rodolfo1さん
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75歳の燿子は86歳の哲学者仙崎と出会う。共に恋や愛よりも仕事を優先させて生きて来た2人であったが、妻を亡くした仙崎は未来に不安を抱えていた。しかしオプティミストの燿子はそんな仙崎の心をほぐし。。。
松井久子作「最後のひと」を読みました。元売れっ子脚本家の燿子は75歳。脚本の仕事は途絶え、細々と続けていたシナリオ教室もパンデミックで中断し、現在は一人で静かな生活を送っていました。70歳の時に恋人となった年下の蓮にも先立たれ、親密な関係からも遠ざかっています。そんな折、大学時代の友人皓次から、もう一人の旧友直哉が肺がんで亡くなったと知らされ、燿子は深い喪失感に襲われました。
直哉は老舗仕出し屋の息子で、学生時代、父の工場倒産で退学の危機にあった燿子をアルバイトとして支え、卒業に導いてくれた恩人でした。三人の間に恋愛関係は一度も生まれませんでしたが、燿子はそれを不思議な親密さとして記憶していました。
皓次は、うつ病の妻と義母の介護に疲れ切った生活の中で、哲学者仙崎理一郎の市民講座だけを心の支えにしていると言います。燿子は仙崎の著作を読み、その思想に強く惹かれました。仙崎はフーコーの影響を受け、日常生活に浸透する「権力」のあり方を語る思想家でしたが、その根底には戦争体験がありました。疎開先で共同体から制裁を受けた記憶、さらに特攻志願した兄へ「国のために命を捧げよ」と書き送ってしまった後悔が、彼の思想の原点でした。
講座に参加した燿子は仙崎と出会います。86歳の仙崎は、評論家だった妻を看取り、娘夫婦と同居しながらも孤独な日常を送っていました。仕事では孤高を守り、家庭では世話役に徹してきた人生の終盤に差しかかり、自分の生は幸福だったのかと自問していたのです。
やがて二人はメールを交わし、燿子は仙崎の家を訪れます。ワインを飲みながら語り合ううち、仙崎はこれまで誰にも語らなかった個人的な記憶を燿子に打ち明けました。夫婦とは何か、共に生きるとは何か――二人の会話は尽きず、互いに強い関心を抱き始めます。
正月、燿子の逗子の家で再会した二人は、恋の予感を自覚します。別れ際、指を絡めただけで抱き合うことはありませんでしたが、すでに関係は動き始めていました。燿子はかつて抑圧的な夫と離婚し、娘を育てながら仕事に没頭してきました。成功と引き換えに「可愛げのない女」という評価を受け、独りで生きる覚悟を固めていたのです。仙崎もまた愛情より仕事を選び続けた人生でした。
やがて燿子は仙崎を自宅に招き、二人は身体的な関係を結びます。仙崎は高齢のため性的機能に問題を抱えていましたが、燿子にとって重要だったのは行為そのものではなく、触れ合いと親密さでした。二人は週に一度会うようになり、孤独だった日常は大きく変わっていきます。悲観的だった仙崎は、初めて「自分は独りではない」と感じるようになりました。
しかし仙崎には30年続く関係の女性・晴美がいました。既婚者同士の関係で、彼は罪悪感を抱いていませんでしたが、燿子はその存在を受け入れきれず、関係の整理を求めます。仙崎は晴美と別れ、燿子と生きる決意を固めます。燿子にとって仙崎は「最後のひと」になりました。
温泉旅行や家族への紹介を経て、燿子は仙崎の家族と出会います。彼らは冷たいのではなく、互いに干渉しない距離を尊重する人々でした。やがて同居の話が持ち上がり、仙崎は膨大な蔵書を処分します。人生を整理する作業は苦しいものでしたが、燿子の存在がそれを可能にしました。
広くなった部屋で二人は寄り添います。燿子が「もっと若い頃に出会えれば」と言うと、仙崎は「今だから良かった」と答えます。情熱ではなく、いたわりと理解によって結ばれる関係――老いのなかでなお成立するエロスが、この物語の核心でした。互いに孤独を抱えた二人が、人生の終盤でようやく辿り着いた「落としどころ」、それこそが本作の描く愛のかたちだったのだと思います。
この小説は実は「恋愛小説」ではなく、「依存の再定義」の物語であります。86歳と75歳のカップルには、若い頃の恋愛のように、愛し合ったカップルが新たな家族と財産を築いていくといった前向きな方向性は求めようもありません。相手を求めて満たされる話ではなく、互いが世話される/世話する。互いを看取る/看取られる。お互いの孤立/共同をいかに担保し合うかという物語であった為に、恋物語のウキウキ感はありませんが、私のような老人にはとても素敵な話でありました。
松井先生の言われる通り、男が不能であっても男女間にエロスが存在するのなら、世の中の老人達の残された人生はもっと彩り豊かになる筈です。小説的な深みは持ちませんが、こうした事実があるのだと言う提言は、本当であれば実に良い話だと思いました。
直哉は老舗仕出し屋の息子で、学生時代、父の工場倒産で退学の危機にあった燿子をアルバイトとして支え、卒業に導いてくれた恩人でした。三人の間に恋愛関係は一度も生まれませんでしたが、燿子はそれを不思議な親密さとして記憶していました。
皓次は、うつ病の妻と義母の介護に疲れ切った生活の中で、哲学者仙崎理一郎の市民講座だけを心の支えにしていると言います。燿子は仙崎の著作を読み、その思想に強く惹かれました。仙崎はフーコーの影響を受け、日常生活に浸透する「権力」のあり方を語る思想家でしたが、その根底には戦争体験がありました。疎開先で共同体から制裁を受けた記憶、さらに特攻志願した兄へ「国のために命を捧げよ」と書き送ってしまった後悔が、彼の思想の原点でした。
講座に参加した燿子は仙崎と出会います。86歳の仙崎は、評論家だった妻を看取り、娘夫婦と同居しながらも孤独な日常を送っていました。仕事では孤高を守り、家庭では世話役に徹してきた人生の終盤に差しかかり、自分の生は幸福だったのかと自問していたのです。
やがて二人はメールを交わし、燿子は仙崎の家を訪れます。ワインを飲みながら語り合ううち、仙崎はこれまで誰にも語らなかった個人的な記憶を燿子に打ち明けました。夫婦とは何か、共に生きるとは何か――二人の会話は尽きず、互いに強い関心を抱き始めます。
正月、燿子の逗子の家で再会した二人は、恋の予感を自覚します。別れ際、指を絡めただけで抱き合うことはありませんでしたが、すでに関係は動き始めていました。燿子はかつて抑圧的な夫と離婚し、娘を育てながら仕事に没頭してきました。成功と引き換えに「可愛げのない女」という評価を受け、独りで生きる覚悟を固めていたのです。仙崎もまた愛情より仕事を選び続けた人生でした。
やがて燿子は仙崎を自宅に招き、二人は身体的な関係を結びます。仙崎は高齢のため性的機能に問題を抱えていましたが、燿子にとって重要だったのは行為そのものではなく、触れ合いと親密さでした。二人は週に一度会うようになり、孤独だった日常は大きく変わっていきます。悲観的だった仙崎は、初めて「自分は独りではない」と感じるようになりました。
しかし仙崎には30年続く関係の女性・晴美がいました。既婚者同士の関係で、彼は罪悪感を抱いていませんでしたが、燿子はその存在を受け入れきれず、関係の整理を求めます。仙崎は晴美と別れ、燿子と生きる決意を固めます。燿子にとって仙崎は「最後のひと」になりました。
温泉旅行や家族への紹介を経て、燿子は仙崎の家族と出会います。彼らは冷たいのではなく、互いに干渉しない距離を尊重する人々でした。やがて同居の話が持ち上がり、仙崎は膨大な蔵書を処分します。人生を整理する作業は苦しいものでしたが、燿子の存在がそれを可能にしました。
広くなった部屋で二人は寄り添います。燿子が「もっと若い頃に出会えれば」と言うと、仙崎は「今だから良かった」と答えます。情熱ではなく、いたわりと理解によって結ばれる関係――老いのなかでなお成立するエロスが、この物語の核心でした。互いに孤独を抱えた二人が、人生の終盤でようやく辿り着いた「落としどころ」、それこそが本作の描く愛のかたちだったのだと思います。
この小説は実は「恋愛小説」ではなく、「依存の再定義」の物語であります。86歳と75歳のカップルには、若い頃の恋愛のように、愛し合ったカップルが新たな家族と財産を築いていくといった前向きな方向性は求めようもありません。相手を求めて満たされる話ではなく、互いが世話される/世話する。互いを看取る/看取られる。お互いの孤立/共同をいかに担保し合うかという物語であった為に、恋物語のウキウキ感はありませんが、私のような老人にはとても素敵な話でありました。
松井先生の言われる通り、男が不能であっても男女間にエロスが存在するのなら、世の中の老人達の残された人生はもっと彩り豊かになる筈です。小説的な深みは持ちませんが、こうした事実があるのだと言う提言は、本当であれば実に良い話だと思いました。
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