「バーボンストリート」(1984)「チェーンスモーキング」(1990)と書き継がれてきた著者の一連のエッセーシリーズの3作目である。
このシリーズは彼の数あるエッセーの中でも代表的なものいってもよいかもしれない。いろいろと贅沢な作りで、表紙と挿絵は小島武氏、装丁は平野甲賀氏。文庫版の解説も山口瞳(作家)、高見浩(翻訳家)、長友啓典(沢木氏の名刺を最初に作った人)である。本作をきっかけに、あらためて先行する2作も10年以上ぶりに再読してみた。
まだまだ自分が若いころ、彼の作品やエッセイをとてもよく読んでいた。ありがちだが、まずは『深夜特急』が出発点。海外旅行への啓発以上に、実は「文章の書き方」を考えさせる教材となっていった。特に彼のエッセーには、取材の裏話や苦労話にくわえて「文章を書く」にあたって気をつけた点や悩みなどもしばしば書かれており、とても勉強になった。
ただ、このエッセーシリーズは、そうした体験談的なものとは趣が異なる。小説やノンフィクションとはいえないけれど、やはりそれぞれがひとつの作品になっている。エッセーを身辺雑記と言い換えることもあるけれど、この三作は身近に起きたこと・日常の出来事を適度に組合せることとで、さりげなくそしてドラマチックに展開させていく。ひじょうによく練られているのである。洒落ているとか言われる理由ではないだろうか。
では、ここで内容紹介を、となるわけだが、不思議なことに再読したものも含め具体的に何がどう書いてあったかが思い出せない。どうやら作者は「忘れられる」ことを意図して、文章を練っているのではないかとさえ考えてしまう。
それぞれのタイトルからして内容を表そうとしたものではない。一作目の「バーボンストリート」は、北京でも秋でもないから「北京の秋」とした映画のタイトルにならってつけたそうだ。すなわち、タイトルからだけでは内容を思い出せないのである。読者に残されるのは、純粋に「ああ、面白い話だった」という体験だけなのである。
ただ、この第3作を読んで、先行する2作を最初に読んだ時のような思いは得られなかった。読み手もその状況も変わってしまったのか。よいことなのか、残念なことなのか。
*初出:TRCブックポータル 2015年6月
・再掲載にあたり、いくつか文言の修正や改行などを行いました。
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