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darklyさん
darkly
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アンナ・カヴァンの第3短編集。印象が全く異なる様々な作品が集められておりカヴァンの小説家としての力量を感じさせます。
アンナ・カヴァンは幼少期から精神状態が不安定であり、また成人してからも結婚が破綻した後死亡するまでヘロイン中毒であったことなどからも生涯安定した精神を持つことがない辛い人生を送りました。その代償というのも変ですが彼女の作品のイメージの鮮烈さは他に類を見ないものであり現代においても熱烈なフォロワーを持つに至っています。

本書は「氷」で有名なアンナ・カヴァンの第3短編集です。アンナ・カヴァンらしい期待にたがわないイメージの作品もあれば、このような作品も書くのかと少し意外な作品も収められています。結果としてとても読み応えがある作品集であり、ますます彼女の魅力の虜となりました。

【草地は緑に輝いて】
巻頭を飾る表題作。垂直の壁に輝く緑の草地がある。草地は凶暴なまでの生命力を誇り夜の闇さえを受け付けずに光輝く。その侵略を食い止めるべくロープで宙づりとなり命の危険を冒しながら草を刈る職業に従事する人々がいる。

カヴァン節炸裂のイメージ先行型の短編です。私の頭の中の草地の緑色は現在放映中の大河ドラマ「麒麟がくる」の賛否両論ある鮮やかな緑色なのです。放置すれば人々に危険を及ぼす草地を刈る職業の人々は最下層の身分ながら命を落とせばその家族には手厚い保障が与えられるという。1958年の作品ながら何かその後起こる原発ビジネスを予言したかのような印象を残します。

【小ネズミ、靴】
施設で育ち精神的に不安定な10歳の少女が売られることになった。買主の母親と息子と対面する。少女は母親の靴に魅了される。親子から悪意と憎悪の言葉を投げつけられても少女は何も反応しない。彼女は母親の靴のことしか頭にない。反応しない少女に苛立った息子が少女の手首をつかんで振り回す。バランスを崩した少女が母親の靴の上に顔を打ち付け靴を血で汚す。少女は息子に飛びかかった。

巻末の解説では引っ込み思案な孤児の少女の物語としか書いていませんが、私は人と人とのコミュニケーションは必ずしも噛み合っていない可能性が主題の作品ではないかと思いました。親子からの罵倒は少女の気骨を試すものでありますが、少女はその罵倒について何も感じていません。魅了された靴を汚してしまったことにキレるわけですが、その罵倒に反撃したと勘違いした親子はこの少女は気骨があると引き取りを決定するのです。

精神的に不安定であったカヴァンは小さい頃から自分が感じていることと、他人が感じていることのギャップの大きさに悩まされていたのではないかと想像します。カヴァンの化身である少女の靴に対する執着はアスペルガーの特徴のように思えます。この時代そのような概念はなかったでしょうが。普通の精神状態であっても親子、夫婦、上司と部下、友人においても普通にコミュニケーションが成立したとお互い思っていても実はそのニュアンスが微妙に違っていたということは日常茶飯事だろうと思います。

【未来は輝く】
主人公の少年は両親を事故で亡くし、有力者である伯父さんを頼ることになった。行先はキラキラとした巨大な建造物がひしめく未来的な都市ハイシティ(高楼都市)。しかしハイシティの下方、雲よりも下にはレーンズという下層民が悲惨な暮らしをしている地区があった。出迎えた伯父さんに連れられてハイシティに住むことになった少年は輝く未来を夢見るが不条理に満ちた悪夢の展開が待っていた。

巻末の解説を読むまでもなくこの小説はカフカの「アメリカ」のオマージュです。私はカフカ作品では「城」と並んで「アメリカ」が最も好きな作品なのですが、雰囲気がとても似ていてそれだけでも楽しい気分になりました。はっきり言って訳の分からない作品が多い中でこのような端正で美しい描写、SFとしての想像力、次第に忍び寄る不条理への雰囲気の盛り上げ方など失礼な言い方ながら普通の一流の小説家であることを再認識しました。まるでピカソの晩年の抽象的な作品しか見たことがない人が初期の写実的な絵画を見た時の驚きに似ているかもしれません。

カヴァン作品での映像的なイメージやこの作品のような優れたディストピアSFを書く能力を考えれば彼女に映画監督をさせればブレードランナーを待つまでもなく終末的な傑作SF作品ができたかもしれないと想像してしまいます。
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darkly
darkly さん本が好き!1級(書評数:337 件)

昔からずっと本は読み続けてます。フィクション・ノンフィクション問わず、あまりこだわりなく読んでます。フィクションはSF・ホラー・ファンタジーが比較的多いです。あと科学・数学・思想的な本を好みます。

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