563 蝉谷めぐ実 「おんなの女房」
女形の夫と、武家から彼に嫁いだ妻との、ラブストーリー。
両者の想いをストレートではなく書いているところが、かえって迫ってきた。
書評やらツィッターやら、評判が良くて読むことにした。
江戸後期の、文政の江戸が舞台。
文政は、勝海舟や大村益次郎が生まれた年号。
武士の父の命に従って、志乃が嫁いでみたら、そこには女の己より美しい女がいた。
冒頭で「白粉がいつもと違います。買い直していらっしゃい」と女言葉で命じるのは、夫の喜多村燕弥(えんや)。
江戸三座のひとつ、森田屋の若女形(ナンバーワンでは、まだない)。
役者紋は抱き燕(そんな紋を初めて聞いた。下に図を引用してみたよ)。
屋号は「乙鳥や(つばくろや)」。
普段の生活も、「女」として過ごす。
序盤は志乃が燕弥に翻弄されている。
役者として、もっともっと昇りたい燕弥は、全ての生活を、次の芝居に利用する。
料理を覚えようとする女を演じるなら、手伝いの婆を志乃にあてがい、命じられた志乃が料理を尋ねる様子を観察している。
そして、その舞台が撥ねたら、直ぐに婆をクビにする。
お話が進むにつれて、志乃と燕弥の立場が、少しづつ変わっていく。
いや、バリエーションが増えて「豊かになっていく」が正しいだろう。
家の桶に蝦蟇を見つけて驚く燕弥に、「蛇を捕らえる餌ですから」と、志乃がさらっとのたまう。
「蛇が居るのかっ?」と、興奮して男に戻って尋ねる燕弥に、
「はい、あなたさまの次の役どころは、蛇になられる方ですから」と応えている。
志乃と同じ立場の、役者の女房である、お富とお才が良いコントラストと、良いアクセントで現れ続ける。
彼女たちに関わる、男女の色話と、それらの顛末には苦笑した。
志乃はだんだんと、役者の世界にも、女形にも、そして燕弥にも慣れてくる。
いやいや。「嫁いだ男」に一生懸命「惚れよう」とする、志乃の姿があるだけだ。
読みながら、不思議な感覚に陥ったのは、
志乃も燕弥も「何を考えているか分からない」、という時がけっこうあったこと。
ブレてんじゃね?
と、突込みのひとつでも入れそうになったけれど、
私たちも毎日ブレながら生きている。
だからこれは力強いリアリティ、故に読み手に不思議な感覚まで起こさせるのだろう。
終盤に至り、ラストの一幕まで、一貫したラブ・ストーリーだった。
ラストの志乃の笑顔は、「やりきった者」しか浮かべることができない。
羨ましいな。
そんな素直な印象が残ったお話だった。
そして、素直な印象を残せる作家って余り居ない、ということに気がついた。
蝉谷めぐみ、なかなか強いオリジナリティをお持ちだ。
(2022/11/8)
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