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hackerさん
hacker
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「左紀子は自由ヶ丘の駅前で百ワットの電球を買った。夜のアパートの部屋は薄暗くてきが滅入って仕方がなかった。六十ワットの電球がいけないのだ、と左紀子は思った」(本書より)時代を感じさせますねぇ~。
笹沢左保(1920-2002)は、多作家として知られていましたが、実はほとんど読んだことがありません。一世を風靡したTVドラマ『木枯し紋次郎』シリーズの原作者でもありましたが、それも未読です。今回手にした『人食い』(1960年)は、第14回日本推理作家協会賞を受賞した作品です。まず、内容を簡単に紹介します。


「遺書」と題する最初の章は、妹の左紀子に宛てた遺書という形式で、花城由記子という女性の一人称で語られます。内容は、自分の勤めている株式会社本多鉄砲火薬店の跡取り息子、本多昭一との結婚が許されず、自身は会社を首になり、彼は強引に別の女性と婚約させられるという事態になったため、二人で心中するというものでした。この会社は本多祐介社長のワンマン経営で業績を伸ばしてきましたが、それゆえに組合との労働争議でもめている最中でした。実は、それを読んだ銀行勤めの左紀子も、組合の執行委員長・豊島宗和と恋仲だったのです。

第二章からは、この左紀子の視点からの三人称で語られます。左紀子は、この件を警察に報告しますが、そもそもどこで心中しようとしているのか分からない状況では、警察も手を出しようがありません。豊島とも相談しましたが、本多昭一も行方知れずとなっており、待つしかないという状況でした。そして、二日後に、山梨県の昇仙峡で本多昭一の遺体が発見されますが、由記子は依然として行方不明のままでした。そして、警察は由紀子を全国指名手配するに至ります。しかし事件はこれで終わりではありませんでした。工場内で故意による爆発事件が発生し、誰とも分からない死体の破片が見つかります。さらに、本多祐介社長が一種の密室で死体となって発見されたのでした。


昔の小説を読むと、現在との社会通念の差に驚くことがあるのですが、本書にもいくつかあります。「労働組合などというものは、飼主に歯をむき出す狂犬も同じだ。私はもちろん、狂犬と対等に口をきく気はない」という本多祐介社長の発言や、「親族に犯罪者がいては困る」として由記子に自主的な辞任を迫る銀行などは、そういう例です。もちろん、作品の重要なモチーフである男女関係にも同じことが言えます。金銭的な例を挙げると、由記子が心中旅行に出かける前に、貯金から下した7万5千円を「大金」と称していることなどです。ほほえましい例とすれば、「左紀子は自由ヶ丘の駅前で百ワットの電球を買った。夜のアパートの部屋は薄暗くてきが滅入って仕方がなかった。六十ワットの電球がいけないのだ、と左紀子は思った」というのもあります。今や通用しない「便所の百ワット」という喩えを思い出しました。念のためですが、「無駄な明るさ」という意味です。ただ、こういうことは、少し前に書かれた本では、よくあることなので、これは読む側で理解しつつ読むべきことだと思います。

さて、本格ミステリーとすれば、それなりに考えられた作品だと思います。whodunitに関しては、実は日本の某有名作の応用があって、それに気づけば、そんなに難しくはないでしょう。ただこれも、当時の社会通念からは、かなり気づくのが難しかったかもしれません。日本推理作家協会賞を受賞したことからも分かるように、当時の評価は高いものでした。ただ、現在同内容の小説を書いても、同等の評価を得るのは難しいような気がします。なお、題名の意味は最後に分かります。その意味を考えながら読むのも一興でしょう。

と言うわけで、今の時点で読んだ場合の評価はちょっと難しい小説です。しかし、こういうミステリーは、当時の状況を頭で補足しながら読むものだと思っていますし、そのように読むべきでしょう。ミステリー作家としての笹沢佐保の片鱗をうかがうには良い作品だと思います。

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hacker
hacker さん本が好き!1級(書評数:2376 件)

「本職」は、本というより映画です。

本を読んでいても、映画好きの視点から、内容を見ていることが多いようです。

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