『雨月物語』、読めましたあ。
友だちとの「飲み会」で、本の話になった。で、「今、『雨月物語』を読んでいるよ~。」というと、「誰が書いたの?」って言うから、「上田秋成。円城塔が訳しているんだ。」と応えると、「へ~。」って。―――それだけ。
「上田秋成って、江戸時代の作家だよね。面白かった?」とか、「円城塔が翻訳してるんだ~。」とか、話が盛り上がると思ったのに。
とにかく、読み終えました。『雨月物語』というと、たいていの人はどこかでお目にかかっているのではと推察します。歴史の授業とか古典の授業とか。映画化されたものもあるような~。
まあ、大体この辺りの「読み物」は、神や仏や鬼、大蛇などの怪異譚なので、『雨月物語』の中での話だったか、違う本と勘違いしているのか、判断しがたいところもある。中国の読み本にも影響されているので、そこもごっちゃになっているかも。しかし、大好きです。
内容は、怪異譚です。上田秋成は、戯作者(職業作家?)ではなく、文人です。趣味で書いていたのか。それ以前の小説、『伊勢物語』とか『源氏物語』とか『宇治拾遺物語』とは少々感じが違います。近代的になったのかなあ。
最後のお話の『貧富論』では、それまでとは趣の変わった作品となっています。
「富」とは何か?「貧しい」とは何か?の問答。裕福な人でも「悪い奴と善良な人」がいる。貧しくとも幸せな人もいれば、卑しい人もいる。その違いはどこから来るのかという考察が、吝嗇でお金をため込んだ人物の枕元に現れた翁との問答で語られていきます。
単なる怪奇ではなく、哲学があるような~。「訳者(円城塔)あとがき」では、「日本語」の捉え方が変わって来た頃の作品で、上田秋成は、「日本語とは何か?という問い」を書いていたと指摘しています。
と言うところです。
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