p-mamaさん
レビュアー:
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シンパシータワートウキョー=「東京都同情塔」。なんて秀逸な訳なのだろう。横文字を使うことでオブラートに包まれた言葉を鋭く抉る言葉の数々の物語。
私に偏見があった。
まずAIで書かれた部分があるということ。
そして芥川賞はしょせん難解で自分には読んでも分からないだろうということ。
これは、あの幻の国立競技場建設計画となったザハ・ハディドの国立競技場が建った、もう一つの東京の物語。
その東京には刑務所と呼ばれる施設は府中に、拘置所と呼ばれる施設は小菅にしか無かった。
新しい概念の、かつて刑務所と呼ばれた施設の名前はシンパシータワートウキョー。
シンパシータワートウキョーの建築コンペに参加すべく、建築家の牧名沙羅はイメージを作るためにAIと対話していく。
沙羅がAIと対話するのは自分の考えをまとめるためで、その内容は当たり障りのないもの。
沙羅はマサキ・セトが提唱した新しい概念「ホモ・ミゼラビリスト」とは、どういう概念なのかを尋ね、それが「同情されるべき人々」であることを知る。
AIと対称的に社会学者で幸福学者のマサキ・セトはゴリゴリの言葉で自論を語り、かたや、年下の男性友人の拓人はフワフワとした言葉で沙羅を語る。
この物語は言葉そのものの力。
実際、マサキ・セトの提唱するシンパシータワートウキョーは従来「犯罪者」として差別を受けてきた属性の人、服役中の受刑者、飛行少年たちを集め、「ホモ・ミゼラビリスト」という概念を与え、彼らを非犯罪者たちと共通の喜びを感じ連帯を生む建物として作られるのだ。これが「同情塔」とされると全く捉えられ方が変わる。
が、沙羅はこの施設を「東京同情塔」と考え、さらに拓人が発した「東京都同情塔」から施設の具体的なイメージを固めてコンペに臨んだ。
そして沙羅の考えた「東京都同情塔」が建設された後、マックス・クラインというアメリカ本国ではレイシスト扱いされている記者の取材記事が紹介される。彼は言う。
彼は英語で考え、日本語と縁のない言語から「シンパシータワートウキョー」のような新しい言葉を生み出し、言葉を混乱させるのは、何かを覆い隠そうとしているのでは?と疑っている。
これは塔の是非や人間の差別感を言葉のオブラートで論点ずらしをしていることを、明確にしている物語。
やはり芥川賞作品は難しい。
けれども、今までに無い親近感のある物語だった。
が、決して読んで困惑する物語では無かった。
実に深く、現代の言葉の問題を語った物語だった。
まずAIで書かれた部分があるということ。
そして芥川賞はしょせん難解で自分には読んでも分からないだろうということ。
これは、あの幻の国立競技場建設計画となったザハ・ハディドの国立競技場が建った、もう一つの東京の物語。
その東京には刑務所と呼ばれる施設は府中に、拘置所と呼ばれる施設は小菅にしか無かった。
新しい概念の、かつて刑務所と呼ばれた施設の名前はシンパシータワートウキョー。
シンパシータワートウキョーの建築コンペに参加すべく、建築家の牧名沙羅はイメージを作るためにAIと対話していく。
沙羅がAIと対話するのは自分の考えをまとめるためで、その内容は当たり障りのないもの。
沙羅はマサキ・セトが提唱した新しい概念「ホモ・ミゼラビリスト」とは、どういう概念なのかを尋ね、それが「同情されるべき人々」であることを知る。
AIと対称的に社会学者で幸福学者のマサキ・セトはゴリゴリの言葉で自論を語り、かたや、年下の男性友人の拓人はフワフワとした言葉で沙羅を語る。
この物語は言葉そのものの力。
外来語由来の言葉への言い換えは、単純に発音のしやすさや省略が理由の場合もあレバ、不平等感や差別的表現を回避する目的の場合もあり、それから、語感がマイルドで婉曲的になり、角が立ちづらいからという、感覚レベルの話もあるのだろう。
実際、マサキ・セトの提唱するシンパシータワートウキョーは従来「犯罪者」として差別を受けてきた属性の人、服役中の受刑者、飛行少年たちを集め、「ホモ・ミゼラビリスト」という概念を与え、彼らを非犯罪者たちと共通の喜びを感じ連帯を生む建物として作られるのだ。これが「同情塔」とされると全く捉えられ方が変わる。
が、沙羅はこの施設を「東京同情塔」と考え、さらに拓人が発した「東京都同情塔」から施設の具体的なイメージを固めてコンペに臨んだ。
そして沙羅の考えた「東京都同情塔」が建設された後、マックス・クラインというアメリカ本国ではレイシスト扱いされている記者の取材記事が紹介される。彼は言う。
ここは、かわいそうな人にドージョーをギブするためだけのタワーじゃない。何か不都合な真実が別にあるはずだ (中略) なぜなら人間は元来、不寛容な生き物だからだよ。
彼は英語で考え、日本語と縁のない言語から「シンパシータワートウキョー」のような新しい言葉を生み出し、言葉を混乱させるのは、何かを覆い隠そうとしているのでは?と疑っている。
これは塔の是非や人間の差別感を言葉のオブラートで論点ずらしをしていることを、明確にしている物語。
やはり芥川賞作品は難しい。
けれども、今までに無い親近感のある物語だった。
が、決して読んで困惑する物語では無かった。
実に深く、現代の言葉の問題を語った物語だった。
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乱読で読みたい本はいっぱいあるのに、最近仕事が忙しく積ん読が増えているのが悩みの種。
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- 出版社:新潮社
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- ISBN:9784103555117
- 発売日:2024年01月17日
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