タイトルの「勁草(けいそう)」というのは、「風雪に耐える強い草」のことをいう。転じて、「思想や節操の堅固なさま」を意味している。
そんな人は誰なのか。
城山三郎が『運を天に任すなんて』という作品でその素描を描き、多くの友人たちから「そっぺいさん」という愛称で信頼を寄せられた中山素平が、この物語の主人公である。
作者の高杉良はかつて『小説日本興業銀行』で中山素平を書いたことがある。
その高杉が何故もう一度中山のことを書こうとしたのか。これは推測だが、アベノミクスという安倍総理の強い経済政策が戦後の日本経済の復興と重なったからではないだろうか。
バブル崩壊後衰退した日本経済がいまふたたび、戦後の日本経済のように再生していくか、その期待と不安があって、あの時代に生きた中山素平という財界人を描こうと考えたと思える。
この作品を読む前に二つのことをさらっておく方がいい。
まず、「戦後日本を築いた財界人」として描かれる中山素平のことである。
中山は明治39年3月生まれ。亡くなったのは、平成17年であるから、ほぼ百歳近くまで生きた銀行員である。
次に中山のいた日本興業銀行のことだ。日本興業銀行は今はない。2000年の銀行再編の大嵐の中で、三行統合という決断のあと、みずほ銀行と姿を変えている。
もともとは都市銀行とは異なって国の経済政策に密接に関わってきた銀行である。
中山はその日本興業銀行で頭取、会長を歴任した。
冒頭で田中角栄総理が登場し、中山のことを「財界の鞍馬天狗」と絶賛する場面が描かれているが、それほどに多くの経済案件を彼の叡智と人間味で解決してきたということだ。
本書では多くの経済事件が描かれている。
30年代以降の昭和史にあって今でも印象に残る石油危機であったり、国鉄の分割化であったりする。
社会的にも大きな話題を呼んだロッキード事件やリクルート事件も描かれる。
そんなところにも中山を頼る人たちがいたのである。
あるいはディズニーランド創業時の秘話など、表面的には見えてこないところも、銀行の融資ということになれば別の形で浮かびあがってくるものもある。
最後は銀行の統合によって終わるが、中山素平が生きた時代は日本経済はさまざまな試練があったとはいえ、生き生きとしていたともいえる。
私たちはまたふたたび、そんな時代を迎えることができるだろうか。
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