佐藤優氏の『第三次世界大戦を阻止するのはトランプしかいない』(宝島社)を読みました。刊行されたのは2025年12月。アメリカ・イスラエルの本格的なイラン攻撃(2026年2月)の前に刊行された本です。
高市首相が、いま、『第三次世界大戦を阻止するのはトランプしかいない』と発言したりしたら、某左派系新聞の戦狼論説委員など、「気が狂ったか、高市首相よ」なんて社説やソリューシを書くかもしれませんね。
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さておき、トランプの積極果敢な対外政策に関して米国内の支持者からも不興を買っていて、そうした「トランプ政権の持つ様々な側面を俯瞰すると、この政権がアメリカおよび世界に対して不幸をもたらしている印象を非常に強く受ける。だが、果たして本当にそうなのだろうか。私はそうは思わない。なぜなら、現代は力のある国が、力のない国を政治的・経済的・軍事的に従属させる、新たな『帝国主義の時代』に入っているからだ」と指摘しています。
その上で、「トランプは、イスラエルを地図上から抹殺することを考えているイラン現政権による核攻撃能力を、事前に封じ込めようという戦略的意図の下で中東問題に取り組んでいるとも見なせる。そうした視点から見れば、トランプは中東における平和の実現と地域の安定に努めていると評価することも可能である」と。
とまぁ、そういう視座からすれば『第三次世界大戦を阻止するのはトランプしかいない』と言うことも可能なのかもしれませんね。
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最近は、ハルマゲドンを信じるキリスト教右派や福音派を危険視し、そうした宗教右派勢力がトランプを支援していることを懸念する向きもあるようですが、私のような宗教嫌いの人間からしても、キリスト教よりはイスラム教のほうに狂信的信者が多いのではないかと思います。それにいまどき、中絶に反対したりするのならまだしも、特定国家、イスラエルを抹消すると本気で考えている宗教国家があるとしたら、そちらのほうがより危険というべきでしょうね。
男女区別論ならまだしも、明々白々な「男女差別肯定論」を実施する狂信的なイスラム宗教国家には、キリスト教右派でも唖然としているのではないですか?
イラン相手に、武力による威圧手段を持たない日本がまともに交渉する余地があるのかないのか、あるとしたら経済的見返り程度でしょうが、ヤクザ相手にショバ代を払うような愚をしていいのかどうか。そういった視座をもった上で、イランが日本の友好国だなんて妄想をもつのをやめて冷静に国益を判断していくべきでしょうね。
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個人的感想をいえば、北朝鮮がかつて、今日のイラン的状況だった時(まだ核兵器開発に至らない時代)に、当時のクリントン大統領が今回のイラン攻撃のような「勇断」をしていれば、拉致被害者も全員帰国し、その前後からの何百万もの餓死もなく、朝鮮半島は今日より平和だったといえるのではないでしょうか。イフの世界ですが……。イラクに大量破壊兵器があったとかなかったとか言われますが、なかったとしても、なかった時に叩いておいて正解だったという考えも成り立ちますからね。地球全体からみれば、不幸中の幸い?
佐藤優氏曰く。
「今回の攻撃はイランに対する限定的措置であり、トランプは全面戦争を望んでいるわけではない。トランプの基本的な考えは『体制変換までは望まない。核さえなければよい』というものである。これに対し、イスラエルはむしろ今回の攻撃を体制転換につなげる好機と見ている節がある」
「今回の攻撃」というのは「2026年2月の攻撃」ではなく、「2025年6月」の攻撃のことですが、、「核さえなければよい」というのは、ある意味でその通りでしょう。でも、北朝鮮ではやはり「核なき」「金王朝崩壊」がベストであったでしょうから、今日の「核ありの金王朝」の存続は最悪の結果というしかありません。
国際紛争を解決するための最後の手段としての武力行使……。日本国内においては、凶悪な犯罪発生率は国際的に見てまだ低水準でしょうが、それでも警察が銃をもって取締りにあたり、時には発砲を余儀なくされることを思えば、国際社会でも同様では?
要は「ヤクザ国家」の武力行使は×で、「民主国家」のやむをえない武力行使は是認されるべき……となるのでしょうか?
では、ごきげんよう。
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