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hackerさん
hacker
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「戦うこともできずに、負けた男」と帯に書かれていますが、正確には「戦うことをしないで、負けた男」を描いた、1943年生まれのアルバニア作家ファトス・コンゴリの1992年刊のデビュー作です。
戦うということは、相手がいるということです。しかし、その相手が、自分の人生、時によっては自分の生命を握っているような場合、ここで語られている、かってのアルバニアのような全体主義国家の場合、一個人は戦えるでしょうか。本書で扱っているテーマは、それだと思います。


本書の一人称の主人公セサルは、1991年に生活困窮が理由で国外に大量脱出する人々に混じって、友人家族と一緒に乗ったイタリアへ向かう船から、土壇場になって一人で降りてしまいます。それから、主人公は、1960年代後半から70年代前半、裏切りと失意に満ちた青春時代を振り返ります。詳しくは語りませんが、全体主義国家体制が眼前の敵の背景にひかえている時に、それに対峙する一個人の無力さが、主人公を愛した二人の女性との関係を中心に、綿密な文章と構成で展開されています。

基本的に、どんな人生を歩むかを決める権利は、その人にあるとは私は思っていますが、絶対に選べないものは生まれた国であり生まれ育った環境です。

ですから、子供の7人に1人が貧困状態にあるといわれる日本の現状は深刻なものがあります。ただ、国の体制という面では、そうなる兆しはあちこちに見られるものの、かってそうだった全体主義国家にはまだなっていません。しかし、全体主義を底辺で支えた価値観は、未だに社会全体で生きています。例えば、「家」に対する従属意識であり、社会に対する「恥」の意識です。そのすべてがネガティブなものだとは言いませんが、実は、本書の主人公の意思を縛っているのも、この二つです。そして、自分自身のことを振り返ってみると、やはり、この二つが人生の岐路における大きな障害でした。結果的には、その時選んだ人生も酷いものではなかったとは思っていますが、失ったものが大きかったのも事実です。その意味において、読みながら、とても遠い他国の過ぎた時代の話とは思えません。実に普遍性のある内容を持った作品なのです。

セリーヌやフォークナーやガルシア=マルケスのように言葉の小宇宙を展開してくれたり、シムノンのように様々な人間模様を見せてくれる作家とは違うのですが、本書のように、我が身と人生を振り返るきっかけを与えてくれる作品も、また素晴らしいと思います。

いつもながらの台詞ですが、世界は広くまだまだ知るべき作家はたくさんいます。少年老い易く学成り難し。
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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2278 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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