面白かった。物語に引き込まれた。
葉室麟氏の時代小説は、傑作が多い。
「蜩ノ記」や「銀漢の賦」に続く面白さだ。
主人公は十六歳の少女・菜々。
武家の娘でありながら、訳あって、女中として働いている。明るく前向きで、自分の境遇について愚痴ることもない。女中として働くことになんのてらいもなく、謙虚で、女中という職業の中に、幸せを見出すことのできる、とても素晴らしい聡明な女性だ。
勤める先は、風早家。主人は風早市之進(25歳)、妻の佐知(23歳)、嫡男の正助(4歳)と、娘とよ(3歳)。妻の佐知は、菜々のことを、自分の妹ように接してくれる。そして、差別することなく、食事も家族とともに、菜々もいっしょの膳について、いっしょに食べる。佐知は菜々にとって、かけがえのない人になっていく。そして、菜々は、彼らのために、何か役に立ちたいと思うようになる。女中という立場ながら、風早家に訪れる様々な災いに対して、正々堂々と対峙して、家族を守っていく。
本作のタイトル「螢草」は、青い花弁が可憐な露草で、早朝、露が置くころに一番きれいに咲いて、昼過ぎにはしおれてしまう。俳諧で「螢草」と呼ぶ。螢とは、ひと夏輝いて生を終える。その儚く、けなげで、美しいさまが、菜々の立ち振る舞いとオーバーラップしてくる。読み進めていくと、更に愛おしくなってくる。読みながら、菜々の頑張りを、どんどん応援したくなる。
妻が、夫や子供のために命をかけて家族を守ろうとするのでは、ありきたりで常識的な展開だ。この物語は、妻でもない、赤の他人ではあるひとりの女性が、自分が守りたい、大切にしたいと思う家族のために、全身全霊を傾けて、命がけで家族を守ろうとする話しだ。だから、儚く、けなげで、美しい。この無償の人に尽くすことの美しさを、この小説は教えてくれる。
登場人物は、どれもキャラクターがしっかりしている。活き活きとしていて、自由自在に本の中で暴れ回る。魅力的な人たちばかり。容貌と名前が、そのまま、あだ名を連想させる。菜々は、真剣に、あだ名が本当の名前だと思っている節があるところが笑える。例えば、
菜々のおごりで団子をたらふく食べてしまった大食感のお侍。
剣術指南役の壇浦五兵衛(だんのうらごへい)は、だんご兵衛さん。
困窮した風早家を救うために、訪れた質屋の主。
髑髏(ドクロ)模様の着物を着ている、お舟さんは、おほねさん。
正助と、とよの勉強を見てくれる
儒学者の椎上節斎(しいがみせっさい)は、死神先生。
行商や物売りを仕切っているやくざ。
湧田の権蔵親分は、駱駝(ラクダ)の親分。
みんな活き活きと、菜々に関わっていくことになる。そして、最初は文句を言いながらも、菜々の人柄に惚れて、いっしょに彼女と子供達を守る、心強い仲間になっていく。そのひとつひとつのエピソードが、なんとも楽しい。
「螢草」は、なんだか懐かしい気持ちにさせてくれる。普段の生活の中で、うっかり置き忘れてしまった何か大切なものが、詰まっている気がする。それを教えてくれる大切な一冊だ。
前から、葉室氏の大ファンでしたが、本作を読んで、益々好きになった。
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