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rodolfo1さん
rodolfo1
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名監督満田は異動し、駅伝についてはど素人の美術教師上原が新たな監督となった。陸上部主将の桝井は悩みながらなんとか駅伝チームを立ち上げたが、選手達はみな人に言えない悩みを抱えて前途は多難だった。。。
瀬尾まいこ作「あと少し、もう少し」を読みました。本作は中学最後の駅伝を舞台に、六人の生徒と一人の教師がそれぞれの弱さと向き合い、失敗を経て成長していく物語です。タイトルの「あと少し」は、ゴール前の距離であると同時に、未成熟な彼らが大人へと近づいていく過程そのものを象徴しているように思いました。

物語は一区から六区まで、駅伝の区間ごとに語り手を変えながら進みます。各章では一人の少年の内面が丁寧に掘り下げられ、劣等感、恐れ、意地、そして小さな勇気が積み重なっていく様子が描かれます。勝つことだけを目的としたスポーツ小説ではなく、襷をつなぐという行為を通して、他者に頼ること、弱さを受け入れること、そして仲間とともに前へ進むことを描く成長物語になっています。br>

【一区】舞台となるのは田舎の中学校で、県駅伝決勝戦の常連校でした。しかし名将だった満田は転任し、新しい顧問となったのは陸上経験のない美術教師の上原です。主将でエースの桝井は、三年生の今年こそ上位入賞を狙っていただけに、いきなり不安に突き落とされます。しかも上原はある日突然、勝ちたいからと五区と六区を入れ替え、桝井をアンカーにすると言い、異議は認めないと宣言します。不調のため自らアンカーを外れていた桝井は大きな衝撃を受けます。

一区の設楽は、走ることが嫌いな少年です。小学生の頃、いじめられないために必死で走り、駅伝では区間一位を取った実力者でした。しかし彼にとって走ることは、誇りよりも「逃げるための手段」になっていました。プレッシャーがかかると力が出るのに、安全圏にいると伸びない。上原はその性質を見抜き、設楽はプレッシャーをはねのけようとする時にこそ必ず力が出るのだと言います。

設楽の変化を促すのが、大田の存在です。桝井が強引に引き入れた元ヤンキーの大田は、設楽にとって恐怖の対象でした。ところが記録会で大田が驚くほどのスパートとスタミナを見せ、さらに試走で二区の大田の視線を感じた瞬間、設楽は爆発的にスパートして初めてタイムを伸ばします。大田が「そろそろ本気を出せ」と言い、小学二年生の頃から鬼ごっこで設楽に追いつけたことが一度もないと語る場面は、設楽の力が本物であることを示すだけでなく、設楽自身が自分の力を信じ直すきっかけにもなっています。

【二区】大田は不良少年ですが、本質は臆病です。「本気でやって失敗すること」が何より怖いため、最初から投げ出してしまう癖がありました。学校生活にも参加せず、片隅で煙草を吸いながら一日を過ごしていました。しかし桝井が毎日口説き続け、最後には「自分に負けるのが怖いんだろう」と核心を突きます。さらに「今から練習を始めれば自分に勝てる」「最近自分は調子が悪い、手を貸してくれ」と頼み込み、大田は少しずつ心を動かされます。

壮行会の場面では、大田は緊張と劣等感に押しつぶされ、「やってらんねえ」と叫んで逃げようとします。しかしそこでジローが本気で怒鳴りつけます。能力に自信のない自分が挑戦しようとしているのに、力のある大田が逃げるのはおかしいのだ、と。生まれて初めて真正面から怒られた大田は怯み、自分の逃げ癖と向き合わざるを得なくなります。

そこに追い打ちをかけるように上原が現れます。大田が母子家庭を引け目に感じていることを察し、自分も父子家庭だと打ち明け、大田が作った炒飯を一緒に食べます。そして中学校は失敗しても大丈夫な場所だが、今日は正しい判断をする日だ、妙な意地に囚われず自分のためにも支えてくれる人のためにもやるべき時だ、と言います。翌日、大田は頭を丸めて駅伝に参加し、声援を受けて渾身のスパートをかけ、同じく頭を丸めたジローに襷をつなぎます。ここで大田は、言い訳を捨てて走り切るという初めての経験を手にします。

【三区】ジローは、お人よしで断れない少年です。便利屋扱いされても笑って引き受け、自分には特別な能力がないからせめて役に立ちたいと考えていました。担任教師から駅伝参加を打診されても断りますが、母親に「あんたが断ったら次はいない」と言われて諦めます。ところが練習に来ると、苦手な渡部がいることに気づきます。ジローは誰かに嫌われたことがほとんどないのに、渡部だけは自分に文句ばかり言う存在で、そこに居心地の悪さを感じていました。

しかし壮行会でジローが大田を怒鳴りつけた時、周囲は大田の肩を持ち、ジローは孤立しかけます。そこで渡部が「お前ら馬鹿だ」と冷ややかに言い、ジローが正しいと断言します。渡部は、ジローが損ばかりして黙って便利に使われているのがいらいらするのだと語り、ジローを肯定します。このやり取りでジローは初めて、迎合ではなく「自分が自分でいること」が評価される感覚を得ます。

駅伝当日、ジローは他校の選手にどんどん抜かれて半泣きになりますが、桝井が「ジローがジローだったから頼んだ」と言ったことを思い出します。求められていたのは能力ではなく人柄だったのだと気づき、全力を振り絞って渡部に襷をつなぎます。

【四区】渡部は、頭の良い皮肉屋で、自分の弱点を絶対に見せない少年です。小学校二年から祖母と暮らしており、両親は離婚して双方から引き取りを拒否されました。その事情を知られ、かわいそうだと思われるのが嫌で、知的な雰囲気で自分を固めています。桝井は毎日誘い、渡部は拒みますが、ついに上原が説得に来ます。上原は芸術論を語りつつ、渡部が必死で芸術好きを装っていることまで見抜き、渡部が走ると言うまで嫌味を言いに来ると宣言します。渡部は降参し、練習に参加します。

渡部は実は夜に自主練をしており、記録会で好成績を出します。さらに俊介がばあちゃんの弁当を褒めてつまみ食いしに来ることで、渡部は少しずつ人との距離を詰めていきます。桝井が不調に陥り、「満田先生が戻って来てくれたらな」と口にした時、渡部はぞっとします。しかし誰も桝井を嗜められない中、渡部は上原にフォローを入れます。上原は渡部を「一番中学生っぽい」と言い、自分らしさを考えること自体が中学生なのだと語ります。この言葉は、渡部の仮面を少しずつ剥がしていきます。

俊介との会話で渡部は、自分が祖母しかいないことが嫌いだと打ち明けます。しかし駅伝当日、渡部は「親のいる奴らになど負けてたまるか」とスパートし、祖母が「中学最後になってやっと好きなことができるね」と喜んでいたことを思い出し、祖母のために力を振り絞ります。そして生まれて初めて欲しいと願った区間四位を手に入れ、俊介に襷を渡します。

【五区】俊介は、桝井の走りに魅了され、憧れを支えに陸上部に入った少年です。満田が去った後、陸上部は停滞し、駅伝だけが残ります。俊介は、桝井が必死にメンバーを集める姿を見て支えようとします。渡部の勧誘に俊介も加わり、上原に頼むというアイデアを出し、渡部が練習に来る流れを作ります。しかし桝井の不調が深刻化し、桝井が暗い顔をするようになり、俊介は胸が潰れそうになります。最後の試走会で俊介のタイムが桝井を抜いてしまい、俊介はいたたまれず渡部の弁当をつまみ食いに行きます。俊介の中には、桝井への憧れと、桝井を支えなければならない現実の間で揺れる苦しさがあります。

駅伝当日、俊介は緊張で足が前に出ません。しかし桝井の走りを真似ても桝井以上には走れない、自分自身の走りをしなければならないと気づいた時、初めて足が動き始めます。そして「今だけしか桝井のために走れない」と思い、桝井のためにスピードを上げます。憧れは依存から支えへと変わり、俊介は自立していきます。

【六区】桝井は、過去に少年野球チームで孤立して辞めされられた失敗を引きずっています。活躍すれば妬まれ、傷つけてしまう。だから人を傷つけないよう、嫌われないよう、細心の注意を払ってきました。チームプレーが怖くなり陸上へ転じ、そこでも「いい先輩」であろうと努力します。しかし満田がいなくなり、頼りない上原が顧問になったことで、桝井は不安と焦りを募らせます。自分が背負わねば崩れるという感覚が、彼を追い詰めていきます。

上原はその桝井に対し、核心を突きます。桝井君はかっこよくてさわやかだが、それはきれいごとだと言います。部員たちは桝井に一目置いて逆らえないが、誰もそんなことは望んでいない。走れなくてもいい、アンカーは桝井だと言い切ります。

大田は「故障は恥ではない。運が悪いだけだ」と断言し、桝井の価値観を揺さぶります。ジローは「こんな楽しいことに呼んでくれてありがとう」と言い、桝井にとって駅伝が苦しみだけではなかったことを思い出させます。設楽も「無理をするな」と言い、桝井に感謝を告げます。

桝井は初めて実感します。三年生になってから辛いことばかりだったが、仲間と走ることは確かに楽しかったのだと。勝つために孤独に背負うのではなく、仲間とともに走る喜びのために、最後のスパートをかける。上原が泣きながら「頑張って、あと少し!」と声をかける場面は、教師と生徒がともに成長し、互いに支え合う関係に到達した証のように思えます。

本作は「襷をつなぐ」という点で「そして、バトンは渡された」と同じ系列の物語ですが、舞台が中学校であることで、未成熟さと失敗がより切実に描かれています。上原が言うように、中学生にとって失敗はつきものです。そしてこの小説は、失敗を責めるのではなく、失敗を引き受け、そこから少しずつ前に進む姿を描いています。

桝井は過去の失敗を恐れ、嫌われないように生きてきましたが、頼ることの大切さを知ります。設楽は走ることから逃げてきましたが、チームのために走るようになります。大田は臆病さゆえに逃避してきましたが、必要とされることで本気を出すようになります。ジローは迎合で居場所を作ってきましたが、自分自身が求められていたと知ります。渡部は祖母との暮らしを隠してきましたが、その存在を誇りに変えて走ります。俊介は憧れの桝井に頼ってきましたが、支える側へ回ろうと決意します。そして上原はやる気のない顧問から、生徒の心を解きほぐす教師へと成長します。

「あと少し、もう少し」という言葉は、ゴール前の距離であると同時に、彼らが大人へと近づく距離でもあります。勝ち負けを超えて、少年たちがほんの少し前へ進む、その一歩の尊さを描いた傑出した小説だったと思いました。
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rodolfo1
rodolfo1 さん本が好き!1級(書評数:911 件)

こんにちは。ブクレコ難民です。今後はこちらでよろしくお願いいたします。

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