「はあ~」
「どうしたのさ。溜息なんかついて」
「いや、知りあいが道尾秀介さんの『いけないⅡ』を貸してくれたんだけど…」
「へぇ~良かったじゃない」
「貸してほしいって言ったわけでもないのに、無理やりにね」
「…」
「で、顔合わすたんびに、読んだかって…」
「ふ、ふ~ん」
「僕としてはさ、読みたいときに好きな本を読みたいわけよ。だから基本的に人からは本を借りないようにしてるのに…」
「ま、まあ、でも、自分が面白いと思った本をほかの人と共有したいという気持ちはわかるなぁ」
「それはわかるよ。だけどもね。読書って行為は本質的に孤独な行為であるとも思っているわけ。誰かが言ってたけど、自分が読書をしているということを大きな声で他人には言いたくない。基本的に読書行為というのは恥ずかしいことだっていう意見に、僕は大いに同感するわけだ」
「はあ…(さようですか)」
「ウンベルト・エーコが言っていたよね。シェークスピアの初演を観た人たちと、現在の僕たちが観るシェークスピア劇は内容は同じでも違うと」
「???…どゆこと?」
「つまり、現在の僕たちが観るシェークスピアは、歴代のシェークスピア俳優に対する知識や、あるいは映画化、ドラマ化、様々なパスティーシュなんかが内包されたものとして観ているんだ。素朴に初見の劇を観るようには観ることはできないんだよ」
「…」
「もちろん、エーコはこのことをテクストが豊かになるという肯定的な意味合いで使っている」
「…」
「で、何が言いたいかというと。様々な付加要素がテクストにとってプラスに働くことがあるのならば、逆の働きもあり得るのではないかということ」
「はあ…」
「君も。最初に読んだときはいまいちだったけど、何年か後に読み返したらこんなにいい話だったのかと印象が変わった小説の一つや二つはあるだろう?」
「う、うん。それはあるな」
「今回の場合、あえて言うならば、作品との最悪な出会い方をしてしまったということだ」
「…」
「ああっ!!道尾秀介さん初読みだったのに!!なんか出会いの印象最悪というラブコメにありそうな状況」
「…」
「でも、もしかしたらラブコメ的にこの後何かのきっかけで熱烈にはまるかもしれない!」
「(なんか、めんどくせえやつだな…)」
というわけで、長々とまったく意味のないことを書き連ねてしまったことをお詫びします。
でもね、私だけでしょうか?無理強いされる読書には何の興味もわかないのは。
読書行為は限りなく個人的な営み。
これが私の持論です。
もちろん、時には共通する本の話題で盛り上がることもあるでしょう。
そういった仲間がいることは幸せなことでもあるでしょう。
けれどわたしは思うのです。限りなく個人的な読書が、時おり何かの偶然で誰かとの読書体験と重なる。それが尊いのだと、奇跡的なことだと。
最後にちょっとだけ感想を。
いや、普通に面白くはあったけれど、そんな衝撃的な仕掛けだったかな?
道尾秀介ファンの皆様、わたしはこれ1冊しか読んでいないただの通りすがり者ですので、暴言をお許しください。
蛇足
併せて読むと面白いかも
わたしにとって最強の仕掛け本
泡坂妻夫「しあわせの書 迷探偵ヨギガンジーの心霊術」新潮文庫


- 掲載日:2026/05/14
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