千世さん
レビュアー:
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戦争、死、刹那的な恋。一瞬ヘミングウェイを読んでいるのかと錯覚しました。戦争がヨーロッパを席捲していた、未来の見えない時代。主人公はパリで逃亡生活を送る医師。過去を消した、根のない男の孤独。上下2巻。
戦争、死、刹那的な恋。ヘミングウェイを読んでいるのかと一瞬錯覚しました。違います。この本の作者は、かの『西部戦線異状なし』のレマルク。第一次世界大戦から第二次世界大戦にかけてのヨーロッパは誰の目から見ても、こうした先の見えない空気に包まれていたのでしょう。フランスにとって、戦争をしていない今は貴重な時間なのかもしれません。この貴重な時間が永遠に続くものとなり、世界中に広がっていくことがなぜかなわないのでしょうか。
第一次世界大戦が終わり、次の戦争の火種がくすぶり始めているパリ。主人公は、避難民たちだけをひそかに泊めるホテルに住む医師のラヴィック。ベルリンで友人の逃亡を助けて逮捕され、残忍な拷問を受けた末に脱走し、名を変えて逃亡生活を続ける男です。技術の未熟な医師にかわり、患者の麻酔が効いている間にひそかに手術をしたり、淫売婦たちの検診をしたりしながら生き延びています。彼を使う医師にとって、彼は金儲けの道具ですが、病院長のヴェーベルは友情を持って彼に接してくれます。
確かな腰を据える場所を持たない人にとって、生きる目的とはただ生きることだけなのかもしれません。過去を消し去り、未来は見えない不安定な生活。死ぬことができないから生きているというような。ラヴィックにとっては、自らを拷問し、恋人を殺したハーケに復讐したいという強い衝動がありますが、それこそが生きる目的というようには見えません。ただどんな時も冷静に見える彼が、ハーケの姿を目にした時だけは感情を抑制することができなくなり、狂ったような行動に出るだけです。
目の前の患者を、その命の灯が消える瞬間まであきらめることなく懸命に助けるのも、ただ医師としての本能のような気がします。その本能が、事故に遭った行きずりの女性を助けたため警察に話を聞かれることになり、査証を持たない彼は再びパリを離れて逃亡生活を強いられます。
そんな根無し草のような男が、やはり居場所のない孤独な女優ジョアンと恋に落ちます。居場所のない2人だからこそ、2人は魅かれ合ったのかもしれません。しかし自らの望みとは違う運命によって居場所を失った男と違い、女は自ら彷徨の生活を求めているように見えます。魅かれ合い、お互いを必要としながらも、理解し合えない男と女。女は、男がもう一度パリに帰って来る日を待つことができませんでした。
ラヴィックがラヴィックという名で、パリで過ごした数年の月日だけが描かれます。その後の彼がどうなったのかはわかりません。もう彼は「ラヴィック」とは違う別人として生きていることでしょう。しかし決して長くはないこの時間の中に、ラヴィックという名の男は確かに存在しました。彼を助け、復讐を手助けしてくれる親友がいました。病院へ行けない避難民や淫売婦たちにとっては、頼れる医者でした。彼は言います。
居場所のない主人公の前に幾度も立ちはだかる凱旋門が、まるで「ここはパリだ」と彼に教えているようです。しかしやがてその凱旋門も、灯火管制により存在感を失っていきます。また戦争が始まります。
ラヴィックの住んでいたホテルの住人たちも全員が、開戦と同時にホテルを退去せざるを得なくなります。避難民と知って通報していなかった女主人に処罰を受けろと言う男に、女主人はこう言い返します。
ラヴィックを含むパリの避難民たちは、ただ人情によってどうにか生きられていたのだと思い、胸が熱くなりました。今世界中にいる避難者たちも、人情に支えられて生きているのでしょうか。
第一次世界大戦が終わり、次の戦争の火種がくすぶり始めているパリ。主人公は、避難民たちだけをひそかに泊めるホテルに住む医師のラヴィック。ベルリンで友人の逃亡を助けて逮捕され、残忍な拷問を受けた末に脱走し、名を変えて逃亡生活を続ける男です。技術の未熟な医師にかわり、患者の麻酔が効いている間にひそかに手術をしたり、淫売婦たちの検診をしたりしながら生き延びています。彼を使う医師にとって、彼は金儲けの道具ですが、病院長のヴェーベルは友情を持って彼に接してくれます。
確かな腰を据える場所を持たない人にとって、生きる目的とはただ生きることだけなのかもしれません。過去を消し去り、未来は見えない不安定な生活。死ぬことができないから生きているというような。ラヴィックにとっては、自らを拷問し、恋人を殺したハーケに復讐したいという強い衝動がありますが、それこそが生きる目的というようには見えません。ただどんな時も冷静に見える彼が、ハーケの姿を目にした時だけは感情を抑制することができなくなり、狂ったような行動に出るだけです。
目の前の患者を、その命の灯が消える瞬間まであきらめることなく懸命に助けるのも、ただ医師としての本能のような気がします。その本能が、事故に遭った行きずりの女性を助けたため警察に話を聞かれることになり、査証を持たない彼は再びパリを離れて逃亡生活を強いられます。
そんな根無し草のような男が、やはり居場所のない孤独な女優ジョアンと恋に落ちます。居場所のない2人だからこそ、2人は魅かれ合ったのかもしれません。しかし自らの望みとは違う運命によって居場所を失った男と違い、女は自ら彷徨の生活を求めているように見えます。魅かれ合い、お互いを必要としながらも、理解し合えない男と女。女は、男がもう一度パリに帰って来る日を待つことができませんでした。
ラヴィックがラヴィックという名で、パリで過ごした数年の月日だけが描かれます。その後の彼がどうなったのかはわかりません。もう彼は「ラヴィック」とは違う別人として生きていることでしょう。しかし決して長くはないこの時間の中に、ラヴィックという名の男は確かに存在しました。彼を助け、復讐を手助けしてくれる親友がいました。病院へ行けない避難民や淫売婦たちにとっては、頼れる医者でした。彼は言います。
おれは復讐をし、恋をした。それでじゅうぶんだと。そう思わざるを得ないのでしょうが、本来の彼が持ちえたはずの長い人生を思うと、あまりに虚しく感じられます。
居場所のない主人公の前に幾度も立ちはだかる凱旋門が、まるで「ここはパリだ」と彼に教えているようです。しかしやがてその凱旋門も、灯火管制により存在感を失っていきます。また戦争が始まります。
ラヴィックの住んでいたホテルの住人たちも全員が、開戦と同時にホテルを退去せざるを得なくなります。避難民と知って通報していなかった女主人に処罰を受けろと言う男に、女主人はこう言い返します。
人情が罰せられるんだったら、どうぞ、いくらでも罰にしなさい!
ラヴィックを含むパリの避難民たちは、ただ人情によってどうにか生きられていたのだと思い、胸が熱くなりました。今世界中にいる避難者たちも、人情に支えられて生きているのでしょうか。
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国文科出身の介護支援専門員です。
文学を離れて働く今も、読書はライフワークです。
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- 出版社:グーテンベルク21
- ページ数:0
- ISBN:B00U3AJ5VM
- 発売日:2015年03月04日
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