誕生した瞬間どんな感じだったのか、みたいな話こそ、もし命に関心があるのなら大事なポイントなんじゃないか、それをなんで怪物に自ら言わせるんだと。何やってるんだヴィクトル!!
      (今回登場していないのにやっぱり叱られるヴィクトルw)
  303. 303
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    私は歩き、それからたしか下へ降りたが、やがて自分の感覚に大きな変化のあったのがわかった。以前には、触っても見ても感じのない、暗い、不透明なものが、わたしのまわりにあったわけだが、今度は打ち克つことも避けることもできないような障害がなくなって、自由に歩きまわれるのがわかったのだ。光はますます蒸し暑くなり、歩いているうちに暑さに参って、日蔭になっている所を探した。それにインゴルシュタット附近の森で、そこでわたしは、小川のほとりに横になって疲れを休めたが、そのうちにとうとう、腹がすき、喉が乾いて苦しくなった。すると、それが、冬眠に近い状態からわたしを呼びさましたので、木に下ったり地面に落ちたりしていた何かの木の実を見つけては食べた。喉の乾きは小川で満たし、それから横になって眠りこけた。
    投稿日:2017年05月07日 12時26分
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    • ぴょんはま 05/07 14:38
      そうそう、生き物なら何か食べさせてあげないといけないよね。本能(?)で食べ物はわかったのかな。
    • はるほん 05/07 21:47
      木の実食べる怪物、かわいそかわいい…。
  304. 304
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「眼がさめた時は暗くて、寒さもおぼえたので、いかにもひとりぼっちなのを感じて、いわば本能的に、かなりおびえた。あんたのアパートメントを出る前に、寒さを感じたので、着物をいくらか着ていたのだけれど、それでは夜露を凌ぐには足りなかった。わたしは、貧弱な、自分ではどうすることもできない、みじめな者で、何も知らず、何も見分けることができないのに、どこからもここからも襲いかかる苦痛を感じて、坐って泣いた。
    投稿日:2017年05月07日 12時27分
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  305. 305
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「まもなく、なごやかな光がこっそりと空に現われ、わたしに嬉しい感じを与えた。わたしははっとして立ち上り、木々のあいだから光り輝くもの(月)が昇ってくるのを見た。驚異のおももちで眺めたものだ。それは動く、ともなく動き、わたしの道を照らしてくれたので、また木の実を探しに出かけた。まだ寒かったので、一本の樹の下で大きな外套を見つけると、それをかぶって地面に坐りこんだ。はっきりとした考えが頭にうかばず、何もかもごちゃ混ぜだった。わたしは、光、飢え、渇き、暗やみを感じたし、数かぎりない物音が耳にひびき、八方からさまざまな匂いが漂ってきた。はっきりと見定めることができるのは、明るい月だけだったので、わたしは喜んでそれを見つめた。
    投稿日:2017年05月07日 12時28分
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  306. 306
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「昼と夜が交替して幾日が過ぎると、夜の球体が虧けてほっそりとなったころには、わたしは自分の感覚をそれぞれに区別しはじめた。わたしはだんだん、水を飲ましてくれる清らかな流れや、わたしを葉で覆う木々がはっきり見えるようになった。たびたび耳に入ってくる気もちのよい音が、再々わたしの眼から光を遮った小さな翼のある動物の喉から出る、ということが、はじめてわかって喜んだ。わたしはまた、身のまわりの形を、ごく正確に観察しはじめ、わたしに覆いかぶさる輝かしい光の屋根の境目に気づいた。ときには、鳥の楽しい歌をまねようとしたが、できかねた。ときには、自分の感情を自己流に表わそうと思ったが、自分から出た異様なわけのわからぬ声にびっくりして、また黙り込んだ。
    投稿日:2017年05月07日 12時29分
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    • 哀愁亭味楽 05/07 12:51
      「虧ける」→(かける)満月を過ぎて、月が次第に細くなる様
    • ぽんきち 05/07 13:19
      「虧けて」は「かけて」。月の満ち欠けの時に使う漢字のようです(「盈ち虧け」と書く模様)。こんなムズカシイ字、初めて見ましたです(^^;)。

      夜の球体が虧けてほっそりとなった=the orb of night had greatly lessened

      月が欠けたことで何日か経ったことを示しているわけですが、ちょっと詩的な感じも受けます。
  307. 307
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「月は夜になっても見えなくなったが、わたしがまだその森にいるうちに、虧けた形でまた現われた。このころには、感覚がはっきりしてきたし、頭には日ごとに観念がふえてきた。眼が光に慣れてきて、正しい形に物が見え、昆虫と草の区別がわかり、そのうちにだんだん、草の種類を見わけるようになった。雀が耳ざわりな音でしか鳴らないのに、鶫つぐみの類が甘美な、心をそそるような声で鳴くこともわかった。
    投稿日:2017年05月07日 12時31分
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    • ぴょんはま 05/07 14:44
      怪物、成長してる。人間の感性まで身につけてる。人間の子どもが、例えばサルと一緒に育ったとしても、そうなるだろうか?
  308. 308
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「ある日、寒さにかじかんでいるとき、どこかの宿なし乞食たちが残していった火を見つけ、そのために味わった暖かさにすっかり喜んだ。喜びのあまり、燃えている燠に手を突っ込んだが、悲鳴をあげてすばやくその手を引っこめた。考えてみたって、同じ原因で、こんな反対の結果が出てくるなんて、どうもふしぎだ! 火の材料を調べてみて、それが木で出来ていることがわかって嬉しくなった。さっそく木の枝を幾本か集めたけれども、それは、湿っていて燃えなかった。これには悲しくなって、じっと坐りこんで火のはたらきを見守っていた。
    投稿日:2017年05月07日 12時31分
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    • はるほん 05/07 21:52
      怪物は繋ぎ合わせた死体の感性や運動能力、
      はたまた生存本能を引き継いでいるのかな。
      木の実を食べ物と認識すると思ったら火を知らなかったりと、
      やはりどこか不完全で繋がっていないってことなのかなあ。

      偏った知識をもった赤ん坊であり、
      また成長期に創造主を持てなかった子供と考えると
      ヴィクトルの罪は軽くはないよなー。
  309. 309
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    すると、火の近くにあった木が乾いて、ひとりで燃えてきた。わたしはそのわけを考えてみて、いろいろの枝に蝕って原因を見つけ出し、急いで薪をどっさり集め、それを乾かして、火をどんどんといくらでも焚けるようにした。夜になって眠くなると、火が消えやしないかとたいへん心配した。そこで、乾いた薪や木の葉をかぶせ、その上に湿った木の枝をのっけてから、外套をひろげて地面に横になり、そのまま眠ってしまった。
    投稿日:2017年05月07日 12時33分
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  310. 310
    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「けれども、食べものが乏しくなったので、腹の虫をなだめる三つか四つのどんぐりのために、むなしく探しまわってまる一日をすごすこともたびたびあった。このことがわかると、これまで住んでいた場所を離れて、自分のわずかな欲望がもっとたやすくみたされるような場所を探した。この移住に際して、偶然に手に入れた火を失うことが、たいへん残念だった。というのは、それをどうしてつくるか知らなかったのだ。この困ったことについて何時間もしんけんに考えたが、それを確保する試みはみな思いきらなければならなかったので、外套に身をくるみ、森をよこぎって入り日に向って出発した。この放浪に三日間をついやし、おしまいに広々とした土地を見つけた。その前の夜に大雪が降ったので、野原は一様に真白で、そのありさまはうらさびしく、地面を蔽ったつめたい湿ったもので足が冷えるのがわかった。
    投稿日:2017年05月07日 12時33分
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  311. 311
    哀愁亭味楽
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    「朝の七時ごろで、食べものと隠れる所がほしくてたまらず、たしか羊飼いの便宜のために小高い所に建てた小っぽけな小屋を見つけた。これは、わたしには目新しいものだったから、たいへん好奇心をもってそのしくみを調べた。すると扉が開いたので、中に入った。一人の老人が火のそばに坐って、朝食を用意しているところだった。老人は物音を聞いてふり向き、わたしを見つけて大きな金切り声をあげ、小屋を飛び出して、その老いぼれた体では出せそうもないような速力で、原っぱをよこぎって走って行った。老人の風貌は、わたしがこれまで見ていたものとは違っていたが、それが逃げて行ったのは、なんとなく意外だった。
    投稿日:2017年05月07日 12時34分
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  312. 312
    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    しかし、わたしは、その小屋の様子が気に入った。ここは雨も雪も入りこめず、地面が乾いていた。それはちょうど、火の海の苦しみの後に地獄の鬼どもの眼の前に現われた万魔堂パンデモニアムのような、申し分のない絶好の隠れ家を与えてくれたのだ。わたしは羊飼いの朝食の残りをがつがつと食べた。その残りものはパン、チーズ、ミルク、葡萄酒などであったが、葡萄酒だけは好きになれなかった。それから、すっかり疲れが出たので、そこにあった藁の上にころりと横になって眠ってしまった。
    投稿日:2017年05月07日 12時35分
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    • ぽんきち 05/07 15:05
      ぴょんはまさん
      あ、「失楽園」でしたか。ありがとうございます。そか、エピグラフも失楽園でしたもんね。
    • ぴょんはま 05/07 15:25
      ぽんきちさん
      イギリスの読者にはミルトンは(読んでなくても)常識なんでしょうが、日本語訳には注が必要ですよね。
  313. 313
    哀愁亭味楽
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    「眼がさめたのは正午だった。太陽が白い地面を明るく照らしてぽかぽかと暖かいので、旅を続けることにし、見つけた合財袋に百姓の朝食の残りを詰め、畠をよこぎって何時間も歩き、とうとう日没には、とある村に行き着いた。この村がどんなに珍しく見えたことだろう! 小屋や、もっとさっぱりした百姓家や、堂々とした邸宅が、つぎつぎにわたしの眼を奪った。菜園にある野菜や、二、三の百姓家の窓に置いてあって外から見えたミルクやチーズが、わたしの食慾をそそった。そのなかでいちばんよい家に入ったところ、戸の内側に足を踏み入れるか入れないうちに、子どもたちが泣きだし、一人の女が気絶した。
    投稿日:2017年05月07日 12時36分
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  314. 314
    哀愁亭味楽
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    村じゅう大騒ぎになって、逃げ出す者もあれば攻撃する者もあり、おしまいには、石やそのほかいろいろの飛び道具の類でむごたらしく傷つけられて、広々とした野原に逃げ出し、怖ろしくなって何もない低い物置小屋に避難したが、村ですてきな邸宅を見たあとでは、そこはまったく見すぼらしいものに見えた。けれども、この小屋は見るところ隣りあった気もちのいい百姓家に附属していたが、いま得たばかりのなまなましい経験から、そのなかには入る気にならなかった。わたしの隠れ家は木造だったが、あまり低くて、中でまっすぐに坐っていられないくらいだった。しかも、地面に板が張ってなくてそのまま床になっていたが、乾いていたので、おびただしい隙間から風が入ってきはしたものの、雪や風を凌ぐ気もちのいい避難所であるのがわかった。
    投稿日:2017年05月07日 12時37分
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  315. 315
    哀愁亭味楽
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    「そこでわたしは、中にひきこもって、みじめはみじめでも、この季節の酷烈さから、いやそれ以上に人間の野蛮さから身を隠すという嬉しさに、横になって寝た。
    「家が明けるとすぐ、隣りあっている母家を検分して、わたしが見つけたこの住まいにずっと居られそうかどうかをさぐるために、犬小屋みたいなところから這い出した。この小屋は、母家と背中合せになっていて、まわりは豚小屋と水のきれいな池になっていた。一部分は開いていて、そこからわたしは這い込んだものの、今度は、外から見えそうな隙間という隙間を、表に出るばあいにはそれを動かすことにして、石や木でふさいだので、わたしの享ける光は、豚小屋を通してくるだけだったが、わたしには十分だった。
    投稿日:2017年05月07日 12時39分
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  316. 316
    哀愁亭味楽
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    「自分の住まいをこんなふうに整え、きれいな藁を床に敷いて、わたしはそこに身をひそめた。というのは、離れたところに人影が見えたが、この人間の力を見せつけた前の晩の仕打ちを、わたしはあまりによくおぼえていたからだ。けれども、はじめは、盗んだ粗末なパンの一きれと、隠れ家のそばを流れるきれい水を手で飲むよりもっと便利に飲めるコップでもって、その日の糧をまにあわせた。床はいくらか高めになっているので、すっかり乾燥していたし、母屋の煙突のすぐそばだったので、まず悪くない程度の暖かさだった。
    投稿日:2017年05月07日 12時40分
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  317. 317
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    「こんなぐあいなので、何か決心の変るようなことが起るまでは、この物置小屋で寝起きすることに決めた。それはたしかに、もと住んでいたあの吹きさらしの森や、雨の滴る木の枝や、じめじめした地面に比べれば、楽園であった。わたしは楽しく朝食を取り、水を少し飲もうとして板を取りのけかかったとき、足音が聞えたので、小さな隙間からのぞくと、頭に手桶をのつけた若い人が、この小屋の前を通って行くのが見えた。その娘は若くて、後に出会った百姓娘や農家の女中とは違って、ものごしがやさしかった。けれども、この少女は身なりが貧弱で、粗末な青いペチコートとリンネルのジャケットだけがその服装だった。
    投稿日:2017年05月07日 12時41分
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  318. 318
    哀愁亭味楽
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    金髪は編んであったが、なんの飾りもなく、がまんはしているが悲しいというような顔つきをしていた。その姿は見えなくなったが、十五分ばかり経つと、今度は牛乳のいくらか入った手桶を担いで戻ってきた。見るところ重荷に困るようにして歩いてくると、若い男がそれに出会ったが、その顔はもっと深い意気沮喪を表わしていた。その男は、憂欝な様子で、何やらふたことみこと喋りながら、女の頭から手桶を取って、自分でそれを母家のほうへ持っていった。娘はそのあとについていって、二人とも見えなくなった。その若い男は、すぐまた現われたが、手に何か道具を持って母家の裏の畠をよこぎって行った。娘のほうも忙しく、家に入ったり庭に出たりしていた。
    投稿日:2017年05月07日 12時42分
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  319. 319
    哀愁亭味楽
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    「わたしの住まいをよく調べてみると、以前には母家の窓の一つがその一部分を占めていたが、それが板でふさいであるのがわかった。その板の一つにごく小さなほとんど気のつかない裂け目があって、そこに眼をあてるとどうにか中が見透せた。この隙間から小さな部屋が眼に映った。それは、白く塗られてあってきれいだったが、家具らしいものも何ひとつなかった。炉の近くの片隅には、一人の老人が腰かけていて、悲歎にくれたような様子をして手で頭を支えていた。若い娘は家のなかをせっせとかたずけていたが、まもなくひきだしから何やら手を使ってするものを取り出して、老人のそばに膝を下ろすと、老人は楽器を取りあげてそれを弾き、鶫や夜鶯の声よりも甘美な音を出しはじめた。
    投稿日:2017年05月07日 12時43分
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  320. 320
    哀愁亭味楽
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    それは、今まで美しいものを見たことのない哀れな出来そこないのわたしが見てさえ、美しい光景だった! 年とったこの百姓の銀髪と慈悲ぶかい顔つきが、わたしに尊敬の念を起させ、娘のやさしいものごしがわたしの愛情を誘った。老人が甘美な哀しみの曲を奏でると、愛らしい娘の眼から涙が流れたのが見えたが、耳に聞えるような声を出して娘がすすり泣くまで、老人はそれに気づかなかった。それから老人が何か喋ると、娘は仕事をやめて、老人の足もとにひざまずいた。老人は娘を立たせ、親切に愛情をこめてにっこり笑ったので、わたしは、特殊な、圧倒するような性質の感情を意識した。それは、飢えからも塞さからも、また暖かさからも食べものからも、今までにかつて味わったことのないような、苦しさと楽しさの入り混ったもので、その感動に堪えられなくなって、わたしは窓から離れた。
    投稿日:2017年05月07日 12時44分
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  321. 321
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    「そのあとですぐ、若い男が薪をどっさり肩にかついで戻ってきた。娘はそれを戸口に迎え、手を貸してその荷を下ろさせ、その燃料を少しばかり家のなかに持って入って炉にさし込んだ。それから娘と若い男は、家の片隅に行き、男が大きなパンとチーズを出してみせた。娘は喜んだ様子で、菜園から野菜類を少し取って来てそれを水につけ、火にかけた。そのあとでさっきの仕事を続けたが、若い男は菜園に入り、せっせと土を掘り起して根菜を抜いているらしかった。こうして一時間ほどその仕事をやったあとで、二人はいっしょに家に入った。
    投稿日:2017年05月07日 12時45分
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  322. 322
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    「老人はそのあいだ、もの思いに沈んでいたが、二人の姿を見ると、もっと元気な様子を見せ、みんなで食事にかかった。食事はたちまちのうちにすんでしまった。娘は家のなかをせっせと取りかたずけ、老人は若者の腕によりかかって、家の前の陽のあたるところを三、四分歩きまわった。この二人のすぐれた人間の対照にまさる美しいものはあるはずがなかった。一人は、年老いて、銀髪の、慈愛に輝く顔をしていたし、若者のほうはすらりとした優柔な姿で、顔立ちもじつに美しい均斉を保っていたが、ただその眼と態度は、極度の憂愁と意気沮喪を表わしていた。老人は家に戻り、若者は、朝使っていたものと違う道具をもって畠をよこぎって行った。
    投稿日:2017年05月07日 12時45分
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  323. 323
    哀愁亭味楽
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    「じき、夜になったが、この百姓家の人たちが細長い蝋燭を使って光を延長する手段をこころえているのを知って、わたしはひどく驚嘆した。そして、陽が沈んでも、わが隣人たちを見守ることで味わった歓びが終りにならないことがわかって、嬉しかった。その晩、若い娘と男は、私にはなんのことかわからないさまざまな仕事に精を出し、老人は楽器をまた取りあげて、今朝わたしをひきつけたあのたまらなくよい音を出した。老人がそれを終るとすぐ、今度は若者が、老人の楽器の和音にも小鳥の歌にも似ない単調な音を、弾かずに出しはじめた。あとになってからそれは、大きな声で本を読んだのだということがわかったが、そのときにはまだ、ことばや文字の学問のことを何も知らなかったのだ。
    「三人はしばらくこういうことをやったあとで、燈を消して引っ込んだが、わたしの推察では、それは休むためであった。
    投稿日:2017年05月07日 12時46分
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    • はるほん 05/07 22:14
      読めば読むほど、この作品はホラーでは無いような気がしてくるなあ。
      映画としては確かに、現代ホラーの原動力にはなったのでしょうが、
      人間について考えさせられる深い話だなあと改めて。

      お休み中もありがとうございます!
    • ぱせり 05/08 20:57
      今週もありがとうございました。(私はゴールデンウィークぼけで、昨日が日曜日だったことに、やっと気がついたのでした)

      生まれたての怪物(ずっと名前もなくてかわいそうです~)がひとりぼっちで外へ出ていく姿が不憫です。
      しかし、静かでなんと美しい世界。

      最後に出会った三人の人たちは何ものなのでしょう。続き楽しみにしています。
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         12 フェリクスの家族


    「藁の上に寝たが眠れなかったので、その日に起ったことを考えてみた。わたしを主として打ったのはこの人たちのやさしい態度であって、そのなかに加わりたいとおもったが、それもできかねた。前の晩に野蛮な村人から受けた仕打ちをあまりによくおぼえているので、これからさきどういう行為を正しいと考えてするにしても、とにかく今のところ努力しようと決心した。
    「家の人たちは、翌朝、日の出前に起きた。娘が家のなかを取りかたずけてから食事のしたくをし、最初の食事が終ってから若い男が出ていった。
    投稿日:2017年05月14日 08時24分
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  325. 325
    哀愁亭味楽
    主催者
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    「この日は前の日と同じような日課で過ぎ去った。若い男はたえず外で仕事をし、娘は中でさまざまなほねのおれる仕事をした。老人は、まもなく盲だということがわかったが、楽器を手にしたり考えことをしたりしてひまをつぶした。若い人たちの老人に対して示した愛情と尊敬にまさるものはなかった。二人がやさしく愛情と義務からのあらゆるこまごました世話をすると、老人はそれに慈悲ぶかい笑顔で答えるのであった。
    投稿日:2017年05月14日 08時24分
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  326. 326
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    「みんながまったく幸福なのではなかった。若い男と娘は、たびたび、出て行っては泣いた。わたしにはその不幸の原因はわからなかったものの、それには深く心を動かされた。こんな愛らしい人たちがみじめであるとすれば、できそこないでひとりぼっちの存在である私が不幸なのは、ちっともふしぎでなかった。それにしても、このやさしい人たちがなぜ不しあわせなのだろう。楽しい家(わたしの眼から見れば)やあらゆるぜいたくなものをもち、冷える時にあたたまる火や、空腹な時に口にするおいしい食物をもっていて、りっぱな着物を着、そのうえにおたがい仲間があって話しあい、毎日愛情と親切のまなざしをかわしているのだ。この人たちの涙は、いったい何を意味するのか。ほんとうに苦しみを表わしているのだろうか。はじめのうちは、こういう疑問を解くことができなかったが、たえず注意し、時か経つにつれて、最初は謎であったいろいろのことがわかってきた。
    投稿日:2017年05月14日 08時25分
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    • ぴょんはま 05/20 20:54
      創元版では「不完全で」と訳されていました。一人前ではない意識があるのですね。創り主に愛されていないから?
    • ぽんきち 05/20 21:38
      ぴょんはまさん

      それもあるかもしれないですが、ここは多分、見た目のことが大きいように思います。造形がperfectではない、異形であることを指している印象を受けます。
      プラスして、成長過程も普通の道筋をたどっていない=教育も受けず、精神発達上も不完全であることも入っているのかな・・・? 
      それもこれも創造主=フランケンシュタインがちゃんと面倒をみなかったせいですけど。
  327. 327
    哀愁亭味楽
    主催者
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    「しばらく経ってから、この愛すべき家族の不安の原因が一つわかった。それは貧乏であって、そのためにひどく難儀しているのだった。この人たちの栄養は、菜園の野菜と一頭の牝牛の乳がその全部で、その牛だって、主人たちが満足に餌料をやれない冬には、乳はごく僅かしか出なかった。わたしの見るところでは、この人たちはしばしば、甚しく空腹に悩み、わけても若い二人がひどくて、自分たちは何も食べずに老人の前に食べものを置くことも一度や二度ではなかった。
    投稿日:2017年05月14日 08時26分
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    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「この思いやりの深さには、わたしは強く感動した。はじめは夜のあいだに、自分が食べべるために、この人たちの貯えの一部を盗むことにしていたが、そうすることがこの家の人たちを苦しめることがわかると、それをやめて、近くの森で集めてきた苺、胡桃、根菜の類で満足した。
    「わたしはまた、この人たちのほねおりを助ける別の手段を見つけた。若者が毎日燃料にする薪を集めるのに長い時間をついやしているのを知って、夜のあいだにときどき、使い方をすぐおぼえたその道具を取り出して、数日間も燃やせるぐらいの薪を取ってきて置いてやった。
    「はじめてそれをしてやった時には、娘は、朝、戸をあけてみると、外に薪の山があるのを見つけて、ひどく驚いた様子であった。そこで大声で何か言うと、若者か出てきたが、これもびっくりしたもようだった。若者がこの日、森に行かずに、家の修理や菜園の耕作で一日を過ごしたのを見て、わたしは嬉しかった。
    投稿日:2017年05月14日 08時27分
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  329. 329
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    「わたしは、そのうちにだんだんと、もっと重要な発見をした。この人たちが、自分の経験や感情をそれぞれ区別のある声音で、おたがいに伝えあう方法をもっていることがわかったのだ。この人たちの話すことばが、ときには聞く者の心や顔いろに歓びや苦しみ、笑顔や愁いを起させるのに、わたしは気がついた。これはじっさい神さまのような術であって、わたしは熱烈にそれをおぼえたいとおもった。しかし、そのためにいろいろとやってみたが、失敗してしまった。この人たちの発音が速くて、話されることばが眼に見える対象となんら明白な結びつきもないので、何のことを言っているのか、その秘密を解く手がかりを見つけることができなかった。
    投稿日:2017年05月14日 08時28分
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  330. 330
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    けれども、さんざん苦労したあげく、小屋のなかで数箇月暮らすあいだに、いちばんよく話に出てくるものについている名まえがわかってきた。たとえは火、牛乳、パン、薪などということばをおぼえ、使ってみた。それから、この家の人たちの名もおぼえた。若い連中の名まえはいくつもあったが、老人はお父さんというたった一つの名まえで呼ばれた。娘は妹とかアガータ、若い男はフェリクス、兄さん、せがれなどと呼ばれた。こういった声音に当てはまる観念を知り、それを発音できるようになったときに感じた歓びは、とても言い表わせない。まだ、理解したり使用したりするところまではいかなかつたが、良い、かわいい、不しあわせというような、そのほかのいろいろのことばも区別できるようになった。
    投稿日:2017年05月14日 08時29分
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  331. 331
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    「冬はこんなふうにして過ごした。家の人たちのやさしい態度と美しさは、わたしに、この人たちを大いに慕う気もちを起させ、この人たちが不幸のときにはがっかりし、この人たちの喜ぶときにはその喜びに同感した。この人たちのほかには、人はあまり見かけず、誰かほかの者がたまたま家に入って来ることがあっても、その連中の粗野な態度や荒々しい歩きぶりは、この家の人たちのりっぱな態度をきわだたせるだけのことであった。老人がしばしば子どもたちを励まし、ときどき老人が呼ぶときにわかったことだが、憂欝を振り払わせようと努力していることは、わたしにも読み取れた。老人は、わたしさえ嬉しくなるような善良さを現わして、快活な口調で話をした。
    投稿日:2017年05月14日 08時30分
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  332. 332
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    アガータは尊敬の念をこめてそれを聞き、その眼には涙が溢れることもあったが、そんなときはそれをそっと拭き取るようにしていた。しかし、だいたいにおいて、父親に言って聞かされたあとでは、その顔いろや声の調子がずっと快活になるのがわかった。フェリクスのばあいは、そうではなかった。いつでも家族のなかでいちばん悲しそうにしており、わたしの未熟な感じから言ってさえも、ほかの者より深く悩んでいるように見えた。しかし、顔いろのほうはもっと悲しげであったとしても、声は、老人に話しかける時には、妹の声より快活であった。
    投稿日:2017年05月14日 08時31分
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  333. 333
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    「ちょっとしたことではあるが、この愛すべき人たちの気性を示す実例を、いくらでも挙げることができる。貧窮と欠乏のさなかにありながら、フェリクスは、雪のつもった地面から首を出した最初の白い花を、喜んで妹に持ってきてやった。朝早く、妹の起きる前に、牛小屋へ行く道をふさいだ雪を掻きのけたり、井戸から水を汲んできたり、納屋から薪を運んできたりしたが、その納屋のなかには、眼に見えない手でいつも補充される薪の貯えがあるのを見て、しじゅう驚くのだった。日中はときどき、近所の百姓家の仕事をすると見え、よく出かけて夕食まで帰らず、薪を持って来なかった。また、ときには、菜園で働いたが、霜のおく季節にはすることとてもあまりなかったので、老人とアガータに本を読んでやった。
    投稿日:2017年05月14日 08時32分
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  334. 334
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    「この、本を読むということが、最初は、わたしにはどうしてもわけがわからなかったが、そのうちに、だんだん、読んでいるさいに、話をする時と同じことをいろいろと喋ることがわかった。だから、わたしは、フェリクスのわかることばのしるしが紙の上にあるのだろうと推測し、しきりにそれを理解したいと考えたが、ことばのしるしどころか、かんじんのことばの音さえわからないのに、どうしてそんなことができよう。けれども、この知識は眼に見えて進歩したとはいえ、全心を捧げて努力しても、会話だってろくすっぽわかりっこはなかった。
    投稿日:2017年05月14日 08時33分
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  335. 335
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    わたしは、家の人たちの前に姿をあらわしたくてしかたがなかったけれども、ことばをまずおぼえこまないうちは、そんなことをしてはいけない、それさえわかれば、この人たちも、わたしの畸形を、見のがしてくれるだろう、ということが、すぐわかった。というのは、わたしの眼にひっきりなしに見せつけられる対照も、わたしにこのことを教えてくれたからだ。
    投稿日:2017年05月14日 08時34分
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    • ぴょんはま 05/20 21:06
      19歳の誕生日の少し前に取りかかっているようです。その時、彼女には半年前に生まれた息子がいるはず。(預けてきたのか、スイスに連れてきているのか?)その前17歳の時に生んだ娘は1カ月も立たずに亡くなっていますが。私は年齢よりも、乳飲み子を抱えた母親が考えているところに驚きました。生命の神秘を感じるのはわかるのですが。
    • ぴょんはま 05/20 21:50
      創元推理文庫版
      「いくら一家の前に姿を見せたいと望んでも、その試みより先にまず彼らの言語を修得せねばならないのは、たやすくわかることだった。言葉の知識さえあれば、自分の姿の醜さを大目に見てもらうことができるだろう――というのは、このことも、たえず目にする対比のおかげで自分は知るようになっていたのだ。」
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    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「わたしは、この人たちの申し分のない姿――その愛嬌と美しさと品のよい顔色を讃歎したが、自分を澄んだ池の水に映してみたとき、どんなに慄いあがったことだろう! はじめのうちはその水鏡に映ったものがほんとうにわたしであるとは信じかねてたじたじとなり、自分が実際にそういう怪物であることをよくよく確めると、激しい落胆と無念の感にみたされた。ああ! けれども、わたしにはまだ、こういうみじめな畸形の致命的な効果がとことんまでわかったわけではなかった。
    投稿日:2017年05月14日 08時35分
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  337. 337
    哀愁亭味楽
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    「陽の光が暖かくなり、日が長くなると、雪が消え、裸の木と黒土が見えた。このころからフェリクスは、仕事で忙しくなり、同情の念をそそらずにいられないようなさし迫った飢餓の徴候はなくなった。あとでわかったことだが、食べものは粗末ではあったが、健康にはよかったし、足りなくなるようなことはなかった。いくつか新しい種類の植物が菜園に芽ばえると、それを調理した。こういう安楽のしるしは、季節が深まるにつれて日ごとにふえていった。
    投稿日:2017年05月14日 08時35分
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    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「老人は、雨が降らないときは、毎日、正午に、息子によりかかって散歩した。天から水が降りそそぐとき、それが雨と呼ばれることは、わたしにもわかった。雨はたびたび降ったが、強い風がたちまち地面を乾かし、季節はますます快適になってきた。
    投稿日:2017年05月14日 08時36分
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    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「小屋のなかでのわたしの暮らしぶりは、変りがなかった。朝のうちは家の人たちの動静に注目し、みんながそれぞれにいろいろな仕事に就くと、わたしは眠り、それから後はまた、家の人たちを観察して過ごした。みんなが寝床に引っこんでしまうと、月が出ているか、星明りがあるかすれば、森へ入りこんで、自分の食べものと家へ持って帰る燃料を集めた。戻ってくると、その必要があるたびに、道路の雪を払ったり、フェリクスがやるのを見ておぼえた仕事をしたりした。眼に見えない手がやってくれたそういうほねおり仕事を見て、この人たちがたいへん驚いたことは、あとになってわかった、このばあい、天使、すばらしい、といようなことばが出るのを、一、二度耳にしたが、当時はまだ、そういったことばの意味がわからなかった。
    投稿日:2017年05月14日 08時37分
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    • ぽんきち 05/14 13:27
      怪物がごんぎつねみたいでけなげすぎるっ(><)
    • ぴょんはま 05/20 21:15
      ぼんきちさん
      ごん、おまえだったのか、いつも栗をくれたのは。
      やっぱり、そうなってしまうのよね?
      理解されず、報われない怪物、かわいそう過ぎ。
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    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    「わたしの考えは、今や、いよいよ活溌になり、この愛すべき人たちの動機や感情を見つけたくてたまらず、なぜにフェリクスがあんなふうにみじめに見え、アガータがあれほど哀しげに見えるのかを、なんとかして知りたかった。わたしの力で、この人たちに、当然の幸福を取りかえしてやれるかもしれない、と、わたしは考えた(ばかなやつだ!)。眠っているか、そこに居あわさない時でも、尊敬すべき盲の父親や、気だてのやさしいアガータや、りっぱなフェリクスの姿が、わたしの眼の前にちらつくのだった。わたしはこの人たちを、自分の未来の運命を定めてくれる人たちだと見なし、この人たちの前に出て、迎えてもらう姿を、あれこれといろいろに想像した。嫌われるかもしれないが、自分のおとなしい態度と穏かなことばで、おしまいにはまずこの人たちに好意をもたれ、それからさらに愛されるだろうと想像したのだ。
    投稿日:2017年05月14日 08時38分
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    哀愁亭味楽
    主催者
    哀愁亭味楽 さん
    「そう考えると励みが出て、ふたたび新しい熱心さをもって、ものを喋る術を身につける勉強をした。わたしの発音器官はなるほど粗っぽかったが、しなやかだったので、家の人たちの語調のやわらかな音楽とは似てもつかないものではあったにしろ、自分のわかるようなことばを、それほどぎこちなくもなく発音した。それは驢馬や狆(ちん)に似てはいたが、それにしても、べつに他意のないおとなしい驢馬ならばたしかに、その態度がぶざまだったところで、殴られたり憎まれたりするよりはまだましな待遇を受けるはずだ。
    投稿日:2017年05月14日 08時39分
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    哀愁亭味楽
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    哀愁亭味楽 さん
    「春の気もちのよい驟雨と温和な暖かさで、大地の相貌は大いに変った。この変化が起るまでは洞穴に隠れていたように見える人々は、それぞれに散らばって、耕作のいろいろな仕事に従事した。鳥たちがいっそう快活なしらべで歌い、木の葉が芽を出しはじめた。幸福な、幸福な大地よ! つい先ごろまで荒涼として湿っぽく、健康に悪かったのに、今では神々の住まいにもふさわしい。自然の魅惑的な姿に接して、わたしも元気になった。過去はわたしの記憶から消え去り、現在は平穏無事になって、未来は希望の輝かしい光線と歓びの期待とで、黄金の色に輝いた。
    投稿日:2017年05月14日 08時40分
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    • ぴょんはま 05/20 21:36
      いよいよ前篇終了なのですね。いつもありがとうございます。
      この物語の主人公は科学者のフランケンシュタインの方なのでしょうが、彼が創り出した、フランケンシュタインとして世に知られている怪物の方が、創造者よりずっと人間らしいように思いました。
      責任も取らずずるいところも、人間の弱さなのでしょうが。
      後篇もよろしくお願いいたします。
    • 哀愁亭味楽 05/20 21:42
      ぴょんはまさん、ありがとうございます〜!前篇お付き合いいただき、ありがとうございました!

      そうですね。確かにフランケンシュタインのずるさや弱さ、ある意味で人間らしさなのかな。

      また後篇もよろしくお願いいたします!
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